小説 「猫と女」 第一話
「僕」のところに、ふらりとやってきた猫
全てはそこから始まった
小説が読みやすいようなレイアウトに調節してあります。
猫が鳴いていた。
耳が垂れていて、長毛で、三毛猫である。
僕のそばまでやって来て、体を擦り付ける。
いつものように、えさを小皿にやった。
のどを鳴らしながら、えさを噛み砕いている。
食べ終わると、玄関の前に座り、鉄製のドアをじっと見上げている。
一度、僕の方へ振り返り、非難の視線を投げかけてくる。
なぜ、あいつは戻ってこないのか、と。
この猫と出会ったのはある夏の日だった。
玄関を開け放っていると、猫がこちらをじっと見据えていた。
決してかわいいという面構えではなかった。
どこか挑んでくるような視線で、何故か怒りで目を吊り上げてるように見えた。
ためしにミルクを与えてやると、翌日またやってきてえさをねだるようになり、いつの間にか勝手に家に上がるようになった。
はじめはかわいげの無いその表情に、愛着はわかなかったが、ニャーというかわいらしい鳴き声でやってくるその姿が、僕は次第に好きになっていった。
そして、僕の飼い猫になった。
毎日外に出てゆくが、えさを食べに必ず戻ってくるし、夜はワンルームのアパートの隅で丸くなって眠った。
あるとき、三日たっても猫は僕の部屋に帰ってこなかった。
気まぐれな猫で、またどこか誰かの家に行って、そのまま居座ったのだろうと思って、それほど気にもかけなかった。
四日目に猫は戻ってきた。
南側の窓は締め切っていたので、外で鳴き、窓を前足で叩いて僕を呼んでいたのだ。
喜んで窓を開けると、猫の後ろに女が立っていた。
「この猫、いつも私のところに来て、えさを食べていたのよ」
女がいきなり言った。
背が高く、長い髪は肩を超えて胸の近くまで垂れ下がっている。
長く細い腕が胸の前で組まれていて、片側だけ口角を上げ、僕を睨んでいた。
笑っているのだと僕は気づいた。
言葉に詰まり、僕が立ち尽くしていると、女は突拍子も無い提案を僕になげかけてきたのだった。
「この猫、私に譲ってくれない?」
僕はこの女を見ながら、猫のようなやつだなと思いながら、こう答えていた。
「いいですよ」
↑いつもクリックありがとうございます。