和楽衣生活

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長×キョン小説「No Enter」(10)

 「やっぱり、いたか…この覗き魔!」

 「長門さんに見つかると面倒だわ。歩きながら話しましょう。」

 そう朝倉に促され俺と朝倉はエレベーターへと向かった。

 「長門さんには、お別れした?」

 「やっぱりお前、記憶あったんだな。」

 「まぁね。ちゃんと覚えてるわよ。でも安心して、キョン君を殺そうなんて思ってないから。私の役目は長門さんを守る事、その為だけに復活させられたの。でも、その役目ももう終わりね、これからはキョン君が長門さんを守ってくれるもの。私の存在理由無くなっちゃった。」

 「何言ってるのか分かんねーな。確かに長門には会った、だが別れてなんかいないぜ。あいつはちゃんとこの世界にいる。それとお前はお前だろ、復活とか役目とか関係ないだろ。確かに有希は俺が守る、だがな俺だけじゃどうしようもない事だってあるだろ。女子同士じゃないと相談できない事とかあるだろうし、俺だって24時間有希の側にいれるわけじゃないんだ。朝倉、お前は有希の親友なんじゃないのか?有希が一緒にいたいと思ったからこの世界に復活させたんじゃないのか?守るだけなら喜緑さんや他の方法だってあるだろうに。押し付けばかりじゃなく、少しは有希の気持ちも分かってやれよ。」

 「フン、偉そうに。ただの人間のくせに…」

 「お前だって、朝倉涼子っていうただの人間だよ。」

 「確かに、そうね…まったく(ぐすん)キョン君に諭されるなんて思っても(ぐすん)みなかったわ。」

 「泣くなよ、朝倉~」

 「泣いてなんかいないわよ(ひっく)…うるさいわね(エッエッ)…」

 俺の差し出したハンカチを奪うように受け取ると、朝倉は目頭を覆って肩を震わせて泣き始めた。マジで勘弁してくれ。
 エレベーターが5階に着き自動ドアが開くと朝倉が泣きながら降りる。
 俺としてはそのまま帰りたかったが、泣いている女の子を放置して帰るってのも後味が悪いので仕方なく俺も一緒に降りて家まで送り届ることにした。
 朝倉の家の前に着くとマンションの一室だけあって外見は全く同じだった。違いと言えば景色が2階分違うって事くらいか。

 「送ってくれてありがとう。上がっていく?私も一人住まいだから遠慮はいらないわよ。」

 元・宇宙人製アンドロイドってやつは貞操観念とかないのか?それに今はただの人間だろうが。そんな男をホイホイ家に招くのは問題だと思うが。

 「いかねーよ。気が向いたら有希と一緒にお邪魔させてもらうわ。」

 「そうね。」

 「またな朝倉。ふつうに有希の親友でいてやってくれよ。」

 そう告げて朝倉と分かれると、朝倉は笑いながら手を振るだけだった。
 まったく本当に今日は色々有りすぎだ。まさか最後にこんなオチがあるとは思わかったぜ。
 頼むからシャミセン今日は喋らないでくれよ。
 そんな事を考えながら俺は家路を急ぐ。
 ふと空を見上げるとチラチラと小雪がまだ降っていた。

 「長門、有希…絶対に幸せにしてやるからな。」


 ~Fin~

長×キョン小説「No Enter」(9)

 どれだけの時間が経っただろう、感覚的時間ではかなり経ったように思えるが、実際の時間は短かったのかもしれない。ファーストキスなんてそんなもんんだろうと思う。
 俺はファーストキスじゃないだろ!ってツッコミが入りそうだが、あれはノーカンだ!実際にやった感覚もなければ、重なったと思った瞬間に目が覚めたんだから、あんなもんノーカン以外のなにものでもない。
 二人の唇が離れると長門は俯き唇に手を触れる。その瞬間、長門の膝がガクッと落ち、俺にもたれ掛かってきた。

