「黒い神様」 第二話
第一話はこちらをクリック
すべてが青白い膜に覆われて、まるで遠近感が無く、
俺は今何処にいるのか、今生きているのかもわからなかった。
昨夜の出来事はいったいなんだったのか?
友人が異形のモノに変わり、
そいつはまるで悪魔のようで、
しかし、自分のことを神と言った。
とんでもない夢だった。
俺は狂ってしまったのか?
それとも?
俺たちの席の向かいには、家族連れが座り、朝食メニューらしきものを注文し、
楽しげに談笑しながら、食事を楽しんでいた。
子供が俺を見つめている。
俺は笑いかけたが、その子は驚きの表情を見せ、握っていたスプーンを落とした。
恐怖が顔に張り付いている。
いったい何故?
ファミリーレストラン。
友人には世話になりっぱなしだ。
昨晩酔って、そのまま眠ってしまった。
そして今もこうして、朝食までおごってもらっている。
「おい、どうしたんだ?食べないのか」
「ああ、なんだか飲み過ぎたみたいだ」
「ところで………」
友人が突然、言葉を切り、静止した。
直後、
友人の姿が、またしても昨夜観た悪魔、いや、神に変わった。
「あんたの考えてることは、全部わかるよ」
「………」
朝日が窓から入り込みテーブルや写真入りのメニューに反射しているが、目の前の黒い人影はいっさいの光を吸収し、輪郭はぼやけ煙のようで。
まさに影だった。
そして、
角。
黒い翼。
どこからどうみても、神には見えなかった。
「俺をどん底に落としいれたのは、あんただろう、今そう思ったね?」
「………」
目の前の黒い神は、まいったねと言った具合に両手を広げながら首を振った。
「あんたら人間は、悪いと思えることは、何でも他人のせいにしたがる。そのくせ、良いことは自分の実力で手に入れたと思っちゃうし」
よく見ると、目の前の黒い神は、革製の鞄を脇に置き、時計も巻いていた。
オメガスピードマスター。
ひょっとして、携帯なんかも持ってるのか。
俺は心の中で考えただけだが、やはり、黒い神は俺の心を聞いていた。
「もちろんもってるさ。本部から無理矢理持たされてるんだけれど。最悪だね携帯って。俺たちの世界も同じで、俺のような下っ端はいいようにこき使われるだけさ」
言いながら、黒い神は携帯をテーブルの上に置いた。
最新式のスマートフォンだった。
「俺、ゲームは興味ないけれども、これはヒマなときによくやっちゃうんだ」
慣れた手つきで画面をタッチし、アプリを起動させ、携帯をくるりと回転させ俺の方へ突き出した。
そのアプリは、タロット占いだった。
携帯の小さな画面の中で、カードは切られ、三枚が並んだ。
「ほれ、押してみて」
俺は言われるがままに、その三枚のカードを順番に押した。
カードがすべて並び、開かれる直前、黒い神はアプリをストップさせた。
「おっといけねえ。あんたの運命はもう決まってるんだっけ」
黒い神は微笑し、携帯を鞄に入れると、替わりに書類ケースを出し、その中からA4サイズの紙を二枚だし、一枚を俺に差し出した。
一番上には俺の名前が書いてあった。
そこに書かれていたのは、俺の人生だった。
しかも、厄災ばかりが並んでいる。
すべて、事実だった。
びっしり文字が並んでいたが、俺が癌に罹り会社を解雇されるところで文字が終わっていた。
「これから先のことは、こっちに書いてあるよ」
そう言いながら黒い神は、手元にあるもう一枚の紙を、指先でトントンと叩いた。
俺の人生は、後一枚分の災難が待ち受けているということなのか?
