長×キョン小説「No Enter」(7)
■12月24日■
翌朝、俺はうまく寝付けずいつもより30%増しのボーとした頭で家を出た。
結局あの後、シャミセンは家族の下を離れることなく俺から逃げのびやがった。
くそっ。朝倉といい、シャミセンといい、なんで俺の周りはお節介な奴らばかりなんだ。『あの少女は不安がっとる早く安心させてやったらどうだ?』だ?そんなこと分かってるさ。ちょっと有名人になっちまったが逆に好都合だ。今、校内に邪魔者はいない。というより半公認状態だ。
だからと言ってこのままズルズルと済崩しにするつもりなんてない。言うべき事はちゃんと伝えなきゃな。そうじゃないと絶対に後悔することになる。
今日は12月24日クリスマス・イヴ。日にちも最高だ!
登校中、見知った生徒や見知らぬ生徒から手を振られたり指を刺されたりして、普段とはやはり違う登校風景になってしまった。だからと言って特に急いだり、距離をとったりという事は無く、俺と長門はいつものように登校した。
教室に入ると早速、谷口が寄ってきた。
「よう、果報者。今日も愛妻弁当か?」
「俺は結婚なんかしていないから愛妻弁当なんてものは作ってもらいようが無い。普通に母親の弁当だ。」
「なに言ってやがる。昨日の告白タイム良かったぜ。『長門は俺の嫁』って言っても可だ。俺が許す。」
「お前こそ、なに言ってやがる。それにお前に許可をもらう事も許される事もなにもやっちゃいない。」
俺が席に着きカバンを机の横に引っ掛けると、国木田が話に参加してきた。
「やぁキョンおはよう。昨日は大変だったね。」
「そうでもないさ。俺よりも長門の方が大変だろうけどな。」
「そうだね。女子ってこういうこと好きだからね。しばらくは注目の的だろうね。」
「それよりキョン見てくれ、この弁当。」
いつの間にか谷口が可愛らしいピンクのハンカチに包まれた物を持ってきた。
「なんだ谷口、気でも狂ったのか?それともお前、実はオネエ系だったのか?」
「ふざけんなキョン!弁当だつってんだろ、弁当。作ってもらったんだ。」
「誰に?」
「以前から光陽園の女子に声をかけててな。昨日、頼み込んで作ってもらったんだ。しかも正式に付き合うことになったぜ!」
国木田と顔を見合わせると、国木田が肩と腕をヒョイと上げて呆れていた。
「谷口、朝からこればかりで…ウザくってさ。」
俺への冷やかしよりも、自分の自慢話を一日講演し続けた谷口は授業の終了とともに脱兎のごとく教室を飛び出して行き、俺は長門の待つ部室へと向かった。
さすがにクリスマス・イヴといったところか、校内はいつもよりザワついてるな。
部室のドアの前までくると一回大きく深呼吸をしてノックをしてドアを開けた。すると、いつもの席に長門の姿は無く無人の部室が目の前に広がっていた。
パソコンが立ち上がっていたので、長門は先に来ていてどこかへ出かけてるって事らしい。考えたらいつも俺がパソコンの前に座っているので、使いたくても使えなかったのかもしれん。
「俺の定位置を元の場所に戻すかな。」
落ち着かない時間を過しながら待っていると。しばらくして長門が胸に大きめの茶封筒を抱えて戻ってきた。
「ごめんなさい。待った?」
「全然…と言いたいところだが、待った待った。長門がいないから寂しくて泣くかと思ったぜ。」
「(クスッ)うそつき。」
「今日はいつもと座る位置が違う。どうかしたの?」
「いや、俺がこっちに座ってたらパソコンを使いたい時に使えないだろ。だからこっちに座るかなって思ってな。ダメだったか?」
長門は首を左右に振って「ダメじゃない。」と言い、パソコンをカチャカチャと操作して、その後シャットダウンさせた。
壁の時計が1分おきにカチッ、カチッと音をたて分針を進めていき静かな部室にその音だけが響く。そして今日はその音と音の間隔が長く感じられた。
「どうしたの?」
「へ?何がだ?」
「なんだか今日は落ち着かないみたい…」
「そうか?俺はいつもと変わらんぞ。」
俺としては、平常心を保ってるつもりだったが、どうやらそう思っていたのは俺だけで、実は落ち着かない態度が出ていたらしい。
SOS団でかなり平常心ってやつを養ったつもりだったが、特に今日に至っては平常心でいるのは無理だったらしい。
「あの、用事があるなら…帰ってかまわない…今日はクリスマスだし…」
「そうだな。確かに用事はある!」
「へ…。う、うん、それじゃ…」
どうやら平常心を保てないのは俺だけじゃないらしい。
長門は本を読んでいる時よりも更に俯き、わざと俺を見ないように顔を少し背けた。
長門には悪いが、今はその方が行動しやすいので助かる。俺はカバンからリボンの掛けられた赤い箱を取り出し長門に近寄る。
「長門…。」
「なに?」
長門は顔を背けたまま返事を返す。
「こっちを見てくれないか?」
「…………。」
俺の方へ顔を向けた、長門の瞳は少し潤んでいた。可哀想だとは思うが、まぁ許してくれ。
「長門。メリー・クリスマス。」
そう言って俺は昨日の夜に雑貨屋で購入した、プレゼントを長門に差し出す。
「これ…」
「大した物じゃないが、良かったら使ってくれ。」
俺からのプレゼントを受け取ると、長門は「開けてもいい?」と言ってきたので、恥ずかしかったが了承した。
「可愛い。ありがとう。」
「長門が腕時計してるの見た事がなかったからさ。それに猫好きだろ。」
そう、今までの長門に時計というものは不必要だったろうが、今はそうもいかないだろう。
俺はそう思いピンクのバンドで文字盤に猫の影が描かれている時計をプレゼントにしたってわけだ。