一般に、娘は父親に似ると言われている。しかし耕治の娘たちは、7人とも母親似だった。つまり仔豚顔だ。


 7歳の綾を頭に、6歳の舞、5歳の凛、4歳の優、3歳の道、1歳の育、そしてこの間生まれたばかりの里。全員耕治が名前を付けた。漢字一字の2音で、女の子らしい可愛い名前をとその都度必死で考えたのだが、4女あたりから力尽きて段々適当になって来た。ネタが切れたのと、生まれる子生まれる子みんな仔豚に似ていて、可愛い名前を付けることに徒労感を感じ始めたのがその理由だった。


 7匹の子やぎならぬ、7匹の仔豚である。家の中はいつも子供の声で騒がしかった。長女の綾などは最近太ってきて、体型までも仔豚に近づきつつあった。娘たちは耕治によく懐いており可愛かったが、将来のことを考えると暗澹たる気持ちになった。この地方は「娘3人嫁にやると身代潰す」といわれる土地柄である。嫁入り支度に親がそれだけ金をかけるからだが、3人どころではない、7人だ。その前に貰い手があるかどうかという心配もあるが。


 娘たちを見ていて、耕治はあることに気づいた。長女の綾はとにかくものすごいお喋りで、のべつまくなしに誰かに話しかけている。次女の舞も姉に勝るとも劣らず、こちらはお喋りなだけでなく自己主張が強い。3女の凛はあまり喋らないが愛想がよく、いつもにこにこしている。しかし4女の優になると、ほとんど喋らない。この子は言葉も遅かったし、愛想もなくいつもふて腐れたような顔をしている。5女の道は更にその傾向が顕著で、3歳になるのに未だにマトモに言葉を発せず、異常な人見知りでいつも姉たちの影に隠れている。6女、7女についてはまだ分からないが、おそらく無口な子になるだろう。


 耕治は、峰子が単語しか言わない理由が分かったような気がした。峰子にも姉が二人いる。おそらく幼少の頃から、言いたいこと、言うべきことは全部姉たちが代弁してくれて、自分は何も言う必要がなかったのだろう。ただ表情で快・不快を表してさえいれば、周りがフォローしてくれるのだ。こうして峰子は、他者とのコミュニケーション術を学ぶことなく、大人になってしまった。そういえば峰子には、友達らしい友達はいない。けれどもそのことで、別段不自由を感じている様子も無かった。自分には母と姉がいれば、それでいいと考えているらしかった。耕治は、4女以下も確実にこうなるだろうと危惧したが、かといって効果的な策は思いつかない。


 峰子はほとんど育児をしなかった。何しろ毎年のように妊娠して、またつわりもひどかったので、幼い娘たちの面倒を見る余裕がなかったのだ。授乳やおむつ替えなどこまごましたことは、みんな耕治の母、峰子の母と姉たちが担当した。峰子はそれで当たり前だと思っていたのか恐縮する様子もなく、またやる方も嬉々としてやっていた。母親が手をかけなくとも、娘たちは何の問題もなく、健康ですくすくと育って行った。


 結婚して7年あまり、耕治は最近虚しさを感じるようになった。今までは次々子供が生まれて、そんなものを感じる暇などなかったのだが。いつまで経っても心の通い合わない妻、子沢山で片付かない家の中、妻と7人の子を自分だけで養って行かねばならない重圧・・・。それらのネガティブな要素に時々押しつぶされそうになる。できるだけ考えないようにしても、常に言いようの無い不安が心を支配している。一体どうしたらいいのか、耕治は途方に暮れていた。


 ある時、思い切って普段の日常を変えてみることにした。車を最寄の駅前の駐車場に停め、電車に乗って都心へ出てみようと思ったのだ。峰子には、遅くなると電話を入れた。「う。」何時に帰るかとも、誰とどこへ行くかも全く詮索せず、たった一言こう言った。耕治はそれを承諾と受け取り、今夜は久し振りに羽を伸ばすぞ、と足取りを軽くした。


