「時の流れ」
薄暗いキッチンから、洗面所の窓を眺めてた。
何の木だったのだろう。
枝と葉が揺れている。
僕らがここに越して来たときから、その木はそこにあって、
洗面所に丁度いい木陰を作ってた。
僕はふと思う。
現在。
過去。
未来。
そんなものは実は無く、
すべてが同一線上に並んだ、何の意味も無い、
くだらない事象なのじゃないかと。
過去から現在へ。
そして未来へ。
そんなこと、誰が証明出来る?
すべては同時に起こってるんだよね。
でないと、
この理不尽な世の中を、
理解することなんて、
到底出来はしない。
そうさ。
すべてが同時に始まり、
そして、
終わってる。
それで、すべてが理解出来るのさ。
何の木だったのだろう。
枝と葉が揺れている。
僕らがここに越して来たときから、その木はそこにあって、
洗面所に丁度いい木陰を作ってた。
僕はふと思う。
現在。
過去。
未来。
そんなものは実は無く、
すべてが同一線上に並んだ、何の意味も無い、
くだらない事象なのじゃないかと。
過去から現在へ。
そして未来へ。
そんなこと、誰が証明出来る?
すべては同時に起こってるんだよね。
でないと、
この理不尽な世の中を、
理解することなんて、
到底出来はしない。
そうさ。
すべてが同時に始まり、
そして、
終わってる。
それで、すべてが理解出来るのさ。
小説 猫と女 第四話
前回までのあらすじ。
猫を探しに突然女がやって来た。
いきなり僕の部屋に上がり込む女。
冷笑を浮かべ、僕を見下す視線。
しかし、そんな視線に言いようの無い心地よさを感じる僕。
この女は、はたして暴力的なビデオに出演していた女なのか。
僕は女を、女として意識し始めていた。
猫と女 第一話
猫と女 第二話
猫と女 第三話
新見美和は僕の上にまたがり、僕のものを飲み込んだ。
始めてそうなったとき、僕はそれだけで果ててしまった。
そのとき、新見美和は僕のことを蔑むことも無く、優しく抱きしめてくれた。
これで何回目なのか。
新見美和は当たり前のように僕の部屋にやって来て、僕と体を重ね、冷蔵庫を開けて何かを食べて、帰って行く。
時には食べ物と酒を携えてやってくるときもあった。
猫は何度も僕の部屋に戻って来ては、新見美和が連れ帰り、そしてまた戻って来た。
その度に僕は、新見美和に弄ばれる。
いや、僕は快楽に恍惚とし、新見美和が現れるのを心待ちにするようになっていた。
猫のおかげなのか?僕は心から猫に感謝していた。
新見美和の行為は、いたってノーマルだった。
すべての行為が新見主導で行われる以外は。
それはキスから始まり、全身を愛撫される。そして一つになる。
僕はただじっとしているだけだった。
新見がアダルトビデオに出演していたという疑惑は、もう抱いていなかった。
しかし、僕はあることを期待していた。
新見美和に、痛めつけられながら、果てることを。
その日。僕が帰ってくると新見美和は既に部屋にいた。猫を抱いて何か話しかけているようだった。
キッチンにはスーパーの買い物袋が二つ置いてあった。
僕は美和の様子が何か少しおかしいと思った。
よく見ると、
美和は、猫に話しかけながら、泣いていた。
「ねえ、知ってる?」
「何ですか、美和さん?」
僕はいつだってこうだ。彼女を呼び捨てになどできなかった。いつもさん付け。
ほんとうに、情けなくなってしまう。しかし、それが心地よかった。
彼女は涙を隠そうともせず、頬に伝うがままにして、僕の方をみてこう言った。
「猫って………」
猫は美和に頭を撫でられ、ぐるぐると喉を鳴らしている。
その音が、僕にもはっきりと聞こえた。
「自分が死ぬ姿を人に見られたくないのよ」
「え?」
「だってそうでしょう?死ぬときは猫だって人間だってひとりなの。そのことを猫はちゃんとわかってる」
「………」
「だからジュン。この子が年老いて、その時が来たら決して家にとどめて置かないでね。ちゃんと外に出してあげて」
「それは僕じゃなくて、美和さんがそうしてあげればいいじゃないですか。美和さんの猫なんだし」
美和は悲しげに笑い、僕の元にやって来て唇を重ねた。
僕は母親に手を引かれる子供のようにベットに導かれ、
服を脱ぎ、
下着を脱ぎ。
それから。
いつもなら、そのまま僕の上にまたがる美和が、その日は先にベットに入った。
僕はどうして良いかわからなかった。
