今回は1年半ぶりにオマケのコラムとして私が研究やブログ執筆でもよく利用している早稲田大学文化資源データベースの近世芝居番付データベース及び演劇上演記録データベースについて紹介したいと思います。
最初に知らない方もいるかと思いますので簡単に紹介すると早稲田大学が所蔵する演劇資料をデジタル・アーカイブとして公開している物で、他にも台本や音源、雑誌等の多岐に渡る資料群になっています。今回はこのアーカイブの内、私がよく利用する2つのデータベースについて使い勝手の良さ悪さ、長所や短所を述べて行こうと思います。
①近世芝居番付データベース
まず最初は番付のデータベースである近世芝居番付データベースです。このアーカイブでは54,145枚の番付、絵本筋書を一部を除き一般公開しています。
1.所蔵資料について
公開されている範囲での最古の番付はまだ江戸時代前期、初代市川團十郎の名が初めて歌舞伎に出た1675年(延宝3年)の江戸三座の番付で大阪での最古の番付は1681年(天和元年)10月の番付が最古となっていますがこちらは非公開で一般公開されている範囲内では1697年(元禄10年)の番付が最古となっています。
所蔵する番付の世紀毎の分布で見ると
17世紀(1600年代):39枚
18世紀(1700年代):5,069枚
19世紀(1800年代):33,492枚
20世紀(1900年代):9,520枚
と江戸末期~幕末期の番付が全体の6割、明治以降が約2割、江戸中期が約1割を占めています。その為、江戸歌舞伎に関する調査に持って来いのデータベースではありますが明治時代に関しても量・質共に充実していますので調査するのに不便は感じません。
その代わり欠点と言っては難ですが番付という物の性質上、筋書が台頭してきた大正時代辺りからは量は減少傾向にあり、その役目を筋書に完全に奪われた戦後は所蔵が大変少なく1946~1948年、1950年、1952~1953年、1955~1956年、1958年、1970年、1973年、1982年、1984~1985年、1987年、1992年、1996年と75年間で17年分と歯抜け状態になって居り、枚数に関しても1955年こそ50枚ですが1月の新橋演舞場の同じ番付が49枚とかなり偏っていたり、次いで多い1952年で15枚、3番目に多い1967年は僅か9枚と所蔵数も激減してしまう為、戦後のあの公演を調べたいと言った調査には向かない代物となっています。
2.検索方法について
検索方法は上記にある詳細検索と演目名のみで調べる簡易検索の2種類があります。この検索方法の短所を先に述べて置くと歌舞伎データベースと異なり上演演目の通称(例を挙げると河内山や弁天小僧、渡海屋、四ノ切、寺子屋、お染の七役)などでは検索できず検索ワードが入った演目しか出て来ない点になります。江戸時代の上演演目は外題が今と異なる事がしばしばある為、正式な外題を覚えていないとヒットしない為、簡易検索は外題が覚え易い演目外では使いにくい所があります。また、古い資料によっては外題名の登録をされていない資料も存在する為、外題名だけでの検索ではお目当ての資料には辿り就けない可能性もあります。
対して長所としては仮に当時の上演外題名が分からなくとも上演年、地域、上演劇場名さえ分かっていれば検索範囲を絞り込めて目的の資料に辿り就き易いという面が挙げられます。また同じ名前を持つ劇場名(例えば歌舞伎座と大阪歌舞伎座)に関してもタグ分けされて表示される他、全く同名の劇場でも地域タグで峻別されているので分からないというのはまず少ないのがあります。
上記の点を踏まえても詳細検索を使えば所蔵されていないという例外を除いてかなりの割合でお目当ての資料を探す事が可能な為、調べものをする際にはかなり優しい仕様となっています。
3.閲覧の仕方について
詳しくはライブラリー内にあるので割愛しますが番付の場合は表面全て、絵本番付などの場合は全ページが公開されているのが特徴で拡大して特定の箇所を見る事も可能です。
