長×キョン小説「No Enter」(9) | 和楽衣生活

長×キョン小説「No Enter」(9)

 どれだけの時間が経っただろう、感覚的時間ではかなり経ったように思えるが、実際の時間は短かったのかもしれない。ファーストキスなんてそんなもんんだろうと思う。
 俺はファーストキスじゃないだろ!ってツッコミが入りそうだが、あれはノーカンだ!実際にやった感覚もなければ、重なったと思った瞬間に目が覚めたんだから、あんなもんノーカン以外のなにものでもない。
 二人の唇が離れると長門は俯き唇に手を触れる。その瞬間、長門の膝がガクッと落ち、俺にもたれ掛かってきた。

 「おい、大丈夫か有希。」

 「………平気」

 そう言うと長門はゆっくりと体制を元に戻し、眼鏡に手をかけ外した。
 そこには無機質というか、感情が表に出ない綺麗な少女の顔があり、瞳は漆黒で吸い込まれるような澄んだ目をしている。

 「長門…か?長門なのか?」

 もちろん、この時の『長門』は有希の事ではなく、元の世界の『長門』という意味である。

 「…そう。」

 「すまなかったな長門。折角お前が用意してくれた脱出プログラムを無駄にしてしまって。」

 「謝らなければならないのは私の方。気付いていると思うが、私が涼宮ハルヒの力を奪いこの世界を再構築した。私のメモリー空間に蓄積されたエラーデータの集合が、内包するバグのトリガーとなって異常動作を引き起こした。それは不可避の現象であると予想される。対処方法は無かった、なぜならエラーの原因が何なのか私には不明」

 「いいんだ、長門。もういいんだ。長門、俺には分かる。お前はエラーなんて起こしてないんだ。お前がエラーと思っているもの、それは感情だ。人間なら誰しもが持っている感情ってやつなんだよ。お前はあのハルヒに付き合い、ハルヒの起こす色々な事件を処理し、俺を助け…お前は疲れてたんだ。俺が気がつくべきだったんだ。悪いのは俺だ。」

 「あなたこそ、自分を責める必要は無い。そうされると私は胸の奥がとても痛くなる。」

 「なぁ長門聞いてもいいか?お前は俺とハルヒが仲良くやってるのを見て何か感じたか?」

 「………分からない。」

 そっか…改変の原因の一つが長門の焼もちだと思ったが俺の勝手な思い過ごしだったか。まったく自惚れ過ぎだな。

 「分からないが、とても胸が痛かった。見ているのが辛かった。」

 「長門…」

 「私からも質問がある。何故あなたはエンターキーを選択しなかったの?」

 「さぁな。俺も良く分からん。良く分からんがこの世界で一喜一憂しているお前を見ていたらな、押せなかった。もしかしたら俺の希望だったのかもしれん。」

 「希望?特別な事のない世界が?」

 「いや。長門、お前が人間と同じように過せることがだよ。なぁ長門、またお前と会えるのか?それとも二度と…」

 「私は常に彼女と共にいる。それはこの世界の長門有希と時空改変前の私とが同一人物であるという意味ではなく、この世界の私の中にともにいて彼女の見たものを見、感じたものを感じ、彼方と共に過す時間を共有するという意味。しかし、今の私がこちらの私の精神に干渉する事はないことも事実。」

 「今の長門に会えないのは寂しいが、お前が消えるんじゃないって事が分かっただけで十分だよ。これからも俺と一緒にいてくれ長門。」

 「一緒にいる。だから泣かないで。」

 長門に言われて自分が泣いている事に気がついた。まったく情けない。

 「最後に彼方にお願いがある。」

 「最後なんていうなよ。お前の願いなら何回でも聞いてやるぜ。」

 「ありがとう。では、この世界の私にした事を、もう一度私にしてほしい。」

 『この世界の私にした事』ってキスの事か?それが元の世界の長門の願いならお安い御用だ。

 「ああ、もちろんOKだ。長門…大好きだ。」

 「私も…大好き…キョン」

 そう言うと長門は背伸びをして瞳をゆっくりと閉じた。俺も長門を抱きかかえるように引き寄せ熱くキスを交わす。
 キスを終えた時そこに『長門』の姿は無く、しどろもどろ状態の『有希』がそこにいた。

 時間も遅くなり、そろそろ帰らなければ俺は家を閉め出され、その後特大の雷を両親から落とされる事になる。
 俺は今から帰ると家に連絡を入れ、長門の家を後にする事にした。

 「今日は、色々あって楽しかったよ有希。」

 「色々って…えっち。でも私も楽しかった。」

 俺の色々って意味は有希への告白と付き合うことになった事。それに二人っきりのクリスマスパーティーにファーストキス。そして長門にもう一度会えたことを意味しているんだが、どうやら有希はファーストキスの事だけだと思っているらしい。

 「また、明日な有希(そして、長門)」

 「待って。これ…」

 長門が差し出してきたのは、部室に戻ってきた時に持っていた茶封筒だった。

 「これ、私が書いた小説…まだ途中だけど。コンピュータ研で印刷してもらったの、部にはプリンターがないから。良かったら読んで。」

 なるほど、それで今日はパソコンがついていたり、出かけていたりしたのか。

 「サンキュー。家で楽しみに読ませてもらうよ。」

 そう言って、長門の家を出ると、玄関ドアに隠れるようにして朝倉が壁に寄りかかっていた。