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fuyusunのfree time

長唄などの邦楽をこよなく愛する看護師のfuyusunです。
ナースの仮面を脱いだ、fuyusunの日常を綴っています。

個別差があるとは思うが、高齢者は「変化」や「ストレス」というものに弱いところがある。

突然、病気やケガに見舞われて、入院。

高齢者にとっては若者以上に現実の受容が難しい。

よく高齢者が入院すると現れるのが「せん妄」である。まったく認知症もない普通の高齢者が、入院を機会に突然認知症様の状態になる事がある。「せん妄」は意識障害の一つで、認知症とは全く違うものである。「せん妄」の原因の除去や看護の仕方で改善できるものである。というか、意識障害なので何だかの対策が必須なのである。

 

しかし、認知症とせん妄の区別をつける事の苦手な看護師が時々いる。高齢者が変な言動をとる=全てボケととらえているに違いないと思う看護師に出会うと悲しくなる。

 

入院中に同室に他の部屋から入院翌日より非常に手が掛かって大変という人がベッド異動して来た。

けっこう、どこぞが痛いという患者で、生活環境の変化や激痛などなど大いなるストレスのため混乱状態だったのか、はたまたせん妄だったのか。が、部屋異動してきて・・・そんなに問題ある人という感じではなかった。

でも、その日の昼食はカレーライスだったのですが、スプーンを持っていなかったらしく、お箸で召し上がったために、病衣が食べこぼしで酷い事になったらしい。スタッフの「あらあら!こんなにこぼして・・・今お着換え持ってきますからね」という大きな声が聞こえた。

患者の失敗をそんなに宣伝するように大きな声で言うなんて最悪。なんて思うが、振り返れば私もそんな声を出しちゃう事があるな。

患者の立場になって気づいたが、たぶん失敗を責められるような気がして患者自身も恥ずかしい思いをするし、ついでに周りの患者もその言葉に良い気分にはならない。気を付けなくてはいけない。

さて、確かにカーテン越しではあるが、時々行動が奇妙な感じの音がする。ベッド柵を外している音がしたり、ベッド柵をガタガタしていたり。

でも、叫んだり暴れたりはしていなかった。

たぶん、ちょっしたせん妄チックだったのでしょうけれど、翌日くらいからは徐々に普通の奥様へと落ち着いていったのだった。

 

ある夜勤のナース。たぶんせん妄チックの状態のままだと思っていたのでしょうね。

夕食の下膳の際に、けっこうきつい言い方で「ありがとうは!」と下膳してくれる事のお礼の言葉の強要をしている言葉が聞こえてビックリした。まるで、悪ガキを教育している感じ。高齢者を子ども扱いしているというか、見下しているというか・・・。

長い看護師人生でそんな対応をしているナースを見た事がなかったのでビックリした。

ボケた人に何を言っても大丈夫。どうせ忘れるからという感覚何ですかね。

 

例え認知症の患者でも、我々より経験を積んだ大先輩である。

ただ、認知機能障害を患っていても大先輩。その敬意が必要です。同世代の方々と接するようにしなければなりません。

「ボケているから、何を言っても忘れる」も間違えです。

あなたに言われた言葉自体は忘れてしまうかもしれないけれど、あなたの言葉から得た嫌な感情は忘れないのです。

「この人。何か嫌な印象がある」と認知症の方はあなたの事を覚えています。

 

超高齢者社会の現代。どこの病院も高齢者が多いです。

うちみたいに高齢者ばかりの病院でなくても、高齢者や認知症の方々に対する看護の勉強は必須と思われます。

 

ただ、認知症があって手が動くからという理由だけで、ガチガチに身体抑制をしたりする病院がありますが、

かえって認知症のBPSDを増悪させたり、せん妄症状を引き起こしたりする。患者は苦痛で不安で悲しい目に会うし、看護師は仕事が増えて疲労するし・・・。悪循環。

そして、すっかり問題児となった患者が、家に帰る事ができなくなって、うちみたいな病院に転院。

なんか、もっと高齢者に優しい医療をお願いしたいものです。

 

 