俺は間もなく、死ぬというのに。
俺の疑問にはおかまい無しに、すこし饒舌になった黒い神は語り続けた。
「俺たちの仕事は、君たちに幸せを与えることなんだ」
考える前に、俺の体は反応し、立ち上がり、そして、
「おい!ふざけるんじゃねぞ!」
俺は自分でも、驚くくらい大きな声を上げていた。
黒い神も、俺の声に気圧され、いくらかだが身を引いた。
「やっぱり勘違いしてるよ、あんた」
そう言いながら、黒い神はコーヒーを口に運んだ。
俺も、自分を落ち着かせるため、水を口に含んだ。
「お前達が、神と呼んでる存在も、お前達が悪魔と呼んでる俺たちも、まったく同じ仕事をしているんだよ」
「………」
「福音も厄災も、中身はいっしょさ」
「そう………」
「ようはその事象を、どう見るか、どう感じるかの違いによる」
「ただそれだけ」
第三話につづく
すべてが青白い膜に覆われて、まるで遠近感が無く、
俺は今何処にいるのか、今生きているのかもわからなかった。
昨夜の出来事はいったいなんだったのか?
友人が異形のモノに変わり、
そいつはまるで悪魔のようで、
しかし、自分のことを神と言った。
とんでもない夢だった。
俺は狂ってしまったのか?
それとも?
俺たちの席の向かいには、家族連れが座り、朝食メニューらしきものを注文し、
楽しげに談笑しながら、食事を楽しんでいた。
子供が俺を見つめている。
俺は笑いかけたが、その子は驚きの表情を見せ、握っていたスプーンを落とした。
恐怖が顔に張り付いている。
いったい何故?
ファミリーレストラン。
友人には世話になりっぱなしだ。
昨晩酔って、そのまま眠ってしまった。
そして今もこうして、朝食までおごってもらっている。
「おい、どうしたんだ?食べないのか」
「ああ、なんだか飲み過ぎたみたいだ」
「ところで………」
友人が突然、言葉を切り、静止した。
直後、
友人の姿が、またしても昨夜観た悪魔、いや、神に変わった。
「あんたの考えてることは、全部わかるよ」
「………」
朝日が窓から入り込みテーブルや写真入りのメニューに反射しているが、目の前の黒い人影はいっさいの光を吸収し、輪郭はぼやけ煙のようで。
まさに影だった。
そして、
角。
黒い翼。
どこからどうみても、神には見えなかった。
「俺をどん底に落としいれたのは、あんただろう、今そう思ったね?」
「………」
目の前の黒い神は、まいったねと言った具合に両手を広げながら首を振った。
「あんたら人間は、悪いと思えることは、何でも他人のせいにしたがる。そのくせ、良いことは自分の実力で手に入れたと思っちゃうし」
よく見ると、目の前の黒い神は、革製の鞄を脇に置き、時計も巻いていた。
オメガスピードマスター。
ひょっとして、携帯なんかも持ってるのか。
俺は心の中で考えただけだが、やはり、黒い神は俺の心を聞いていた。
「もちろんもってるさ。本部から無理矢理持たされてるんだけれど。最悪だね携帯って。俺たちの世界も同じで、俺のような下っ端はいいようにこき使われるだけさ」
言いながら、黒い神は携帯をテーブルの上に置いた。
最新式のスマートフォンだった。
「俺、ゲームは興味ないけれども、これはヒマなときによくやっちゃうんだ」
慣れた手つきで画面をタッチし、アプリを起動させ、携帯をくるりと回転させ俺の方へ突き出した。
そのアプリは、タロット占いだった。
携帯の小さな画面の中で、カードは切られ、三枚が並んだ。
「ほれ、押してみて」
俺は言われるがままに、その三枚のカードを順番に押した。
カードがすべて並び、開かれる直前、黒い神はアプリをストップさせた。
「おっといけねえ。あんたの運命はもう決まってるんだっけ」
黒い神は微笑し、携帯を鞄に入れると、替わりに書類ケースを出し、その中からA4サイズの紙を二枚だし、一枚を俺に差し出した。
一番上には俺の名前が書いてあった。
そこに書かれていたのは、俺の人生だった。
しかも、厄災ばかりが並んでいる。
すべて、事実だった。
びっしり文字が並んでいたが、俺が癌に罹り会社を解雇されるところで文字が終わっていた。
「これから先のことは、こっちに書いてあるよ」
そう言いながら黒い神は、手元にあるもう一枚の紙を、指先でトントンと叩いた。
俺の人生は、後一枚分の災難が待ち受けているということなのか?
