お互いが何となく意識し合っている段階。相手の一挙手一投足に意味を見い出し、その『意味』はどれもポジティブなもの。一人になってからほくそ笑む。『あの人は自分のこと、好きかも知れない』
勇気を出して食事に誘って、OKが出ると天にも昇る気分。でもまだ友達。過剰な期待は禁物。二人で会っている時はずっと楽しい。話は弾むしお酒は美味しいし。『何故誘ってくれたの?(誘いに乗ってくれたの?)』お互いに腹の底を探り合ってる感じもいい。まだお互い気を遣ってるから、早い時間に解散。また行きましょうね、と当てのない約束。でも二人とも『次』があることを確信してる。
3回目のデートでキス。酔った勢い、エレベーターの中。困惑と衝撃とときめきと。この頃から、男と女のパワーバランスが微妙に変わり始める。でもまだ最後までは行かない。切り札は女が持っている段階。この時期は二人とも、登り坂を行くジェットコースターに乗ってる気分。登りきった先に何があるのか、まだ分からない。
ついに初めて、一夜を過ごす。ここから、男と女の思惑が少しずつずれ始める。それでも暫くは蜜月。お互いの求めているものの違いに気づかないうちは。二人でする行為が良ければ良いほど、殺那的な関係になりがち。会う度にセックスする。セックスしていない時は、体を触れ合う。濃密な時間を過ごしているうちに、女はだんだん愚かになって行く。
本当に些細な、ちょっとした出来事で歯車は狂うもの。男は女を疎ましく思うようになった。でもはっきりとは態度に出さない。それでも微妙に素っ気なくなる。例えばデートの後、別の用事を入れる。腕を組んでも抱き寄せてくれない。レストランなどに入った時わざわざはす向かいの席に座る。女の目の前で携帯をいじる。それらの行為は女を不安にさせる。それでも普通に話してくれる。笑顔を見せてくれる。待ち合わせの時間に遅れなかった…女は明るい材料を必死にかき集め、平常心を保とうとする。けど別れ際、どちらからも出なかった『今度いつ会える?』と言う言葉。
女は一人になってから悶々と考える。『一体何があったの?』と。私はまだ彼が好き。でも彼は…?分からない。この間まであんなに優しかったのに。女は、男の気持ちが一夜にして変わることを経験的に知っている。しかし知っていても、馴れる訳ではない。不安が女を支配している。男の気持ちが分からない。自分はどうしたいのかも分からない。追いかけたいのか。 追いかけさせたいのか・・・
思い余って軽い抗議のメールを送る。重くならないようにあくまで可愛く。しばらく経ってから返信が来る。一応フォロー、と取れる文面。でも具体的なことは何一つ書いてない。『またゆっくり会おうね』またって、いつ?女は更に返信したい衝動にかられる。でもそれは、やってはいけないともう一人の自分が言っている。ここで深追いしたら負け。深追いしたら負け。今度会った時は、屈託の無い笑顔で笑おう。何でも無い風で余裕を見せよう。
気がつくとここ2、3日、彼のことばかり考えている。携帯の受信ボックスに溜まった、彼からのたくさんのメール。暇さえあれば読み返している。新しいメールは来ない。こちらからも、送る勇気がどうしても出ない。『元気?』と送るには早すぎる。この間の返信にしては間が空き過ぎている。ひたすらに携帯を握り締め、待つ時間の長いこと。メールでも電話でもいい、彼からの連絡が欲しい。着信音が鳴る度、一喜一憂。友達からだったり、ジャンクメールだったり。意識しているとメールは来ないものだと気づく。彼と他愛も無いメールラリーをしていた頃が懐かしい・・・
ある日、はたと気づく。彼とはもう『終わった』のだと。彼が素っ気ない態度を取ったのが問題なのではなく。ちっともメールが来ないのが問題なのではなく。些細なことを気にするようになってしまった自分、それによって微妙な緊張感をかもし出していたかも知れない自分が悪いのだと。彼は自分と会っている時、恐らくその『空気』を感じ取ったのだろう。だから距離を置きたくなった・・・。そして一番問題なのは、距離を置きたくなった彼を許すことができなくなった自分の狭量さだ。こうなってしまったらお終いだ。
愛しているからこそ、不安。不安だからこそ、やがてそれは憎しみに変わる。憎みながらもやっぱり愛しているという矛盾。どれだけ憎んでも、体が男を覚えているうちは、とことん憎むことはできない。強い憎しみは強い執着に簡単に変わる。そう、執着。愛情が執着に変わったらもういけない。それはもう純粋な愛ではなく、欲望と自意識と嫉妬がないまぜになって腐臭を放っている、愛憎と言うべきものかも知れない。
愛憎は女を醜くする。執着は女を縛る。それに気づいた女は、少しづつ男と距離を置こうと決心する。恨み言も意趣返しも無しで、穏やかに離れて行こうと決める。苦しみは自分の心の中だけで止めておこう。一度は愛した男なのだから、いたずらに傷つけてはいけない。その時は溜飲が下がっても、後できっと後悔するはずだ。女は半ば強引にそう思い込み、男からのメールを一斉消去した。大丈夫、女には再生力がある・・・。