昨日の台風は凄かったですね。母は高齢だし、私は足が不自由。ちょっと不安でしたが、無事今日を迎えました。

中心に動ける私がこんな感じなので、備えも今一つ。前日のスーパーの買い物も、周りの殺気だった様子に圧倒され、日々の買い物に毛が生えたくらい。重たい水とか非常食の確保は、けが人の私と高齢の母では無理!「まあ、何とかなるわよ」で諦めました。

本当に何事もなく台風が行ってくれてよかったです。

 

さて、それでも買い出しに行けるくらいに回復したのは、毎日のリハビリのおかげです。

亀のペースですが、一応、膝関節の屈曲が110度まで泣き面をしながら曲がるようになりました。

正座はまだまだ遠い感じです。

 

オペまで一週間。そしてオペ後から一週間。トータルで二週間はほとんど寝たきり。車いす乗車はOKでしたが、とても痛くて痛くて大きな用事でトイレに行く時のみ。オペ前など、トイレに行くために痛み止めの座薬を使いました。

そして、オペ後一週間経った土曜日に、荷重フリーで松葉づえ歩行の許可が出ました。体重を掛けて膝を曲げないければ歩行可という事です。シーネグルグル巻きですから、曲げたくても曲げられないですが。

土曜日の日勤担当のナースから、検温の際に本日から松葉づえ歩行可である事が告知された。

ナースとしては、まずリハビリで歩行の仕方を習ってから安静度をアップしたかったみたいであるが、私のリハビリの順番が夕方である事を知ると、ピックアップ歩行器を持って来て、ナースサイドの介助で歩く練習をした。

この担当のナースは、この病院一番の看護師らしい看護師で信頼を持っていたので、拒否感なく歩行練習をした。

「どんどん離床して、ADLをアップしましょうね」とニコニコ。最初は恐る恐るで、悪い足などろくに地面につくこともできなかった。しかし、二週間ぶりの自力歩行。嬉しかった。

リハビリもピックアップ歩行器を使用してリハビリ室に行った。理学療法士さんは、松葉づえに移行したかったみたいですが、歩き方がおっかなびっくりだったので、週末に何かがあるといけないからという事で松葉づえはお預けとなった。

週が明けて松葉づえとなった。どんどん歩き方も慣れてきた。ずっと小用はバルーンカテーテルが入っていてトイレに行く頻度が少なかった。が、松葉づえとなってバルーンを抜去した。本当はもっと前から抜去が検討されていたのですが、ナースコールを押してもなかなか来てくれないし、お願いし辛い雰囲気だし・・・。という事で、歩行可能になるまでバルーン抜去を拒否していたのである。

バルーンを入れっぱなし二週間の弊害ありましたね。やたらに頻尿。膀胱の畜尿率が悪くなってしまいました。

まあ、それも徐々に治るでしょう。

 

本来はオペ後二週目でシーネが外れるのですが、

レントゲンの際に無理無理に膝を屈曲されたためか、骨の一部が転位。もう一週間シーネを巻いたままとなった。リハビリもそのために遅れ気味。退院も一週間延びてしまった。

オペ後三週間。レントゲンは問題なく経過(転位しているが許容範囲)。で退院許可がでました。

シーネも無事に外れ装具に変更。

何かもっと大袈裟なのかと思ったら、、、、

 

退院後、しばらくは松葉づえ。退院後一週間で松葉づえ一本に。

そして、先週から杖に。

どんどん軽装になっていくのが嬉しい。

 

膝の屈曲も退院時は60度とか70度。それがやっと110度。

でも、リハビリはとっても痛いのです。

縮こまった筋肉を伸ばしているので超痛い。一泣き一泣きが進歩につながるから我慢できるけれど。

さてさて、社会復帰を目指して頑張ろう!

