とにもかくにも、耕治と峰子の新婚生活が始まった。新居は耕治の家の庭に耕治の親が建てた、一戸建ての離れである。この地方にはよくある生活形態だ。
峰子は、良くも悪くも単純で動物的な女だった。己の本能、主に食欲と睡眠欲に忠実で、食べたいだけ食べ、寝たいだけ寝る。朝は起きて来ないので、耕治はいつも朝食を両親の住む母屋で取っていた。耕治の母親は遠慮しているのか、そのことについては何も言わない。
そんなわけなので、耕治が峰子と最初に顔を合わすのはいつも帰宅時だった。農協勤めなので、帰宅はそんなに遅くはない。せいぜい遅くても8時と言ったところだ。しかしたとえ6時に帰っても、峰子は先に夕食を済ませてしまっていた。5時ごろにはもうお腹が空いてたまらなくなるので、我慢できないと言う。もちろん耕治の分は用意してあるが、温め直してはくれず、耕治は自分でレンジでチンしなければならなかった。峰子はそんな耕治を尻目に、スナック菓子を食べながらテレビでバラエティ番組を観ているのだった。
およそ若い女らしい潤いとか、細やかさのない峰子だったが、料理だけは上手かった。しかし色んな料理を品数多く作るのは苦手で、おかずはせいぜい1品か2品、後は味噌汁がついたりつかなかったりだった。揚げ物や炒め物といった高カロリー食が好きで、よく作る。肉じゃがなども、一度ジャガイモを揚げてから作るので、かなりカロリーが高くなる。それを大量のご飯と共に食べるのだから、太らない訳が無い。耕治は結婚してから2ヶ月で3キロ太った。働いていない峰子の体重増加は、恐らくそれ以上だろう。
元々好きで結婚した女ではないので、会話の楽しさなどはあまり期待していなかったが、それにしても峰子との会話は、面白いとか面白くないとかのレベルではなく、ハナから成立が難しかった。例えばこんな具合である。耕治が帰宅すると峰子がやって来て、開口一番「アサガワさんが来た」と言う。そしてダイニングテーブルの上のメロンを指差し「これ」と言ったきり、押し黙っている。耕治には何がなんだか分からない。そもそもアサガワさんが誰だか知らない。そして、ダイニングテーブルの上のメロンとアサガワさんの関連性も。いくつかの質問と母屋の母親への電話の後、ようやくアサガワさんが披露宴に招いた峰子側の招待客の一人で、挨拶がてら立ち寄って母屋とこちらにメロンを手土産に持って来たことが判明するのだった。「あ、もしもし耕治~?なに?あぁメロンね。昼間、アサガワさんが持っていらしたのよ~ほら峰子さんのお母様のお友達!ごていねいにうちとあんたたちのとこに一つずつ!耕治、あんたお礼言っときなさいよ!電話番号教えてあげるから」
峰子の知人なのだから峰子が電話するのが筋だと思うのだが、耕治の母親も峰子がそういうことに不得手だと言うことは承知しているらしかった。この他にも、峰子がお腹を壊したことがなぜか峰子の母親から伝わったり、新しい服をどこで買ったかを、しょっちゅう遊びに来る峰子の姉から聞いたりした。とにかく単語しか喋らない女で、会話に必要な情報が全然足らないのだ。何回聞き返しても要領を得ず、結局他から聞いた方が早いということになってしまう。本や新聞はおろか雑誌すら読まない峰子は、ボキャブラリーが極端に少ないのかも知れない。耕治は、峰子とまともな会話を交わすのはとっくに諦めていた。会話らしい会話は、自分の両親か、遊びに来る峰子の姉たち(この二人はそこそこ常識人で、耕治は案外好感を持っていた)と交わすもの、と割り切ることにした。
そして・・・夜の夫婦生活なのだが。耕治は夫の義務として、月一回はこなすようにしていた。こちらの方は峰子もあまり好きではないらしく、そんなに激しいことは要求して来ない。コトの最中、峰子は目をいっぱいに見開いて耕治を凝視するのみだ。ため息も嬌声もなく、耕治の首に腕を回して来ることも無い。ただ「気をつけ」の姿勢で横たわり、脚だけを開いて耕治を受け入れている。そしてコトが終わるとさっさと寝てしまう。味気ないことこの上なかった。
こんな夫婦の営みだったが、2ヵ月後、峰子は妊娠した。結婚して4ヶ月だから的中率はいいのだろう。さすがに自分の子ができると聞き、耕治は手放しで喜んだ。結婚してから初めて感じる幸福だった。耕治の両親、峰子の母親は言うまでもない。孫ができたことに大喜びし、全員目も鼻もない有様だった。
的中率が良過ぎるのも良し悪しかも知れない。峰子はそれから毎年妊娠し、次々と子を産み、結婚して7年後に、耕治は7児の父になっていた。「俺は、橋下府知事か・・・」耕治は自分で自分にツッコミを入れた。
(続く)