 「おい、大丈夫か有希。」

 「………平気」

 そう言うと長門はゆっくりと体制を元に戻し、眼鏡に手をかけ外した。
 そこには無機質というか、感情が表に出ない綺麗な少女の顔があり、瞳は漆黒で吸い込まれるような澄んだ目をしている。

 「長門…か?長門なのか?」

 もちろん、この時の『長門』は有希の事ではなく、元の世界の『長門』という意味である。

 「…そう。」

 「すまなかったな長門。折角お前が用意してくれた脱出プログラムを無駄にしてしまって。」

 「謝らなければならないのは私の方。気付いていると思うが、私が涼宮ハルヒの力を奪いこの世界を再構築した。私のメモリー空間に蓄積されたエラーデータの集合が、内包するバグのトリガーとなって異常動作を引き起こした。それは不可避の現象であると予想される。対処方法は無かった、なぜならエラーの原因が何なのか私には不明」

 「いいんだ、長門。もういいんだ。長門、俺には分かる。お前はエラーなんて起こしてないんだ。お前がエラーと思っているもの、それは感情だ。人間なら誰しもが持っている感情ってやつなんだよ。お前はあのハルヒに付き合い、ハルヒの起こす色々な事件を処理し、俺を助け…お前は疲れてたんだ。俺が気がつくべきだったんだ。悪いのは俺だ。」

 「あなたこそ、自分を責める必要は無い。そうされると私は胸の奥がとても痛くなる。」

 「なぁ長門聞いてもいいか?お前は俺とハルヒが仲良くやってるのを見て何か感じたか?」

 「………分からない。」

 そっか…改変の原因の一つが長門の焼もちだと思ったが俺の勝手な思い過ごしだったか。まったく自惚れ過ぎだな。

 「分からないが、とても胸が痛かった。見ているのが辛かった。」

 「長門…」

 「私からも質問がある。何故あなたはエンターキーを選択しなかったの?」

 「さぁな。俺も良く分からん。良く分からんがこの世界で一喜一憂しているお前を見ていたらな、押せなかった。もしかしたら俺の希望だったのかもしれん。」

 「希望?特別な事のない世界が?」

 「いや。長門、お前が人間と同じように過せることがだよ。なぁ長門、またお前と会えるのか?それとも二度と…」

 「私は常に彼女と共にいる。それはこの世界の長門有希と時空改変前の私とが同一人物であるという意味ではなく、この世界の私の中にともにいて彼女の見たものを見、感じたものを感じ、彼方と共に過す時間を共有するという意味。しかし、今の私がこちらの私の精神に干渉する事はないことも事実。」

 「今の長門に会えないのは寂しいが、お前が消えるんじゃないって事が分かっただけで十分だよ。これからも俺と一緒にいてくれ長門。」

 「一緒にいる。だから泣かないで。」

 長門に言われて自分が泣いている事に気がついた。まったく情けない。

 「最後に彼方にお願いがある。」

 「最後なんていうなよ。お前の願いなら何回でも聞いてやるぜ。」

 「ありがとう。では、この世界の私にした事を、もう一度私にしてほしい。」

 『この世界の私にした事』ってキスの事か?それが元の世界の長門の願いならお安い御用だ。

 「ああ、もちろんOKだ。長門…大好きだ。」

 「私も…大好き…キョン」

 そう言うと長門は背伸びをして瞳をゆっくりと閉じた。俺も長門を抱きかかえるように引き寄せ熱くキスを交わす。
 キスを終えた時そこに『長門』の姿は無く、しどろもどろ状態の『有希』がそこにいた。

 時間も遅くなり、そろそろ帰らなければ俺は家を閉め出され、その後特大の雷を両親から落とされる事になる。
 俺は今から帰ると家に連絡を入れ、長門の家を後にする事にした。