 地下鉄で繁華街へ出て、一番賑やかなエリアの出口から地上へ出る。既に薄暗くなっており、通りの照明が点き始めている。夜の始まり。耕治は何となく華やいだ気分になった。さぁどこへ行こうか、と目抜き通りを人の流れに乗って早足で歩いていると、「コージ先輩じゃありませんか?」と呼び止める声があった。


 振り返ると、髪の長いすらりとした女性が微笑んでいた。パンツスーツを粋に着こなしたキャリアウーマン風である。その顔に見覚えがあった。学生時代の恋人、綾子だった。


(続く)

あの時のあんな気持ちよりはまし今の私のこんな気持ちは


あの人のイヤなところを数えてはそれでも恋しい本音に気づく


泣き顔で『好き』と言いたいあの人の驚く顔にぶつけるように


あの人が誉めてくれた肉じゃがを独りおさらいしてみる夜更け


あの時の言葉はこんな意味でした虚しくつぶやく全部いいわけ


年を経て賢くなったはずなのに眠れぬ夜を過ごす今でも


憎み合い罵り合って傷ついてそれでも忘れられるよりいい

 お互いが何となく意識し合っている段階。相手の一挙手一投足に意味を見い出し、その『意味』はどれもポジティブなもの。一人になってからほくそ笑む。『あの人は自分のこと、好きかも知れない』
勇気を出して食事に誘って、OKが出ると天にも昇る気分。でもまだ友達。過剰な期待は禁物。二人で会っている時はずっと楽しい。話は弾むしお酒は美味しいし。『何故誘ってくれたの?(誘いに乗ってくれたの?)』お互いに腹の底を探り合ってる感じもいい。まだお互い気を遣ってるから、早い時間に解散。また行きましょうね、と当てのない約束。でも二人とも『次』があることを確信してる。


 3回目のデートでキス。酔った勢い、エレベーターの中。困惑と衝撃とときめきと。この頃から、男と女のパワーバランスが微妙に変わり始める。でもまだ最後までは行かない。切り札は女が持っている段階。この時期は二人とも、登り坂を行くジェットコースターに乗ってる気分。登りきった先に何があるのか、まだ分からない。


 ついに初めて、一夜を過ごす。ここから、男と女の思惑が少しずつずれ始める。それでも暫くは蜜月。お互いの求めているものの違いに気づかないうちは。二人でする行為が良ければ良いほど、殺那的な関係になりがち。会う度にセックスする。セックスしていない時は、体を触れ合う。濃密な時間を過ごしているうちに、女はだんだん愚かになって行く。


 本当に些細な、ちょっとした出来事で歯車は狂うもの。男は女を疎ましく思うようになった。でもはっきりとは態度に出さない。それでも微妙に素っ気なくなる。例えばデートの後、別の用事を入れる。腕を組んでも抱き寄せてくれない。レストランなどに入った時わざわざはす向かいの席に座る。女の目の前で携帯をいじる。それらの行為は女を不安にさせる。それでも普通に話してくれる。笑顔を見せてくれる。待ち合わせの時間に遅れなかった…女は明るい材料を必死にかき集め、平常心を保とうとする。けど別れ際、どちらからも出なかった『今度いつ会える?』と言う言葉。


 女は一人になってから悶々と考える。『一体何があったの?』と。私はまだ彼が好き。でも彼は…?分からない。この間まであんなに優しかったのに。女は、男の気持ちが一夜にして変わることを経験的に知っている。しかし知っていても、馴れる訳ではない。不安が女を支配している。男の気持ちが分からない。自分はどうしたいのかも分からない。追いかけたいのか。 追いかけさせたいのか・・・



 思い余って軽い抗議のメールを送る。重くならないようにあくまで可愛く。しばらく経ってから返信が来る。一応フォロー、と取れる文面。でも具体的なことは何一つ書いてない。『またゆっくり会おうね』またって、いつ?女は更に返信したい衝動にかられる。でもそれは、やってはいけないともう一人の自分が言っている。ここで深追いしたら負け。深追いしたら負け。今度会った時は、屈託の無い笑顔で笑おう。何でも無い風で余裕を見せよう。


