主催おさやです。
がもよんフェス10周年の投稿
第二章として書かせていただきます✍️
まだこちらを読まれてない方は
合わせて見てもらえるとすごく嬉しいです。

・まずはじめに、動員報告【6987名】
「GAMO4fes.2025」
supported by THREELAND
気づけば1ヶ月が経ちました。
公式SNSでもご報告しましたが、
10周年の今年は、過去最大規模での開催となりました。
イベント総動員【延べ 6987名】
・ライブ&イベント会場:2863名
・飲食店舗&体験販売ブース:4124名
改めて過去の動員と並べてみると──
・2024年:5,386名
・2023年:4,607名
・2022年:2,912名
今年の1601名増は、
前年の増加数 779名を大きく上回り、
私たち自身も驚くほどの成長でした🔥
そして今年も大人気だった “ガラガラ抽選”。
771回という記録更新を叩き出し、
商店街の本部には一日中、途切れることなく人が集まり続けました。
各会場に配布した「牛乳石鹸 赤箱」も次々に姿を消し、
街じゅうに響く笑い声と歓声が、まるで祝福のようでした。


10周年という大切な節目に、
これほど多くの方が蒲生四丁目に足を運んでくださったこと。
最大級の感謝が、今もまだ余韻となって残っています。
心からありがとうございました。
そして今年も、“がもよんフェスの強み” が光ったのは、SNS活用!
当日は、各ライブ会場・イベント会場・本部を含めた20箇所に
現場担当者による “SNS更新班” を配置し
アーティスト投稿の漏れ防止やセキュリティ面の配慮も含め、
投稿内容のダブルチェックを徹底しながら、Xでのリアルタイム更新を続けました。
これは2年目以降から行なっている、”がもよんフェス”独自のシステムです!
ハッシュタグ企画「#がもよんフェス」もすっかり浸透し、
今年はXトレンド入りにとどまらず、なんとXでのニュース掲載という嬉しい出来事も!
Instagramでは、ストーリーズ/投稿/リールにそれぞれ専任スタッフを配置し、
新規フォロワーは450人以上の増加。
公式サイトも当日のページビューが大きく伸び、確かな認知を感じました。
「どうすれば来年につながるか」
「新しく出会う人にどう届けるか」
開催が終わったその日から、
もう次のフェスのための動きがはじまっています。
また来年の開催に向けて、ピン留めしておく用の投稿など📌
新しく出逢う人たちへのアプローチを意識しています!
ひとまず関係者用の資料、収支報告も完了しましたが、
年内はまだまだ主催者として走り続ける日々です。