美和が手を差し伸べる。
僕は美和の隣に体を入れてキスをした。
僕が体を重ねると、美和は何処に隠していたのか、スカーフをとり出した。
僕ははっとし、鼓動が倍の早さに跳ね上がるのを感じた。
体全部の血が、下半身に一瞬にして集まってしまったかのような。
ついに、美和は本性を現したのだ、と僕は思った。
僕は心の中で歓喜した。
このスカーフで僕を縛るつもりに違いない。
僕が望んでいたこと。
新見美和に、あのビデオのように痛めつけられることを。
しかし、それは叶わなかった。
美和の濡れた唇から出た言葉は、僕の想像を超えるものだった。
「ジュン」
「………」
「わたしを縛って」
猫を探しに突然女がやって来た。
いきなり僕の部屋に上がり込む女。
冷笑を浮かべ、僕を見下す視線。
しかし、そんな視線に言いようの無い心地よさを感じる僕。
この女は、はたして暴力的なビデオに出演していた女なのか。
僕は女を、女として意識し始めていた。
猫と女 第一話
猫と女 第二話
猫と女 第三話
新見美和は僕の上にまたがり、僕のものを飲み込んだ。
始めてそうなったとき、僕はそれだけで果ててしまった。
そのとき、新見美和は僕のことを蔑むことも無く、優しく抱きしめてくれた。
これで何回目なのか。
新見美和は当たり前のように僕の部屋にやって来て、僕と体を重ね、冷蔵庫を開けて何かを食べて、帰って行く。
時には食べ物と酒を携えてやってくるときもあった。
猫は何度も僕の部屋に戻って来ては、新見美和が連れ帰り、そしてまた戻って来た。
その度に僕は、新見美和に弄ばれる。
いや、僕は快楽に恍惚とし、新見美和が現れるのを心待ちにするようになっていた。
猫のおかげなのか?僕は心から猫に感謝していた。
新見美和の行為は、いたってノーマルだった。
すべての行為が新見主導で行われる以外は。
それはキスから始まり、全身を愛撫される。そして一つになる。
僕はただじっとしているだけだった。
新見がアダルトビデオに出演していたという疑惑は、もう抱いていなかった。
しかし、僕はあることを期待していた。
新見美和に、痛めつけられながら、果てることを。
その日。僕が帰ってくると新見美和は既に部屋にいた。猫を抱いて何か話しかけているようだった。
キッチンにはスーパーの買い物袋が二つ置いてあった。
僕は美和の様子が何か少しおかしいと思った。
よく見ると、
美和は、猫に話しかけながら、泣いていた。
「ねえ、知ってる?」
「何ですか、美和さん?」
僕はいつだってこうだ。彼女を呼び捨てになどできなかった。いつもさん付け。
ほんとうに、情けなくなってしまう。しかし、それが心地よかった。
彼女は涙を隠そうともせず、頬に伝うがままにして、僕の方をみてこう言った。
「猫って………」
猫は美和に頭を撫でられ、ぐるぐると喉を鳴らしている。
その音が、僕にもはっきりと聞こえた。
「自分が死ぬ姿を人に見られたくないのよ」
「え?」
「だってそうでしょう?死ぬときは猫だって人間だってひとりなの。そのことを猫はちゃんとわかってる」
「………」
「だからジュン。この子が年老いて、その時が来たら決して家にとどめて置かないでね。ちゃんと外に出してあげて」
「それは僕じゃなくて、美和さんがそうしてあげればいいじゃないですか。美和さんの猫なんだし」
美和は悲しげに笑い、僕の元にやって来て唇を重ねた。
僕は母親に手を引かれる子供のようにベットに導かれ、
服を脱ぎ、
下着を脱ぎ。
それから。
いつもなら、そのまま僕の上にまたがる美和が、その日は先にベットに入った。
僕はどうして良いかわからなかった。
美和が手を差し伸べる。
僕は美和の隣に体を入れてキスをした。
僕が体を重ねると、美和は何処に隠していたのか、スカーフをとり出した。
僕ははっとし、鼓動が倍の早さに跳ね上がるのを感じた。
体全部の血が、下半身に一瞬にして集まってしまったかのような。
ついに、美和は本性を現したのだ、と僕は思った。
僕は心の中で歓喜した。
このスカーフで僕を縛るつもりに違いない。
僕が望んでいたこと。
新見美和に、あのビデオのように痛めつけられることを。
しかし、それは叶わなかった。
美和の濡れた唇から出た言葉は、僕の想像を超えるものだった。
「ジュン」
「………」
「わたしを縛って」
「黒い神様」 第一話
死ぬ意外に考えられなかった。
苦しみから逃れるため?