 気がつくとここ2、3日、彼のことばかり考えている。携帯の受信ボックスに溜まった、彼からのたくさんのメール。暇さえあれば読み返している。新しいメールは来ない。こちらからも、送る勇気がどうしても出ない。『元気?』と送るには早すぎる。この間の返信にしては間が空き過ぎている。ひたすらに携帯を握り締め、待つ時間の長いこと。メールでも電話でもいい、彼からの連絡が欲しい。着信音が鳴る度、一喜一憂。友達からだったり、ジャンクメールだったり。意識しているとメールは来ないものだと気づく。彼と他愛も無いメールラリーをしていた頃が懐かしい・・・


 ある日、はたと気づく。彼とはもう『終わった』のだと。彼が素っ気ない態度を取ったのが問題なのではなく。ちっともメールが来ないのが問題なのではなく。些細なことを気にするようになってしまった自分、それによって微妙な緊張感をかもし出していたかも知れない自分が悪いのだと。彼は自分と会っている時、恐らくその『空気』を感じ取ったのだろう。だから距離を置きたくなった・・・。そして一番問題なのは、距離を置きたくなった彼を許すことができなくなった自分の狭量さだ。こうなってしまったらお終いだ。



 愛しているからこそ、不安。不安だからこそ、やがてそれは憎しみに変わる。憎みながらもやっぱり愛しているという矛盾。どれだけ憎んでも、体が男を覚えているうちは、とことん憎むことはできない。強い憎しみは強い執着に簡単に変わる。そう、執着。愛情が執着に変わったらもういけない。それはもう純粋な愛ではなく、欲望と自意識と嫉妬がないまぜになって腐臭を放っている、愛憎と言うべきものかも知れない。



 愛憎は女を醜くする。執着は女を縛る。それに気づいた女は、少しづつ男と距離を置こうと決心する。恨み言も意趣返しも無しで、穏やかに離れて行こうと決める。苦しみは自分の心の中だけで止めておこう。一度は愛した男なのだから、いたずらに傷つけてはいけない。その時は溜飲が下がっても、後できっと後悔するはずだ。女は半ば強引にそう思い込み、男からのメールを一斉消去した。大丈夫、女には再生力がある・・・。

今近所の喫茶店に来ているのだが…私の隣に座った家族連れがなかなか笑える。

祖母、父親、幼い娘の3人で、母親はいない。祖母は父親の実の母であるらしい。娘は5歳くらい、父親は30代半ばと言ったところ。つまり、子供のいるいい年をした男が、母親とお茶を飲みに来ているのだ。(・_・;)

3人の話を聞くともなしに聞いていると、まずそこにいない母親の悪口。やれ朝起きないだの、洗い物をしないだの、息子と母親が一緒になって散々言っている。幼い娘はその傍らで、父親の食べているホットドッグを『半分ちょーだい』とねだっている。それを聞いた父親の言うことには、『 半分はダメ。一口ね』。セコッ!

3人とも小太りで、父親と祖母はメタボ気味。祖母のビジュアルがまた強烈で、前髪はオールバックで後ろに撫で付けたリーゼント風なのに、襟足だけチョロチョロと長く伸ばした『昔のヤンキー風』。眉は細く書いていた。一方父親は角刈り、口元のゆるんだ鈍重そうな表情。娘は劇団ひとりに激似。

言動と言いビジュアルと言い、最近稀に見る『お笑い家族』だった。3人とも大きな声で喋りまくり、祖母と父親はタバコをスパスパ、隣にいる私の席に煙が流れるのを気にする様子もなく、不愉快極まりなかったが。(-_-#)

相談者は76歳女性。息子の嫁(46歳)から際限なく金をせびられて困っているとのこと。
息子夫婦が15年前にマンション購入を決めた時、『親なんだから援助しろ』と嫁から直接言われ、納得いかなかったが500万出した。更にまたこの夫婦が2年前に再びマンションを買い換えた時も、同じように嫁からギャンギャン言われて1000万出した。更に最近になって、マンションを買ったことで生活のレベルを落としたくないから援助しろ、とまた嫁から責められ、200万出した。ここまでやってやってるのに今年の正月、嫁から妙な手紙が届いた。曰く、『あなたの息子は育児にも協力しなかったし、性格も悪い。こうなったのはあなたたち親の責任だから、罪滅ぼしとしてあなたたちの持っている土地の半分の名義を私によこしなさい』と書いてあった。いくらなんでもむちゃくちゃな理屈だから渡したくないが、どうしたらいいだろうかと言う相談。

