今日、赤ちゃんの泣き声に耐えられなくて、悩んでいる母親の記事を読んだ。
「赤ちゃん(他者)の泣き声に耐えられない理由は、自分を許せていないから」という、分離を前提にした西洋の心理学者が語りがちなことが書いてあった。
私も、長男が生まれた頃、赤ん坊が泣きはじめると、どうしていいのかわからず、かなりうろたえた。
赤ちゃんが泣き出さないことを、毎日、祈るような気持ちで、おろおろしながら子供を育てていた。
なぜなら、長男と自分とが分離して別々に存在していると信じきっていたからだ。
赤ちゃんは、泣く時には自然に泣いているし、笑う時には笑っている。
赤ちゃんは、泣くことが問題だとは思っていない。
笑うのと同じように、自然に泣くことも起こる。
でも、親はそう思えない。
赤ちゃんが泣きはじめると、赤ちゃんに問題が生じていると思い込み、それをなんとかしてやれない「自分」の無力さに落胆する。
赤ちゃんには「私が泣いている」という認識も「私に今、問題が生じている」という認識もない。
ただ、泣くことが起こっている。
ただ、笑うのが起こるのと同じように。
それが生の自然さ。
泣くことはよくないことで、笑うことはいいことという、相対的なジャッジメントなど、赤ちゃんはしていない。
泣くことが自然に起こり、そして、親の動きも自然に起きている。
切り離されて生きている両者など、どこにも存在していない。
お知らせ
個人の私がいるという思い込みが消えると、恐れや心配がなくなり、自然に生きられるようになります。
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