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非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

より多くのお金を求めて働く貨幣経済の中で、自分らしく輝きながら、他者と共に幸福に生きる「技と知」を、ライフコーチの矢沢大輔が提案。

知識を頭にたくさん詰め込むことが、勉強だと思い込んでいる人は多い。
そう思っている人は、勉強に時間がかかる。
大量の情報を頭に詰め込むには、それなりに時間がかかるから。

でも、仕事や勉強がデキる人は、大量の情報を頭に詰め込んではいない。

一見、複雑に思える情報を、頭の中で簡略化し、小学生でもわかるレベルに情報をまとめ直しているだけだ。
仕事や勉強ができない人は、短時間の学習で成果を出せるこの情報処理の方法を知らない。

 

だから、たくさんの情報を覚えるために、ただ、ひたすら時間をかけて勉強し続けてしまう。

このような学習のことを英語で「STUDY」という。

 

これに対して、「LEARN」とは、勉強したことがちゃんと自分のものになる学習のことを指している。

LEARNできる人は、原則や法則性を見つけ出すのがうまい。

だから、短時間の学習で結果を出せる。

 

昨日の「記憶できる科学的勉強法」では、LEARNできる人が、どのような情報処理を行い、原則や法則性を見つけ出しているのかを解説し、実際に参加者の皆さんにそれを実践していただいた。

とりわけ昨日は、これから英語を人に教える仕事を始める方や始めたばかりの方がいらしたので、私自身がこの一年で、どのようなツールや教材を活用して、短時間の学習時間で飛躍的にリーディング力を伸ばし、洋書をラクに読み切れるようになったのかを詳しくお伝えした。

 

そして、「認知科学」の観点からも、特に中高生の生徒さんたちに、ぜひオススメしてもらいたい英語教材と、それをタダ同然で入手できる方法をお伝えした。

 

年収の差は、学習の量ではなく、STUDYしているかLEARNしているかで、ほぼ決まってしまう。

私はそれを伝えたくて、このセミナーは来年も続けていこうと思っている。

 

追伸

来年の「記憶できる科学的勉強法」の日程は、まだ決まっていませんが、内容をさらにビジネスマン向けに改良していこうと考えています。(昨日、お伝えした財務諸表のシンプルなまとめ方が、かなり好評だったので)。

興味のある方は、日程と詳細が決まり次第、メルマガでお伝えしますので、登録しておいてください。

http://goo.gl/3CKYlE

二元性の世界には「格差」が存在しているように見える。

 

どの家族に生まれるかで、貧富の差が予め存在するように思えるし、一人ひとりの容姿も違えば、知能や運動能力にも差があるように見える。

 

社会的な平等を訴えながらも、個人レベルでは、生まれながらのなんともならない不平等さがあるように思える。

 

しかし、それは二元性の概念の中だけの話だ。

 

非二元には、格差も不平等もない。

何かと何かを比較できるような二つの物や人が存在していない。

変わる必要のある誰かもいなければ、撲滅しなければならない何かも存在していない。

敵もいなければ、味方もいない。

 

あるのは、争い、抵抗のない「平和」だけ。


お知らせ

二元性から抜けた非二元の自由さを直接感じてみたい方は非二元のプライベートセッションをお受けください。

 

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今日、非二元のセッションを受けてくれた女性とは、3年半ぶりの再会だった。

会うなり「痩せましたね」といわれて「うん」と答えると、「どうやって痩せたんですか?」と聞かれた。

「自然に痩せた」と応えると、彼女はけげんそう顔をしていた。

 

ところが、セッションが終わる頃には「痩せようとしていた私ってなんだったんですかね」と体重をコントロールできる自分がいると思っていた茶番ぶりを笑った。

 

変えようとしていた「体」も「体重」もなければ、それを管理できるような「私」も存在していない。

在るのは、私なしで自然に動いているこの「生」の活動性だけ。


この完全な生から切り離されて存在していると思い込んでいる私だけが、その孤独感、欠乏感を埋めようと、あらゆるものをコントロールしたがっている。

しかし、その衝動とは関係なく、自然は動いている。

 

お知らせ

分離の孤独感、欠乏感から目覚めたい方は非二元のプライベートセッションをお受けください。

 

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今日は沖縄の男性とSkypeで非二元のプライベートセッションをやった。

スピリチュアルや悟りについて学んでも、精神世界と現実世界との折り合いがつかず、どうしていけばいいのかわからない。
というのが、今日のテーマだった。

そこで、実際に見えている現実と、その背景にあるとされている見えない世界との間に、なんの隔たりも分離もないことを確かめられるようガイドしていった。

非二元のティーチャーは、よく「個人的にできることは何もない」「目覚めは自然に起こること」という。
しかし、二元性の思考で現実を捉えるクセがつき、分離感に苦しんでいる人に、「やれることは何もない」といっても、なんの助けにもならない。
だから、私は「やれることはある」といって、分離して存在しているものなどどこにもないことを本人に直接確かめてもらうようにしている。

