四月大歌舞伎第三部 観劇 | 栢莚の徒然なるままに

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今回は久しぶりに歌舞伎座の第三部を見る事が出来ましたので観劇の記事を書きたいと思います。

 

四月大歌舞伎座第三部

 

仕事上の洒落にならないトラブルのせいで周りが次々と観劇する中、見れない状態だった四月大歌舞伎ですが、漸く見る事が出来ました。今回はまず話題沸騰しているこの演目を見る事にしました。

 

座席は奮発して一等席

 

 

桜姫東文章

 

五代目坂東玉三郎の出世作の1つである四代目鶴屋南北の書いた演目です。

元々桜姫清玄物は江戸時代から幾つもの演目が作られた定番のシリーズの1つで僧侶の清玄が桜姫に禁断の恋をした結果、殺されてしまうも化けて出てくるという骨子の設定以外は書いた戯作者によって転々バラバラであるのが特徴です。

現に私も当代の中村吉右衛門が二代目松貫四の筆名で書いた再桜遇清水という演目を観劇した事があります。

今回の桜姫東文章は紛う事無きド変態鬼才である四代目鶴屋南北が書いた桜姫清玄物です。只でさえこの演目を書く3年前に隅田川花御所染(女清玄)という同じ桜姫清玄物でありながら清玄の役割を女に書替えた上に鏡山旧錦絵と隅田川物の要素まで綯交ぜにした演目を書いている上に江戸時代の大人気物であった赤穂浪士の1人を仇討ちの為という美名の裏で欲得にまみれて赤子さえも殺害する極悪非道として描いてしまうほどのひねくれ曲がった南北が単純な失恋物を書くはずが無く、魔法少女物を転生要素(?)を織り混ぜつつ斬新な設定と大胆且つハード過ぎる展開を導入して魔法少女になった少女達が残酷な運命に立ち向かうというダークファンタジーに仕立て上げた虚淵玄の先を行く事(笑)約200年前に転生要素に加えて清玄が桜姫の前に美少年と契りを結んでいたり、桜姫が処女を奪った泥棒に恋をして挙げ句に女郎に落ちるなど変態じみた非現実的な世界観を余す事無く盛り込んだ彼にしか書けない異色極まりない演目に仕上げました。

 

しかし、この演目は初演こそ大当たりしましたが、長丁場な設定を再演するのが難しいのと時代が下るにつれ次第に中心が黙阿弥物へと移りそのまま写実主義が幅を利かせ始めた明治時代に入った事で南北物は人気を失い辛うじて音羽屋のお家芸となっていた東海道四谷怪談を除いて再演されなくなっていました。

大正時代には二代目市川左團次によって南北の書いた演目が幾つか再評価されて復活上演されましたが桜姫東文章は何故かそこでも無視されてしまい、ようやく昭和2年10月に本郷座で初代中村吉右衛門の清玄、六代目大谷友右衛門の釣鐘権助、三代目中村時蔵の櫻姫という配役により「清水精舎(でら)東文章」という外題で今回の前半部分と清玄庵室(岩淵庵室)の場までが復活上演された他、昭和5年9月には二代目市川猿之助が釣鐘権助、八代目澤村訥子が清水寺清玄、二代目市川松蔦の桜姫の配役で「当流東文章」という外題で上演されています。

しかし、それらはいずれも単発での復活に留まり本格的な上演は戦後の昭和34年11月の歌舞伎座での六代目中村歌右衛門の復活上演と昭和42年3月の国立劇場での四代目中村雀右衛門の復活上演まで待たねばなりませんでした。

 

玉三郎は上述の昭和42年3月の国立劇場での上演時に初めて出演し、初演以来の復活となる序幕の江ノ島稚児ヶ淵の場で若干17歳で白菊丸を演じた際に観劇していた三島由紀夫に見初められて評価された事が後の役者人生に大きな影響を与えました。

その為か彼は昭和50年6月の新橋演舞場で白菊丸と桜姫の二役で初めて主演した後昭和60年3月の歌舞伎座まで10年間で6回演じるなど得意役の1つにしていましたがその後は平成16年に二代目喜多村緑郎(当時は市川段次郎)を相手に1回だけ演じたのを例外にしてぱったり上演が絶えていました。

一方仁左衛門も玉三郎を相手に釣鐘権助単体で初出演した後、2回だけ清玄との二役を務めていましたがこちらも昭和60年を最後に途絶えていました。

 

主な配役一覧

 

清玄/釣鐘権助…仁左衛門

入間悪五郎…鴈治郎
粟津七郎…錦之助

奴軍助…中村福之助

吉田松若…千之助

松井源吾…松之助

局長浦…吉弥

役僧残月…歌六

白菊丸/桜姫…玉三郎

 