俺は間もなく、死ぬというのに。
俺の疑問にはおかまい無しに、すこし饒舌になった黒い神は語り続けた。
「俺たちの仕事は、君たちに幸せを与えることなんだ」
考える前に、俺の体は反応し、立ち上がり、そして、
「おい!ふざけるんじゃねぞ!」
俺は自分でも、驚くくらい大きな声を上げていた。
黒い神も、俺の声に気圧され、いくらかだが身を引いた。
「やっぱり勘違いしてるよ、あんた」
そう言いながら、黒い神はコーヒーを口に運んだ。
俺も、自分を落ち着かせるため、水を口に含んだ。
「お前達が、神と呼んでる存在も、お前達が悪魔と呼んでる俺たちも、まったく同じ仕事をしているんだよ」
「………」
「福音も厄災も、中身はいっしょさ」
「そう………」
「ようはその事象を、どう見るか、どう感じるかの違いによる」
「ただそれだけ」
第三話につづく
老人、再び。
物音で目覚めた。
外に何やら人の気配を感じた。
不規則な勤務体系で、とんでもない時間に眠るしか無く。
どんなに眠くても寝付けずに、俺は疲れていた。
しかし、その老人は、そんなことはおかまい無しだった。
老人は俺が起床するのを待ち構えていたようだった。
開口一番、
老人は庭を扉を開けろと俺に怒鳴った。
俺は言われるがままに庭に続く門扉を開けると老人は、剪定鋏をぶら下げ庭に入って来た。
俺は午後から仕事だったが、まだ時間があったので、老人が持って来た脚立に登り、庭木を剪定した。
少しだけ老人と話した。
身内の自慢話ばかりで、おもいろくもおかしくもなかった。
それなのに俺は、興味津々と言った感じで相づちを打ち、時に大げさに笑った。
最低だなまったく。
俺は。
間もなく、出社の定刻となり、俺は老人に用事があると言って家を出た。
俺は思い立ち、酒屋に寄ってビールひと缶と、ビール券を買おうと思ったのだった。
老人は裕福だった。
月々の年金収入の額を俺に自慢したが、その額は俺の月給を遥かに上回っていた。
「金が余ってしょうがねえわな」
老人はそう言って笑っていた。
俺は酒屋で缶ビールを買い、ビール券を買うかどうか迷った。
老人へ、幾らほどのビール券を渡せば良いか、見当もつかなかったのだ。
金券などを渡すよりも、日本酒や洋酒を買って渡した方が良いのではないか?
下手な贈り物は老人を憤慨させるだけではないか?
俺はビールだけ買って、家に戻った。
老人はまだ俺の庭にいて、庭木を手入れしてくれていた。
「喉も乾くでしょうし、これでも飲んでください」
老人は、そこに置けと指を突きだして場所を指定した。
俺は老人の指差す場所へビールを置くと仕事へ出かけた。
数日後。
俺のシフトは深夜勤だった。
睡魔のため、帰宅するとすぐに布団に潜り込んでしまう。
どうしても、深夜シフトに俺は慣れることが出来なかった。
眠れたとしても、短い睡眠の後、すぐに目覚めてしまう。
不十分な睡眠で布団の中でもがいていると、外で俺を呼ぶ声が聞こえた。
老人だった。
俺は何としてでも睡眠を確保し、仕事に行かなければならなかった。
俺は自分に言い聞かせた。
俺は今、寝ているのだ。
今週は夜勤で、昼間は寝なければならない。
そう。
しかたのないことなのだ。
俺は、もう寝ている。
俺はそのまま布団から出ること無く、老人の声を聞いていた。
なんだか酷く気分が悪くなり、ますます眠れなかった。
三時間ほど眠り、俺は仕事に出かけた。
仕事中、眠くて仕方なく、一時間の休憩時間は休憩室で寝た。
まったくもって、
交代勤務を平然とこなせる周りの連中は、本当に凄い奴らだと俺は思わずにはいられなかった。
仕事を終え、一刻も早く布団に入りたくてたまらず、俺は苛立ちながら車を車庫に入れた。
そのとき、
俺はバックミラーに映る老人の姿を捉えた。
なんてこった!
