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PS/ダブルキャスト やるドラ/SCE

やるドラシリーズは、SECより発売された、フルアニメーション、フルボイスで進行するサウンドノベルタイプのゲームシリーズである。
ダブルキャストは、その第1弾として発売された。手元にはPSでのシリーズ全4作がストックとしてあるので、その試金石として、非常に楽しみにプレイした。

まず、アニメ制作はProduction I.Gで、非常にハイクオリティである。
映像もさることながら、声優陣の演技が熱い。特にヒロインの美月の表現は素晴らしく、実に魅力的だった。
いわゆる僕っ娘でしかも記憶喪失といういかにもな設定に、プレイヤーをぐいぐい引き込んで離さない好演で、この作品の魅力の60%はこの仕事によるものだろう。

サスペンス調のベースシナリオも割合良かったと思う。
やるドラシリーズは時々出てくる選択肢によって物語が分岐し、バッドエンドなど異なる展開を楽しむことができるが、展開の幅自体はそんなに無い感じだ。どのシナリオも、全く想像の範囲外とかそれぞれ矛盾する内容、など荒唐無稽なエンドは少なく、まとまっている印象。それを小さいと取るか上品と取るかは人次第だろう。

サウンドノベルとしてのシステムは若干古くさい感じ。アニメーションベースと言うこともあるだろうが、バックログ表示や、選択肢の選択履歴などが無く、再プレイやバッドエンド収集が辛い。辛うじてあるのはスキップ機能だけだ。
また、ディスク読み込みで、ほんの僅か、台詞再生のテンポが遅れる難点がある。本当にほんの一瞬のことではあるが、これはかなり気になった点である。
またディスク2枚組のため、進行に合わせての入れ替えが面倒。PSP版では1枚なので楽そうだ。

結局、数周した後、途中からは攻略サイトを見つつ、めぼしいグッドエンドとバッドエンドだけ見て終了とした。
達成率は90%弱程度。

グッドエンドのラストの選択肢のように、何故これを選ぶとこうなるのか?が意味不明の選択肢がままあり、全クリにはかなり根性が要るようだ。

ゲームとしては正直微妙だと思うが、ストーリーや映像表現は素晴らしいので、続作にも期待したい。

SCE
ダブルキャスト やるドラ

Wii/パンドラの塔 君のもとへ帰るまで/任天堂

ラストストーリーの直後辺りに発表になったティザーを見て、また能登さんなのか…、と思ったのが最初の印象。

その後詳細が発表されていってもそれほどは食指が動かなかったが、Wiiのソフト日照りもあり、また、何よりやっぱり社長が訊くでその熱い思いを読んでしまうと、これはもう買わざるを得なかった、という感じだ。発売直後の任チャンでの評価が高かったというのも決め手。

と言う訳で、発売直後に購入して、トータル42時間で先日クリアとなった。
非常に面白かったし堪能できたゲームだった。
内容を一言で表すと、新婚生活体験アクション、とでも言う感じ。

中世風世界で各国が小競り合いの衝突を繰り返すグラエキア大陸。一兵卒だった主人公エンデは負傷し迷い込んだ敵国の村で倒れ、ヒロインセレスに助けられ傷と心を癒す。国事である収穫祭の歌姫に選ばれたセレスはエンデと共に王都に向かうが、そこで詳細不明の、獣の呪いという呪詛を受け、人ではない化け物に変化して暴れ出し、祭りの観衆を恐怖のどん底に叩き落とす。一時的に人の姿に戻ったセレス達を匿って呪いについて教えてくれた怪しい行商の老婆グライアイに導かれ、追っ手の軍をまきながら禁足地の十三訃塔にたどり着いた一行。セレスの呪いを解くための、エンデの戦いが今始まる、とバックストーリーは、こんな感じ。