 「今日は、色々あって楽しかったよ有希。」

 「色々って…えっち。でも私も楽しかった。」

 俺の色々って意味は有希への告白と付き合うことになった事。それに二人っきりのクリスマスパーティーにファーストキス。そして長門にもう一度会えたことを意味しているんだが、どうやら有希はファーストキスの事だけだと思っているらしい。

 「また、明日な有希(そして、長門)」

 「待って。これ…」

 長門が差し出してきたのは、部室に戻ってきた時に持っていた茶封筒だった。

 「これ、私が書いた小説…まだ途中だけど。コンピュータ研で印刷してもらったの、部にはプリンターがないから。良かったら読んで。」

 なるほど、それで今日はパソコンがついていたり、出かけていたりしたのか。

 「サンキュー。家で楽しみに読ませてもらうよ。」

 そう言って、長門の家を出ると、玄関ドアに隠れるようにして朝倉が壁に寄りかかっていた。

長×キョン小説「No Enter」(8)

 「もしかして、用事ってコレ?」

 「いや、用事は別にあるんだ。」

 「…そう。でも仕方がない。…ガンバって。」

 「おぅ、ガンバらせてもらうぜ。」

 「…うん。」 

 俺は長門の前で大きく深呼吸をする。

 「よし、今から用事をするぞ!…長門、俺は鈍感だし、朝倉に言わせればヘタレで、その上たまに変な事を口走ったりするが、そんな俺で良かったら付き合ってくれないか。お前の事が好きなんだ。」

 もちろんOKをもらったさ。すぐに抱きつかれて号泣されたけどな。
 これで公私共に正式なカップルだ!
 冷やかしたい奴は冷やかせ!逆に見せ付けてやる。

 最良だった今日の部活も日が暮れ終了をむかえる。
 荷物をまとめて帰ろうとした時、長門がパソコンを見つめていた。
 長門の眼鏡にパソコンのモニターが反射していて、長門は全く動こうとしない。

 「おい、長門どうした?」

 そう言った途端、長門がガクンとふらつき倒れそうになる。

 「大丈夫か長門!」

 俺が駆寄ると、長門は俺の腕に掴まり「大丈夫。ちょっとふら付いただけ。」といって立ち上がる。
 パソコンを見ると画面は真っ暗だ。そういえば、さっき長門がシャットダウンしていたのを思い出した。
 パソコンがついてたと思ったのは気のせいだったのか?

 一旦長門を椅子に座らせ、少し休ませてから再度帰宅の途についた。
 外に出ると風は無いがかなり冷え込んでいる。

 「今日は一段と冷え込むな。長門、寒くないか?」
 
 「大丈夫。」

 長門が俺の方をちらちらと見てくる。

 「あの…今日、予定あるの?」

 「予定なんてないさ、家に帰ったら飯食って寝るだけ。いつもと変わらん。長門は予定あるのか?朝倉あたりが尋ねて来そうだが。」

 「…ない。朝倉さんも用事があるって言ってた。」

 なんか、朝倉に見透かされているというか、気を使われている気がするのは気のせいか?

 「そっか…それじゃ、どっか二人で暖まって行くか?」

 「へっ…二人で暖まる!…でも…うん。あ、あなたに任せる。でも…私、初めてで…その、あなたは経験あるの?」

 「経験?何の話だ???」

 長門を見ると長門は今まで一番顔が真っ赤になり、そのまま倒れてしまうんじゃないかと思うくらいだった。
 そして、長門の言葉の意味に気がついた俺も真っ赤になり、次にどう言葉を出していいか分からなくなるほどだ。

 「一応、コーヒーでも飲んで帰るか?…ってことだからな。」

 「う、うん。分かってる…私も喫茶店に一人で入ったこと無いって…意味だから。」

 「これは独り言だが、俺だって経験は無い。」

 気まずい雰囲気の中、通学路の長い坂道を下っていると、夜空から純白の雪が舞い降りてきた。

 「ユキ…」
 
 「うん。とっても綺麗…」

 「ユキ…そう呼んでもいいか?」

 「………はい。私としても、そう呼んで欲しい。」

 俺と長門は自然と手を繋ぎ雪降る中を歩き出す。

 「提案がある。」

 「提案?なんだ有希。」

 「喫茶店に行くより、私の家に来て欲しい。その変な意味じゃなく、クリスマスを彼方と二人で過したい…ダメ?」

 そんな、最高ともいえる提案を不許可にするなんて事を俺は出来ません!