かんべんしておくれ。
老人はものすごい剣幕で、俺に突っかかって来た。
「なめんじゃんえぞ!俺が呼んでるのになんで出てこねえんだよ」
「本当にすみませんでした。今週は夜勤で、昼間は寝てしまうもので」
「ふざけるんじゃんじゃねえぞ。俺だって夜勤やってたことあるんだ。国鉄だ、わかるか?あぁ!?それでも、町内の仕事はちゃんとこなしてたんだ。おめえは根性がたりねえんだよ」
「………」
「おめえ、俺がこれだけやってやってるのに、ビール一本かよ!なめんじゃねえぞ!」
「………」
「いったい、いくらかかると思ってるんだ!べつにお礼を催促する訳じゃねえが………」
老人は、自分のことに話題を変えた。
町内会を脱退した。自分のことを周りの連中はキチガイ呼ばわりしている。
俺は町内のためにいろいろとやってきたのに、周りの連中は何もわかっちゃいない。
俺はそんな話をただ黙って聞いていた。
老人が帰り際、俺に言った言葉がいつまでも頭の中に焼き付き、最悪な気分にさせた。
「近所の人にも言われたんだよ。あんなキチガイ野郎の庭掃除なんかやる必要は無いってな!」
俺は家に上がり、ため息をついた。
睡魔も消えていた。
そして、
食欲も。
最悪だった。
俺は多分一眠りした後、ビール券を買いに行くことだろう。
もう、それ以外に、
何かを考えだし、
導きだすなんていう知恵は、
どこからも湧いてはこなかった。
外に何やら人の気配を感じた。
不規則な勤務体系で、とんでもない時間に眠るしか無く。
どんなに眠くても寝付けずに、俺は疲れていた。
しかし、その老人は、そんなことはおかまい無しだった。
老人は俺が起床するのを待ち構えていたようだった。
開口一番、
老人は庭を扉を開けろと俺に怒鳴った。
俺は言われるがままに庭に続く門扉を開けると老人は、剪定鋏をぶら下げ庭に入って来た。
俺は午後から仕事だったが、まだ時間があったので、老人が持って来た脚立に登り、庭木を剪定した。
少しだけ老人と話した。
身内の自慢話ばかりで、おもいろくもおかしくもなかった。
それなのに俺は、興味津々と言った感じで相づちを打ち、時に大げさに笑った。
最低だなまったく。
俺は。
間もなく、出社の定刻となり、俺は老人に用事があると言って家を出た。
俺は思い立ち、酒屋に寄ってビールひと缶と、ビール券を買おうと思ったのだった。
老人は裕福だった。
月々の年金収入の額を俺に自慢したが、その額は俺の月給を遥かに上回っていた。
「金が余ってしょうがねえわな」
老人はそう言って笑っていた。
俺は酒屋で缶ビールを買い、ビール券を買うかどうか迷った。
老人へ、幾らほどのビール券を渡せば良いか、見当もつかなかったのだ。
金券などを渡すよりも、日本酒や洋酒を買って渡した方が良いのではないか?
下手な贈り物は老人を憤慨させるだけではないか?
俺はビールだけ買って、家に戻った。
老人はまだ俺の庭にいて、庭木を手入れしてくれていた。
「喉も乾くでしょうし、これでも飲んでください」
老人は、そこに置けと指を突きだして場所を指定した。
俺は老人の指差す場所へビールを置くと仕事へ出かけた。
数日後。
俺のシフトは深夜勤だった。
睡魔のため、帰宅するとすぐに布団に潜り込んでしまう。
どうしても、深夜シフトに俺は慣れることが出来なかった。
眠れたとしても、短い睡眠の後、すぐに目覚めてしまう。
不十分な睡眠で布団の中でもがいていると、外で俺を呼ぶ声が聞こえた。
老人だった。
俺は何としてでも睡眠を確保し、仕事に行かなければならなかった。
俺は自分に言い聞かせた。
俺は今、寝ているのだ。
今週は夜勤で、昼間は寝なければならない。
そう。
しかたのないことなのだ。
俺は、もう寝ている。
俺はそのまま布団から出ること無く、老人の声を聞いていた。
なんだか酷く気分が悪くなり、ますます眠れなかった。
三時間ほど眠り、俺は仕事に出かけた。
仕事中、眠くて仕方なく、一時間の休憩時間は休憩室で寝た。
まったくもって、
交代勤務を平然とこなせる周りの連中は、本当に凄い奴らだと俺は思わずにはいられなかった。
仕事を終え、一刻も早く布団に入りたくてたまらず、俺は苛立ちながら車を車庫に入れた。
そのとき、
俺はバックミラーに映る老人の姿を捉えた。
なんてこった!