セレスは一時的に人の姿に戻ったが、獣の呪いのため、どんどん変化が進み、人ではない体に変わっていってしまう。時が過ぎ、獣になりきってしまうともう二度と人には戻れない。そんなセレスの呪いを食い止めるのが、十三訃塔に巣くう怪物の肉だ。これを食べると一時的に呪いは押さえられ、人の姿を保つことができる。しかしそれはあくまで対症療法。呪いを根本的に解くためには、主と呼ばれる12体のボスの肉をすべて食べなければならないという。
一行は十三訃塔の脇にある監視塔に住み着き、エンデは塔へ肉狩りに、セレスは川へ洗濯に、という感じの奇妙な生活が始まる訳だ。
二人は好きあってはいるが、まだ将来を約束した訳ではない、といった感じ。とくにエンデは超奥手キャラ。
セレスは、自身の悲劇に打ちのめされ郷里の家族を心配しつつも、思いを寄せるエンデとの疑似新婚生活に胸を躍らせながら気丈にエンデを支える。

ということで、システムは2つのパートに別れる。十三訃塔での3D攻略アクションと、監視塔でのギャルゲーだ。
セレスの獣化はメーターで管理されており、アクション中リアルタイムで進行する。戻りが遅ければどんどん獣化し、最後はゲームオーバーだ。体感としては、めいっぱい人間に戻った所からスタートして30分程度で獣化が始まり、50分程度でアウト、という感じ。それまでに、塔の謎を解きつつ、肉をゲットして帰らなければならないのだ。
早く帰らなければならないが、苦労してたどり着いたこの場所で、あの扉を開けたら謎が解けるかもしれない。でも万が一ロックされて中ボス登場だったら、もう間に合わないな。どうする?行くか?帰るか?という様な程よい緊張感が継続するゲームである。
もちろん、獣化なんて気にせずプレイすることも可能だ。しかし、獣化したセレスは、見た目が結構酷いことになる。グロに弱い人だと結構引いてしまうようなグラフィックスだ。しかも、それでもセレスは気丈に振る舞うので、セレスに対する憐憫と、自分が遅れたためにこんな事に、という悔恨がプレイヤーを嘖む、そんな仕掛けになっている。
ちなみに我が家の場合、超安全プレイだったので、途中難度の高いボス戦で一度だけ獣化させてしまった以外は、一度も獣化させず、いわば残業無しで定時帰宅を繰り返した。時には肉だけ取って帰ったこともある。お陰で時間は掛かってしまったが、親密度は満点でSランククリアできた。

グライアイから授かったオレイカルコスの鎖を用いた、鎖アクションが楽しいゲームだ。
塔の攻略ギミックも多彩だし、程よい難易度迷宮度。マップがあるのでそう迷うことはない。バトルアクションも敵を縛ったり、振り回したり、装甲を破壊したりと、操作に慣れる程楽しくなってくる。
レアアイテムでの武器や道具の錬成合成も楽しく、攻略のしがいがある。

ギャルゲパートの評価は難しい。と言うのも、そもそもギャルゲといったらときメモぐらいしかプレイしたことのない非常に偏ったゲーム歴だからだ。ただ、割合良くできているとは思う。激しいバトルの合間、ほっとする時間の演出がうまくなされている。能登さんの演技も良いし、エンデがあまり喋らないのもうまい。

グラフィックスも素晴らしい出来で、塔の雰囲気も良かったし、セレスや肉のなまめかしい表現も上手くできていた。

製作会社のガンバリオンは、ずっとワンピースゲームを手がけて評価のある会社だ。今回初のオリジナル作品と言うことだが、原作ものを丁寧に作る社風を活かし、オリジナルを原作と見なして丁寧に作り込んだと言う感じが随所に見て取れた。

初っ端でSランククリアできてしまったので2周目はまあいいか、と言う感じだが、謎の多いストーリーが明らかにされていく様はプレイモチベーションを助けたし、最後の真エンドの結末もタイトルに込められた想いも、満足のいく内容だったと思う。
絆=鎖=DNAという暗示で上手くテーマをまとめストーリーを紡いでおり感心した。
次作も期待したい。

任天堂
パンドラの塔 君のもとへ帰るまで

ダーリンはアキバ系/里中ミナ

例によって職場で拾った本。タイトルからして明らかにドジョウ狙いな気配。

アタックした彼がアキバ系オタだった事を知った、モナーによく似た彼女が、それにもめげずに交際を重ね結婚し共に生活を営んでいくほのぼのエッセイ漫画。
内容的には、コアなアキバ系向けではなく、そのパートナー向けと行った感じで、あまり濃い話題は出ず、総括的なあるあるネタがメイン。