それとも、
本当の苦しみを得るため?
夜の街を彷徨いながら、俺は夜空を眺める。
完全な闇ではなく、町の灯りを薄汚れた大気が跳ね返し、微かな緑色に染まっている。
食欲は無かった。
しかし、まだ痛みに襲われる事もなかった。
黄疸が出始めている。
本当の苦しみはこれからだろう。
財布の中身は減る一方で、決して増える事は無かった。
俺は財布の中身をあらためた。
二千十五円。
半年前に肝臓癌に罹り長期病欠。
会社を解雇された。
おまけにそんな俺を置いて、妻子は家を出て行った。
一ヶ月後、離婚届が郵送されてきた。
金がなく、病院へ通院する事も出来ず、ひとまず食肉加工会社でアルバイトをしたが、そこも解雇された。
通り過ぎる人々。
親子連れ。
若者。
老人。
俺の目の前を、台車に荷物を山積みにした浮浪者が通り過ぎて行く。
ゴミ箱の前で停まり、中を漁り始めた。手にしているのは空き缶だった。
俺には浮浪者になる選択肢も無かった。
まもなく癌が進行し、どうにもならなくなって、あの世行きだからだ。
しかも、入院する金すら無く、頼る親類も無く、病院で静かに死を待つ事も出来ない。
街を彷徨いながら死に場所を探した。
繁華な街の中で、自殺を遂げる場所など何処にも無い。橋の上から川へ飛び込んだとしても、誰かに目撃され通報されたら?
もっとも、入水自殺はごめんだった。最も苦しい死に方だと、何かで読んだ事があったからだ。
飛び降り自殺。
首つり。
薬物。
考えるだけで、それらはあまりにもリアリティーを欠き、かけ離れた世界の寓話のように思えた。
それは、俺自身まだ生きたいと思っているからなのか?
気が付くと俺は、友人のアパートの前に立っていた。
友人は、俺を部屋に招き入れ、水割りを作り差し出してくれた。
ついこの間まで、病を克服してやろうとがんばってみたが、もうどうでもよく、今や酒を飲む事に抵抗も無く………。
最後の酒になるのか、と何となく思いながら、俺はちびちびと水割りを舐めた。
「袋小路。八方ふさがり。とにかく打つ手は無いな」
「俺に出来る事は?」
「こうして、話し相手になってくれているだけで十分だよ」
「………」
友人は一度天井を仰ぎ、ため息をつくと、ゆっくりと立ち上がり台所に消えた。
戻ってくると、新しいウイスキーのボトルにオイルサーディンの缶詰を抱えてた。
「なぜ………」
俺は黄色くなった手のひらを見つめながら呟いた。
「ん?」
「何故俺だけこんな目に遭うのか、といつも思ってた」
それから、ほとんど話す事もなく、俺たちは水割りを飲み続けた。
新しいウイスキーのボトルが半分ほどになった。
アルコールが体を駆け巡り、視界がまわった。
友人を見る。
そこにいたはずの友人は、黒い影のように見えた。
その直後、俺は絶句した。
一瞬にして友人の体がドロリと溶解し、飛沫を上げて床に落ちた。
友人の座っていた辺りに、赤黒い液体が広がり微かに脈打っている。
その液体がゆっくりと移動し一つに収束する。
大きな黒い固まりになり、脈打ちながら徐々に膨張していった。
人の形だった。
光を吸収して、何も跳ね返さない暗黒。
「なんてこった」
目の前の人の形をした黒い固まりは、頭に二本の角があり、背中には黒い翼が生えていた。
俺は頭の中で、悪魔だ、と呟いた。その言葉は目の前の異形のものに届いたようだ。
そいつは俺にこう言った。
「おまえ、俺の事ちゃんと見てるの?俺、神様なんだけど」
「神様?」
「あたりまえじゃん、なんか勘違いしてるんじゃねえの?」
「………」
俺は飲み過ぎたのだろうか?酔って幻覚を見ているのか。それとも、酔った挙げ句に眠ってしまい、今は夢の中にいるのだろうか?