さて——
ここから先は、もっと深いところへ踏み込みます。
10年続いたがもよんフェスの裏側には、
目には映らない無数の気づき、涙、出会いがありました。
そして、
・運営チームが背負い続けた想い
・国内外から集まった63組のボランティアスタッフの存在
・主催としての10年間の心の記録
そのすべてを、ひとつずつ丁寧に紡いでいきます。
街を満たす空気、鳴り響く音、集まった人の数だけ、
このフェスには “顔” があり、“物語” がある。
その物語の中心にいる、一人の運営メンバーの言葉から、
この章を始めたいと思います。
・がもよんフェス運営の唄井直哉より、メッセージをもらいました
こんにちは。
がもよんフェス運営の唄井直哉です。
2025年11月2日、記念すべき10回目の開催にご来場いただいた皆様ありがとうございました。
延べ6987名の方にお越しいただき、心より感謝申し上げます。
少し記憶を振り返ります。
僕が初めてがもよんフェスに出演したのは2017年のこと。
シンガーソングライターとして活動している僕にとって、初めて蒲生を訪れた日です。
2018年、2019年と出演を重ねる中で、フェスを通じて新しい音楽仲間やコミュニティができ、好きなお店が増え、プライベートでもこの街を訪れるようになりました。
フェスをきっかけに、この街の魅力を深く知ることとなりました。
2022年、主催代表おさやさんの株式会社つむぎやに入社しました。
がもよんから2駅、同じ城東区の緑橋で「SPINIT」というカフェアパレルの店長を務めながら、音楽活動とフェス運営を1年を通して行うようになりました。
運営に入った年から、主催運営/商店街でのSPINIT出店/ライブ出演と、出演だけの頃とは全く違ったがもよんフェスとの関わり方になりました。
出演だけの頃は、自身のステージ後に気になる飲食店を巡り、丸1日を遊び尽くしていました。
運営に加わってからは、出店やステージの対応もあり、各会場や店舗を自由に巡ることはできなくなりました。
多くの責任が常に付きまといますが、その分、出演だけの頃には味わえなかった大きな達成感があります。
そして何より、人に喜んでもらえることで、自分がこんなにも嬉しく感じるとは思っていませんでした。
今ではそれがやりがいの大部分であり、運営の醍醐味そのものだと感じています。
そして、過去最大規模での開催となった10周年である今年。
SPINITブースを30分だけ他スタッフに任せ、僕は街を回り、フェス全体を楽しむ時間を作りました。
運営加入時より会場としてお世話になっているgamoyon Art laboに初めて足を踏み入れました。
その時の感動が忘れられません。
この会場だけで一つの大きなイベントとして成立しているのに、街中がこの賑わいで溢れていることが本当にすごい。
毎年、後日写真や動画でしか知ることができませんでしたが、今年はその賑わいを肌で感じ、震えました。
SPINITが出店する商店街には、特設ライブステージとイベント本部が設置されています。
コーヒーを淹れながら、街全体の盛り上がりを肌で感じていました。
街の中心から広がる熱量に胸が熱くなりました。
これこそ、旗揚げ当初から掲げてきた「みんなが主役」の街フェスの姿だと感じます。
ブース出店を終え、cafe bar 鐘の音でのライブに向かうと、会場は溢れるほどのお客さんで埋まっていました。
足元に座り込む方や、扉の外から手拍子を送ってくれる方もいます。
歌いながら振り返ると、拳を掲げて応援してくれる姿が目に入り、飲食店で鳴る音楽というアートの温かさを改めて感じました。
この瞬間は僕一人の力では作れません。
スタートさせたのはおさやさんですが、この空間を作り出しているのは、ここにいる一人ひとりです。
と同時に、1年を通してフェスと向き合い、当日は街の中心で熱を感じ、フィナーレに向けてのステージに立つ僕だからこそ、歌を通して想いを届けられる。
そんな大切な意味のある時間でもありました。
こうして10周年の幕を閉じました。
改めてご来場の皆様、ありがとうございました。
また、参加店舗、出演/出店関係者の皆様はもちろん、
この日のために国内外から集まってくれた63名のボランティアスタッフの存在も大きな支えでした。毎年、多くのスタッフに支えられていることに、心から感謝しています。
また、今年からはフェス後1か月間「あとバル」を開催してフェス当日以降も街が活気に満ち溢れています。
これこそがもよんフェスの目的である「誰かを連れてきたい街、また来たい街」であり続けることを体現していると思います。
来年もまたこの街でお会いできることを楽しみにしています。

メッセージにもあるように
彼は、もともと“出演者”としてフェスに関わり、
その後 運営に加わって4年。
同じ景色を見て、同じ重さを背負い、
一緒に積み上げてきた言葉があります。
がもよんフェスは、誰か一人の頑張りでは成立しないフェスです。
出演者や商店街、地域の方々はもちろん、
そこをつなぎ合わせ、形にし、熱を循環させ、
街全体を“ひとつのステージ”にしてくれる——
そうした存在が、もう一つあります。
それが、ボランティアスタッフです!!!!
・63組のボランティアスタッフへの想い
— 10年目にして、いちばん大きな支えだったみんなへ —
朝の暗い時間帯から集合し、
静かな商店街のシャッター前で
「今年もよろしくお願いします」と笑い合っていた姿。
走りながら、連絡用のラインを片手に
どの会場も、どの出演者のことも、
自分のことのように気にかけてくれた姿。
迷っているお客さんの手をとって案内しながら、
「楽しんでくださいね」と必ず笑顔を添えてくれた声。
誰よりも先に動き、
誰よりも遅くまで残ってくれた背中。
そのひとつひとつが、
積み重なった10年の重みを包み込むように、
街に温度を灯してくれました。


