老人、再び。 | 日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。

老人、再び。

物音で目覚めた。

外に何やら人の気配を感じた。

不規則な勤務体系で、とんでもない時間に眠るしか無く。

どんなに眠くても寝付けずに、俺は疲れていた。


しかし、その老人は、そんなことはおかまい無しだった。

老人は俺が起床するのを待ち構えていたようだった。

開口一番、

老人は庭を扉を開けろと俺に怒鳴った。

俺は言われるがままに庭に続く門扉を開けると老人は、剪定鋏をぶら下げ庭に入って来た。

俺は午後から仕事だったが、まだ時間があったので、老人が持って来た脚立に登り、庭木を剪定した。

少しだけ老人と話した。

身内の自慢話ばかりで、おもいろくもおかしくもなかった。

それなのに俺は、興味津々と言った感じで相づちを打ち、時に大げさに笑った。

最低だなまったく。

俺は。


間もなく、出社の定刻となり、俺は老人に用事があると言って家を出た。

俺は思い立ち、酒屋に寄ってビールひと缶と、ビール券を買おうと思ったのだった。

老人は裕福だった。

月々の年金収入の額を俺に自慢したが、その額は俺の月給を遥かに上回っていた。

「金が余ってしょうがねえわな」

老人はそう言って笑っていた。

俺は酒屋で缶ビールを買い、ビール券を買うかどうか迷った。

老人へ、幾らほどのビール券を渡せば良いか、見当もつかなかったのだ。

金券などを渡すよりも、日本酒や洋酒を買って渡した方が良いのではないか?

下手な贈り物は老人を憤慨させるだけではないか?

俺はビールだけ買って、家に戻った。

老人はまだ俺の庭にいて、庭木を手入れしてくれていた。

「喉も乾くでしょうし、これでも飲んでください」

老人は、そこに置けと指を突きだして場所を指定した。

俺は老人の指差す場所へビールを置くと仕事へ出かけた。




数日後。


俺のシフトは深夜勤だった。

睡魔のため、帰宅するとすぐに布団に潜り込んでしまう。

どうしても、深夜シフトに俺は慣れることが出来なかった。

眠れたとしても、短い睡眠の後、すぐに目覚めてしまう。

不十分な睡眠で布団の中でもがいていると、外で俺を呼ぶ声が聞こえた。

老人だった。

俺は何としてでも睡眠を確保し、仕事に行かなければならなかった。



俺は自分に言い聞かせた。

俺は今、寝ているのだ。

今週は夜勤で、昼間は寝なければならない。

そう。

しかたのないことなのだ。

俺は、もう寝ている。



俺はそのまま布団から出ること無く、老人の声を聞いていた。

なんだか酷く気分が悪くなり、ますます眠れなかった。

三時間ほど眠り、俺は仕事に出かけた。



仕事中、眠くて仕方なく、一時間の休憩時間は休憩室で寝た。

まったくもって、

交代勤務を平然とこなせる周りの連中は、本当に凄い奴らだと俺は思わずにはいられなかった。

仕事を終え、一刻も早く布団に入りたくてたまらず、俺は苛立ちながら車を車庫に入れた。


そのとき、

俺はバックミラーに映る老人の姿を捉えた。

なんてこった!

かんべんしておくれ。

老人はものすごい剣幕で、俺に突っかかって来た。

「なめんじゃんえぞ!俺が呼んでるのになんで出てこねえんだよ」

「本当にすみませんでした。今週は夜勤で、昼間は寝てしまうもので」

「ふざけるんじゃんじゃねえぞ。俺だって夜勤やってたことあるんだ。国鉄だ、わかるか?あぁ!?それでも、町内の仕事はちゃんとこなしてたんだ。おめえは根性がたりねえんだよ」

「………」

「おめえ、俺がこれだけやってやってるのに、ビール一本かよ!なめんじゃねえぞ!」

「………」

「いったい、いくらかかると思ってるんだ!べつにお礼を催促する訳じゃねえが………」


老人は、自分のことに話題を変えた。

町内会を脱退した。自分のことを周りの連中はキチガイ呼ばわりしている。

俺は町内のためにいろいろとやってきたのに、周りの連中は何もわかっちゃいない。

俺はそんな話をただ黙って聞いていた。

老人が帰り際、俺に言った言葉がいつまでも頭の中に焼き付き、最悪な気分にさせた。


「近所の人にも言われたんだよ。あんなキチガイ野郎の庭掃除なんかやる必要は無いってな!」


俺は家に上がり、ため息をついた。

睡魔も消えていた。

そして、

食欲も。

最悪だった。

俺は多分一眠りした後、ビール券を買いに行くことだろう。

もう、それ以外に、

何かを考えだし、

導きだすなんていう知恵は、


どこからも湧いてはこなかった。