ちなみに息子49歳は大企業のサラリーマン、嫁も薬剤師をして、収入は安定している。子供は一人しかいない。
回答者の弁護士の答えは一言、『断ればいい』だった。恐らく誰が聞いてもそう答えるだろう。

この嫁、まるでヤクザである。姑相手にゆすり・たかりをやっている。金を出せるだけ出させてやろうと言う魂胆が、いっそ気持ちいいほどはっきり表れている。どうしたらここまで強欲になれるのか。

息子はこんな嫁に全く頭が上がらないらしく、息子は金を出して貰おうと思っていないのに、嫁がヒステリックに金を出させろと言うものだから、大ゲンカになり、それを何とか治めたくてつい金を出してしまうと言う。

息子もだらしなさすぎだ。70過ぎた年金生活者に大金を出させて、恥ずかしいと思わないのだろうか?

相談者はきっぱりとした回答を聞いて心が楽になったらしく、晴れ晴れとした声になっていた。しかし電話を切る直前、司会の心理学者の加藤諦三が、『あなた、またきっとお金を出しますよ。何故ならそうすることで、息子さんとの繋がりを持っていたいからです。あなたは寂しいんです。その寂しさを自覚しないと、また同じこと繰り返しますよ』と言った。相談者はそんなことありませんと否定して、若干憤慨して電話を切った。

寂しいとかじゃないのに、加藤諦三余計なこと言うなぁとその時は思ったが、後になってよくよく考えると、そうかも知れないと考えるようになった。

人は案外、自分の気持ちを分かっていないものだ。

 とにもかくにも、耕治と峰子の新婚生活が始まった。新居は耕治の家の庭に耕治の親が建てた、一戸建ての離れである。この地方にはよくある生活形態だ。


 峰子は、良くも悪くも単純で動物的な女だった。己の本能、主に食欲と睡眠欲に忠実で、食べたいだけ食べ、寝たいだけ寝る。朝は起きて来ないので、耕治はいつも朝食を両親の住む母屋で取っていた。耕治の母親は遠慮しているのか、そのことについては何も言わない。


 そんなわけなので、耕治が峰子と最初に顔を合わすのはいつも帰宅時だった。農協勤めなので、帰宅はそんなに遅くはない。せいぜい遅くても8時と言ったところだ。しかしたとえ6時に帰っても、峰子は先に夕食を済ませてしまっていた。5時ごろにはもうお腹が空いてたまらなくなるので、我慢できないと言う。もちろん耕治の分は用意してあるが、温め直してはくれず、耕治は自分でレンジでチンしなければならなかった。峰子はそんな耕治を尻目に、スナック菓子を食べながらテレビでバラエティ番組を観ているのだった。


 およそ若い女らしい潤いとか、細やかさのない峰子だったが、料理だけは上手かった。しかし色んな料理を品数多く作るのは苦手で、おかずはせいぜい1品か2品、後は味噌汁がついたりつかなかったりだった。揚げ物や炒め物といった高カロリー食が好きで、よく作る。肉じゃがなども、一度ジャガイモを揚げてから作るので、かなりカロリーが高くなる。それを大量のご飯と共に食べるのだから、太らない訳が無い。耕治は結婚してから2ヶ月で3キロ太った。働いていない峰子の体重増加は、恐らくそれ以上だろう。