 

 

 

ホウレンソウとは「報告」「連絡」「相談」である。看護業務遂行の上で基本中の基本である。

しかし、できていない人ってけっこういますね。業界全体の事です。

うちの病院もできていない人がいる。この病院はうちの病院以上にできていない感じがする。

この病院の看護様式はチームナーシングであると思う。リーダーさんがいて、部屋持ちさんがいてという感じ。リーダーさんは司令塔である。

部屋持ちさんは受け持ち患者さんの看護を実施する兵隊である。

何か医師に報告しなければならない事があったら、司令塔のリーダーさんに報告。リーダーさんが各部屋持ちさんの報告をまとめて医師に報告する感じとなる。リーダーさんは、緊急の報告か否かを判断しタイムリーに報告をしていく。

 

この病院のホウレンソウが今一つと感じたのは、

たぶん、入院後一週間続けてロキソニンを内服していた事が影響したのだろう。朝方胃の調子が悪く目が覚めた。私は胃が弱い方で、カバンの中に胃薬を常備している。夢の中から胃が痛かったので、カバンの中の胃薬を飲もうという感じで目が覚めた。が、現在入院中という事を思い出した。

勝手に薬は飲めないよね。

という事で、起床時の検温の際に「胃の調子が悪いから薬が欲しい」とお願いした。笑顔で「分かりました。先生に伝えておきますね」と去って行った。本当は今欲しいのだが・・・我慢するか。

日勤者に変わって、検温の際に「夜勤の人にもお願いしたのですが、胃の調子が悪いから胃薬が欲しい」とお願いした。「そうなんだ!先生に伝えておきますね」と去って行った。そして、夜になったが胃薬は到着しなかった。

翌日の日勤になって、部屋持ちの看護師は主任看護師であった。「昨日から胃の調子が悪いから薬が欲しいと言っているのですが、先生に伝わっていますか」と聞いてみた。「たぶん、リーダーさんまで報告は上がっているのだと思うのですが、分かりました。先生に伝えます。そうそう、今日は回診だから念のために直接先生に仰ってもらっていいですか」と言われた。

という事で、回診時に直接ドクターに胃の不調を訴えて薬が処方になった。

どこの部分で情報が止まったか分かりませんが、看護師間のコミュニケーション。看護師と医師との間のコミュニケーションが非常に悪い事を感じた。

このコミュニケーションの悪さも良くない事ですが、

頼まれた本人は無責任である。お願いされた薬がきちっと処方されたか確認するのが大切である。処方できなかった場合は、なぜできなかったのかを患者に説明する義務がある。

伝書鳩じゃないのですから、伝えて終了ではないと思う。

 

さてさて、一か月の入院で体験した事をつらつらと書いています。

ほぼ悪口が多いかな。しかし、この出来事は反面教師であって、自分の看護を向上させてくれる材料である。

患者の立場で「本当にイライラストレス」な事は、きっとどの患者さんも一緒だと思うのです。

看護師は患者さんに穏やかな気持ちで安心して病気と向き合い闘病生活できるように援助するのが仕事です。

きっとまだ数日、こういった記事が続くかと思いますが、

「しちゃいけない」という事をまとめて文章化する事で私の「注意事項メモ」としたいので、

しばらくの間、どうそお付き合い下さいませ。すみません。

膝蓋骨融合術のオペ後翌日から超音波治療が施された。(写真は神奈川県のあおき整形外科という病院のホームページからお借りしました)

最近、流行の治療らしい。この療法を実施すると、骨折の治癒が40%も促進するのだそうです。

入院中は日曜、祭日以外毎日実施。退院後は器械をレンタルして自分で毎日実施しています。・・・という事で、病院にいた時よりも継続的に実施しています。

 

毎日、理学療法士さんが治療に現れる。「骨折の治りがはやくなる治療法です」と説明。いじわるな私は「どれくらいはやく治るの」と聞いてみた。

一瞬困った表情をする理学療法のお兄さん。「どれくらいか分からないけれどはやく治るみたいですよ」とごまかしたような答え方。

まったく頼りない事である。

ネット検索すると色々な文献が出ている。サッカー選手のベッカム氏や野球選手の松井秀喜氏が骨折した時におこなった治療で話題になったらしい。一般に比べて30~40%も骨折治癒期間を短縮できる。プラセボと比較しても証明されたとか・・・。

やっぱり、医療者としてはきちっと数値を述べて答えるべき。「個別差はあるけれど、一般に30~40%治癒期間を短縮できるんですよ」と説明された方が説得力がある。

この治療は動いてはいけないという難点はあるけれど、痛くもかゆくもない療法である。

「本当に効いているの」という感じ。でも、そういわれれば一生懸命にやろうという気持ちになる。

実際、ネットで検索して効果のほどを知ったので、リハビリに行けない日やお休みの日でも家でできるように器械をレンタルした。たぶん、知らなければ、レンタルしようなんて思わなかった。

