【川崎F】大分に勝って花火に負ける(||||▽ ̄)!!
川崎フロンターレはホーム等々力陸上競技場に大分トリニータを迎えた。
フロンターレは中断期間を利用し北海道でミニキャンプを実施し4バック対策を徹底したらしいので、苦手トリニータから勝点3を奪取し忍び寄る格圏内から抜け出して欲しいと願う。
故障者も続々と復帰し久し振りにブラジルトリオ(ジュニーニョ、マルクス、アウグスト)が揃って戦力的にはベストメンバーで臨む今節(大分戦)は確実に勝利を収めたい。
この試合での心配は、フロンターレの大分への苦手意識がどれくらい残っているのかと選手たちを後押しをする観客数である。
この日、等々力緑地公園内の駐車場は軒並み満車であったが一様にJリーグ開催日と違った雰囲気であった。
駐車場を出る人々はブルーのユニホームやTシャツではなく浴衣を羽織り、等々力陸上競技場とは逆の多摩川土手に向かって行く。
そう、今日は1年に1回の二子玉川の花火大会(川崎市、世田谷区合同)である。
花火の影響か試合開始30分になってもメインスタンドに空席が目立っていた。
川崎フロンターレはJ1リーグ05年シーズン(ナビスコ杯除く)ホームゲームで常に1万人以上の観客動員を達成し、年間目標である平均観客動員15000人まで数百人と迫っていた。
しかし、今日の観客数は確実に1万人を下回る状態である。
試合は常にフロンターレが主導権を握り(試合終了間際のドタバタは恒例だが)確実に勝点3を獲得し試合に勝利したが、観客動員面では二子玉川花火大会の前に完敗を喫してしまった。
観客が少なかったおかげで娘が試合終了後のイベント(ハイタッチキッズ)に当選し、大好きなアウグストと勝利のハイタッチを交わしていた。
J1リーグ第19節試合結果
[得点]
川崎フロンターレ 2-1 大分トリニータ
[勝点24] [勝点18]
[得点者]
【川崎】3分 マルクス、37分 谷口博之
【大分】29分 西山哲平
[入場者数]7861人
山口素弘【新潟】が三ツ沢(横浜)のピッチに復帰!
1999年元旦の天皇杯優勝を収め横浜フリューゲルスは横浜マリノスと合併した。
最後まで合併阻止のサポーターの願いを叶える為、署名活動に参加していたキャプテン山口素弘(36)が2005年8月18日横浜FCに移籍をした。
山口素弘は98年フランスワールドカップ日本代表で不動のボランチとして君臨、横浜フリューゲルス最後のキャプテンとしても活躍した。
その後、名古屋グランパスからアルビレックス新潟を経て6年の時間を経て、横浜の地に再び活躍の場を移した。
合併反対のファンが創設したクラブへの入団には複雑な感情もあるようだが、アルビレックス新潟をJ1に昇格させたキャプテンシーは歴史が浅く若いクラブがJ1を目指す為にはカズと共に大きな戦力、財産となるだろうと思う。
個人的な山口素弘の思い出は、97年ワールドカップ予選(国立競技場)韓国戦で決めたループシュートを目の前で見て、血管が切れそうなぐらい喜んだ記憶と2003年J2リーグでJ1復帰を目指していた川崎フロンターレの前で、憎たらしいぐらい冷静にチームをコントロールしていた姿が印象的である。(敵としては嫌な選手であるが、ボランチフェチとしてはたまらない選手である)
また冷静に相手のチャンスを潰しに行く山口素弘が、三ツ沢競技場のピッチで見られることには(胸のロゴがANASATOではないのが残念であるが)とっても嬉しいことであるし、J1での横浜ダービー復活の為に頑張ってもらいたい。
【横浜FC新加入選手】
30山口素弘(やまぐち もとひろ)
1969年1月29日生まれ(36歳)
群馬県高崎市出身(A型)
177cm/72kg
ポジション:MF
サッカー歴
高崎西サッカースポーツ少年団(群馬片岡小学校)
高崎市立片岡中学校(群馬)
前橋育英高校
東海大学
全日空クラブ/横浜フリューゲルス
名古屋グランパスエイト
アルビレックス新潟
代表歴
群馬県代表(85年鳥取国体)
ユニバーシアード日本代表(90年)
日本代表初選出(95年ナイジェリア戦)
W杯日本代表選出(98年6月)
国際Aマッチ59試合出場、4得点
個人タイトル
Jリーグベストイレブン(96年、97年)
Jリーグ優秀選手賞(99年)
J1リーグ 342試合37得点
