一般に、娘は父親に似ると言われている。しかし耕治の娘たちは、7人とも母親似だった。つまり仔豚顔だ。
7歳の綾を頭に、6歳の舞、5歳の凛、4歳の優、3歳の道、1歳の育、そしてこの間生まれたばかりの里。全員耕治が名前を付けた。漢字一字の2音で、女の子らしい可愛い名前をとその都度必死で考えたのだが、4女あたりから力尽きて段々適当になって来た。ネタが切れたのと、生まれる子生まれる子みんな仔豚に似ていて、可愛い名前を付けることに徒労感を感じ始めたのがその理由だった。
7匹の子やぎならぬ、7匹の仔豚である。家の中はいつも子供の声で騒がしかった。長女の綾などは最近太ってきて、体型までも仔豚に近づきつつあった。娘たちは耕治によく懐いており可愛かったが、将来のことを考えると暗澹たる気持ちになった。この地方は「娘3人嫁にやると身代潰す」といわれる土地柄である。嫁入り支度に親がそれだけ金をかけるからだが、3人どころではない、7人だ。その前に貰い手があるかどうかという心配もあるが。
娘たちを見ていて、耕治はあることに気づいた。長女の綾はとにかくものすごいお喋りで、のべつまくなしに誰かに話しかけている。次女の舞も姉に勝るとも劣らず、こちらはお喋りなだけでなく自己主張が強い。3女の凛はあまり喋らないが愛想がよく、いつもにこにこしている。しかし4女の優になると、ほとんど喋らない。この子は言葉も遅かったし、愛想もなくいつもふて腐れたような顔をしている。5女の道は更にその傾向が顕著で、3歳になるのに未だにマトモに言葉を発せず、異常な人見知りでいつも姉たちの影に隠れている。6女、7女についてはまだ分からないが、おそらく無口な子になるだろう。
耕治は、峰子が単語しか言わない理由が分かったような気がした。峰子にも姉が二人いる。おそらく幼少の頃から、言いたいこと、言うべきことは全部姉たちが代弁してくれて、自分は何も言う必要がなかったのだろう。ただ表情で快・不快を表してさえいれば、周りがフォローしてくれるのだ。こうして峰子は、他者とのコミュニケーション術を学ぶことなく、大人になってしまった。そういえば峰子には、友達らしい友達はいない。けれどもそのことで、別段不自由を感じている様子も無かった。自分には母と姉がいれば、それでいいと考えているらしかった。耕治は、4女以下も確実にこうなるだろうと危惧したが、かといって効果的な策は思いつかない。
峰子はほとんど育児をしなかった。何しろ毎年のように妊娠して、またつわりもひどかったので、幼い娘たちの面倒を見る余裕がなかったのだ。授乳やおむつ替えなどこまごましたことは、みんな耕治の母、峰子の母と姉たちが担当した。峰子はそれで当たり前だと思っていたのか恐縮する様子もなく、またやる方も嬉々としてやっていた。母親が手をかけなくとも、娘たちは何の問題もなく、健康ですくすくと育って行った。
結婚して7年あまり、耕治は最近虚しさを感じるようになった。今までは次々子供が生まれて、そんなものを感じる暇などなかったのだが。いつまで経っても心の通い合わない妻、子沢山で片付かない家の中、妻と7人の子を自分だけで養って行かねばならない重圧・・・。それらのネガティブな要素に時々押しつぶされそうになる。できるだけ考えないようにしても、常に言いようの無い不安が心を支配している。一体どうしたらいいのか、耕治は途方に暮れていた。
ある時、思い切って普段の日常を変えてみることにした。車を最寄の駅前の駐車場に停め、電車に乗って都心へ出てみようと思ったのだ。峰子には、遅くなると電話を入れた。「う。」何時に帰るかとも、誰とどこへ行くかも全く詮索せず、たった一言こう言った。耕治はそれを承諾と受け取り、今夜は久し振りに羽を伸ばすぞ、と足取りを軽くした。
地下鉄で繁華街へ出て、一番賑やかなエリアの出口から地上へ出る。既に薄暗くなっており、通りの照明が点き始めている。夜の始まり。耕治は何となく華やいだ気分になった。さぁどこへ行こうか、と目抜き通りを人の流れに乗って早足で歩いていると、「コージ先輩じゃありませんか?」と呼び止める声があった。
振り返ると、髪の長いすらりとした女性が微笑んでいた。パンツスーツを粋に着こなしたキャリアウーマン風である。その顔に見覚えがあった。学生時代の恋人、綾子だった。
(続く)