 

最近は保険適応のようだけれど、ちょっと前までは自費だったようだ。かなり高額な治療。高嶺の花の治療だったようだが、運よく保険適応になってからで良かったです。

 

患者にどのような看護的問題があり、それを解決するための看護計画というものが入院すると個々の患者に対して立案される。

たぶん、膝の皿を割って歩けなず寝たきりになった私に対しては、

「ADLの改善を図る事ができる」という目標が設定され、それに対して看護師がどのように対応していくか具体的に計画が立案されていたはずです。

オペ後一週間。医師からは、「患側も全荷重OKで松葉づえで歩行可」の指示が出た。歩行可能になった事で、今まで介助を受けていた日常生活がどんどん自立に向かう事ができる。ただ、今まで寝たきりだったのに、いきなり元気にスタスタできるわけではない。回復にも個別差がある。実際、私も立ち上がるのは何とかできたが、何故かベット端坐位でずっと座っているのが苦痛だった。

まあ、この病院の看護師に個別性をは難しい事かも知れない。「痛い」と言えばその場限りの援助があるだけ。こういう回復期の時は患者と相談しつつ、患者と考えながら、患者のやる気を促しつつ援助するべきと私は思うのですが、どうも患者の思いは無視。看護師の押し付けで終了している。まあ、患者は嫌な感じを持ちますが、結果は「ADLが改善する」わけですから目標達成ですよ。

 

この病院は、寝たきり状態の患者に対しては、食後の歯磨きをしてもらうためにガーグルベースンとうがいの水それぞれの床頭台等に配る。

よって動けるようになると、洗面所に行く事が出来るので歯磨きの準備はしてくれない。当たり前の事です。

しかし、もともと入院した当初から寝たきり状態の人。ファミレスで席に案内されて着席すると頼んでもいないのに水とお絞りが出てくる。

このガーグルベースンと水に対してそういう感覚を持っている人が多いと思う。ですから、これらを配るのは特別な事で歩けるようになったら洗面所に行ってくださいと説明するべきです。

 

同室のあるご婦人が、夕方からシーネが外れて装具を付け歩行器を使用して歩くことが許可された。

夕食の時は、普通に歯磨きセットが配られ、ご婦人はいつものようにベッド上で歯磨きを済まされた。

翌朝、看護師がいつものように歯磨きセットを配り始めた。そして、ご婦人のところに・・・

「○○さんは歩行器を使って歩けるようになったので向こうで歯磨きして下さいね」と言った。

ご婦人は寝ぼけていた事もあるけれど、すぐに看護師の言葉を理解できずにいた様子だった。

「私たち何でも屋さんじゃないから、できる事はやって下さいね」と看護師は重ねていった。

しばらくして、再び現れた看護師にご婦人は「歯磨きセットくれないの」と聞いた。そしたら「だから、歩けるようになったのだから向こうで歯磨きして下さいね」と不機嫌に答えた。

このやり取りを聞いていた私は心が痛んだ。

たまに看護師を嫁やお手伝いさんのように思っている患者さんはいるけれど、多くの患者さんは「何でも屋さん」なんて思っていない。

何も我がままな事を言っていないご婦人に「私たちは何でも屋さんじゃない」なんて言うのはとっても変である。

本来は、昨日のシーネが外れた時点で「歩ける許可が出たので、洗面等は洗面所でお願いできますか」と説明するべきです。

もしかして、患者は歩いて洗面所に行く事を不安に思っているかも知れない。.夕方という事もあるので、不安であったら翌日の日勤まで同じ対応をし、日勤で一緒に付き添って洗面所に行き「できる」事を患者とともに確認してから自立を図る事の方が良いと思う。

患者に新しい事を勧める時は、事前に説明する事。そして、強制するのではなく提案する形が患者も納得しやすいと思う。

 

さて、看護師は常にチームで活動するものである。看護計画もチームで共有してすすめるべきものである。

何かそういうのがここのナースには感じられないのよね。

 