 元々好きで結婚した女ではないので、会話の楽しさなどはあまり期待していなかったが、それにしても峰子との会話は、面白いとか面白くないとかのレベルではなく、ハナから成立が難しかった。例えばこんな具合である。耕治が帰宅すると峰子がやって来て、開口一番「アサガワさんが来た」と言う。そしてダイニングテーブルの上のメロンを指差し「これ」と言ったきり、押し黙っている。耕治には何がなんだか分からない。そもそもアサガワさんが誰だか知らない。そして、ダイニングテーブルの上のメロンとアサガワさんの関連性も。いくつかの質問と母屋の母親への電話の後、ようやくアサガワさんが披露宴に招いた峰子側の招待客の一人で、挨拶がてら立ち寄って母屋とこちらにメロンを手土産に持って来たことが判明するのだった。「あ、もしもし耕治~?なに?あぁメロンね。昼間、アサガワさんが持っていらしたのよ~ほら峰子さんのお母様のお友達!ごていねいにうちとあんたたちのとこに一つずつ!耕治、あんたお礼言っときなさいよ!電話番号教えてあげるから」


 峰子の知人なのだから峰子が電話するのが筋だと思うのだが、耕治の母親も峰子がそういうことに不得手だと言うことは承知しているらしかった。この他にも、峰子がお腹を壊したことがなぜか峰子の母親から伝わったり、新しい服をどこで買ったかを、しょっちゅう遊びに来る峰子の姉から聞いたりした。とにかく単語しか喋らない女で、会話に必要な情報が全然足らないのだ。何回聞き返しても要領を得ず、結局他から聞いた方が早いということになってしまう。本や新聞はおろか雑誌すら読まない峰子は、ボキャブラリーが極端に少ないのかも知れない。耕治は、峰子とまともな会話を交わすのはとっくに諦めていた。会話らしい会話は、自分の両親か、遊びに来る峰子の姉たち(この二人はそこそこ常識人で、耕治は案外好感を持っていた)と交わすもの、と割り切ることにした。


 そして・・・夜の夫婦生活なのだが。耕治は夫の義務として、月一回はこなすようにしていた。こちらの方は峰子もあまり好きではないらしく、そんなに激しいことは要求して来ない。コトの最中、峰子は目をいっぱいに見開いて耕治を凝視するのみだ。ため息も嬌声もなく、耕治の首に腕を回して来ることも無い。ただ「気をつけ」の姿勢で横たわり、脚だけを開いて耕治を受け入れている。そしてコトが終わるとさっさと寝てしまう。味気ないことこの上なかった。


 こんな夫婦の営みだったが、2ヵ月後、峰子は妊娠した。結婚して4ヶ月だから的中率はいいのだろう。さすがに自分の子ができると聞き、耕治は手放しで喜んだ。結婚してから初めて感じる幸福だった。耕治の両親、峰子の母親は言うまでもない。孫ができたことに大喜びし、全員目も鼻もない有様だった。


 的中率が良過ぎるのも良し悪しかも知れない。峰子はそれから毎年妊娠し、次々と子を産み、結婚して7年後に、耕治は7児の父になっていた。「俺は、橋下府知事か・・・」耕治は自分で自分にツッコミを入れた。


(続く)


 

 私は普段案外冷静で、あまり感情的に振舞ったりしないため、周囲の人たちからは「落ち着いた人」としてみられているようだ。人に相談することに比べて相談されることの方が多い。しかし、真実の私は情緒不安定で感情の起伏が激しく、精神力がメチャクチャ弱い。ちょっとしたことですぐ凹んでしまう。多分、一人では生きられないタイプだろう。


 いつも、常に、誰かを力いっぱい愛していたい、誰かから死ぬほど愛されていたいと強く願っている。「愛」なくしては生きる甲斐を見出せない。究極の寂しがりやだと思う。「愛情乞食」と言うべきか。


 昨日、夫と久し振りに派手な喧嘩をした。原因は些細なことだったのだが、離婚を考えるまで思いつめてしまった。(喧嘩のことを記事にしたがあまりに感情的だったので削除した)夫が私を愛しているのか、私は夫を愛しているのかが分からなくなり、結婚生活の全てが虚しくなり、夫から離れたくなってしまったのだ。離婚相談のサイトまで検索した(笑)。


 結局仲直りして、今は平常心を取り戻している。夫とは離婚せずに済みそうだ。しかし不安感はまだ残っている。夫と私は性格が違うから、愛情の濃さというか密度が違うように思う。その溝は多分ずっと埋められない。夫は夫なりに私を愛してくれていると思うが、その愛し方が私にとっては「薄い」のだ。だから時々物足りなくなる。突き詰めれば喧嘩の原因はいつもそこにある。夫が私を不安にさせるのだ。(私だけの一方的な言い分であることは十分承知している)