一般公募で出逢ってくれた人たち。
私自身が日本一周をしながら全国を飛び回り、
そのたびに “想いを共感してくれる仲間” が少しずつ増えていった。
正直に言えば、
きっと誰よりも、何よりも、
がもよんフェスという存在に執着しているのは私だと思う。
でも、その執着こそが、
今のイベントの形を作ってきたのだと、今なら胸を張って言える。
だってさ、考えてみてほしい。
この日1日のために
県外から飛行機、新幹線、夜行バスに乗って
自腹で駆けつけてくれる人が何十人いる
そんなイベントが、この街の、
たった一つの商店街のフェスにあるなんて——
本当なら、信じられないことだと思う。
ただ「スタッフをする」わけじゃない。
ただ「手伝っている」わけじゃない。
みんなが自分の人生の一部の時間を差し出して、
“街をつくり”、
“人をつなぎ”、
“未来を灯している”
そんな奇跡のような現実が、このフェスにはある。
だからこそ、内側に入ってくれた人たちへの
感謝と敬意は尽きない。
困ったときは必ず力になりたい。
私は、ギブアンドテイクではなく、
ギブアンドギブの気持ちで生きてきたつもりだけれど、
気づけばこのフェスは、私にもたくさんの“テイク”をくれていた。
そして確信している。
がもよんフェスでしか得られない学びと経験こそが、何よりの価値だ。
それは、お金でも数字でも換算できない、
“人生の濃さ”そのものだと思う。
そしてその形を、ここまで“本物”にしてくれたのは——
スタッフとして関わってくれているみんなです。
スタッフとして関わってくれているみんながいなければ、
私たちはこの規模のフェスを
安全に、楽しく、街らしく、続けることはできなかった。
今年、街中でふと見えた
ボランティア同士が肩を並べて笑っている姿。
それは、私たち主催にとって、
ステージ以上に胸を熱くする光景でした。
ほんとうにありがとう。
あなたたちの存在こそが、
この街を10年続くフェスへと押し上げてくれました。
ステージの合間や、短い休憩時間にも、
出演者や出店者、スタッフ同士の会話や笑顔があふれていた。
10年前にともった小さな灯りが、
いまでは街中の光となり、人々の心を照らしている——
そのことを強く感じた1日でした。
音響も、司会も、撮影班も。
“誰でもいい”なんて一度も思ったことはない。
私の想いに賛同して、
一緒にこのフェスを盛り上げてくれるスタッフがいるから、
私は毎年「またこのチームでやりたい」と思える。
何年も一緒に乗り越えてきた。
何度も壁にぶつかった。
それでも続けてこられたのは、
あなたたちがいてくれたからです。
いつかもっと大きくなって、
ちゃんと恩返しできるように。
その日が来るまで、私はやめない。
もし、このフェスに“心臓”があるとしたら、
それはきっと、63人のあなたたちです。
「あなたたちがいてくれたから」
63というこの数字は、単なる人数ではありません。
ひとりひとりに人生があって、
予定があって、仕事があって、悩みがあって。
それでも「手伝うよ」「一緒に作ろう」と言って、
このフェスの“時間”に自分の一部を預けてくれた
このフェスのためだけに動いてくれたその“覚悟”の人たちの数です。
歯食いしばって、10年やってきたけれど
どれだけ会場が増えても、動員が伸びても、
最後の最後に必ず私を奮い立たせてくれたのは
あなたたちの“背中”でした。
朝早くの集合、冷たい風、重たい荷物、知らない人への声かけ、走り回る足、
わずかな休憩、そしてまた次の現場へ。
表舞台の「賑やかさ」に隠れてしまう、その裏側のひとつひとつに、
どれだけの“想い”が注がれていたか、私はちゃんと見ています。
悔しいトラブルにも、
理不尽な声にも、
想像以上のハードさにも、
それでも折れずに立ち続けてくれたこと。
あの日、何度も「続けてよかった」と思えたのは、
あなたたちがそこにいてくれたからです。
、
あなたたちが配ったパンフレットで、
あなたたちが拾ったひとつのゴミで、
あなたたちがかけた「ありがとうございます」の声で、
このフェスは形になりました。
あなたたちがいなかったら、
今年のがもよんフェスは絶対に成立しなかった。
これは、言い切れます。胸を張って言えます。
誰よりも愛おしい仲間たちへ。
あなたたちは、この街の“影の主役”でした。
そして、私が10年続けてこられた理由そのものでした。
本当に、本当にありがとう。言葉なんか追いつかないけれど。
何度でも言わせてほしい。ありがとね。