が、自分たちを振り返って、きちっと共有できているか・・・。うーん。できていないところもある。

看護師個々が全く違うアプローチをすると患者は混乱する。

チームで情報の共有って大切よね。

 

本当に入院した事よって色々気が付かせてくれるし、色々学ぶ事がある。

何事も無駄はないんだなぁ。

 

患者の立場になって、つくづく看護師が果たす役目が大きいと感じた。

大袈裟でなく、看護師は病院の看板である。看護の質でその病院の良し悪しが決まるという事を実感した。

一人の医師が切り盛りしているクリニックは別ですが、こういう何人も医師が関わっている病院に「あそこはヤブ」という評価はあり得ない。

個々の技量に大差はあるでしょうけれど、すべての医師が低いスキルしか持ち合わせないなんてあり得ないからです。

しかし、この病院の評価って、以前から「あそこはね・・・」と眉間にしわを寄せてしまうような巷の噂話が聞こえるし、

ネットで口コミを検索するとあまり良い評価がない。

 

口コミを読むと、「医療ミスをされた」とか「誤診をされた」というのではなくて、接遇面で嫌な経験をしたものが多い。

一番患者と関りを持つのが看護師である。どの口コミを読んでも、看護師の接遇や態度が良ければ酷評を得なくて済んだのではなかったのではないだろうか。

確かに横柄な態度の医者とか、ムカつく態度の医師はいますが、きちっと看護師が対応していれば患者は何となく安心するものです。

医師の説明が言葉足らずでも、看護師のフォローがきちっとしていれば患者は安心するものです。

 

前回にも書きましたが、ここの病院の看護師の質は非常に悪い人が多い。まあ、よくも看護劣等生が集まったものである。

傷病は、はっきりいって患者自身が治すものである。医療というのはその補助的役割を果たすだけである。

患者にとって必要なものは、とにかく「安心」である。

安心して生活する事ができる。安心して治療を受ける事ができる。なのである。

私は認知症看護に大いなる興味を抱いていて、看護師としてのライフワークとして勉強を重ねている。

認知症の患者さんにとって一番大切なのは「安心」なのであるが、いやいや、「安心」は認知症の患者さんだけでなく、すべての患者さんにとって必要のものであると思う。

ただ、認知症でない人たちは「不安」であっても、理性でカバーしてしまう。「あなたの態度は不安なのよ」なんて口にしない。反対にこんな事を言ったら「あの人クレーマー」とラベルを貼られてしまうかも知れない。

 

そて、この病院の看護師がなぜ質が悪いかというと、

患者と視線を合わせない。患者の話を聞こうとしない。患者の言葉を引き出そうとしない。看護師として必要な最低スキルが出来ていない人がほとんどである。

検温に来ても、自分の言いたい事だけ伝えていく。一瞬目は合うが、その視線はすぐに違うところに行ってしまう。

何か訴えたくても、シャットアウトオーラが放たれ何も言えなくなってしまう。

看護師には今目の前にあるものの解決だけでなく、自分の言動によってこの患者への影響を考える必要がある。

例えば、「疼痛コントロール」に登場した術前の日に担当した看護師。医師から「喘息があるから痛み止めが使えないなぁ」という言葉をまるまる患者に伝えれば患者は不安になるだろう。不安は患者に今後どのような影響を与えるか考えなければならない。術前の看護師の役割は、安心して手術を受ける事ができるように患者の心身ともに整える必要がある。

また、入院時に担当した看護師。救急搬送された患者はなるべく帰宅させるのが病院の方針かも知れないけれど、あの看護師の態度は「夜間の緊急入院は色々と面倒だから帰って欲しい」という看護師の個人の気分にしか感じ取れなかった。

シーネで足が屈曲できない状態に固定され、そのうえ超激痛を訴えている患者。例え立ててもどうやって帰れと言うのでしょう。タクシー・・・?こんなピンと伸びた足で乗り込むのは無理でしょう。家に帰ってからの生活も考えなければいけない。そんな看護師として当然アセスメントするべきことを怠って、ただ「帰れ、帰れ」は看護師としてどうかと思われるし、人間として思いやりのかけらも感じない。まあ、結局立てなくて入院となったけれど。

