君に届け 12・13巻/椎名軽穂 | 読んだり観たり聴いたりしたもの

君に届け 12・13巻/椎名軽穂

注文から二十日かかり、ようやく12巻が届いたので13巻と合わせて読んだ。

いろいろ危惧していた告白後の展開だが、おおむね期待通りの水準・内容で、大満足。
このまま、ぶれずにゆっくり丁寧に描いていって欲しい。

両想いになりさえすれば、それで「届いた」のかというと、そうではないよね、そんな簡単なものではないよね、という、地味だけど当たり前の現実について、じっくりとした描写が最高に素晴らしい。手をつなぎたいけど、繋げない。恥ずかしい、勇気がでない。そもそも、触れたいという私の気持ちは正しいの?その気持ちを伝えてしまうことの是非はどうなの?と、今時こんな所から描き起こしている漫画は希有だろう。
暗黙の了解とかノリとか雰囲気とか、流れの中で「気持ちが伝わる」現象を安易に描写するのではなく、人間としての意志と理性の元で、「気持ちを伝える」事にこだわる姿勢は、「君に届け」という名に恥じない。

いや、本当に感銘を受けているのだ。少女漫画という外見と特異な設定などから、ただのラブコメと思われがちだろうが、実際は当初より非常に理知的な漫画なのである。想い合う二人なら言葉が無くても伝わり合う、なんて綺麗な幻想を根底から破壊して、泥臭く汗くさい地道な意思疎通の構築過程が、やはりこの漫画の真骨頂である。だから、その意味では、告白なんぞ入り口に手を掛けただけに過ぎず、これからがまさに「届け」という意味で本番だろう。というか是非にもその路線で行って欲しいと祈るばかりだ。

こうした漫画が成立し得たのは、当然、爽子と風早というキャラの創造による所が大きい訳だが、本当に、キャラの描かれ方の厚みは素晴らしいとしみじみ思う。しかし、今回特に素晴らしいなと思ったのは、爽子の母の描かれ方だ。
爽子のようなキャラの造形はプロなら割合簡単に作り出せるだろう。ただ、それをぶれずに描き続けることはなかなか出来ることではない。しかしそれにもまして驚いたのは、その上で、あのような母まできちんと描いてくる事だ。
本当に明るくて裏表が無く人がいい人物という風早の母親の描かれ方ときちんと対比して、爽子の母の人間的深みの滲ませ方がすごい。その真っ直ぐな聡明さと併せ持った良い意味でのブラックさ、玉のように傷のない家族愛と強い意志、ああ、この母にして爽子ありだなと、納得し飲み込むのに微塵も抵抗がない。両家とも、一見目を惹く特異な父親達はしょせん飾りに過ぎず、この母達の骨太な人間的素地は今後の物語のうえで重厚なベースとして非常に影響してくるのではないだろうか。下手すると爽子より魅力がありそうで、あまり出し過ぎると不味いかもしれない。

今後の展開として、一般的な恋愛漫画の範疇においては、両想いになったからと行って上手くいくとは限らないよね、いろいろあるよね、というテーマを敷衍する形だろう。
個人的な経験として、また伝聞として、想いが伝わりあったのにもかかわらず進展しなかった、なぜか自然消滅した、というケースは多くの人が知っていることだろう。そしてもちろん、上手くいくケースは山ほどある訳で、そうしたテーマのネタには困ることはないだろう。

一方で、個人的に非常に穿ったポイントながら勝手に期待していることは、誠実で意志が堅く非常に聡明な爽子という視点から、恋愛感情を理知的に言語的に分析していって欲しいと言うことだ。
恋愛は無条件に素晴らしいよね、愛に言葉は要らないよね、私の気持ちが全てだわ、というような旧態依然とした思考停止の恋愛表現ではなく、恋愛感情など生殖本能の発露に過ぎないという現実をしっかりと踏まえ、ただし決してそれを卑下するのではなく、冷静な分析をもとに自分自身の感情を味わう知性、というものを表現して欲しい。なぜなら、それこそがまさに、生きている、という意味だと思うから。そして内なる自分自身との連携を、そして外部に存在するパートナーとの関係を、言語的コミュニケーションでもって構築していく様を見たい。
非常に難しいとは思うが、爽子というキャラになら為し得ると思う。そしてこの13巻までの展開では、かなり素晴らしい成果を上げていると思うのだ。
もとより作者がこんな事を考えているかどうかは分からないし、その目指している所も神のみぞ知る、だ。しかし、私にはどうしてもそのような作者の意志と拘りを感じずには居られない。
そうした言語という視点から見ると、例えば、爽子と名前を呼ばれた瞬間恋に落ちたの、というようなエピソードなどが幾重にも深い深い色合いを帯びてくるのであるから。


椎名軽穂
君に届け 13巻