かんべんしておくれ。
老人はものすごい剣幕で、俺に突っかかって来た。
「なめんじゃんえぞ!俺が呼んでるのになんで出てこねえんだよ」
「本当にすみませんでした。今週は夜勤で、昼間は寝てしまうもので」
「ふざけるんじゃんじゃねえぞ。俺だって夜勤やってたことあるんだ。国鉄だ、わかるか?あぁ!?それでも、町内の仕事はちゃんとこなしてたんだ。おめえは根性がたりねえんだよ」
「………」
「おめえ、俺がこれだけやってやってるのに、ビール一本かよ!なめんじゃねえぞ!」
「………」
「いったい、いくらかかると思ってるんだ!べつにお礼を催促する訳じゃねえが………」
老人は、自分のことに話題を変えた。
町内会を脱退した。自分のことを周りの連中はキチガイ呼ばわりしている。
俺は町内のためにいろいろとやってきたのに、周りの連中は何もわかっちゃいない。
俺はそんな話をただ黙って聞いていた。
老人が帰り際、俺に言った言葉がいつまでも頭の中に焼き付き、最悪な気分にさせた。
「近所の人にも言われたんだよ。あんなキチガイ野郎の庭掃除なんかやる必要は無いってな!」
俺は家に上がり、ため息をついた。
睡魔も消えていた。
そして、
食欲も。
最悪だった。
俺は多分一眠りした後、ビール券を買いに行くことだろう。
もう、それ以外に、
何かを考えだし、
導きだすなんていう知恵は、
どこからも湧いてはこなかった。
短編 第一話 「鏡」
私は鏡に向かって微笑む。
奇妙だった。
おかしなくらい生々しい自分の姿に、背筋が寒くなる。
腕を上げ、脇の下を検分する。何処をどう見てもつなぎ目など無かった。
鏡は真実を映す?
それとも、
虚像を?
私は二年前、飛行機事故に遭った。
二百四十三名の乗客の中で、生存者は私のみ。
言い方を変えれば、私が唯一、生を買い取ることが出来たとも言えた。
私の手足は四散し、内臓にも重篤な損傷があった。
しかし、二千五十六年の医療技術は体の大部分を代替え臓器で補うことが出来た。
私は人工臓器を移植された後、自らの遺伝子をもつ完璧なクローン臓器に順次交換されていった。
驚いたことに、事故後、煩っていた偏頭痛も何故か完治した。
私は核融合研究から身を起こし、今では雑誌の表紙を飾ったりもするただの成り上がりだった。
世界のトップ百の経営者という記事の中にも、私の名前が載ったこともある。
まったくもって、馬鹿げたことだ。
トーキョーの高層マンションの最上階が、私の自宅だった。
私は毎朝決まった時間に階下に控えている社用車に乗り、出社する。
車内で秘書が一日のスケジュールを告げる。私は車のモーター音に耳を傾け、3D映像のニュースに手をかざし、それを手早く検索する。
金融破綻。
食料危機。
地球温暖化。
どうしようもないニュースばかりだ。
私が子供の頃、映画で観た未来の世界では車が空を飛んでいたが、二千五十年を過ぎても、そんなことにはならず、車は道路から供給される電力でモーターを回し、蚊の鳴くような情けない音を上げているだけだった。
社用車は地下駐車上に滑り込むと、私はいつものようにエレベーターに乗る。
八十八階。
私はプレートに最高経営責任者とゴチック体で印刷された扉を開け、部屋の中に入る。
私は独りになり、こけおどしのデスクから鏡を取り出し、自分の顔を眺めた。
飛行機事故で、顔にはほとんど損傷はなく、欠損した頭皮の一部を移植したのみだった。
しかし、私は自分の顔に違和感を抱き続けていた。
睫毛。
鼻の頭に浮かぶ脂。
目尻の皺。
乾いて割れた唇。