 

個々の看護師の性質の問題ではない。

病院組織として、看護師の教育がきちっとできていないという事である。

看護部の管理者や指導的立場の人たちが、看護師は病院の看板であるという認識がないから、

質の悪い看護を向上させようという意識がないのだろうな。

医療的処置が上手にできても仕方がない。そんなのは看護師でなく処置師である。

色々考えながら看護するって本当に楽しいのに、この人たちはその「楽しみ」を知らないんだな。

ある意味、気の毒な人々である。

 

私も、我が病院の教育担当を行っている。人のふりみてわが身をなおせ。

看護師は病院の看板という事を忘れずに、自分自身も努力しなければならないけれど、後輩たちにも看護に対して向上心を持て努められる人を育てていきたいと思う。

 

疼痛はかなり精神的なものが影響する。

よって、単に身体的な痛みだけを解決しようとしても難しい時がある。

 

患者と看護師間の信頼関係は大切である。

頼りなさや、不信感を感じる関係性では、いくら身体的疼痛に対して投薬を行っても良い薬効が得られないという事を患者の立場になって実感した。

 

私は喘息があって、その為に「オペ後の痛み止めの指示が出ていない」とオペ前日に看護師から伝えられた。

今の時代に、痛いのを我慢しろという事かい!

だいたい、入院以来さんざんロキソニンやらカロナールやら使っているのに、何でですか?

「オペ後、どんなに痛くても我慢しかないですからね」なんて言う事を、平気で患者に伝えられる看護師の神経が疑われる。

もともと、入院時からここの多くの看護師の不誠実さにマイナスイメージしか抱いていなかったので、

オペ後は、予想以上にそれらマイナス因子が大きく影響して大騒ぎをしてしまった。

そして、その大騒ぎに対しても、予想以上の不誠実な対応に、今時こんな病院があるんだと吃驚した。

 

疼痛時、結局は喘息に影響の少ない薬剤投与をした。

普段とは違うけれど、そういう体質の患者に投与する薬があるのだから、

オペ前にきっと医師から指示を受けるべきである。

また、オペ前に無神経にもプレッシャーを与える言動は控えるべきである。

もし、オペ後の疼痛時の指示がない事を知らなければ、こんなプレッシャーはかからなかっただろうし、

看護師たちが信頼できる関係性が確立されていれば、まったく違ったオペ後だったかも知れない。

 

患者の立場になって、経験を通じてよい勉強となった。

突然の入院は土曜日。やっと主治医の診察を受けたのは月曜日の午前中だった。九月七日の土曜日に手術日決定。

五日も間があるのか・・・。

しかし、この五日間。けっこうう大変でした。

 

一日の午後。転倒したスーパーの責任者の方々が謝罪に現れた。

何か非常に威圧感あり。しかし、言葉はとても誠実で、フロアの床を濡れたまま放置した事を本当に申し訳ないと思っている事は伝わった。

いやいや、たまたま私は膝の皿を割ってしまった事で済んだけれど、転び方によっては頭部を強打して命に関わるケースもある。

また、子どもだったら親御さんはもっとパニックになるでしょう。また、お年寄りだったら、、、。

 

週が明けると、

「ああ、事故って大変。面倒」とほとほと感じさせた。

職場より

「今回のケースは第三者行為にあたると思うから保険は使わずに実費計算で相手方に請求を」と連絡。

やっぱりな・・・だったんですけれどね。

しかし、スーパー側は

「第三者行為というのは、従業員が品出しをしている際に、お客様に台車をぶつけて怪我させたりといった事を言うのであって、今回は・・・」

つまり、床を濡れているのに気が付かなかったのは悪かったが、直接的原因の「床に水をこぼした」のはスーパーの人間でなく、誰かは分からないがお買い物されたお客様の一人がされた事なので、濡らしたこと自体にスーパーは責任がないと言うのだ。

ちょっとビックリ。今回の事故の直接的責任は顔も分からない謎のお客さんだと言うのだ。

よって、フロアの管理の落ち度があったので治療費は負担するけれど、「第三者行為ではない」ので普通にと・・・。

 

