非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」 -51ページ目

非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

より多くのお金を求めて働く貨幣経済の中で、自分らしく輝きながら、他者と共に幸福に生きる「技と知」を、ライフコーチの矢沢大輔が提案。

非二元のセッションを受けて、「個人の私」が存在しないことがはっきりすると、みんな仰天しはじめる。
 
「私がいないのなら、これまでに自分がやってきたと思っていた努力や仕事は、誰がやってきたのか」と思いはじめる。
「私がいないなら、これからどうしていけばいいのか」と今後のことを知りたがる。
 
こうして、また、未来に向かって、いろんなことをコントロールしていかなければいけないと思っている「私」が戻ってくる。
私がいないことがわかっても、しばらくは、「個人の私がいる」という思考は現れる。
 
でも、それも自然に起こっていること。
それを止めようと努力する必要はない。
それを止められるような「私」なんていないのだから。
 
起こることは、なんであれ、愛の中で既に許容されている。
一切の拒絶がないその無条件の許容こそが「愛」。
 
未来に完璧さを求めて、何かを行おうとしているなら、それこそ愛から切り離されたと思い込んでいる「私」の抵抗。
その私の抵抗がなくなったとき、愛だけがあったことに、愛そのものが気づき、沈黙が訪れる。
 
お知らせ
「個人の私がいない」ことを知るのに、何年もかけて修行する必要はありません。
「いつの日にか悟れる日がくる」と未来を想定して修行しているその努力こそ「私」がやっていることだからです。
個人の私がいないことは、調べてみれば直ちに経験できることだからです。
私がいない存在のシンプルさを直接、経験したい方は、非二元プライベートセッションをお受けください。
 
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・個人セッションのご予約→非二元プライベートセッション

昨夜、テレビを観ていたら、京都のお坊さんが「蚊が体にとまったらいつもどうされてるんですか?」と聞かれ、「私は一度も蚊を殺したことがありません」と応えていた。

 

どうやら「坊主は殺生しない」という超人的なイメージを伝えたいらしい。

 

一方で、私が知っているノンデュアリストの元禅僧は、一歩一歩、足を運ぶたびに、蟻を踏みつぶしていることを自覚しながら歩いている。

 

見えている視野の広さ、気づきの違いを感じさせられた。

 

追伸
禅が指し示しているノンデュアリティ(非二元)は、「日常」にあるものです。
それはお寺のような特別な場所に行かなければ経験できないものではありません。

非二元をシンプルさを経験するのに、瞑想する必要も、坐禅する必要ありません。
日常の一杯のお茶の味わいが非二元です。
禅問答ではない形で、非二元を直接経験したくなったら、一緒にお茶を飲みながら対話しましょう。

 

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資格ビジネス、協会ビジネスってなんなんだろうね?


高額の受講料を支払わせて、認定資格や講師の肩書きを与えているけど、認定されたところでお客さんがぜんぜん来なくて、食えない人だらけ。
そして、お客さんが来ないことを協会に訴えると、「それはあなたの集客力がないからだ」と、今度は集客のための講座を売りつけられる。

 

まさに大胆不敵。

こんな協会の口車に乗ってしまったら、気づいた時にはもう丸裸。

 

ビジネスとしてちゃんと成り立つ資格かどうかは、資格を取って活動している人よりも、辞めてしまった人に内情を聞いた方が本音を得やすい。
それを確認しないまま、期待ばかり膨らませて、資格取得に大金と時間を注ぎ込んではいけない。

 

<お知らせ>

取りたい資格が決まり、これから勉強をはじめるなら、まずは「記憶できる科学的勉強法」にご参加ください。

限られた勉強時間で、どう学習すれば、試験本番で合格点を取れるかがわかるようになります。

ノンデュアリティ(非二元)の先生の話を聞きにいっても、「私はいない」の意味がわからないという女性と、昨日、非二元のセッションをやった。
 
理解できなかった理由を彼女に聞くと「非二元性を語っている先生側は、非二元性をあたりまえのように語るけど、聞いているこちら側は、二元でしかその内容を捉えられず、どれだけ質問しても、話が噛み合わなくて、結局、それであきらめてしまう人もいる。言葉にできないことを言葉で伝えようとしているので、限界があるんでしょうね」ということだった。
 
私のセッションでは、非二元性を言葉で語ることはない。
 
「私はいない」は、理解によっていつかわかるようになる概念ではなく、自分で確かめてみれば、即時に明らかになることだからだ。
 
「非二元とは、特別な人だけが、いつかわかるようになる何か」というこの考えこそが、誤解であり、幻想だ。
 
特別な個人なんて、どこにも存在していない。
あるのは、この継ぎ目のない全体性。
生の活動性。
 
それは、いつも見えているこれであり、何も隠されてはいない。
完全なるオープン・シークレット。
 
それでも人は、隠された秘密がどこかにあると思い込み、それを探そうとする。
それが見つかりさえすれば、「特別なものにいつか自分がなれる」という夢を見て。
特別な個人なんてどこにもいないのに。
 