・主催者として、10年の葛藤
正直に言うと、
この10年間、順風満帆だった瞬間なんて一度もなかった。
毎年、必ずどこかで壁にぶつかって、
誰も知らない場所で声にならない悔しさを飲み込んで、
それでも前に進むしかなかった。
イベントの裏側には、
華やかなステージとはまったく別の現実がある。
「今年こそもう限界かもしれない」
「何か起きたら、全部自分の責任だ」
そういう“見えない重さ”を背負って歩き続けた10年だった。
それでも辞めなかったのは——
続けたいという“情熱”だけではない。
「この街に必要だ」と思ってくれる人たちが、確かにいたから。
どれだけ苦しい年でも、
「来年も楽しみにしています」と言ってくれた人がいて、
「手伝わせてください」と名乗り出てくれる仲間がいて、
「がもよんフェスが好き」と笑ってくれるアーティストやお店の人たちがいた。
その言葉たちが、
私の心の中で折れそうな何かを、ずっとつなぎ止めてくれていた。
けれど、主催というのはいつだって“孤独”だ。
決断するのは自分。
責任を負うのも自分。
その一方で、周りの誰かを傷つけてしまうこともある。
何かを良くすれば、何かが置き去りになる。
誰かを立てれば、誰かに負担がかかる。
正解のない選択ばかりで、
“主催であることの正しさ”を自問自答し続けた10年だった。
私が主催でいる意味を作ってくれたのは、
この街で出逢った人たちだった。
私の言葉に耳を傾けてくれた人、
一緒に走ってくれた人、
心を寄せてくれた人、
信じて背中を預けてくれたスタッフたち。
その存在があったから、私は10年やめずにいられた。
そして、続けてきたからこそ見えた景色が、確かにあるんだ。

・フェスの未来 — ここから先の10年へ。
それが今では、誰かの心を照らし返すほどの光になり、
今年は、その光が10倍になって、街中に広がりました。
音楽が鳴りはじめる瞬間の鼓動。
目が合ったときの笑顔。
手を振り合った一秒一秒。
偶然の出会いも、再会の涙も。
——あれは全部、10年分の「ありがとう」の音でした。
10年続けるということは、
時に“続ける”という選択そのものに向き合わされる日々でした。
悔しさも、迷いも、不安も、
どれかが欠けていれば10年には辿り着けなかったなと思います。
だからこそ、
今年の唄井直哉のステージ、そしてエンディングの
フィナーレとその後の挨拶で街を包んだあの音の波は、
ただの成功の感情ではなく、
「10年分の誰かの努力と想いが重なった音」でした。
ステージで上がる拳。
商店街で子どもが笑う声。
終わりを惜しむ拍手。
去り際に「また来年ね」と言ってくれた声。
どれもが、この街が育ててくれた結晶です。
この街の人と、このフェスに関わったすべての人でつくってきた
“10年の灯り”だということ。
今年、その灯りがとてつもない熱量をもって街中に広がるのを見て、
私は、これ以上ないほどの幸せを感じました。
そして、来年もまた、この街で新しい物語が
確かに始まることを信じています。
今年も、本当にありがとう。
この街で生まれたすべての音と繋がりは
ひとりひとりが手にした小さな種となり、
街の人や仲間と共にあたためられ、
1年間じっくり育まれて、新しい芽を出すことを願って――
また来年、この場所で会いましょう。
株式会社つむぎや
がもよんフェス実行委員会
代表 中岳早耶香


▶︎▶︎▶︎公式サイト
▶︎▶︎▶︎Twitter
https://twitter.com/gamoyon_fes
▶︎▶︎▶︎Instagram
https://www.instagram.com/gamoyon_fes/
https://www.facebook.com/gamoyon.fes
「GAMO4fes.2024 アフタームービー」
ナレーション:せんばちゃん
撮影/編集:CHAPPY(C-HAPPY NEXT)
「がもよんフェスのテーマソング」 GAMO4Fes.オープニングソング
「コノマチ」 GAMO4Fes.エンディングソング
GAMO4Fes.2019 J:COM出演回【デイリーニュース】
GAMO4Fes.2020-2021 CM【がもよんフェス】











































































































































































