 喧嘩して頭に血が上るといつも、普段は気にしない夫の性格上の欠点とかが急にものすごくイヤになり、こんな男とはやっていけない、結婚したのは誤った選択だったと思い、きっと私はもう夫に愛されていないし夫を愛してもいないのだと決め付け、離婚しかないと結論づけてしまう。こんなことなら一人で生きた方がマシ、と。


 しかしちょっと冷静になると、性格的な欠点は自分にもあることと、たまらなく好きなと夫の美点を再発見し、自分は夫のそこに惚れたのだということを思い出し、離婚は思い留まる。


 なんとも落差の激しい、まるでジェットコースター並の感情の起伏の激しさだ。気持ちが高ぶっている時は、そのこと以外考えられなくなっており、自然に涙が溢れ、動悸も速くなり、食欲も気力も無くなり、眠れなくなる。その状態が1週間続けば間違いなく体を壊すだろう。夫のことだけではなく、何か問題が起こると私はいつもそうなる。気性が激しすぎるのか?


 その代わり問題が解決すると嘘のように気分も体調もよくなる。現金なことこの上ない。軽い躁鬱病かも知れない(笑)。


 私は正直、誰かから「本当に必要とされ」「心から愛され、慈しまれ、大事にされた」経験が無い。いつも誰かを愛する時は「死ぬほど好き」なレベルなので、同じように相手にも要求してしまう。大抵相手は逃げるか、私の気持ちに付け込んで「都合のいい女」扱いするかのどっちかだ。だから若い頃の恋愛は、あまり幸せな恋とは言えなかった。


 夫と結婚した理由は割り合い平常心でいられたからだ。もちろん好きだったがそれまでのような激しい感情ではなく、穏やかな、落ち着いたものだった。これなら安心して一緒に生活できると思ったのだ。それでも結婚してしまうと、やっぱり激しい愛情を求めている私がいる。どんなに夫に愛情表現をしても、期待どおりのものが返って来ないので、私はいつも寂しい思いをしている。しかしそれが夫にどうしても伝わらない。


 夫はこんな私にいい加減愛想を尽かしているかも知れない。それを考えると不安になる。私は決して完璧な女房ではなく、むしろ悪妻の部類に入るのだからと、無理やり自分を納得させているのだが・・・それでももし夫に嫌われていたらと思うと、悲しくて死にそうになる。


 一体私はどうしたいのか。私は夫が好きなのか。夫を好きな自分が好きなのか。それとも自分だけが好きなのか。誰でもいいから愛したくて、愛されたいのか。全く分からない。ただ一つ分かるのは、関係を継続させるのは本当に難しいと言うことだけだ。


 

 最近、春風亭小朝と離婚した泰葉が本を出すと言う。タイトルは、「開運離婚」。小朝との離婚のいきさつを、赤裸々に綴った暴露本らしい。一体誰が買うんだろうって思うが、きっとそこそこ売れるんだろうな(笑)


 ワイドショーで、中身のさわりを紹介していた。小朝とはセックスレスで楽しい会話もなく、マンションの上下で別居していて、ひどい時は単語で会話するのみだったと言う。「話のプロ」「笑いのプロ」である小朝に向かって気軽に冗談も言えず、いつも緊張していたと言う。夫妻には子供も無く、共通の話題も無く、夫婦でいる意味がどんどん分からなくなり、夫婦関係を解消することによってお互いの関係をより良くしたいと思い、泰葉から離婚を切り出したと言う。

 有名な売れっ子落語家の妻。実家はやはり有名な落語家一門。傍から見ると申し分のないセレブ人生に見える。しかし、泰葉はそれでは幸せになれなかった。彼女はきっと「自分らしく輝き」たくなったんだと思う。ラブラブの夫婦でも年月が経てば熱も冷め、お互い空気のような存在になる。特に楽しくもないが平穏な日々がだらだらと続いて行くのが結婚だと思う。大半の妻は子供を持つことで忙しくして、余計なことを考える暇など無くなるのだろうが、泰葉は違った。ときめきも、感動も、情熱的な愛もない結婚生活など、自分にはふさわしくないと思ってしまったのだろう。