お知らせ
非二元のメッセージを聞いても「私はいない」の意味がわからず混乱している方は、非二元プライベートセッションをお受けください。
 
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・個人セッションのご予約→非二元プライベートセッション
幼い頃、私は「不思議の国のアリス」を観て怖くなり、映画館から逃げ出したくなった。
 
ウサギの後を追ってアリスが落ち込んだ不思議の国には、トランプの兵隊がいた。
それを見た瞬間、自分が遊び慣れたトランプが、突然、意思を持って動きだし、自分に襲いかかってくるように思えたのだ。
 
人は時々、リアルではないものにリアリティを感じておびえる。
 
私は社会に出てから、今度はお金にリアリティを感じて、おびえるようになった。
トランプと同じ、数字が記された紙の束が、まるで自分の人生を脅かすものであるかのように感じて。
 
その恐怖から、20代の後半、私は月にニ百数十時間の残業を雇い主から強いられても、嫌とは言えず働き続けた。
その後、私は癌になり、残業をしない働き方をするようになったのだが、それ以降も、預金通帳の収支バランスが取れなくなると大変なことになると、お金の恐怖におびえ続けた。
 
しかし、50代になってから、私は、幸運にもイギリスのノンデュアリストに出会えた。
彼らは、恐れているものがあるなら、その実体がなんなのかを自分で調べてみれば、それが空想上の物語の悪夢なのか、リアルなものかがはっきりするよと教えてくれた。
 
そして、恐れの正体を自分で調べてみると、お金とは、トランプと同じく、数字が記された紙であり、その数字は概念上の記号に過ぎないことを認識できるようになった。
 
この経験により、私は50歳にしてやっと、子供時代に落ち込んでしまった「不思議の国」の物語の恐怖から解放されるようになった。
 

数字は、言葉と同じ記号であり、その記号にどれだけリアリティを感じていようと、実体はなく、なんのパワーも持っていない。

 
追伸
これは、私がノンデュアリティのセッションをやりはじめてからわかるようになったことなのですが、お金のことを過剰すぎるほど心配している人は、数字という概念に、数字以上の意味を持たせ、リアリテイを感じている傾向が強いようです。
でも、概念は概念であって、リアルなものではないことがわかれば、たちまち恐怖は消えます。
仕事やお金のことで長く不安を感じている方は、12月3日開催の「ノンデュアリティ・エクスペリエンス」に参加してみてください。
 
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何かをやることを決めたり、
何かをやらないことを決めたりできる
「私」など存在していない。
 
神経科学の実験でも、腕を動かしているのは
「自分の意志」によるものではないことが、
とっくに証明されている。
 
でも、人間は、自分で人生の選択をしていると
思い込んで生きている。
「自分の意志によって自分や世界を変えられる」
という自己啓発のグルの教えを信じきって。
 
自分の行動は、自分の意志によるものだと
思っているなら、どんどん重苦しい
人生になっていく。
「自分が決めた」という思いがある限り、
当然、その結果の責任を全面的に
負うことになるから。
 
最悪の結果になった場合、「なんであのとき、
あんな選択をしてしまったのか」と後悔し、
自分を責めるか、誰かを責めだす。
(何かを決められる自分も他人もいないのに)
さらに、取り返しのつかない結果になったなら、
「罪悪感」さえ感じるようになる。
 
その結果、何かを決めることが
どんどん怖くなり、
身動きが取れなくなってしまう。
 
そして、決断が怖くて、動きが取れなくなると、
自分の代わりに誰かに決めてもらおうと
思い出し、占い師や宗教家のもとにいって、
教えを乞おうとする。
 
「何かを決められる誰か」がいると
信じ込んだまま。
 
これがどれだけ滑稽なことか、
本人は気づいていない。
「自分がいる」という夢、
催眠にかかったままだから。
 
でも、その夢から目覚めた瞬間、
何を信じてこんなにも窮屈な生き方を
してきたのかと、みんな笑い転げだす。
 
お知らせ
今日は、非二元のプライベートセッションで
時々質問される「自由意志」について
書きました。
よくある誤解は、
何かを決める自分がいなくなると、
何もしなくなってしまうのではないかと
思い込んでいる人が多いこと。
非二元の本を読んでも
「私がいない」の真意をつかめず、
混乱している人は、プライベートセッションを
お受けください。
決断するような私がいなかったことが
明らかになると、
とても軽やかに生きられるようになりますよ。
 
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今日、赤ちゃんの泣き声に耐えられなくて、悩んでいる母親の記事を読んだ。
 