J2リーグ 42試合4得点
ナビスコカップ 60試合7得点
天皇杯 28試合1得点
最新FIFAランキング(8/17発表)
FIFAランキングTOP20 AFCの主なランキング
1位:ブラジル(前月±0) 15位T:イラン(前月±0)
2位:アルゼンチン(前月±0) 17位:日本(前月-4)
3位:オランダ(前月±0) 23位:韓国(前月-2)
4位:チェコ(前月±0) 27位:サウジアラビア(前月+1)
5位:メキシコ(前月±0) 50位:バーレーン(前月±0)
6位:アメリカ(前月±0) 54位T:クウェート(前月±0)
7位:イングランド(前月+1) 54位T:中国(前月+2)
8位:スペイン(前月±0)
9位T:フランス(前月-2)
9位T:ポルトガル(前月-2)
11位:ドイツ(前月±0)
12位:トルコ(前月±0)
13位:イタリア(前月+1)
14位:アイルランド(前月+1)
15位T:イラン(前月±0)
15位T:スウェーデン(前月+2)
17位:日本(前月-4)
18位T:ギリシャ(前月+1)
18位T:デンマーク(前月+1)
20位:クロアチア(前月+2)
備考(なでしこジャパン)
11位:日本(前月+1)
参考資料
7/20発表http://ameblo.jp/fsc/entry-10002969405.html
6/15発表http://ameblo.jp/fsc/entry-10002328644.html
5/18発表http://ameblo.jp/fsc/entry-10001933738.html
ジーコジャパンがアジア最終予選を1位通過!
ジーコジャパンがFIFAワールドカップ2006アジア最終予選B組を1位通過で終えた。
東アジア選手権では格下の北朝鮮に敗れタイトル奪取には失敗したが、国内組レギュラー陣を脅かす新戦力の台頭によって競争意識の活性化がワールドカップ予選最終戦でイラン(FIFAランク15位)を破る結果をもたらしたとも言える。
各ポジションでの競争相手出現により、FW陣の玉田(柏)、大黒(G大阪)、サイドの加地(FC東京)、三都主(浦和)、ボランチ遠藤(G大阪)、福西(磐田)などには東アジア選手権では見られなかった必死さが伺われた。
ジーコの若手起用によってチーム内に勝利や得点への意欲、代表の地位確保への執着心が出てきたのは収穫であり、アジア最終予選を勝ち抜く為には有効的であったと思う。
しかし残念ながら、昨日のイラン戦を見てワールドカップという世界最高の舞台で勝ち抜く精神力、技術、経験は現段階のジーコジャパンには無いと言っていいだろう。
国内組レギュラー陣が試合中に見せる一瞬の集中力の欠如、前がかりになった時のイージーなパスミスがアジア最終予選では致命傷にはならなかったが、ワールドカップでは取り返しのつかない失点になる。
98年フランスでの岡田ジャパン、02年地元開催のトルシエジャパンでも同様の経験から苦い失点を許し、試合を落とした経験がジーコジャパンには生かされていない。
98年ワールドカップでのアルゼンチン戦の名並の不用意なクリアーからの失点、02年トルコ戦での中田浩のイージーなパスミスから与えたコーナーキックからの失点で、日本代表は重要な試合を落としている。
昨日の試合でも、前がかりになった時に三都主の不用意なパスミス、福西のクリアーミス、小笠原が溜めのボールを簡単に失うなどでピンチを招いたが、幸運にも失点にはならなかった。
しかし、それがアジアなのだと言うことを理解をしないと98年、02年と同じ取り返しのつかない失点と悲しい敗戦が世界舞台のワールドカップでは待っている。
ワールドカップまで10ヶ月、今からアドリアーノ(ブラジル)のようなシュートを放てともアイマール(アルゼンチン)のようなファンタジー溢れるプレーをしろとは言わない。
しかし、世界レベルの中での日本代表を把握し、日本人選手が持たない能力を補う為に90分間研ぎ澄まされた集中力を保って、確実に正確なパスをし日本人特有のチーム全体が連動した動きからの得点を奪う努力はして欲しい。
昨日の試合後に笑顔でスタンドを一周していた国内組代表に問いたい、イラン戦の試合内容でFIFAワールドカップ2006の一次ラウンドは勝ち抜けるのか?