 自分は栄えある林家三平師匠の娘なのだから。こんな風に平凡に「小朝の妻」として朽ちて行くのはイヤだと。きっと、妻以外の何かになりたかったのだろう。小朝と結婚を継続しながらそれをやるのは不可能だから、離婚した・・・。私はそんな風に思えてならない。私も子供がいないから、エネルギーを持て余す気持ちは理解できる。


 現に、海老名家の女たちはみんな出たがりだ。「お母さん」こと海老名香葉子しかり、峰竜太の嫁の美登里しかり。二人とも、これといって特別な才能はないのに、「林家三平の妻」「林家三平の娘」という、夫と父の七光りを最大限に利用して、テレビに出まくっている。林家三平を私はリアルで知らないのだが、そんなにすごい落語家だったのか?「ど~もすいません」だけが売りの、普通の落語家だったんじゃないか?「林家三平一門」の付加価値は、どうも後から付け加えられたもののような気がする。主に、海老名家の女たちのアピールによって。


 きっと泰葉も、母や姉のように、「テレビに出て面白いこと」がしたくなったのだろう。小朝がものすごくひどい夫という訳ではなく、ものすごく深い問題があって深刻に思いつめた訳でもなく。「自己実現」したいがためのごく軽いノリの離婚なのだ。小朝と離婚しても「三平師匠の娘」というブランドが自分には残っているのだから、芸能界でもそこそこ生き残って行けると踏んでいるだろう、きっと。


 「最近絶好調の泰葉さん」と番組ではしきりに持ち上げ、彼女の往年のヒット曲「フライデイチャイナタウン」をお囃子のように流していたが、キャピキャピとはしゃぎながらバラエティに出まくる47歳の泰葉は、正直言って見ていてイタい。ある雑誌で「セクシーグラビア」と称してかなり肌を露出していたが、一体何を思ってあのような暴挙に及んだのか皆目分からない。自分はまだまだイケるという自意識があるのだろうが、ギリギリで(でもないが)アウトである。

ジム通い 帰りにいつもミスド寄り


顔痩せて 下腹太って体重増


我が肉を 売りたし 肉屋で妄想す


何故だろう 毎月増える体脂肪


いつのまに 背中に贅肉ついている


やけくそで 出腹叩いて高笑い


友達に 告げた体重サバ読んで


あと5キロ たった5キロでもう5年


痩せようと 思えば痩せた若き日々


『女』など 棄ててしまえと天の声


 親族同士で顔が似るのはよくあることだ。新婦側の親族は、みんなどこか似通った顔立ちをしていた。峰子の母親を始めとして、二人の叔母、従妹、姉たち、その子供たち、揃いも揃ってみんな「仔豚顔」である。高齢のため披露宴に出席できなかった峰子の祖父母も、きっとどちらかが仔豚顔に違いない。耕治は、峰子の姉たちを見て、「三匹の仔豚」を連想した。上から順番にブー、フー、ウーだったかな。さしずめ峰子は末っ子の「ウー」か。


 新郎新婦の席で、耕治は何故こんなことになったのか思い返してみた。3ヶ月前、結納の話が出た時点で耕治は何とかしなければと思い、峰子宅に電話をかけたのだった。



 電話には峰子本人が出た。大事な話があります、今度の日曜日、お時間を作ってもらえないでしょうか。耕治はそう短く言って電話を切った。電話の向こうで峰子は「はい」と言ったような気がする。


 日曜日、見合いをしたホテルのロビーで待ち合わせをした。待ち合わせの時間にやや遅れて峰子はやって来た。後ろに母親がくっついている。母親など呼んではいない。てっきり峰子一人で来ると思っていた。


 「すいません~お待たせしまして」着物姿の母親が愛想よく言う。いえいえ今来たところですからと型どおりの挨拶をし、とりあえずソファに腰を下ろした。「あの・・・本日は・・・」耕治がそう切り出すと、「ありがとうございます!」と、突然母親が大きな声を出した。