目の前のそいつは、またもや俺の心の中のつぶやきを聴いたに違いない。
即座にこう返して来た。
「だからさあ、これは現実なんだよ。すべては俺の仕事なんでね」
~第二話に、続く。
第二話はこちら
苦しみから逃れるため?
それとも、
本当の苦しみを得るため?
夜の街を彷徨いながら、俺は夜空を眺める。
完全な闇ではなく、町の灯りを薄汚れた大気が跳ね返し、微かな緑色に染まっている。
食欲は無かった。
しかし、まだ痛みに襲われる事もなかった。
黄疸が出始めている。
本当の苦しみはこれからだろう。
財布の中身は減る一方で、決して増える事は無かった。
俺は財布の中身をあらためた。
二千十五円。
半年前に肝臓癌に罹り長期病欠。
会社を解雇された。
おまけにそんな俺を置いて、妻子は家を出て行った。
一ヶ月後、離婚届が郵送されてきた。
金がなく、病院へ通院する事も出来ず、ひとまず食肉加工会社でアルバイトをしたが、そこも解雇された。
通り過ぎる人々。
親子連れ。
若者。
老人。
俺の目の前を、台車に荷物を山積みにした浮浪者が通り過ぎて行く。
ゴミ箱の前で停まり、中を漁り始めた。手にしているのは空き缶だった。
俺には浮浪者になる選択肢も無かった。
まもなく癌が進行し、どうにもならなくなって、あの世行きだからだ。
しかも、入院する金すら無く、頼る親類も無く、病院で静かに死を待つ事も出来ない。
街を彷徨いながら死に場所を探した。
繁華な街の中で、自殺を遂げる場所など何処にも無い。橋の上から川へ飛び込んだとしても、誰かに目撃され通報されたら?
もっとも、入水自殺はごめんだった。最も苦しい死に方だと、何かで読んだ事があったからだ。
飛び降り自殺。
首つり。
薬物。
考えるだけで、それらはあまりにもリアリティーを欠き、かけ離れた世界の寓話のように思えた。
それは、俺自身まだ生きたいと思っているからなのか?
気が付くと俺は、友人のアパートの前に立っていた。
友人は、俺を部屋に招き入れ、水割りを作り差し出してくれた。
ついこの間まで、病を克服してやろうとがんばってみたが、もうどうでもよく、今や酒を飲む事に抵抗も無く………。
最後の酒になるのか、と何となく思いながら、俺はちびちびと水割りを舐めた。
「袋小路。八方ふさがり。とにかく打つ手は無いな」
「俺に出来る事は?」
「こうして、話し相手になってくれているだけで十分だよ」
「………」
友人は一度天井を仰ぎ、ため息をつくと、ゆっくりと立ち上がり台所に消えた。
戻ってくると、新しいウイスキーのボトルにオイルサーディンの缶詰を抱えてた。
「なぜ………」
俺は黄色くなった手のひらを見つめながら呟いた。
「ん?」
「何故俺だけこんな目に遭うのか、といつも思ってた」
それから、ほとんど話す事もなく、俺たちは水割りを飲み続けた。
新しいウイスキーのボトルが半分ほどになった。
アルコールが体を駆け巡り、視界がまわった。
友人を見る。
そこにいたはずの友人は、黒い影のように見えた。
その直後、俺は絶句した。
一瞬にして友人の体がドロリと溶解し、飛沫を上げて床に落ちた。
友人の座っていた辺りに、赤黒い液体が広がり微かに脈打っている。
その液体がゆっくりと移動し一つに収束する。
大きな黒い固まりになり、脈打ちながら徐々に膨張していった。
人の形だった。
光を吸収して、何も跳ね返さない暗黒。
「なんてこった」
目の前の人の形をした黒い固まりは、頭に二本の角があり、背中には黒い翼が生えていた。
俺は頭の中で、悪魔だ、と呟いた。その言葉は目の前の異形のものに届いたようだ。
そいつは俺にこう言った。
「おまえ、俺の事ちゃんと見てるの?俺、神様なんだけど」
「神様?」
「あたりまえじゃん、なんか勘違いしてるんじゃねえの?」
「………」
俺は飲み過ぎたのだろうか?酔って幻覚を見ているのか。それとも、酔った挙げ句に眠ってしまい、今は夢の中にいるのだろうか?
目の前のそいつは、またもや俺の心の中のつぶやきを聴いたに違いない。
即座にこう返して来た。
「だからさあ、これは現実なんだよ。すべては俺の仕事なんでね」
~第二話に、続く。
第二話はこちら