国内組の中に、もう少し中田英寿(ボルトン)、小野伸二(フェイエノールト)のような世界レベルの高い意識の中で日本代表を評価出来る人材が出現しなければ、海外組と国内組にチームとしての追求するレベル、達成への意識にズレを生じてしまうのではないだろうか?
これはワールドカップ直前のキャンプでは修復の利かない代物であり、国内組には今日からでも修正を図ってもらいたいと思う。
FIFAワールドカップ2006アジア最終予選B組
試合結果
[得点]
日本代表 2-1 イラン代表
[勝点15] [勝点13]
[得点者]
【日本代表】28分 加地亮、76分 大黒将志
【イラン代表】79分 ダエイ
【サッカーJプラス】買いました(*`▽´*)
仕事関係の取引先出版社が新しいサッカー雑誌【サッカーJプラス】を創刊するとのことで、楽しみにしていました。
今回、創刊にあたって各クラブチームSpecial Ver.を発行するとのことで、売上貢献の為に2冊(東京ヴェルディ・川崎フロンターレ)を新宿紀伊国屋書店で購入しました。
この出版社はアスキー社から分離したエンターブレイン社で発行人(社長)はゲーム誌の老舗、週刊ファミ通で伝説の浜村編集員(ファミコン世代にしか解らないかも)である。
アスキー、アクセラ、エンターブレインと色々な関係会社からサッカー誌を発行していたが、なかなか成功していなかったのが現実である。
サポーターのためのエンターテイメントマガジン とのコンセプトで従来のサッカー雑誌(マガジン・ダイジェスト)とは若干視点が異なってはいるが、サッカー文化普及の為には新しいサッカーファン層を獲得し成功して欲しいと思う。
新宿紀伊国屋書店では全チームのSpecial Ver.を販売しているが、今日の時点ではFC東京、ベガルタ仙台の2チームは売り切れていた。
U-18日本代表メンバーに森本貴幸【東京ヴェルディ1969】が選出!
8月18日(木)より静岡で開催される2005 SBSカップ国際ユースサッカー大会のU-18日本代表メンバーに、東京ヴェルディ1969所属のFW森本貴幸(17)が選出された。
飛び級での代表選出になったFIFAワールドユース選手権オランダ大会では悔しい結果に終わってしまった怪物 森本貴幸の同世代U-18日本代表での雪辱に期待したい。
横浜F・マリノス プライマリーがV2達成!【全日本少年大会】
第29回全日本少年サッカー大会の決勝が8月13日(土)に国立西が丘サッカー場で行われた。
決勝の対戦カードは、2年連続優勝を目指す横浜F・マリノス プライマリー(神奈川)と初優勝を目指すJFCファイターズ(栃木)の対戦となった。
Jクラブの下部組織らしく小学生とは思えない卓越した技術を見せる横浜F・マリノス プライマリーと全員守備、全員攻撃のチームワークで強豪を撃破してきたJFCファイターズの両チームは対称的な顔合わせである。
前半から横浜F・マリノス プライマリーがJFCファイターズ陣内でボールをキープし圧倒的に攻め込んでいたが無得点の0-0で終わる。
後半15分にFW右高【横浜F・マリノス】が先制し、終了間際の後半19分DF松島【横浜F・マリノス】が加点し2-0で危なげなく2年連続優勝を果たした。
2年連続優勝は過去に清水FC(1~2回、6~7回、9~10回)が記録したのみで単独チームとしての達成は初めての偉業である。
東京代表のヴェルディ ジュニアは2年連続で準決勝横浜F・マリノス プライマリー戦に破れ、昨年のリベンジは果たせず終わった。(大会関係者には実質的な決勝戦と言われているカードだった)
来年度も東京代表は1チームとなり神奈川県代表は前年優勝枠の横浜F・マリノス プライマリー+1チームの2チームが参加と決まった。