例えアキバ系オタでも悪い人じゃないし、いい所もあるし、相手のことを認めて、一緒に生活していくことはできるのよ、という主張はもっともだし、同じように、付き合ってみたら彼がオタだったとか、結婚してみたらオタだった、という境遇の人には参考になる点も多いだろう。
ただ、この、ミナさん、一体、彼のどこら辺に惹かれて一緒になったのかがイマイチよく分からなかった。
少なくとも、オタだから好き、という訳ではない。オタだけど○○だから好き、というスタンスだと思うのだが、この○○がよく分からないのがもどかしく残念、という思いでページを閉じた。

里中ミナ
ダーリンはアキバ系

Wii エラーコード 52131/任天堂

ブログの設定を整理していたら、2007年11月に書いて公開したつもりで公開になっていないエントリを見つけた。
内容についてはさっぱり記憶にないし、その後の本体ファームの更新で無効な内容になっているかも知れないが、一応公開しておく。

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先日、すわ故障かというような事態があった。結局何事もなく回復に至ったのだが、症状を分析する際にWebで検索してもあまりピンポイントの事例が出ていなかったのでメモしておく。

症状:
エラーコード 52131 が発生。Wiiの設定で、ネット接続テストはパスするし、インターネットチャンネルも一部つながるが、お天気チャンネルその他のネット接続チャンネルが一切接続せずにエラーを出しWiiConnect24が無効になっているとして接続設定をDisableにしてしまう。

環境:
無線ルータ接続。DHCPではなくIP直打ち。

原因:
WiiのDNSサーバは1つしか設定出来ないので、直打ちの場合には通常プロバイダのプライマリを設定するが、プライマリDNSが落ちている時に上記エラーが発生する。接続テストはどうも直接IPでつないでいるらしくパスする。インターネットチャンネルの一部もルータにキャッシュがあったかららしい。

フリーな2人/コンドウアキ

夫婦ともフリーランス、という生き方について、薦めるでも否定するでもなく、淡々とほのぼのと漫画で綴ったエッセイ風レポート。
作者はリラックマなどで有名なイラストレータだが、あれは版権は会社にあり印税収入は無いっぽい。つまり、地道に原稿料などを稼ぐ普通レベルの収入のフリーの例として、一般的に参考になるかと(もちろんこの本や他の本の印税収入はあるだろうが、多分そんな大した額にはならないだろう)。

うちの場合は、フリーランスではなく、自営業者なので厳密に言うと税務処理的には異なってくるし、仕事の取り方もタイプが違う。また、彼らの場合には、完全に独立なフリーランスが同じ屋根の下の別の部屋で別々に別の仕事をしている、という状態だが、我が家の場合には、多くの場合、同じ部屋で一緒に共同作業を行っている。しかし、自分の体が資本という所や、全ての管理を自分で行い全責任が自分に降りかかってくるなどという所は、全く同じだ。

読んでいて、首肯する点も多く、面白かった。脱サラを考えている人にも、細かい数字や手続きどうこうの参考にはならないが、心構えや雰囲気を掴むという点で参考になるだろう。

夫婦で、という点がポイントかと思う。お互いの長所短所がバランス良く相補的だと理想的だ。
全く同じ性格では、短所を強めあって自滅するし、全く異なる性格ではそもそも一緒に行動することが困難だ。

コンドウアキ
フリーな2人

星は歌う/高屋奈月

先日、完結の11巻が届き、読み終わった。

振り返って印象に思いを馳せると、深く素晴らしい余韻が胸を打つ。
10巻の展開にはハラハラしたものの素晴らしい作品として完結しえた事はとても良かったと思う。
実は読み出した当初の印象は、正直それほどは良くなかった。絵柄がやや平面的なタッチになりすぎていてあまり好みでないのと、複雑過ぎる設定と謎の多すぎる展開に、すぐに作品世界に飛び込むと言うことが出来なかったからだ。高屋奈月特有の、男性キャラに女性名、女性キャラに男性名というギミックもややフレーバーが強すぎる気がしたし、陰惨な背景を持った登場人物のパッと見の印象の薄さ、存在の薄さが、あまり興を引かないという事もあった。しかし、話が展開するにつれ、とくに完結巻でその印象がガラッと変わっていく感じだ。
やはりなんと言っても絵は上手い。読み終わって振り返ると構成も唸るほど見事で、物語の持つ夜空のような印象が染み渡ってくる。
思えば、主役級に黒髪キャラが3人、そしてテーマの星空と合わさってやたらベタが多いページ構成というのは、実に巧みにそうした雰囲気を醸成していたと思う。