精神世界と現実世界とが別次元のものだと思いこんでいるなら、分離の二元性で二つの世界を見ていることになる。
そうなると、精神世界の教義は、現実との分離感を強めるだけの誤った教えとなり、現実離れした理想の世界(幻想)の中に人を閉じ込め、リアリティの光を隠し続ける分離の壁になってしまう。

お知らせ
精神世界と現実世界の間に隔たりを感じ、折り合いをつけられなくて戸惑っている方は、非二元のプライベートセッションをお受けください。
 
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お酒を飲んだことのない子供は、「ワインって美味しいの?」と、飲んでいる大人に聞きたがる。
 
大人がその味をどれだけ言葉で説明したところで、子供には実際の美味しさが伝わらない。
本人が味わう日がくるまで、酒の味は子供にはわからない。
 
ノンデュアリティ(非二元)の味わいも、これと同じで、実際に自分でテースティングするまで、その甘みを知ることはできない。
ノンデュアリストが書いた本を何度読んだところで、ワインリストに書かれた説明書きを読んでいるのと何も変わらない。
それでも、多くの人が、本を読んだり、サットサンに通えば、ノンデュアルの味わいがいつかわかるようになると思い込んでいる。
 
実際に味わってみれば、直ちにわかることなのに、まるで自分がお酒を飲んではいけない子供であるかのように、ノンデュアルの甘みについて人に聞きたがる。
 
それでも落ちる時がくれば、人は落ちる。
突然、なんの前ぶれもなく恋に落ちるように。
そして、このフリーフォールには着地点がない。
これは永遠のフリーフォール。
だから、身を守るためのパラシュートも必要ない。
 
追伸
今日は、ソムリエの資格を取った頃を思い出して、実際にテースティングしてみることの大切さについて書いてみました。
ノンデュアルの甘みを、実際に味わってみたい方は、私のプライベートセッションをお受けください。
 
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私は、日数的には、モスバーガーのどの店員さんより数多く、モスバーガーにいる(ここで働いているわけでもないのに)。

今日は、ここで朝、モーニングを食べて、一度、家に帰って昼寝した後、再びいつもの指定席に舞い戻り、これからスマホで映画を観る。
もう、こんな生活が一年以上、続いている。

コーヒーチケットを買っても、たいてい3日でチケットはなくなる。
近所の人は私のことを「ヘビーモスバーガー」と呼んでいる。

ヘビースモーカーがなかなかタバコをやめられないように、私はモスバーガーに入り浸り、抜けられなくなっている。
それほどここは居心地よく、しかも、紅茶がすこぶるうまい。

そして、ここでのんびりしていると、なぜか自然に収入が増えていくので、私はヘビーモスバーガーをやめられない。

お知らせ
努力を続けなければ、収入が途絶えて大変なことになる。
そんな分離の幻想に私も長年縛られできました。
でも、ノンデュアリティのシンプルさを発見して以来、お金だけでなく、あらゆるものが自然に現れ出てきていることがわかり、お金を得ようとする私の努力も自然に消えて、今のような生活になりました。
12月に開催するノンデュアリティ・エクスペリエンスでは、私のその体験を語りながら、非二元シンプルさを直接経験いただける集いにします。

 
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今日は、「悟りたい」という女性と非二元のプライベートセッションをやった。
 
悟りを求めて、いろんな先生の話を聞きにいったけど、悟れないままだということで、冒頭、悟れるような「人」はいない真実を伝えてから、セッションをはじめた。
 
およそ30分で、悟ろうとうとしていた「自分」もいなければ「肉体」も「物」も存在しないことが明らかになり、彼女の表情はゆるんでいった。
 
「これまで見ていたのは物だと思っていたけど、物じゃなかったんですね。色がぜんぜん違って見える」。
そういいながら、彼女はこの世界の光景を初めて見た赤ちゃんのように、見える感覚を楽しみはじめた。
 
見えているこれは、いつだってフレッシュで、輝きに満ちている。
探し求めていた完全性は、いつかどこかで得られるものではなく、いつも見えていた、これ。
 
そして、これを見ている私など、どこにもいない。
 
しかし、これを見ている私がいる限り、見慣れたものを繰り返し見ているようにしか思えず、悟りを求める人の探求は続く。
 
お知らせ
遠回りせず、悟り、スピリチュアルの探求を終わらせたい方は、非二元のプライベートセッションをお受けください。
 
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水の中で力を抜けば、体は自然に浮く。

沈まないように必死にあがくほど、逆に溺れる。

 