息子(小1)の在籍する富士見丘少年蹴球団(6回大会4位、フェアプレー賞獲得)としては、前年優勝枠をヴェルディ ジュニアに取ってもらい+1枠を狙いたかったが残念な結果となってしまった。
来年も激戦で強豪ぞろいの東京都予選となってしまうが、他力本願では無く実力で30回目の記念大会となる全日本少年サッカー大会への出場を果たしてもらいたいと願っている。
http://ameblo.jp/fsc/entry-10001889951.html
第29回全日本少年サッカー大会決勝戦
試合結果
[得点]
横浜F・マリノス プライマリー 2-0 JFCファイターズ
[得点者]
【横浜F・M】35分 右高静真、39分 松島寿樹
【追記】息子の全少サッカーまではあと3年~4年、FKの決勝点を決められたヴェルディジュニアGKの選手が泣いているのを見ると心が締め付けられる思いです。(よみうりランドの練習場で息子の練習終了後からの時間で彼らの練習を見ているのもあって(┳o┳)............)
3年後、果たして息子は何色のユニホームを着て全少サッカー予選に出場しているのやら楽しみです。
キャンプ行ってきました【道志の森】
夏休み2回目のキャンプは毎年恒例(4年目)になっている、幼稚園サッカー部OBの家族でのキャンプに行って来ました。場所は山梨県の道志村にある道志の森キャンプ場です。
昨年は娘がピアノの発表会で参加出来ず、2年ぶりの道志の森でした。
今回のキャンプは、お盆時期になってしまい帰省組と急な海外出張があった為、3家族でのキャンプとなりました。(通常8~10家族)
道志の森でのキャンプは先週行った富士西湖のキャンプサイトと違い、装備やキャンプ用具も多くハードなキャンプです。
テントサイトはエリア自由で早い者勝ちなので、家を4時半に出て中央高速調布ICを5時前には出発しました。
道志の森に6時過ぎには到着しましたが溜め池、プール?脇のテントサイトは満員状態でした。
満員状態のプール脇テントサイトから一段下がったコインシャワーのあるサイトにテントを設営し朝食の準備に入る。
前日の夜に降った雷雨は嘘のように天気は快晴でしたが、プールの水温は昼すぎまで13℃でした。
しかし子供たちは朝食を食べプールに走っていきました。(20分程度で戻ってきましたが)
元気な子供たちは昼食をはさみ、タープの下でUNOをやり、またプールに行くこと4回繰り返し1日目のキャンプを過ごしました。
夜食の時間に15分程度の雷雨に見舞われキャンプファイヤーは中止になりましたが、タープの水を落とす作業に大慌ての大人を手伝って子供たちは大喜びでした。
翌朝は前日の雷雨が嘘のように快晴でテントの虫干しには最高の朝となりました。
キャンプサイトの中に流れる川(道志川の支流、三ヶ頼川)は前日の雷雨で水量も増え水浴びには最高の状態でした。
UNOに飽きた子供たちは山を散策しに行き、娘がミヤマクワガタを捕まえて大喜びで帰ったきました。(リゾート整備されていない自然の多い道志の森キャンプ場ならでは)
これでお盆休みが終わり、サッカー部(富士見丘少年蹴球団、富士見丘アンジェリーナ)の練習と招待試合大会が再開し、毎日サッカーと宿題漬けの娘、息子には思い出深い夏休みになったと思います。
ホワイトバンド【ラ・フェット多摩 南大沢】
キャンプ中休みの8月11日(木)に南大沢にあるアウトレットパーク【ラ・フェット多摩 南大沢】に行って来ました。
富士西湖ではロッジでの楽々キャンプでしたが、明日から道志村でのテントキャンプなので不足しているキャンプ用品の購入とバーゲン(8/10~8/15まで)のチェックに行きました。