 「もちろん許可だ!どうせならコンビニで何か買っていこうぜ。」

 「それは名案。賛成。」

 クリスマスの日のコンビニは行けば、ショートケーキに、ホールケーキ、ローストチキンやローストビーフ、ちょっと洒落たパスタ類や惣菜、ファーストフードにお菓子にシャンパン風ジュース。もちろんワインやスパークリングワインやカクテルなどの酒類なんかもあり大概の物は揃う。

 もちろん酒類は買う気もなければ販売もしてもらえないだろうから無視として、ショートケーキとジュース、それにパスタとローストチキンとお菓子を買い込むと長門の家へと向かった。

 「あがって。」

 そう言うと長門がスリッパを出してくれた。俺はスリッパを履き長門の後について部屋に上がり込むとコタツに買って来たものを並べ、クリスマスツリーもイルミネーションも無いが二人っきりの楽しいクリスマスの夜を過した。
 
 「今日は楽しかったよ有希。今までのクリスマス家族パーティーという名の妹の世話焼き日とはえらい違いだ。」

 「私もとても楽しかった。でも彼方の家のパーティーも楽しそう。」

 「そうか?疲れるだけだぞ。」

 「だって、いつも私一人だったから…」
 
 長門が少し寂しそうに語る。長門が3年間待機モードとかいうのでこの家に一人いたのは知っている。だがこっちの長門はどういう過去があるのだろう。家族設定はどうなっているんだ?考えれば俺はこっちの長門のことを知らないんだよな…。

 「そんな寂しい顔すんなよ。これからは俺が一緒にいるからさ。なんなら来年はうちの家族パーティーに来るか。そのかわり疲れると思うぜ。」

 「いいの?その時は是非パーティーに呼んで欲しい。」

 長門が突然立ち上がり壁際まで行くと部屋の電気を消した。
 明るい所に慣れていた視界が突然真っ暗になり何も見えなくなる。

 「おい、有希。なにやってんだ?」

 「こっち。」

 「お前『こっち』って言われても目が暗闇に慣れてなくて何にも見えねーよ。」

 すると『シャー』という音とともにカーテンが開けられ長門のシルエットが浮かび上がる。

 「まったく、何考えて…」

 窓に近づくと街の明かりがイルミネーションのように眼下に輝いていた。

 「彼方にコレを見せたかった。」

 「めちゃめちゃ綺麗だな。これならクリスマスツリーもイルミネーションもいらないな。」

 「今年は特別に綺麗。」

 「そうなのか?」

 「そう、今年は彼方が一緒だから…今年は特別。」

 確かにどんなに綺麗な景色でも、それを伝える相手や共感できる相手がいなけりゃ気持ちも半減するってもんだよな。
 独り占めの景色なんて空しいだけか…

 「有希…俺はお前の過去がどういうものかは知らん。だが、これからは一人じゃないからな。この先ずっと俺がお前の側にいる。だからお前も俺と一緒にいて欲しい。だから突然消えたり、居なくなったり、見知らぬ人になったりしないでくれよ…頼む。」

 「あの…それって、プロ…ポーズ。」

 あれ?なんか誤解されてる?慰め&この世界のハルヒや朝比奈さんや鶴屋さんみたい(あ、古泉もか…)にならないでくれって意味だったんだが。でも、ずっと側にいるってことは行く行くは結婚ってことになるわけで…誤解だけど誤解じゃなくて、あれ?あれれ?