この物語は、一言で言うと、ひとは何故生きるのか、なぜ生きてゆくことが出来るのかというテーマを描いたものである。

ひとは誰でも幸せを願う。自分自身の幸せを。そして自分ではない他の誰かの幸せを。

そうして誰かの幸せを願うとき、その存在の輪郭が闇からくっきりと浮かび上がる。幸せを願ってその存在を認識するという根元的な作用を受けるとき、つまり誰かの願いの対象になっているという認識こそが、ひとが生きてゆく原動力となるのだ。

誰かが誰かを想う気持ち、それは星の煌めきのような儚さだろう。広大な宇宙、どこまでも続く夜空の闇に紛れては、見つけることも容易でない、ともすれば見失いがちな、他の星くずに埋もれて気づくことすらない、そんなちっぽけな星の光である。
しかし、そこに星は輝いているのである。一度見つけてしまえばもう目を離すことも出来ない、決して見失うこともない、常に煌めき歌ってくれる、もしもそんな星の光を見つけることが出来たなら、ひとは生きてゆける。
夜の闇は深すぎて、そんなちっぽけな星の光だけでは闇を払うことは出来ない。夜道を照らすことすら出来ない。直接、何かの助けになる訳ではない。何かしてくれる訳ではない。それでも、自分のことを想ってくれている人がいる、自分を認めてくれている人がいる、心からそう思えた時、ひとの心には闇を払う灯が点るのだ。

もちろん、そうした、広くは愛という名の認知を最初に与えるのは親である。しかし、親子の間にある生物学的な天与の本能だけではなく、人間としての自発的な理性と感情の成果として、ひとは同じものを自らの意志で生み出すことが出来る。そして同時に剥奪し破壊することも出来る。このことが作者が提示したかったことであり、高屋作品においていつも示されようとしてきたテーマである。

だから、両親からの愛情を徹底的に剥奪されて育ち、夜空の星々が煌めき歌うのを慰めに育ったサクヤを、本当に癒していくのは、奏や聖、ユーリ、そして千広など、サクヤの想いに触れ、サクを想う人達である。
また、同じように、子供より男を選ぶ母親の元で本心を隠し人形のように上手く立ち回ることに長けた千広の心を開いたのは、不器用にしか振る舞えないため世間の荒波をまともに被っているサクラであったが、千広の存在に躊躇せずこの生きづらい世界との離別を選択することで、千広の心に残酷な帳を下ろしたのもサクラだった。千広は後遺症で目覚めぬサクラの傍らで自身を嘖みながら心を閉ざしてゆく。

人は自分を認め理解してくれる人がいるから生きてゆけるのである。

両親からの愛情を切断され継母にも疎まれ続けたサクヤは、自らの存在を否定するだけの暗い世界に漂う中で、まず奏という星に出逢い、いつまでも両親にすがり続ける自分との決別を果たす。世間的には後ろ指をさされるような奏との生活であったが、サクヤにとってはそれがどれだけ救いになっているか分からなかった。しかし、そんな自身の気持ちは他人には理解されず、それはささやかな学生生活の中で得た友人である聖やユーリをも例外ではなかった。そんなサクの感じていた壁をあっさり乗り越えて、サクヤの欲しかった心を震わす言葉を投げたのが千広であった。千広はサクヤという人間をそこに認めたのだ。

もう決して何も受け入れようとはしない千広の心に、サクヤは必死でくらいつき、どれだけすげなくされようと、何度だろうと千広に真っ直ぐぶつかってゆく。親を求める子犬のような必死さで相手を求めるのは、サクヤにとって千広は最初で最後の希望の星だったからだ。もちろん、それは同時に恋という名の想いでもあった。