息子はキャンプ用品には全く目もくれずadidas、NIKEのショップでトレシューとスパイクのチェックを入念にしていました。
そんな彼が、フランフラン(Francfranc)のレジに置いてあった300円のホワイトバンドをすごく欲しがっていたので、たぶんCMに中田英寿らの有名人が続々と登場し指パッチンしているのを見て、サッカー商品と勘違いしているんだと感じた。
娘と息子にホワイトバンドプロジェクトの「世界の貧困問題解決のための活動資金の募金」の意味を説明して2人に購入し渡す。
小4年生の娘は以前見せたエチオピアの飢餓と貧困の写真展もあり http://ameblo.jp/fsc/entry-10001874761.html
ホワイトバンドプロジェクトをある程度理解してくれたが、小1年生の息子は理解不能であった。
数時間後、小1年生の息子が母親に「指パッチンが出来たよ」と喜んで話をしていた。
実は彼にとってのホワイトバンドは『指パッチン矯正ギブス』だったらしい ヾ(>▽<)oきゃはははっ!
驚くべき6歳(小1年生)の発想と思考に妻と2人で笑ってしまった。
ホワイトバンドプロジェクトは、貧困をなくすことを目的とする世界規模の市民運動です。
(日本では「ほっとけない 世界のまずしさキャンペーン」という名前で活動しています。)
-世界中にある「貧困」-
極度の貧困により命を落とす子どもの数は1日3万人、1日1ドル以下の生活をしている人は12億人、きれいな水を飲めない人は 10 億人以上、読み書きのできないおとなは8億6000万人、エイズにより命を落とした人は2000万人。
貧困とは、「お金がない」状態だけをさすものではありません。食べ物、水、教育、保健など、人が人間として生きるために必要な最低限の要素が満たされていない状態のことです。わたしたちの声で、思いで、ちからで、この時代、この世界から貧困をなくさなければ。
このホワイトバンド販売による収益は、ホワイトバンドプロジェクト啓発広報活動費、および「ほっとけない 世界のまずしさ」実行委員会に参加するNGO、NPO団体が取り組む貧困問題解決のための活動資金として活用されます。
*注意
ホワイトバンドは『指パッチン矯正ギブス』ではありません。( ̄□ ̄;)はうっ
キャンプ行ってきました【富士西湖】
夏休みも中盤に入り娘、息子の所属している富士見丘蹴球団の練習もお盆休み(1週間)になったので、今年も我が家の夏、冬の恒例行事であるキャンプに行って来ました。
場所は富士西湖に隣接しているキャンプサイトPICA富士西湖です。
このキャンプサイトはヘビーキャンパーからライトキャンパーまでの人達が楽しめ、TVのロケ(オレンジデイズ)でも使われるように、景色もきれいで雰囲気の良いところです。
我が家は夏は西湖で水遊び、釣り、BBQを楽しみ、冬はスキー場へのベースキャンプと煮込み料理と近くの日帰り温泉を楽しみ、年に2回以上はお世話になっているキャンプサイトです。
ロッジ、テント、トレーラー、パオと宿泊スタイルも選べるPICA
今年はおばあちゃん(妻の母)も同伴だったので、近くの日帰り温泉(富士眺望温泉ゆらり)に寄ってからPICA富士西湖にチェックイン。宿泊も全ての設備(お風呂、トイレ、冷蔵庫、TV等)が揃った3部屋もあるロッジ(グランデ)を借りての豪華キャンプとなりました。
西湖の横に隣接するロッジ(グランデ)
子供たちのサッカー部の練習休みの関係で初めてトップシーズンのお盆に近い時期にPICA富士西湖に来ましたが、あまりの人の多さに驚きでした。(例年は7月中旬か8月末)
人の多さとキャンプ疲れの親とは逆に、子供たちはおばあちゃんとのキャンプ、水遊び、BBQを満喫していました。