さて今回は序幕から二幕目の三囲土手の場までの半通しとなっています。

まず36年ぶりに釣鐘権助と清玄を演じた仁左衛門ですが、齢77歳とは俄に信じ難い程の色気を醸しだしています。かつて白菊丸との過ちを犯しながらもその後は僧侶として清く生きていたものの、桜姫が白菊丸の生まれ変わりだと分かってから逃れられぬ因果の業を感じてやってもいない破戒の罪を被って破戒僧に身をやつし、やがてそれが桜姫への執着へと変貌する清玄を変化を付けながら巧みに演じたかと思えば、吉田家の家宝を奪ったばかりでなく桜姫の父や弟を殺した挙句桜姫までを犯した極悪人である釣鐘権助を台詞廻しや身のこなし方までガラリと変わって世話物テイストで演じるという巧みさは舌を巻くばかりです。

もっとも仁左衛門は桜姫こそ長い間上演していませんでしたがその間に自分も観劇した絵本合法衢の通し上演など南北物の通しを何度も手掛けていてその経験が今回に活きていると思います。

また仁左衛門の良さはその姿なりで、釣鐘権助の腕の刺青を見せる際にチラリと見える上半身は無駄がなく、20代の様な体つきであり桜姫との××も帯をほどけてから垣間見える肉体にも違和感がなく客席から軽いジワが起こる程でした。

例に出しては悪いとは思いますが同じ二枚目の役を演じていても当代の菊五郎や鴈治郎と仁左衛門を比べると所々でどうしても二十代の役に見えない時があるのはやはりその肉体に依る所が少なからずあります。

今回の演目における第一の出来は粉う事無く彼だと言えます。

 

その例に出した鴈治郎ですが今回は初役で入間悪五郎を演じています。今まで自分は1月の伊左衛門の様な和事の役は見た事がありますが立敵の様な役は今回が初めてでした。

 

参考までに1月の観劇の記事

 

さて、今回はというとこれが予想以上にハマっていました。序幕の新清水の場の初登場からして一度は縁談を断わったのに桜姫の左手の問題が解決するや否や掌を変えて接近してくる太々しさといい、釣鐘権助に桜姫への艶書を頼んだ事で清玄の身の破滅が始まるキーパーソンとしての役割や二幕目の稲生川の場で桜姫の子供を人質に婚約を迫る非情さ、どれを見ても違和感なく楽しめました。

彼は鴈治郎という名跡に縛られがちで今までもお家芸の和事を多く演じていましたが今回の役で新境地を開いたのでは?と思わせる程でした。

初代鴈治郎の偉大過ぎる影響からか実子の二代目を始めどうしても和事の役を演じなければならない宿命を背負わされていますが、父の藤十郎が女形としての鴈治郎という今までにない鴈治郎ぶりを示したように彼もまた今までとは違う鴈治郎像を築いて欲しいです。

 

また今回は下の巻で重要な役割を占める残月を歌六、長浦を吉弥がそれぞれ務めていますが、歌六は17年前に1度務めただけで吉弥に至っては初役ですが流石は百戦錬磨のベテランとあってか経験が少ないかの様には見えない余裕が感じられ、今月の上の巻では不義密通で寺を追放されるだけの役割とあってか桜谷草庵の場では艶かしい逢い引きの様子を見せたかと思えば揃って桜姫の××の様子を覗き見るなどすっかり三枚目の役割に徹して笑わせてくれたのが印象的でした。

 

そして白菊丸と桜姫を務めた玉三郎ですが、まず白菊丸の方は流石に顔立ちには寄る年もあってか三島が惚れた往年の美しさは無いですが演技自体は場面そのものが短いとあってそこまでマイナスにはなっておらずそこまで気にはならないかと思います。

ただ、台詞廻しには何時ぞや淀君を演じた時にも感じられた不自然に何処か籠った様な響きが感じられそこは少し気になりました。

 

そして二役にして主である桜姫の方は新清水の場の幕が開くと同時に舞台に現れるその美しさからして70歳だとはとても思えず健在でした。

台詞廻しにも淀みが無い他、桜谷草庵の場では前半の出家しようとするお姫様から一転して権助の刺青を見た事で腕に彫った鐘に桜の刺青を見せて男を忘れられない女への移り変わりも鮮やかでその艶かしさは南北の世界観をよく表現していました。

その後の稲瀬川の場や三囲の場は清玄程の落ちぶれぶりではありませんが姫から一転して罪人になり晴れやかな着物姿で百叩きで打たれる所はどう見ても作者の変態趣味何とも言えない官能的且つ背徳感溢れる光景で後の女郎落ちまでのプロセスとして面白く見れました。

 

今回は上演時間や仁左衛門、玉三郎の体力を考慮してここで終わりとなりますが、6月に行われる下の巻を十分に期待出来る素晴らしい出来栄えでした。

 

三部制の弊害で見取公演ばかりなっていましたが、今回の様に半通しなら上演出来る事からもアクセントとして今回の様な長丁場の演目を今後も続けて行って欲しいと思います。