七草粥 ~季節の料理~
関東地区では、
1月6日の夜、
あらかじめ用意した
セリ、ナズナ(ペンペングサ)、
ゴギョウ(ハハコグサ)、ハコベラ(ハコベ)、ホトケノザ(タビラコ)、
スズナ(カブ)、 スズシロ(ダイコン)の「七草」を
まな板の上に載せ、
以下の歌を歌いながら、
しゃもじやお玉杓子、包丁の背などで叩いて細かくする。
♪ 七草なずな 唐土の鳥が 日本の国に ♪
♪ 渡らぬ先に ストトントン ♪
明けて7日の朝に粥を炊き、
叩いた七草を入れて七草粥にし、
そして朝食として食べる。
という言い伝えられた立派な習わしがあるらしいのだが、
ほかの家庭の台所を知らないので、
それが踏襲されているかどうか分からない。
残念ながら、
我が家では毎年、
七草の詰め合わせを買ってきて、
粥にして食べる。
小さい頃の田舎では、
少なくとも買ってきて食べるということはなかったので、
七草に一つや二つ足りなくても、
自分の畑や土手で採れたものを使って
作っていただろう。
七草粥の七草は、
スズナとスズシロを除けば
ほとんど
土手や田んぼのあぜ道にある雑草のようなものなので、
買って食べるということなどは、
昔なら考えられなかったことである。
買ってきて作った七草粥だが、
1年間の無病息災を願う気持ちは同じ。
買ってきたものに
ちゃんと七草が入っているのか
数えてみたくもなるのだが、
正月から
そんな無粋なことは慎む。
大好きな
ダシマキだけはつけてもらっている。
いくらは塩替わり。
ちなみに、
ホトケノザについて。
野草に
ホトケノザと言われるものがある。
仏様のお座りになる
蓮華座に似ているからこう呼ばれるが、
これは春の七草の
「ホトケノザ」ではない。
ほとんど草ですね。
昔の人は、
今のように多種多様な野菜に恵まれていなかったから、
今では雑草と言われるようなものを食べて、
1年間の無病息災を願っていた。
栄養が足りずに
病気になるのが当たり前の時代のことである。
七草粥に込める気持ちも
きっと今よりはるかに強かったろう。
昔の人に思いをはせて、
食した七草粥は、
格別な味がした。
原宿・表参道 ~明治神宮初詣からの流れ~
東京の初詣で、
明治神宮が圧倒的に参拝客が多いのは、
ただただ地理的な条件による。
なんといっても
JR原宿駅を降りて
神宮の大鳥居まで徒歩1分。
距離だけの問題ではない。
参拝後に
若い二人でも、
夫婦連れでも、
家族一緒でも、
ちょっと散策するのに
行く先に事欠かない。
原宿駅から表参道を
南青山あたりまでぶらり散歩はしゃれている。
竹下通りを
人ごみにもまれるのもいいだろう。
なんといっても
明治神宮は
お参りの後が楽しい。
JR原宿駅
写真左が神宮の森。
原宿駅正面の道路を横切って右に行くと
竹下通り。
写真を撮っている筆者の位置から右に行くと
表参道が南青山まで続く。
ちょっと行ってみましょう。
「ZARA」
ユニクロの敵にはなりえない、
中途半端な価格帯の店。
「BVLGARI」
時計と
ブルガリブルーは好きだ。
「CHANEL」。
女性憧れのブランド。
男はお呼びではないようなので
店に入ったことはない。
ヒルズは、
六本木だけのものではない、と言いたげな
「表参道ヒルズ」。
正確にはヒルズではなく、
ヒル(小高い丘)に行く途中の斜面に建っている。
だから
店の中に斜面の道路があって戸惑う。
一時期、
女学生の靴下にこれが流行った。
ファッションは個人の自由に、といいながら、
猫も杓子もこれだったのだが、
今はどうなっているのだろうか。
「BURBERRY」。
これはどちらかというと、
若い男性のブランド。
おじさんたちは
ちょっと使えない。
香水もさすがに遠慮する。
「Dior」。
品格さえ感じられる名前であるが、
私にはとんと縁がない。
こちらは
どちらかというと若い女性向きのブランド。・・・らしい。
さてどんなものが主力なのか。
ドルチェというと
自分が持っている
SEIKOの時計
「Dolce」しか思い浮かばない。
30年ほど前に
一生ものということで、
大枚をはたいて買ったものだが、
今でも正確に動いているから、
やはりいいものはいい。
エルメスと呼ばれているブランドだが、
フランス語では最初のHは読まないものらしい。
だからヘルメスではなく、エルメス。
だけど疑問が一つ。
PARIS のように、
最後のSも読まないと聞いた。
だから
パリスではなく、パリ。
だったら、
HERMESは
エルメスではなく
エルメではないのか。
フランス語屋さん、
教えてください。
(フランス語屋さんから教えていただきました。
よろしかったら次のブログをお読みください。)
まいちゃんの「絵本作家のふらんす語屋さん」 のブログです。
「LOUIS VUITTON」。
これだって、
