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foo-d 風土

自然や芸術 食など美を 遊び心で真剣に

いいものがあり

素晴らしいものあり

?があり

??があり

!があり

!!があり

嫌いなものあり

駄物もあり

微笑むものあり

勉強するもの多し

ただ 今回も欲しいものなし

ちょっと良いものがあったが、値段が折り合わず、結局今回も何も買わず。

一番良いのは、骨董市や骨董店では、わからないことを質問ができる事。

過去に日本の各地の骨董店、骨董祭、ソウルの仁寺洞、上海の豫園、浙江省杭州市、タイのバンコク、チェンマイ、その他、インドネシアのジャカルタ、ジョクジャカルタ等、ほんの少しでも時間ができれば1分でもアンティークショップをみて周り、ちょっと良いものがあると尋ねて、聞き、何か購入していた。

 古く多少でも良いものは各国に流通しているので、その物がその国のものとは限らない。

そのため、どこで手に入れたものかどこ産なのか忘れているものもある。

 今回も 私の持っている20年以上前に手に入れたどこで購入したものかわからなかった茶碗に形と釉薬のよく似たものものが出品されていた。

 早速その店の主人にこれはどこのものですか?とお聞きした。

白い釉薬の掛かった使いやすそうな碗で、李朝よりは中国だと思っていたが、李朝だと言われた。

 普通よりちょっと違う感じだが、なるほど。 

また勉強になりました。

 李朝は結構好きな器だが、1392年から1897年の500年続く王朝で前期と後期では作風も随分変わっていておもしろい。

名古屋骨董祭 2022 12月

会場

名古屋市吹上ホール

名古屋市千種区吹上2-6-3

会期

2022年12月3日 (土) ~4日 (日)

10:00~17:00

 

ゲルハルト・リヒター展
 豊田市美術館


 先月初めに行きましたが、とても素晴らしい展覧会でした。久しぶりの豊田市美術館のヒットですね。
現代アートですが、最近の「わざわざ能書を読まないと理解できない面白くない美とはかけ離れすぎている感動のない」現代アートとは全く違う、とても素晴らしく味のある大作揃い。

 画家であり画家でもない でもやっぱり画家だ。
 しかし一般的な意味の画家ではなく、イメージというか心の中で描いている、なかなかいいんですよ。
これもまた、会期中にもう一度、再訪したい展覧会です。

これは見逃せません 是非観てください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ゲルハルト・リヒター(Gerhard Richter, 1932年2月9日 - )は、ドイツの画家。現在、世界で最も注目を浴びる重要な芸術家のひとりであり、若者にも人気があり、「ドイツ最高峰の画家」と呼ばれています。

豊田市美術館では1960年代の〈フォト・ペインティング〉から初公開となるドローイングなど
あわせて約140点による、日本では16年ぶりとなる待望の回顧展です。
リヒター90歳を迎える年に開催される本展は、身近な写真を拡大して描く 〈フォト・ペインティング〉、ガラスや鏡を用いた作品、巨大なカラーチャート、そして抽象絵画など、彼が大切に手元に残してきた作品を中心に、60年にわたる画業を紹介します。
なかでも、自国ドイツの第二次世界大戦時の暗部であるアウシュヴィッツの強制収容所でひそかに撮影された写真を出発点にした《ビルケナウ》は、2014年にようやく取り組むことができたと画家が語る集大成的な作品です。
 東京会場と豊田会場でのみ展示される作品を加えた構成で、「20世紀後半の最も重要な画家のひとり、そして21世紀の最前線の探求者」(パンフレットより)。
自らを「画家」だと語るときもあれば、絵画はあくまで補助的なものに過ぎず、自分は「イメージメイカー(Bildermacher)」だと半ば諧謔的に言う場合もある

豊田市美術館
ゲルハルト・リヒター展
2022.10.15~2023.1.29
開館時間 10:00~17:30 (入場は17:00まで)
休館日 毎週月曜日(祝日は除く)、年末・年始2022.12.28(水)-2023.01.04(水)

 

 

京都国立博物館

 

 

 

 

 

 

 

 

特別展

 

 京(みやこ)に生きる文化 茶の湯

 



〈紹介文より〉
国宝23件を含む名品の数々や、千利休がプロデュースした「わびの茶室」と「黄金の茶室」の復元展示などで、京都そして日本を象徴する茶の湯文化が通史的に紹介されています。
 茶の湯の茶碗の最高位とも呼ばれ、大井戸茶碗の要素をすべて兼ね備えた国宝「大井戸茶碗 銘 喜左衛門」や、国宝「圜悟克勤
(えんごこくごん)
墨蹟 印可状(流れ圜悟えんご)」、国宝「曜変天目」(龍光院蔵)など、茶人憧れの名品の数々にただただ圧倒されます。
 …………………………