 耕治が面食らっていると、更に畳み掛けるように「結納のお話を進めてくださるために呼んでいただいたんですよね?場所も、このホテルならちょうどいいですしね!」と言った。どうやら何か重大な勘違いをしているようだ。耕治が訂正しようと手で遮ると、「ごおぉぉぉぉぉ!」どこからか地鳴りのような音がした。


 それはなんと、峰子の泣き声だった。「ごおぉぉぉぉぉおおおおお!」号泣しているのだ。それにしてもいきなり過ぎる。さっきまで無表情で、母親の隣でぼーっとしていたと言うのに。「まぁまぁこの子ったら・・・そんなに嬉しかったの。この子がこんな風に泣くの、珍しいんですよ。この子、耕治さんに一目ぼれしてたのよ。大好きな人と結婚できて、余程嬉しいんでしょう」


 いや、まだ結婚してないし。俺は全然結婚する気ないし。耕治は心の中で必死に突っ込みを入れた。それにしてもこんな人間離れした泣き声は聞いたことがない。泣き声と言うより、鳴き声に近い。「ごおぉぉぉぉー、ごおぉぉぉぉぉぉー」峰子は尚も泣き続ける。もはや、うれし泣きなのかうなり声なのか分からなくなってきた。あまりの迫力に圧倒されてしまう。


 「あの・・・出ませんか?とりあえず峰子さんが落ち着かれるまで、お話は保留と言うことで。」今日はもう話は無理だと思った耕治は、ひとまず時間を置くことにした。だが、これが良くなかったのだ。峰子母娘を送り届け自宅に戻った耕治は、驚愕の事実を知らされることになる。


 「お帰り。今式場予約しといたから。4月22の日曜日、大安がちょうど空いてて良かったわ~」耕治の母が満面の笑みを浮かべてこう言った。耕治は何がなんだか分からなくなり、頭の中が真っ白になった。おかまいなしに母親が続ける。「いえね、今先方さんから電話あって・・・向こうのお母さん泣いてみえたわ・・・ありがとうございます、ありがとうございます、うちの娘は幸せ者です、もう結納なんて形式ばったものはけっこうですから、早く挙式の日程をお決めになって下さい、こちらの都合は構いませんから・・・耕治さんの潔さ、男らしさには胸を打たれました・・・泣きじゃくる娘の肩を抱いて『落ち着いて下さい。僕がついています。固い話など、僕たちの間ではどうでもいいことです。さあ、行きましょう』なんておっしゃって・・・わたくしもう感動してしまって、思わず涙が・・・って、泣きながらおっしゃるんだもの、こちらも張り切らない訳には行かないでしょ!耕治~母さんあんたのこと見直したわ!大人しい子だと思ってたけど、やる時はやるのね~」


 はぁ?


 勘弁してくれ。いつのまに話がすり替わったのだ。峰子があんまり泣くので、今日はもう帰りましょうと言ったのが、いつの間にかプロポーズとして解釈されてしまっている。どこまで自分たちの都合のいいように受け取るのか、あの母娘は。いやだ。いやだ。俺はあんな訳の分からない仔豚娘なんかと結婚する気はない!


 耕治は、必死に心の中で抗議したのだが。口には出さなかった。いや、出せなかった。子供の頃から率先して空気を読んでしまうというか、周りに流され易かった耕治は、式場をもう予約してあると聞いて、今更もう抵抗できない、と思ってしまったのだ。自分の一生がかかっていると言うのに、肝心なところで勝負を投げてしまうのが耕治の悪いところである。


 ・・・という訳で、耕治は今、峰子と共に高砂の席に座っているのだった。峰子は耕治の方を見もせず、一心不乱に披露宴の料理を食べ続けている。花嫁がこんなに食べていいのだろうか。文金高島田の打掛で、よく食べられるものだと思う。メインの和牛ヒレステーキを口いっぱいに頬張って、峰子は幸せそうだった。その笑顔は、まるで耕治と結婚できて幸せというよりも、こんな美味しいものが食べられて幸せ、と言っているようだった。


(続く)