ルイスビトンではなく
ルイビトン。
HERMESをエルメスというのは
やはりおかしい。
でも
きっと理由があるのだろう。
この写真後ろ側が
神宮の方を振り返ると、
葉の落ちたケヤキ並木が続きます。
明治神宮初詣の後の
表参道の様子でした。
明治神宮初詣 ~巨大な賽銭箱~
毎年のことではありますが、
やはり新年には
初詣の記事は欠かせない。
最初は近所のお寺さん。
これはすでに書きました。
二か所目は、
「明治神宮」。
JR原宿駅で降りて、
表参道から入ります。
歴史ある鳥居の上には、
金色に輝く紋章。
16弁の菊の紋章は
天皇家の紋。
各地に「神宮」と名前の付く神社がありますが、
神宮と名がつけば
例外なくすべて天皇家を祀る神社。
明治神宮は、
明治天皇と昭憲皇太后を祀ってある神社です。
明治神宮と
伊勢神宮、
熱田神宮には
三種の神器のそれぞれ一つずつが納めてあるといわれるが、
天皇家といえども
見ることができないので、
これは永遠の謎。
数えきれないほどの提灯が並ぶ参道を行きます。
前東京都知事の
石原慎太郎氏の名前もあります。
「総代」と書いてあるから、
神宮の関係者として出しているのでしょうか。
ここで手と口を清めてから
本殿に向かいます。
参拝は
余り形式にこだわる必要はありませんが、
ここでのマナーは
しっかりと守らないと、
本人にはわからなくても
やはり見ている人から白眼視されます。
まず手を清めます。
基本は左手から、
そして右手。
でもその順番にこだわる必要はない。
問題は口の清め方。
この柄杓で
決して直接水を飲んではいけない。
水を左手に受けて、
その左手の水を口に運んで飲んでください。
左手にはこだわりませんが、
決して柄杓で直接飲む行為だけはやめてください。
そのようなことをする人が
本堂に行って
いくらお賽銭をたくさん入れても、
願い事はかないません。
南神門をくぐり、
本殿へ。
本殿には、
本殿東側の東神門、
西側の西神門からも行けますが、
正月は人出が多くて、
東と西からは
退出する人の流れに逆らっていくことになりますので、
あまりお勧めはしません。
本殿。
元旦に初詣に行くと、
参道で行き詰まり、
牛歩よりも遅い歩みで前に進み、
本殿について賽銭を入れるところまで
3時間くらいは覚悟しなければいけません。
時間が自由になる人は、
4日以降がおすすめ。
行列はできますが、
15分くらいでたどり着けます。
もうこれ以上は近づけません。
なぜなら、
その手前に
巨大な賽銭箱?が設けてあるからです。
白布を張ってあるのでよくわからないと思いますが、
この白い部分が
みんな賽銭箱。
わかりやすいように
枠を黒い線で引いてみました。
お分かりでしょうか。
このような、
箱というにはあまりにもでかい賽銭入れが設置されています。
何かしら、
「さぁ、金を入れろ!」と言っているみたいで、
興ざめです。
世相を反映して、
小銭しか入れてありません。
正月三が日は
もっと景気の良い人がいたかもしれません。
こんなにでかい賽銭入れで、
正月の間に
明治神宮には一体いくらくらいの賽銭が入るのか、
気になりますが、
神宮は一切をオープンにしておりません。
そこで推測。
明治神宮は
マスコミや警察や、
神宮の人出発表によれば、
300万人が初詣をする、と言います。
この数字は
ちょっと多めだとは思いますが、
仮にこの数字を使って、
一人平均の賽銭額
122円をかけると、
3億6,600万円。
お守りなどの売り上げを合わせると、
優に5億を超えるでしょう。
ぜ~~~んぶ無税。
正月が終わると、
宮司さんたちの豪華な正月休みが始まり、
銀座あたりで羽を伸ばすのかもしれません。
それにしても不思議ですね。
貧しい我々が
大金持ちの神社に
お金を貢ぐなんて。
神社こそ、
ただでもらった莫大な金の一部を
東北の被災者に
少しくらい配ったらいいと思うのに、
神社から
多額の寄付をいただいた、なんてニュースは
今までに聞いたことがない。
貧乏人の初詣の様子は、
やはりひがみになってしまいました。
皆さんにとって、
今年がよい年になりますように。
Totoronは
お賽銭などいただかなくても、
みんなの幸せを心から祈ります。
武蔵野の寒い朝 ~ヒヨドリまで下りてくる~
水も凍るほどの寒い朝は、
鳥たちも
自分の飲む水に事欠くようで、
我が家の庭に置いてある
小鳥のために水盤に、
今日はヒヨドリまでがやってきた。
今朝の気温はー3.5℃。
当然水盤の水も凍っているので、
その氷を出して、
新しいぬるま湯に入れ変えてやる。
ぬるま湯でなければ、
変えてしばらくしたら、
また表面が凍り始めてしまうから。
凍り始めは
ごく薄い氷なのだが、
小鳥たちには、
くちばしでそれを割って飲むという知恵はまだない。