力を抜いても沈まないことがわかるまで、人は努力をやめられない。

水への抵抗をやめれば、水に呑み込まれてしまうと恐れて。

 

「無抵抗=死」と思い込み、人はバタつき続ける。

疲れ果てるまで、抵抗をやめられない。

 

でも、抵抗を止めてみればわかる。

 

自分がジタバタしなくても、全てが自然に動いていたことが。

自分のバタつきこそが、水面を余計に波立たせ、溺れる恐怖を増幅させていたことが。

 

お知らせ

人間の不安や恐れは、自分の未来を自分でコントロールしていかなければ大変なことになるという誤った概念から生みだされています。

しかし、何かをコントロールできる私など実際には存在していません。

私がいない解放感を経験したい方は、非二元のプライベートセッションをお受けください。

浮く軽やかさを体験できます。

 
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「矢沢さんの一暼体験は、どういう感じだったんですか?」と、ノンデュアリティのセッションをやっていると、時々聞かれる。
 
「ある日、何かをしていたら、突然、こういう現象が起きて…」という神秘的なストーリーを期待して聞いてくれているんだろうけど、私はこの質問にまともに答えたことがない。
 
一暼の意味が、「これまでに見えていなかった別世界の光を垣間見ること」であるなら、一暼体験なんて誰でもできることだからだ。
それは、水泳教室の先生の指導に従い、実際にプールに入って泳ぐ練習をすれば、誰でも泳げるようになるのと変わらない。
 
でも、多くの人は、一暼体験するには、一暼体験をしたという覚者のもとに、何日か何年か通い続けて話を聞いていれば、その波動が浸透して、いつか自分にも光が差し込む日がくるんだろうと思い込まされている。
この思い込みこそが、一暼を遅らせるトラップになっていることに気づかずに。
 
水泳の先生から泳ぎ方の話を何度聞いたところで、実際に水の中に入らなければ、体が水に浮く事実(自然さ)に気づけない。
これと同じで、覚者の話を何度聞いたところで、自分で確かめてみるまで、「私がいない」という一暼は起こらない。
(時には、それが自然に起こる人もいるだろうけど)
特別な体験を求めて何度も話を聞きにいき、不完全さを満たそうとしているのは誰なのか?
その「私」こそが、既に見えている「完全性」を覆い隠し、見えなくさせている唯一のものだ。
 
その「私」なんて、実際に調べてみれば、1時間半もあれば、いないことがはっきりする。
それを一暼体験というなら、私の経験からいえば、スイミングスクールに行って泳げるようになるより、単純でありふれたものだ。
 
でも、「私」が存在している限り、人はその単純さより、複雑で特別なものを追い求めたがる。
 
お知らせ
「私がいない」非二元のシンプルさを直接経験したい方は、非二元のプライベートセッション、もしくはノンデュアリティ・エクスペリエンスにお越しください。
他人から自分はどう思われているのか?
他人の目、他人の発言ばかり気にして生きている人は、「承認欲求のトラップ」にハマっている。
 
人から好かれているだろうか?
これからも変わらず仲間でいてくれるだろうか?と、他人の評価が気になるのは、外側の状態(この場合、他人の評価)によって、自分の内側の快適さが決まる、という分離の思い違いから起きている。
 
このトラップにハマると、他人にどう思われているかという無益な思考がとめどなく回り続け、なんとか相手との関係性を修復しようと試みるものの、ほとんどうまくいくことはなく、結果、くたびれ果ててしまう。
 
この苦悩のエンドレスぶりは、今夜のドラマ「砂の塔」でもかなり露骨に描かれていて、タワーマンションに住む母親たちが自分の子供が仲間外れにされないように努力すればするほど、逆にドツボにハマっていく。
 
では、このトラップから抜け出すにはどうすればいいのか?
 
多くの人は、外部の状況が変われば、問題解決できると思い、相手に働きかけて、関係性を修復しようとするが、残念ながらその戦略はうまく機能しない(一時的に問題が緩和されたように感じられることはあるが、承認欲求のトラップにハマったままである限り、状況は繰り返されてしまう)。
 
私が知る限り、このトラップから抜けだせる最も有効な方法は、それがどれだけ現実的な問題に見えていたとしても、「問題」というものは思考によるイリュージョンであることに気づくこと。
それに気づければ、外側に働きかけて問題を解決しなくても、そもそも問題などなかったことに気づけるようになり、トラップから解放される。
 
お知らせ
人にどう思われているかが気になっているばかりいて、落ち着かない状況が続いているなら、一度、非二元プライベートセッションをお受けください。
 
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