日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。 -47ページ目

廃品回収〜無料引き取り(失笑)

庭の草取りをした。

ざっと伸びた草だけ。

それだけでも、庭はずいぶんとすっきりした。


近所の老人が苦言を呈するのも仕方のない事だ。


人が住んでいる家なのだ。


草が伸び放題というのも、うまくない。


真夏にこんな事をやろうとは思わなかった。

今日は涼しく、日差しも柔らかで、

絶好の草取り日和ってわけさ。



遠くから、廃品回収をつたえる音声が流れて来た。

女の声の録音で、エンドレスで流れてる。


「ノートパソコン。プレイステーション。エアコン。液晶テレビなどがありましたら、

無料にて、無料にて引き取らせていただきます」


俺は苦笑した。

ほんとうに。



すべて値打ちもので、

どれもリサイクルショップに持ちこめば、

少なからず金になる代物だ。


ひょっとして、

ここの住民は、馬鹿だと思われているのか?

だれがそんなもの、ただで持って行ってもらおうなんて思うわけ?


ブラウン管テレビなら、

どうなのだろう?

ぼったくられるんだろうな。


おそらくは、リサイクル料金より高く。


俺はある朝、


猛スピードで走るトラックを見た。


ゴミ捨て場の新聞紙の山を素早く荷台に放り込むと、

猛スピードで走り去って行く、姿を。



まあ、

それだけなんだけれども。

来客

予想と違った人生を受け入れるのはラクじゃない。
だが人生にラクはない。

映画 ウェザーマンより



ぼんやりと音楽を聴いていたせいで、物音に気が付かなかった。

外で、誰かが扉か窓を叩いているような音がする。

このままやり過ごせるだろうか。


すべてが面倒で、

ひとに会うなどという厄介事はごめんだった。


物音は続く。


その執拗さに俺は立ち上がり、扉の隙間から覗いた。


どうやら窓を叩いているようだった。

いったい誰なのだ。

カーテン越しにそれは確認出来ない。


そのとき、聞き覚えのある、俺の名を呼ぶ声が明瞭に聞こえた。

(いや、聞こえたような気がしたのだ)


親戚が俺を心配し、訪ねて来たのだと思い、

俺はなんだかうれしくなって、玄関まで走った。

ドアを開ける。

俺は唖然とした。

家の向かい側の三軒北側に住んでいる老人だった。

「いったいどうなってるんだよ」

ものすごい剣幕で俺をどやしつけて来た。

何の事だかわからず、俺は玄関先で立ち尽くすしか無かった。

「なんで女房と子供は、出て行ったんだ。あんたと暮らしたくないとでも言っているのか。あんたの親や、向こうの親はなんと言ってるんだ」

「………」

「しっかりしろよ」

老人に両肩をつかまれ、思い切り揺さぶられた。

頭が前後に揺れる。

「ここが嫌だと言ってるのか女房は。この近所には子供がいないからだろう?」

「………」

「しっかりしろよ。何故戻ってくるように言わない?女房の電話番号をよこせ。俺が電話するから」

「俺は心配してるんだよ」


俺は何故か、別れたという事実を、口にしたくはなかった。

何故だかわからない。

とにかく、言いたくはなかったのだ。



そして頭の中で、

娘の母親と復縁する事を想像しようとしたが出来なかった。

代わりに、うんざりするような事ばかりが思い出されて来て、

俺は老人を突き飛ばし、家の中に逃げ込みたい気分になった。




老人は執拗だった。

「おい。そこの庭の戸を開けろ。俺がきれいにしてやるから」

「そんな。大丈夫です。自分でやりますから」

別れてから、庭の手入れなどしていなかった。

雑草が伸び放題で、みられる状態ではなかった。


更に、老人はまくしたてる。


しっかりしろ、

子供と女房を呼び戻せ、と。


唇の端から白い泡が見えた。

俺はそれから眼をそらした。


老人は、娘がお別れの挨拶に来たといい、あんなにかわいい子がなんで出て行くのだと言って、泣き出した。

そしてすぐに泣き止み、

また同じ事を繰り返す。

俺の肩に載せられた、老人の手に力が入る。


「何故戻ってこいと言えない?しっかりしろよ、何故なんだ?」


俺は言っていた。


「もう無理なんです」

「無理って、どういう訳だ?戻ってくるのが嫌だと言ってるからか、それとも別れたとでも言うのか」


「そうです。別れたんです」

それだけを言ってしまうと、

老人はあっさりと引き下がり、

自宅へと戻って行った。


動悸がした。

そして目眩も。


庭に眼をやると、

背丈ほどもある雑草が小さな庭を埋め尽くしていた。


なんてこった。


俺は陰鬱な気分のまま部屋に戻り、

椅子に腰掛けた。


音楽は鳴っているはずだった。



それなのに、


何も聴こえなかった。

雨滴

父親の車のバックシートに身を沈め、

ぼくは窓に張り付いて輝く、

無数の雨滴を、

ぼんやりと眺めていた。


父と母。

そしてぼく。


当たり前の事のように思っていた幸せ。


それでもいつかは終わるに違いないと、

ぼくは気付いていた。


空を見上げると、鉛色の雲が切れ切れになって流れ、

雲の切れ目から淡い光が差し込んでいた。


すべての安息と、

すべての不安と、


そして、

しばしの幸せと。


すべては雨滴の中に蠢く微生物と同じだった。


ぼくらは、小さな雨粒の中で生かされている。


そう、

かりそめの命なのだ。

それでも、


輝いている。


きっと、

輝けるさ。