ヒヨドリは、
我が家にいつもやってくる
シジュウカラや
メジロ、
そして
スズメなどより、
はるかに用心深いから、
なかなか地面には下りてこないのだが、
きっといつも水を飲む
自然のたまり水や
どこか公園の
手洗い場の水も凍っているのだろう。
夜が明けてから、
まだ1滴の水も飲んでいない。
鳥たちにとって
水は
一日なければ命にかかわる大事なもの。
危険と隣り合わせでも、
ほかに飲める場所がないのだから
命には代えられない。
ごくりごくりと
実に気持ちよさそうに飲む。
特に
氷が張っていた、
ほとんど零度の水と違い、
この水はのどにやさしい温度にしてある。
一口ごとに周りを見回し、
安全を確認する。
この
用心深すぎるほどの用心をして、
彼らは
命を長らえることができる。
公園のイエバトのように、
人に慣れすぎると、
車にひかれたり、
足に糸が絡まったりして
命を縮めるものが少なくない。
非常に用心深い
ヒヨドリにはそんなことはない。
それにここは、
スズメやメジロや
シジュウカラが、
毎日遊ぶ庭だから、
安全は保証付。
でも、
来るのはいいが、
頼むから
スズメやメジロや
シジュウカラを
遊びのつもりでも
追い回さないでほしい。
君たちが、
もう少しほかの小鳥たちに優しければ、
そして
もう少し人懐っこければ、
他の小鳥と同じように
人にも好かれるのだから・・・。
ほとんどこれは
個人的な考えでした。
武蔵野の寒い朝は、
ヒヨドリまでも我が家にやってくる朝です。
武蔵野の寒い朝 ~霜柱と人生~
霜柱は、
寒ければいつでも立つ、というわけではない。
霜柱の発生原理が、
土の中の水分が凍り、
そのあと毛細管現象で、
次々に土の水分を吸い上げてきて、
氷が上に伸びる現象であるため、
まず、
適当な水分がなければいけない。
適当な水分というのが
どの程度の水分なのかは
数値的には確認していないが、
過去に試したところでは、
前日に花壇に水を撒いたようなところでは、
霜柱は立たず、
地面がそのまま凍り付く。
かといって、
地表が1、2cmの深さまで乾いていれば、
乾いたままの状態で、
霜柱は立たずに、
下の水分が軽く凍るだけである。
寒くなるスピードも
関係するかもしれない。
たぶん
ゆっくりゆっくり冷え込んで、
地表からゆっくり凍っていくときに
霜柱が立つのだろうが、
何時間もにらめっこしたわけではないので、
これは推測である。
その霜柱。
今日の気温はー3.5℃。
今までー5℃の時もあったから、
最高に寒いというわけではなかったが、
花壇には
全面に霜柱が立っていた。
3~4cm位の長さがあるだろうか。
この状態は、
霜柱が見やすくなる時を待ったので、
11時過ぎの状態であるが、
朝は霜柱が傾きもせず、
一斉に地表を押し上げている。
これほど地表がせりあがってくると、
根の浅い植物は、
ごっそりと根ごと押し上げられてしまう。
そして
霜柱が融けた時には、
その植物は
根ごと引き抜かれた状態で地表に投げ出されることになる。
始末に負えないゼニゴケなどは
表面でしか生きていないので、
いとも簡単に氷の上に乗せられる。
それを何回も繰り返されると、
あえなく命はダウンである。
冬の寒さに生き残る植物は、
例外なく根が深い。
引っこ抜いてみるとわかるが、
表面は地面にへばりついて
さほど大きくもないのに、
引き抜くと、
根は身の丈の何倍も伸びて
しっかりと地中に広がっている。
だから、
霜柱でも根が持ち上がらずに、
株のところだけ霜柱が張れない状態を作り出す。
武蔵野の
冬の寒さに耐えるには、
葉がまず霜に耐えることと、
そして
根が深く地中に張ることが必要である。
そうでなければ
武蔵野の冬は越せない。
霜柱は、
土の中にある水分だけが凍ったものだから、
透明できれいなものなのだが、
細い管上になっているため、
光を受けてその管が乱反射をおこし、
人に目には白く見える。
昔言われた
麦踏などという行為は、
このように霜柱で
根が持ち上がってきて、
麦の苗が枯れてしまうのを防ぐために、
畑の麦の苗を踏んで、
地面にしっかりと押さえつけていたのだろうから、
サクサクと
霜柱の折れる音もしようというものだ。
私は南国育ちで、
苗を踏んづけていく行為が
どうしても理解できなかったのだが、
霜柱の立つところに住んでみて、
麦踏みの意味が
やっと理解できた。
厳しい社会で生きていくためには、
生きるべきところに大きく根を張って
そして生きていかなければ、
根なし草では、
いずれ枯れるのはわかっている。
渋谷や原宿や
歌舞伎町のあたりで、
今だけを生きている諸君には、
このように冬を生き抜く植物の強さの原理に、
早く気付いてもらいたいものである。




































