山口素弘【新潟】が三ツ沢(横浜)のピッチに復帰!
1999年元旦の天皇杯優勝を収め横浜フリューゲルスは横浜マリノスと合併した。
最後まで合併阻止のサポーターの願いを叶える為、署名活動に参加していたキャプテン山口素弘(36)が2005年8月18日横浜FCに移籍をした。
山口素弘は98年フランスワールドカップ日本代表で不動のボランチとして君臨、横浜フリューゲルス最後のキャプテンとしても活躍した。
その後、名古屋グランパスからアルビレックス新潟を経て6年の時間を経て、横浜の地に再び活躍の場を移した。
合併反対のファンが創設したクラブへの入団には複雑な感情もあるようだが、アルビレックス新潟をJ1に昇格させたキャプテンシーは歴史が浅く若いクラブがJ1を目指す為にはカズと共に大きな戦力、財産となるだろうと思う。
個人的な山口素弘の思い出は、97年ワールドカップ予選(国立競技場)韓国戦で決めたループシュートを目の前で見て、血管が切れそうなぐらい喜んだ記憶と2003年J2リーグでJ1復帰を目指していた川崎フロンターレの前で、憎たらしいぐらい冷静にチームをコントロールしていた姿が印象的である。(敵としては嫌な選手であるが、ボランチフェチとしてはたまらない選手である)
また冷静に相手のチャンスを潰しに行く山口素弘が、三ツ沢競技場のピッチで見られることには(胸のロゴがANASATOではないのが残念であるが)とっても嬉しいことであるし、J1での横浜ダービー復活の為に頑張ってもらいたい。
【横浜FC新加入選手】
30山口素弘(やまぐち もとひろ)
1969年1月29日生まれ(36歳)
群馬県高崎市出身(A型)
177cm/72kg
ポジション:MF
サッカー歴
高崎西サッカースポーツ少年団(群馬片岡小学校)
高崎市立片岡中学校(群馬)
前橋育英高校
東海大学
全日空クラブ/横浜フリューゲルス
名古屋グランパスエイト
アルビレックス新潟
代表歴
群馬県代表(85年鳥取国体)
ユニバーシアード日本代表(90年)
日本代表初選出(95年ナイジェリア戦)
W杯日本代表選出(98年6月)
国際Aマッチ59試合出場、4得点
個人タイトル
Jリーグベストイレブン(96年、97年)
Jリーグ優秀選手賞(99年)
J1リーグ 342試合37得点
J2リーグ 42試合4得点
ナビスコカップ 60試合7得点
天皇杯 28試合1得点