 「嬉しい。まだ結婚は出来ない…けど、彼方の指示は了解した。私もずっと彼方の側にいたい。離さないでほしい…」

 窓からさす光に泣いてはいるが長門の笑顔が優しく映し出される。
 俺はそんな長門の肩をそっと引き寄せた。長門の瞳が閉じられ、俺も目を閉じる。そして長門の柔らかな唇が俺の唇とが静かに重なる。
 最初、長門の肩が震えていたが、すぐにその震えも止まり、その身を俺に任せてくれた。

長×キョン小説「No Enter」(7)

■12月24日■


 翌朝、俺はうまく寝付けずいつもより30%増しのボーとした頭で家を出た。
 結局あの後、シャミセンは家族の下を離れることなく俺から逃げのびやがった。
 くそっ。朝倉といい、シャミセンといい、なんで俺の周りはお節介な奴らばかりなんだ。『あの少女は不安がっとる早く安心させてやったらどうだ?』だ?そんなこと分かってるさ。ちょっと有名人になっちまったが逆に好都合だ。今、校内に邪魔者はいない。というより半公認状態だ。
 だからと言ってこのままズルズルと済崩しにするつもりなんてない。言うべき事はちゃんと伝えなきゃな。そうじゃないと絶対に後悔することになる。
 今日は12月24日クリスマス・イヴ。日にちも最高だ!

 登校中、見知った生徒や見知らぬ生徒から手を振られたり指を刺されたりして、普段とはやはり違う登校風景になってしまった。だからと言って特に急いだり、距離をとったりという事は無く、俺と長門はいつものように登校した。

 教室に入ると早速、谷口が寄ってきた。

 「よう、果報者。今日も愛妻弁当か?」

 「俺は結婚なんかしていないから愛妻弁当なんてものは作ってもらいようが無い。普通に母親の弁当だ。」

 「なに言ってやがる。昨日の告白タイム良かったぜ。『長門は俺の嫁』って言っても可だ。俺が許す。」

 「お前こそ、なに言ってやがる。それにお前に許可をもらう事も許される事もなにもやっちゃいない。」

 俺が席に着きカバンを机の横に引っ掛けると、国木田が話に参加してきた。

 「やぁキョンおはよう。昨日は大変だったね。」

 「そうでもないさ。俺よりも長門の方が大変だろうけどな。」

 「そうだね。女子ってこういうこと好きだからね。しばらくは注目の的だろうね。」

 「それよりキョン見てくれ、この弁当。」

 いつの間にか谷口が可愛らしいピンクのハンカチに包まれた物を持ってきた。

 「なんだ谷口、気でも狂ったのか?それともお前、実はオネエ系だったのか?」

 「ふざけんなキョン!弁当だつってんだろ、弁当。作ってもらったんだ。」

 「誰に?」

 「以前から光陽園の女子に声をかけててな。昨日、頼み込んで作ってもらったんだ。しかも正式に付き合うことになったぜ!」

 国木田と顔を見合わせると、国木田が肩と腕をヒョイと上げて呆れていた。

 「谷口、朝からこればかりで…ウザくってさ。」

 俺への冷やかしよりも、自分の自慢話を一日講演し続けた谷口は授業の終了とともに脱兎のごとく教室を飛び出して行き、俺は長門の待つ部室へと向かった。
 
 さすがにクリスマス・イヴといったところか、校内はいつもよりザワついてるな。

 部室のドアの前までくると一回大きく深呼吸をしてノックをしてドアを開けた。すると、いつもの席に長門の姿は無く無人の部室が目の前に広がっていた。
 パソコンが立ち上がっていたので、長門は先に来ていてどこかへ出かけてるって事らしい。考えたらいつも俺がパソコンの前に座っているので、使いたくても使えなかったのかもしれん。