②演劇上演記録データベース
続いて紹介する演劇上演記録データベースは上記の近世芝居番付データベースとは対の存在で明治時代から戦後における107,950冊もの筋書、ポスター、番組、チケットの一部を公開しています。
1.所蔵資料について
長所としては戦後物が収蔵していない欠点のある番付を補うかのように戦後の筋書も多く収蔵しているのが特徴です。そして収蔵年月が被る関係で番付の方にも少々ありましたがこちらは劇場毎の括りで収録している関係上、歌舞伎以外にも新派、前進座、曾我廼家劇、新国劇、プロレタリア劇団、その他現代演劇といった様々な演劇ジャンルの公演が収録されているのが大きなポイントでもあります。
その為、戦後歌舞伎やそれ以外の演劇などを調べたい方にとってはおあつらえ向きのデーターベースと言えます。
その一方で欠点としては公開している資料が余りに少なすぎるという致命的欠陥があります。具体的に言うと公開されている資料は
・帝国劇場
・築地小劇場
・有楽座
・本郷座
・新富座
・ムーラン・ルージュ新宿座
の6劇場、1,396冊しか公開されておらず全収蔵数から見ると僅か1.2%にしか過ぎません。しかも公開されている資料の殆どは著作権の関係もあるのか戦前の公演分のみとなっており、帝国劇場も戦後の収蔵分に関しては未公開になって居る等、戦後の演劇を含む残りの98%の資料に関しては演劇博物館に来館し、閲覧申請を行えば閲覧できるものの、関東以外に在住の方にとっては閲覧すら叶わない為に歯がゆさを感じるのは否めない物があります。
また、これは私が実際に演劇博物館で閲覧申請して見たからこそのここだけの話ですが一部で資料の登録方法を間違えて登録されている筋書があり、資料が出て来て見てみたらまるで違う公演の筋書が出た他、何らかの原因で資料そのものを紛失してしまって閲覧不可能な筋書もあったりと遭遇する可能性は限りなく低いかと思いますが仮に演劇博物館を訪れたとしても必ずしも約10万8000冊弱の筋書が全て閲覧できる訳では無い事もここに記しておきたいと思います。
2.検索方法について
かなり使い易かった近世芝居番付データベースに対してはこちらも簡易検索と詳細検索の2種類が存在します。
ただ、番付とは異なり更に詳細に団体名、初日、終日、作者、演出、振付、訳者、脚色、美術、音楽、音響、衣装、指揮者、照明など上演に関わる公演日やスタッフ名の検索も可能となっています。ただきちんと登録されているのは訳者ぐらいまでなのと年月検索は西洋歴のみとなっており和暦での検索は不可能になって居る等不便になっている部分も見受けられます。
とは言え、閲覧こそ難しいもののどの年月のどの劇場で何を上演していたかというのを記録として検索するだけであればかなり優秀な検索機能となっており、こちらは館内での閲覧の為の検索機能を一般公開していると考えれば分かり易いと思います。
3.閲覧の仕方について
閲覧に関しては番付の絵本番付と同じく全ページの閲覧が可能となっています。
余談としては私がよく閲覧する帝国劇場の筋書では冒頭に番組が付属しており、別段番組を検索しなくても閲覧できるという利点があったりします。
この様に一見すると似た様なデータベースですが蓋を開けて見るとあくまで一般公開に重点を置いている近世芝居番付データベースに対して演劇上演記録データベースは館内での閲覧利用の為の検索機能の点に重きを置いていて、性質としては全く異なる物であるのが分かります。
もし現代の歌舞伎の上演に際して歌舞伎データベースに掲載されていない江戸から戦前までの公演記録について調べたいのであればある程度の勘亭流や古文書の文字の解読知識や理解力こそ必要ですがこちらを利用するとかなり便利なデータベースと言えると思います。
一応、次のオマケのコラムのテーマも考えていまして、似た様な立ち位置にある松竹大谷図書館のデジタルアーカイブ、芝居番付検索閲覧システムについて紹介しようと思います。