まあ、そのやり取りが非合理的。何故なら、私自身も現場の人間で保険の事などよく分からない人間。自分の職場の総務が言っている事を「よく分からないけれど、うちの総務がこういうのです」と伝えるしかない。そして、相手方の窓口の方も現場の方。本部の担当の方から言われた事を「よく分からないけれど、本部のものが言うにはこうなんです」と伝えてくるだけ。その上、伝聞というのはその人の主観も混じるので真意が伝わらない事がある。

とても、私と担当の方とのやり取りが無駄な時間に感じた私は

「良かったら、私の職場の総務担当者とそちらの本部の担当者と直接話してもらっていいですか」と提案。

もちろん、自分の職場に確認しての提案。あちらも了承して以降はスムーズに展開。

もし、同じような事故に見舞われて、同じような面倒な思いをされたら

分かるもの同士が直接話してもらって、その結果を聞くというのがおすすめです。

 

痛みに耐え、今後の事が不安で不安で横たえているのに・・・。

耳元でスマホのバイブが度々ブルブルと鳴る。気の休まらない日々がしばらく続きました。

 

八月三十一日から始まった闘病生活を振り返っていきたいと思います。

 

穏やかなひと時が、一転した日である。

夜勤明け。夕方までひと眠り。翌日から二連休という事でウキウキしていました。

TUTAYAでお気に入りのDVDをレンタルして、母と待ち合わせをして近くのスーパーに買い物に向かう。

晩御飯を何にしようなどと、本当に何事もない日常でした。

ところが、予期せぬトラップがそこに存在していました。

 

買った商品を荷造りするスペース。何故かそこに大きな水たまりがあったのです。

何も知らない私は、水に足を取られて滑って転倒。膝から着地。

・・・そして、膝の皿が粉々になるはめに・・・。

救急車で運ばれ、入院。あっという間に寝たきりの状態になってしまった。

 

お店側。本当に誠実に対応してくれました。

「治療にかかるお金はこちらで負担させていただきます」などなど・・・。

店側の不手際で床がビチョビチョなのに放置していたことなど認め謝罪してくれた。

でもなぁ・・・いくら謝罪してもらっても、怪我がなかった事にならない。

それに治療費などお金の事だけじゃないし。

いきなり落とされた落とし穴にはまった私は混乱のみ。一体私はこれからどうなるのだろう。

仕事面でも色々予定山積みだったし・・・。

来春には舞台も一つ控えているし・・・。

ただただ、「どうなるの?!」ばかりが頭の中をクルクル回っていた。

 

さて、運ばれた救急病院は、隣町の小規模で二次救急をやっている病院。

あまり良い印象のない病院である。

確か、

以前の下駄骨折をした時に受診拒否された覚えがある。休日だったので、医師会に休日診療しているところを紹介されて問い合わせ。

「タクシーで来れるくらいなら大丈夫ですよ。今日は専門の先生もいないし、、、、明日(月曜日)の外来に来てください」

ヘラヘラした喋り口調に、受診拒否に怒りの相乗効果。困って電話しているのに対応悪すぎ。こんな病院に絶対にかかるものかと思ったんですがね・・・。

この辺りでケガして救急車だと、ここに運ばれる確率が高い。

救急隊から、この病院に運ばれると言われ、本当にブルーな気分でした。

 

レントゲンを撮られて、シーネを巻かれ・・・。松葉づえを渡され「はい、立ってください」

「立たないと入院になっちゃうわよ」と看護師。いやいや、私の耳には「夜に入院なんて面倒だから帰って」と聞こえる。

努力して立とうにも、患側に重力が加わると激痛。とても立つことなどできない。こんな状態でどうやって帰れと君は言うのかと非常に腹が立った。

結局、入院となったが・・・

この思いやりのない看護師の対応からも、不信感だらけ。

不信感ある入院生活は非常にストレス。苦痛の一か月のスタートでした。

 

 


実は、8月末日に転倒事故に見回られた。
左膝蓋骨骨折。9月初めに手術をした。

現在、松葉杖で歩行可能になりましたが、まだ左膝は60度屈曲がやっとの状態です。
何か、色々あって退院が延び延びです。
消費税が上がる前に退院したいです。