 「俺の定位置を元の場所に戻すかな。」

 落ち着かない時間を過しながら待っていると。しばらくして長門が胸に大きめの茶封筒を抱えて戻ってきた。

 「ごめんなさい。待った?」

 「全然…と言いたいところだが、待った待った。長門がいないから寂しくて泣くかと思ったぜ。」

 「(クスッ)うそつき。」

 「今日はいつもと座る位置が違う。どうかしたの?」

 「いや、俺がこっちに座ってたらパソコンを使いたい時に使えないだろ。だからこっちに座るかなって思ってな。ダメだったか?」

 長門は首を左右に振って「ダメじゃない。」と言い、パソコンをカチャカチャと操作して、その後シャットダウンさせた。

 壁の時計が1分おきにカチッ、カチッと音をたて分針を進めていき静かな部室にその音だけが響く。そして今日はその音と音の間隔が長く感じられた。

 「どうしたの?」

 「へ?何がだ?」

 「なんだか今日は落ち着かないみたい…」

 「そうか?俺はいつもと変わらんぞ。」

 俺としては、平常心を保ってるつもりだったが、どうやらそう思っていたのは俺だけで、実は落ち着かない態度が出ていたらしい。
 SOS団でかなり平常心ってやつを養ったつもりだったが、特に今日に至っては平常心でいるのは無理だったらしい。

 「あの、用事があるなら…帰ってかまわない…今日はクリスマスだし…」

 「そうだな。確かに用事はある!」

 「へ…。う、うん、それじゃ…」

 どうやら平常心を保てないのは俺だけじゃないらしい。
 長門は本を読んでいる時よりも更に俯き、わざと俺を見ないように顔を少し背けた。
 長門には悪いが、今はその方が行動しやすいので助かる。俺はカバンからリボンの掛けられた赤い箱を取り出し長門に近寄る。

 「長門…。」

 「なに?」

 長門は顔を背けたまま返事を返す。

 「こっちを見てくれないか?」

 「…………。」

 俺の方へ顔を向けた、長門の瞳は少し潤んでいた。可哀想だとは思うが、まぁ許してくれ。 

 「長門。メリー・クリスマス。」

 そう言って俺は昨日の夜に雑貨屋で購入した、プレゼントを長門に差し出す。

 「これ…」

 「大した物じゃないが、良かったら使ってくれ。」

 俺からのプレゼントを受け取ると、長門は「開けてもいい?」と言ってきたので、恥ずかしかったが了承した。

 「可愛い。ありがとう。」

 「長門が腕時計してるの見た事がなかったからさ。それに猫好きだろ。」

 そう、今までの長門に時計というものは不必要だったろうが、今はそうもいかないだろう。
 俺はそう思いピンクのバンドで文字盤に猫の影が描かれている時計をプレゼントにしたってわけだ。

長×キョン小説「No Enter」(6)

 携帯から長門の名前を選び発信ボタンを押す『プ・プ・プ・プ』と発信音が4回鳴った後『トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルルル…』と呼び出し音が続く。
 当たり前ではあるが、やはり呼び出し音0回で電話に出るという神業は、こっちの長門には無理だったようだ。
 何回目の呼び出し音の後だろう『もしもし…』と長門に繋がった。

 「長門か、俺だ。夜遅くに悪いな。」

 「あっ、ちょっと待ってて…」

 長門はそう言うと保留に切り替えられ『ジムノペティ第2番』が流れ始た。
 保留メロディとしてはどうかとは思うがエリック・サティの曲、特にジムノペティは好きだから良しとしておこう。
 しかし、聞き入る間も無く、長門の「もしもし…お待たせ。」という声が聞こえてきた。

 「今、大丈夫だったか?今日の事で落ち込んでるんじゃないかと思ってな。」

 「大丈夫。でも今日は本当にごめ…」

 「はい。ストーップ!何度も言ったろ、俺は気にしてないってな。」

 「そう言ってくれると私も助かる。」

 こっちの長門はやけに気にしすぎるというか後に引きずるというか、それともいつも平気な顔をしていたが、其の実元の長門も色々気にする性格だったのか。

 「(ぐるぐるぐる、にゃーご)こらっ、シャミセン。邪魔するな。」

 「…三味線?…ネコ?」

 「あぁスマン、前に言っただろ、うちネコ飼ってるって。シャミセンってのは(にゃーご)ネコの名前なんだが(にゃーご)そいつが電話の邪魔を(にゃーご、にゃーご)して(にゃーご)だな…だー、わかったわかった。代わってやるから。」

