親族同士で顔が似るのはよくあることだ。新婦側の親族は、みんなどこか似通った顔立ちをしていた。峰子の母親を始めとして、二人の叔母、従妹、姉たち、その子供たち、揃いも揃ってみんな「仔豚顔」である。高齢のため披露宴に出席できなかった峰子の祖父母も、きっとどちらかが仔豚顔に違いない。耕治は、峰子の姉たちを見て、「三匹の仔豚」を連想した。上から順番にブー、フー、ウーだったかな。さしずめ峰子は末っ子の「ウー」か。
新郎新婦の席で、耕治は何故こんなことになったのか思い返してみた。3ヶ月前、結納の話が出た時点で耕治は何とかしなければと思い、峰子宅に電話をかけたのだった。
電話には峰子本人が出た。大事な話があります、今度の日曜日、お時間を作ってもらえないでしょうか。耕治はそう短く言って電話を切った。電話の向こうで峰子は「はい」と言ったような気がする。
日曜日、見合いをしたホテルのロビーで待ち合わせをした。待ち合わせの時間にやや遅れて峰子はやって来た。後ろに母親がくっついている。母親など呼んではいない。てっきり峰子一人で来ると思っていた。
「すいません~お待たせしまして」着物姿の母親が愛想よく言う。いえいえ今来たところですからと型どおりの挨拶をし、とりあえずソファに腰を下ろした。「あの・・・本日は・・・」耕治がそう切り出すと、「ありがとうございます!」と、突然母親が大きな声を出した。
耕治が面食らっていると、更に畳み掛けるように「結納のお話を進めてくださるために呼んでいただいたんですよね?場所も、このホテルならちょうどいいですしね!」と言った。どうやら何か重大な勘違いをしているようだ。耕治が訂正しようと手で遮ると、「ごおぉぉぉぉぉ!」どこからか地鳴りのような音がした。
それはなんと、峰子の泣き声だった。「ごおぉぉぉぉぉおおおおお!」号泣しているのだ。それにしてもいきなり過ぎる。さっきまで無表情で、母親の隣でぼーっとしていたと言うのに。「まぁまぁこの子ったら・・・そんなに嬉しかったの。この子がこんな風に泣くの、珍しいんですよ。この子、耕治さんに一目ぼれしてたのよ。大好きな人と結婚できて、余程嬉しいんでしょう」
いや、まだ結婚してないし。俺は全然結婚する気ないし。耕治は心の中で必死に突っ込みを入れた。それにしてもこんな人間離れした泣き声は聞いたことがない。泣き声と言うより、鳴き声に近い。「ごおぉぉぉぉー、ごおぉぉぉぉぉぉー」峰子は尚も泣き続ける。もはや、うれし泣きなのかうなり声なのか分からなくなってきた。あまりの迫力に圧倒されてしまう。
「あの・・・出ませんか?とりあえず峰子さんが落ち着かれるまで、お話は保留と言うことで。」今日はもう話は無理だと思った耕治は、ひとまず時間を置くことにした。だが、これが良くなかったのだ。峰子母娘を送り届け自宅に戻った耕治は、驚愕の事実を知らされることになる。
「お帰り。今式場予約しといたから。4月22の日曜日、大安がちょうど空いてて良かったわ~」耕治の母が満面の笑みを浮かべてこう言った。耕治は何がなんだか分からなくなり、頭の中が真っ白になった。おかまいなしに母親が続ける。「いえね、今先方さんから電話あって・・・向こうのお母さん泣いてみえたわ・・・ありがとうございます、ありがとうございます、うちの娘は幸せ者です、もう結納なんて形式ばったものはけっこうですから、早く挙式の日程をお決めになって下さい、こちらの都合は構いませんから・・・耕治さんの潔さ、男らしさには胸を打たれました・・・泣きじゃくる娘の肩を抱いて『落ち着いて下さい。僕がついています。固い話など、僕たちの間ではどうでもいいことです。さあ、行きましょう』なんておっしゃって・・・わたくしもう感動してしまって、思わず涙が・・・って、泣きながらおっしゃるんだもの、こちらも張り切らない訳には行かないでしょ!耕治~母さんあんたのこと見直したわ!大人しい子だと思ってたけど、やる時はやるのね~」
はぁ?
勘弁してくれ。いつのまに話がすり替わったのだ。峰子があんまり泣くので、今日はもう帰りましょうと言ったのが、いつの間にかプロポーズとして解釈されてしまっている。どこまで自分たちの都合のいいように受け取るのか、あの母娘は。いやだ。いやだ。俺はあんな訳の分からない仔豚娘なんかと結婚する気はない!
耕治は、必死に心の中で抗議したのだが。口には出さなかった。いや、出せなかった。子供の頃から率先して空気を読んでしまうというか、周りに流され易かった耕治は、式場をもう予約してあると聞いて、今更もう抵抗できない、と思ってしまったのだ。自分の一生がかかっていると言うのに、肝心なところで勝負を投げてしまうのが耕治の悪いところである。
・・・という訳で、耕治は今、峰子と共に高砂の席に座っているのだった。峰子は耕治の方を見もせず、一心不乱に披露宴の料理を食べ続けている。花嫁がこんなに食べていいのだろうか。文金高島田の打掛で、よく食べられるものだと思う。メインの和牛ヒレステーキを口いっぱいに頬張って、峰子は幸せそうだった。その笑顔は、まるで耕治と結婚できて幸せというよりも、こんな美味しいものが食べられて幸せ、と言っているようだった。
(続く)