自分を理解し認めてくれた千広を想うサクヤの気持ちは、そのまま千広という人間の認知となり、千広にこの世界で生きることをゆっくりと見つめさせていく。二人の想いはほぼ通い合い、進路選択を控えた三年の冬、千広はサクヤとこの町で生きていこうと思い始める。

しかし、実は目覚めていたサクラからの突然の電話で東京に駆けつけた千広は、東京に戻り、サクラを支えることを決意する。
一度は自分を否定したサクラを支えることを選んだのは、この世が悲しい辛いことだけではないとサクヤに教えてもらったからだった。サクラのために、サクヤのために、そして何より自分自身のために、それをサクラに伝えたいと決意したのだ。
ショックを受けつつも、サクラを選ぶ所まで含めて、千広という人間の全てを受け止めるサクヤ。

卒業式の前日、最後に二人で星が見たいとした最後のデートは、これまでの二人の想いが集まって、その1秒1秒の手ですくえるほどの濃密な空気の描写が素晴らしいシーンだった。サクラのために東京に行く千広が、自分を想っていてくれたこと、二人の想いは同じだったことを知ったサクヤ。歓喜と絶望のうねりの中で、互いを想い合い、そして別れていった二人。

夜明けの中に泣き崩れるサクヤに、奏が掛ける言葉、今が人生で一番辛くて悲しいと思ってるかも知れないが、長い人生こんなのはほんの前座で、もっと辛い悲しいことが山ほど起こる、そして嬉しいとか幸せなことも。世の中なんて、最後に笑ってられたら勝ちだ、という逆説的な慰めの言葉は、作者から読者へのエールでもあると思う。

この作品は、未来を見据えた、エールの歌でもあるのだ。
夜空の星の歌に慰められていたサクヤは、自分を深くを想ってくれる人達がいることを知る。私の星は、朝になっても、どこででも、歌ってくれる。たとえ千広のように想い出になっても。そう気づくことによって生きてゆく意味と術を知る青春の話である。
作中にはたくさんの星が登場する。千広を象徴するアルファルド、コル・ヒドレを始め、デネブ、アルタイルと言ったおなじみの星達の歌がサクヤを慰める。
しかし、星はそれぞれ単独で存在する訳ではない。星は星座を生み、星座は物語を生む。
同じように、サクヤの周りの星々も、やがては星座となり、夜空を埋め尽くす広大な星々の物語に組み込まれていくだろう。
家族という最小単位社会での迫害による傷心があっても、やがては小さな一歩を踏み出し、いつの日にか人々の関係性の海へ帰って来るだろうという希望と願いが、この作品には込められているのではないか。
物語のエンド、素晴らしい余韻の中で、どこか明るく開放的な光を感じるのは、作中こうした未来への視座が強く暗示されているためである。
こうした未来への継続というポイントは、前作フルバでも同様に、高屋作品では重要な意味を持ち、その魅力の一翼となっていることは間違いないと思う。
思えば、サクヤと千広の秘密の学校デートにて、いつからいつまでが春かというサクヤの問いに、桜が咲いて、散るまで、という千広の答えは、二人が出会った青春という季節を経て、朱夏への淡い期待が込められている。もちろんその他にも山盛り暗喩が込められた名シーンである。

高屋作品特有の、精緻な設定とそれに基づいた詳細な描写、複雑に張り巡らされた伏線と期待の一歩先を行く展開、フラッシュバックと暗喩に満ちた台詞回しなどは健在で読むたびに発見がある。正直、2周目以降の方が楽しめるだろう。
今作はフルバと違いやや地味目なトーンでスローペースなため、特に最初の内はあまりなじめないかも知れないが、全体としての完成度はフルバにも匹敵すると思う。
それが果たして良いことかどうかの判断は人によるだろうが、漫画としてのエンターテインメントと、物語としての完成度を秤に掛けた、という印象である。もちろんエンターテインメントとしても上級であることは間違いないが、例えそれを捨ててでも描き切りたいことがあった、という気迫を通読後は感じた。