それらどれもが、あまりにも生々しかった。
鏡を見つめながら、顔を左右にゆっくりと振る。
右。
左。
右。
私はいったい何をやっているのだろう。
そう思いながら、私は左に顔を向けながら鏡を斜に見た。
「………?」
そのとき、
鏡に映る自分の姿と自分の動きに微かなずれを感じた。
私は正面を向き、
ゆっくりと、
頬の筋肉を動かした。
微笑を浮かべようと。
しかし、
頬の筋肉は硬直し、
とても笑顔を浮かべられる状態ではなかった。
「どうしちまったんだ?」
私は驚愕のあまり眉は歪み、眼は大きく見開かれ、口を大きく開けたまま立ち尽くしていたが、
鏡の中の私は、
いつまでも、
いつまでも、
微苦笑を貼付けたまま、硬直していた。
奇妙だった。
おかしなくらい生々しい自分の姿に、背筋が寒くなる。
腕を上げ、脇の下を検分する。何処をどう見てもつなぎ目など無かった。
鏡は真実を映す?
それとも、
虚像を?
私は二年前、飛行機事故に遭った。
二百四十三名の乗客の中で、生存者は私のみ。
言い方を変えれば、私が唯一、生を買い取ることが出来たとも言えた。
私の手足は四散し、内臓にも重篤な損傷があった。
しかし、二千五十六年の医療技術は体の大部分を代替え臓器で補うことが出来た。
私は人工臓器を移植された後、自らの遺伝子をもつ完璧なクローン臓器に順次交換されていった。
驚いたことに、事故後、煩っていた偏頭痛も何故か完治した。
私は核融合研究から身を起こし、今では雑誌の表紙を飾ったりもするただの成り上がりだった。
世界のトップ百の経営者という記事の中にも、私の名前が載ったこともある。
まったくもって、馬鹿げたことだ。
トーキョーの高層マンションの最上階が、私の自宅だった。
私は毎朝決まった時間に階下に控えている社用車に乗り、出社する。
車内で秘書が一日のスケジュールを告げる。私は車のモーター音に耳を傾け、3D映像のニュースに手をかざし、それを手早く検索する。
金融破綻。
食料危機。
地球温暖化。
どうしようもないニュースばかりだ。
私が子供の頃、映画で観た未来の世界では車が空を飛んでいたが、二千五十年を過ぎても、そんなことにはならず、車は道路から供給される電力でモーターを回し、蚊の鳴くような情けない音を上げているだけだった。
社用車は地下駐車上に滑り込むと、私はいつものようにエレベーターに乗る。
八十八階。
私はプレートに最高経営責任者とゴチック体で印刷された扉を開け、部屋の中に入る。
私は独りになり、こけおどしのデスクから鏡を取り出し、自分の顔を眺めた。
飛行機事故で、顔にはほとんど損傷はなく、欠損した頭皮の一部を移植したのみだった。
しかし、私は自分の顔に違和感を抱き続けていた。
睫毛。
鼻の頭に浮かぶ脂。
目尻の皺。
乾いて割れた唇。
それらどれもが、あまりにも生々しかった。
鏡を見つめながら、顔を左右にゆっくりと振る。
右。
左。
右。
私はいったい何をやっているのだろう。
そう思いながら、私は左に顔を向けながら鏡を斜に見た。
「………?」
そのとき、
鏡に映る自分の姿と自分の動きに微かなずれを感じた。
私は正面を向き、
ゆっくりと、
頬の筋肉を動かした。
微笑を浮かべようと。
しかし、
頬の筋肉は硬直し、
とても笑顔を浮かべられる状態ではなかった。
「どうしちまったんだ?」
私は驚愕のあまり眉は歪み、眼は大きく見開かれ、口を大きく開けたまま立ち尽くしていたが、
鏡の中の私は、
いつまでも、
いつまでも、
微苦笑を貼付けたまま、硬直していた。