「赤ちゃん(他者)の泣き声に耐えられない理由は、自分を許せていないから」という、分離を前提にした西洋の心理学者が語りがちなことが書いてあった。
 
私も、長男が生まれた頃、赤ん坊が泣きはじめると、どうしていいのかわからず、かなりうろたえた。
赤ちゃんが泣き出さないことを、毎日、祈るような気持ちで、おろおろしながら子供を育てていた。
 
なぜなら、長男と自分とが分離して別々に存在していると信じきっていたからだ。
 
赤ちゃんは、泣く時には自然に泣いているし、笑う時には笑っている。
赤ちゃんは、泣くことが問題だとは思っていない。
笑うのと同じように、自然に泣くことも起こる。
でも、親はそう思えない。
赤ちゃんが泣きはじめると、赤ちゃんに問題が生じていると思い込み、それをなんとかしてやれない「自分」の無力さに落胆する。
 
赤ちゃんには「私が泣いている」という認識も「私に今、問題が生じている」という認識もない。
ただ、泣くことが起こっている。
ただ、笑うのが起こるのと同じように。
それが生の自然さ。
 
泣くことはよくないことで、笑うことはいいことという、相対的なジャッジメントなど、赤ちゃんはしていない。
 
泣くことが自然に起こり、そして、親の動きも自然に起きている。
切り離されて生きている両者など、どこにも存在していない。
 
お知らせ
個人の私がいるという思い込みが消えると、恐れや心配がなくなり、自然に生きられるようになります。
ナチュラルな生き方をしたい方は、プライベートセッションをお受けください。
 
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・個人セッションのご予約→非二元プライベートセッション
今日は、NLPを学んでいた大阪の女性と非二元のプライベートセッションをやった。
 
なかなか消えない「不安」「心配」があるということで、感情や出来事の解釈を変えるNLPの手法ではなく、ダイレクトに知覚できる感覚を調べてもらい、不安、心配が概念上の想像によるものであることを確認してもらった。
 
そして、不安な感情が押し寄せてきた時こそ、その想像から解放され、非二元性を実感できる最高の機会であることを伝えた。
 
私自身、NLPを学んでいた頃、思考や感情を心地よいものに変えようと、何年も何年も必死に格闘し続けた。
 

でも、そんな抵抗を試みなくても、まったく何の問題も存在していないことがわかってから、体の心配もお金の心配もなくなった。

 

よく眠れるようになり、髪の毛が自然に増えだした。

食べたいものを食べたいだけ食べても、体重が減りはじめた。

欠乏感がなくなり、収入も自然に増えだした。

 
心配かなくなると、髪の毛が増えることは何となくわかるのだが、どうして体重が減ったのかについては、ずっと理由がわからなかった。
ところが、最近、手にいれた資料で、心配、不安が低メタボリック(代謝)の原因となり、低体温状態が続くために肥満になりやすくなることを知り、納得できるようになった。
 
不安、心配は、「個人の私がいる」と思い込んでいる限り、いつまでも続くもの。
私がいるというその幻想が消えれば、生のフレッシュさを直接、味わえるようになる。
 
お知らせ
不安、心配から解放されて、真の自由を感じたい方は、「ノンデュアリティ・エクスペリエンス」もしくは「プライベートセッション」をお受けください。
肩こりに悩まされている高2の息子は、しょっちゅう治療院に通っている。
 
息子は「肩こり」があることを信じきっているが、私は「肩こり」はおろか「肩」も存在していないことに気づいている。
 
「サンタクロース」が存在しないことを息子が知ったのは、いつ頃だったんだろう?
「肩こり」も「サンタクロース」と同じイリュージョンだと知ったら、息子はどんな反応を見せるんだろう?
 
今年のクリスマス、「肩こり」も「腰痛」も概念上のイリュージョンであることを描写した非二元の洋書を息子にプレゼントして、ラクにしてやろうと思う。
 
お知らせ
非二元のシンプルさを直接経験できるノンデュアリティ・エクスペリエンスのお申し込み受付を開始しました。
 
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さっき、携帯に知らない不動産会社の女性から電話が入った。

 

営業の電話だったので、「不動産投資を私は望んでいません」と答えると、「だから、営業の電話をしてるんです」と女性は粘りをみせた。

 

「では、望まない私に対して、あなたが営業トークをはじめたいなら、私は逆らいません。どうぞ、気が済むまでお話しください」と歓迎の意を伝えると、「けっこうです」とあちらから電話を切ってしまった。

 

断ると粘ろうとするのに、歓迎されると即、拒絶。
この女性は、なんてネジれた仕事の仕方をしてるんだろうか。

 

お知らせ
起こることに対する抵抗が消えると、たちまち「平和」が訪れます。

平和は戦いの末に得られるものではなく、既に身近にあるものです。
その安らぎを直接経験したい方は、「ノンデュアリティ・エクスペリエンス」または「プライベートセッション」をお受けください。