 俺の膝の上で大人しくしていたシャミセンが暇を持て余したのか電話をよこせとばかりに腕にまとわり付いてきた。
 やっぱり妹に面倒を任せておくべきだったぜ。
 しかし、なんなんだよ。そこまで携帯電話に興味があるのか?爪を立てるな、噛むんじゃない!

 「スマン、長門。シャミセンがお前と話したいそうだ。いいか?」

 「えっ?はい!どうぞ…」

 「(ほれシャミセン、長門だぞ)にゃーご、にゃーご、ごろにゃ~ご、ぐるぐるぐるぐる。」

 「………ニャー。ニャー。」

 「にゃーご、ぐるぐる、ふにゃー」

 「どうだ長門。シャミセンはなんだって?」

 「(クスクス)分からない。分からないけど可愛い。」

 「そっか。今度うちに来てシャミセンと遊んでやってくれないか。お前とは気が合いそうな気がするし、シャミセンも喜ぶだろう。」

 「分かった。今度、遊びに行く。」

 よし!シャミセン良くやった。俺もお前も高感度アップ間違い無しだ。
 猫好きとは思っていたが。長門のシャミセンを相手にしている時に聞こえてきた声は可愛らしく、目の前で一緒に遊ばせたら激萌えするんじゃないかと思ってしまう。
 しかし本当に何か喋っていたような感じだったな。シャミセンのことだ小難しい話でもしていたのかもしれんな…

 「それと明日だけどな、いつも通りの待ち合わせでいいか?」

 「えっ、いいの?また注目されて彼方に迷惑がかかる可能性が…」

 「迷惑なんて思ってねーよ。注目されるくらいウェルカムってもんだ。」

 「うん、本当は少し落ち込んでたから…電話、ありがとう。」

 「おう、明日いつもの時間にな。」

 やっぱり電話しておいて正解だったな。というより、これくらいしかしてやれない自分が歯がゆい。
 電話を切ると俺はシャミセンの顔を両手で掴み顔を近付ける。
 
 「シャミセン、邪魔するなと言っといただろ。…って言っても無駄か。馬の耳に念仏だな。」

 「にや~~~~~ご!」

 まったく、分かっているのか分かっていないのか。返事をするように良いタイミングで鳴きやがって。
 シャミセンが俺の膝から降りるとベッドの隅まで行って背中を向けくるりと丸くなる。

 「まったく馬と猫の違いも分からんとは、失敬な。…それよりも、あの少女は不安がっとる早く安心させてやったらどうだ?」

 「!!」

 おれはギョッとして、首をギリギリとゆっくりシャミセンの方へ向けた。
 聞き覚えのある渋い声だった。空耳ではないはずだ。シャミセンが喋った!!

 「ちょっと待てシャミセン。お前っ!!」

 シャミセンをとっ捕まえて尋問しようとしたところに、タイミング良く…いや、この場合タイミング悪く、妹が乱入してきやがった。

 「キョンくん、電話まぁ~だ~?あっ終わってる。キョンくん遊ぼー!」

 「にゃ~ごろごろごろごろごろごろ。ふわ~~~~…にゃふん。」
 
 「ちょっ、待て。俺はシャミセンに用が…こら、シャミセン逃げんな…」

 妹のフライング・ボディーアタックを受けると俺はベッドに仰向けに押さえつけられた。
 シャミセンは何事も無かったようにあくびをした後、俺のベッドから飛び降り開いたままのドアから出て行ってしまった。
 この世界は猫は喋らない『正常』な世界だったんじゃないのか!?
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