間違いなく、作者の代表作の一つとなるだろう。また、新連載のリゼ魔女も非常に楽しみである。


高屋奈月
星は歌う

じーばーそだち/須藤真澄

一点鎖線漫画家須藤真澄は、実は前から結構好きで、ゆずシリーズ(含どんぐりくん)、おさんぽ大王など、何冊か書架に持っている。
最近はあまり読んでなかったのだが、例によって職場で珍しく須藤本を拾ったので、読んでみた。

両親が共働きで多忙なため東京下町のジジババにしつけられて育った小学生のりるちゃんを中心に描いた4コマシリーズ。そう言えば4コマは珍しいかも。

最初パラパラ見て、子供の癖にきちっとしている、という様なジジババ臭をギャグの要にしたほのぼの系かな、と思ったが、後半、案外幅広い話題を納めてきていて、意外と面白かった。

須藤真澄
じーばーそだち

君に届け 12・13巻/椎名軽穂

注文から二十日かかり、ようやく12巻が届いたので13巻と合わせて読んだ。

いろいろ危惧していた告白後の展開だが、おおむね期待通りの水準・内容で、大満足。
このまま、ぶれずにゆっくり丁寧に描いていって欲しい。

両想いになりさえすれば、それで「届いた」のかというと、そうではないよね、そんな簡単なものではないよね、という、地味だけど当たり前の現実について、じっくりとした描写が最高に素晴らしい。手をつなぎたいけど、繋げない。恥ずかしい、勇気がでない。そもそも、触れたいという私の気持ちは正しいの?その気持ちを伝えてしまうことの是非はどうなの?と、今時こんな所から描き起こしている漫画は希有だろう。
暗黙の了解とかノリとか雰囲気とか、流れの中で「気持ちが伝わる」現象を安易に描写するのではなく、人間としての意志と理性の元で、「気持ちを伝える」事にこだわる姿勢は、「君に届け」という名に恥じない。

いや、本当に感銘を受けているのだ。少女漫画という外見と特異な設定などから、ただのラブコメと思われがちだろうが、実際は当初より非常に理知的な漫画なのである。想い合う二人なら言葉が無くても伝わり合う、なんて綺麗な幻想を根底から破壊して、泥臭く汗くさい地道な意思疎通の構築過程が、やはりこの漫画の真骨頂である。だから、その意味では、告白なんぞ入り口に手を掛けただけに過ぎず、これからがまさに「届け」という意味で本番だろう。というか是非にもその路線で行って欲しいと祈るばかりだ。

こうした漫画が成立し得たのは、当然、爽子と風早というキャラの創造による所が大きい訳だが、本当に、キャラの描かれ方の厚みは素晴らしいとしみじみ思う。しかし、今回特に素晴らしいなと思ったのは、爽子の母の描かれ方だ。
爽子のようなキャラの造形はプロなら割合簡単に作り出せるだろう。ただ、それをぶれずに描き続けることはなかなか出来ることではない。しかしそれにもまして驚いたのは、その上で、あのような母まできちんと描いてくる事だ。
本当に明るくて裏表が無く人がいい人物という風早の母親の描かれ方ときちんと対比して、爽子の母の人間的深みの滲ませ方がすごい。その真っ直ぐな聡明さと併せ持った良い意味でのブラックさ、玉のように傷のない家族愛と強い意志、ああ、この母にして爽子ありだなと、納得し飲み込むのに微塵も抵抗がない。両家とも、一見目を惹く特異な父親達はしょせん飾りに過ぎず、この母達の骨太な人間的素地は今後の物語のうえで重厚なベースとして非常に影響してくるのではないだろうか。下手すると爽子より魅力がありそうで、あまり出し過ぎると不味いかもしれない。

今後の展開として、一般的な恋愛漫画の範疇においては、両想いになったからと行って上手くいくとは限らないよね、いろいろあるよね、というテーマを敷衍する形だろう。
個人的な経験として、また伝聞として、想いが伝わりあったのにもかかわらず進展しなかった、なぜか自然消滅した、というケースは多くの人が知っていることだろう。そしてもちろん、上手くいくケースは山ほどある訳で、そうしたテーマのネタには困ることはないだろう。

一方で、個人的に非常に穿ったポイントながら勝手に期待していることは、誠実で意志が堅く非常に聡明な爽子という視点から、恋愛感情を理知的に言語的に分析していって欲しいと言うことだ。
恋愛は無条件に素晴らしいよね、愛に言葉は要らないよね、私の気持ちが全てだわ、というような旧態依然とした思考停止の恋愛表現ではなく、恋愛感情など生殖本能の発露に過ぎないという現実をしっかりと踏まえ、ただし決してそれを卑下するのではなく、冷静な分析をもとに自分自身の感情を味わう知性、というものを表現して欲しい。なぜなら、それこそがまさに、生きている、という意味だと思うから。そして内なる自分自身との連携を、そして外部に存在するパートナーとの関係を、言語的コミュニケーションでもって構築していく様を見たい。
非常に難しいとは思うが、爽子というキャラになら為し得ると思う。そしてこの13巻までの展開では、かなり素晴らしい成果を上げていると思うのだ。
もとより作者がこんな事を考えているかどうかは分からないし、その目指している所も神のみぞ知る、だ。しかし、私にはどうしてもそのような作者の意志と拘りを感じずには居られない。
そうした言語という視点から見ると、例えば、爽子と名前を呼ばれた瞬間恋に落ちたの、というようなエピソードなどが幾重にも深い深い色合いを帯びてくるのであるから。


椎名軽穂
君に届け 13巻

DS/フロウート/任天堂

任天堂ゲームセミナー第4弾。

実は時間が無くて、あまりプレイできなかったのだ。ゴメン。

ゲーム内容はというと、下画面のタッチパネルをこする操作でもって、海の中に「流れ」を作り出し、その流れによって自分たちでは動けないクラゲの仲間達をゴールまで連れて行く、というもの。クラゲは海中あちこちに待機しており、仲間に触れさせることで動かせるようになる。
もちろん海の中には敵や罠が一杯だ。クラゲは弱いので、接触一発で死んでいく。
クラゲ仲間の集団には1匹だけ王冠を被ったキングクラゲが混じっており、キングが死ぬと即リトライになってしまう。ただしキングが死んだ直後には王冠がだけが数秒漂っているので、そこへすかさず後継のクラゲを流し込み、次代のキングと仕立て上げれば継続可能だ。このギミックは結構面白くて良いと思う。

ゴール時には何匹連れてこれたかによってメダルがもらえる。

直接クラゲを動かすのではなく、海水の流れを作ってクラゲを流す操作はもどかしくて面白い。操作感、画面構成、デザインともよくまとまっていると思う。単にコースクリアだけならそう難しいことはないが、ノーミス全回収などと狙うと格段に難しくなる。敵や罠の種類も豊富で飽きさせないし、トランペット無敵も爽快でよい。
クリアのスタッフロール時に遊ばせるサービス精神もいいが、お陰で名前とかほとんど見られなかった。

ウェアとしては難点無く商品化できるレベルと思う。

ポポラマーマ心斎橋店/ゆであげ生スパゲティ

ブックオフの向かいにあるので、いつも気になっていたが、いい機会と行ってみた。

まず、ビックリするほど安い。パスタ400円台から。ランチセット690円(大盛1.5倍は+100円)など。
店内はこざっぱりしてきれい。スタッフはテキパキしている。ファミレスチェーンとしては上玉の店では。

肝心のパスタだが、もちもちしていておいしい。ただ、逆にもっちりしすぎてあまりスパゲッティという気がしないが、慣れればこれはこれで、という気になる。
ただし、味付けが濃すぎるのは難点。妻は醤油、自分はペペロンチーノだったが、どちらもかなり濃い。調味料半分でOKな感じ。塩見が強すぎて細かい味などは分からなかった。

メニュー構成は、剛胆にスパゲッティのみ。ただ種類は結構多い。その他はサラダやスープ、パン、デザートなど少々。

ちょっと小腹が空いた時に入るラーメン屋のスパゲッティ版、という感じか。値段を考えればかなり満足度は高いので、また行きたいと思う。
ただ、単純にコストパフォーマンスだけを考えればサイゼリヤの方がまだ上だ。あとは、ゆであげ生パスタ、にどれだけ価値を置くかだろう。