 様々な展覧会に行っていますが、いつも会場で一度見終わってもまた2、3度くらい全作品を見て回るのですが、今回はとても沢山のブースを使い、これでもかと言う位余りにもたくさんの素晴らしいものが陳列されていて、観終わったかと思うとまだ次の部屋があると言う感じで、午前11時に入館して午後4時半迄 5時間かかってようやく1回観ましたが、 深い内容のものばかりで疲れてしまって、ただ1回だけでこれだけの時間を費やしてしまいました。
 それ位充実した展示でじっくりと観たということですが、もう疲れてしまい、もう一度見ようと言う気持ちも失せて諦めて退館しました。 しかし、翌日もう一度観たいと思いました。
 本当に素晴らしい作品が多く、3日までですが、皆様も是非ご覧になってください。

 余談
展示作品は全て撮影禁止なので、残念ながら何もありませんが、
入場してすぐに裏千家 今日庵 所蔵 辻与次郎作の万代屋(もずや)釜が陳列されていました。
(今日庵とは裏千家の呼び名ともなっており、千利休の三代目宗旦が京都市の裏千家家元邸内に建てた茶室で、同家の最も代表的な茶室です。)

 この万代屋釜は利休好みと言われる代表な釜ですが、私が恵那の野山の 蕎麦懐石でお客様のおもてなしで使う万代屋釜とそっくりです。


 一般的な鉄の茶釜は黒っぽいのですが、今日庵の万代屋釜は赤みを帯びています。
これは漆を掛けて焼く独特な製法ですが、私のものも赤みを帯びていて同じ製法。
 また、今日庵の万代屋釜は、全体感が少し荒々しさがあり、私の者の方が少し丸っぽいですが、
形も鐶付(かんつき)(釜の胴の両側に付けられた鐶を通す耳)も鬼面鐶付(きめんかんつき)でよく似ていて、羽落(はおち)(茶湯釜の胴と底との間の羽を金槌などで叩き落とし、羽を落とした跡や断面を見せたもの)も、ちゃんと付いています。蓋の摘みも金色で同じです。

とてもよく似ていますが、名品ゆえ多くの釜師が作っている万代屋釜
与次郎なら何百万円ですが、私のものは釜師・須藤浄義作です。
制作年代も与次郎の何代後かの弟子か、また後世の作家なのか何もわかりませんが、とても気に入っていてもう20年ほど使っています。
 お茶碗は河井寛次郎や濱田庄司、その他作家物や拙作など様々ありますから、ご自由に選んでいただいて、私の万代屋釜で、利休へ思いを馳せながらお茶を立ててみてください。

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ウイキペディアより
万代屋釜(もずやがま)は、茶の湯釜の形状のひとつで、横の鐶付が鬼の顔をかたどった鬼面鐶付(きめんかんつき)で、肩及び腰に二本の筋があり、その間に擂座(るいざ)がある釜です。
(擂座とは、茶の湯釜の釜肌の装飾技法のひとつで、釜の口や肩などに鋲のような半球形の粒が並ぶ文様のことをいいます)
素朴で力強い造形を特徴とする鋳物である天明作を千利休が好んで辻与次郎に作らせ、女婿の万代屋宗安に贈ったといい、そのことからこの名があります。

鬼面鐶付(きめんかんつき)とは、鐶付の形状の一つで、鬼の顔にかたどった鐶付のことです。ただ、いわゆる日本の「鬼」の顔ではなく、獣面や龍に類する顔立ちで、漢時代の鍑(かま)の饕餮(とうてつ)から変化したものと考えられています。

辻与次郎(辻與次郎、つじ よじろう)は、安土桃山時代から江戸時代初期(16世後半から17世紀初頭)の釜師、鋳物師。
。当代随一の釜師として天下一の称号を名乗ることを豊臣秀吉から許され、天下一與次郎とも呼ばれる。

千利休の釜師となり、室町時代に盛行した釜とは異なる利休の好みの丸釜・阿弥陀堂釜・尻張釜・雲竜釜・四方釜など、新しい形・文様・肌合の釜を創始し、鋳上がった釜を再び火中に入れて釜肌をしめる「焼抜き」という仕上法を創始し、本来炉に掛けるための釜の羽を鋳造後故意に打落して古作の釜のような古びた味わいをだす「羽落」釜を得意とし、また鬼面鐶付(きめんかんつき)を好んで用いた。

 

 

 

考えれば
 考えるほど

  愚かなる
 そなたの名は
   人類なりや

 

燃えゆきて


 燃え尽きるほど
    燃える寂

京嵐山 宝筐院 二尊院 常寂光寺

純白の
 季節の前に

   深き燃え

 

 

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恵那の野の
 四季七十二節
    一皿に込め

 


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 一皿の素朴な料理

 残秋

あれだけ赤く映えた
 恵那の紅葉も
  もう終焉を過ぎていく

 先日の事。
来られるお客様に恵那の晩秋を感じて頂こうと山に入り、紅葉を手折ってきましたが、もう晩期。
葉の散る季節 用意してもその多くは枯れてしまって飾れません。
また山へ出かけ、残り紅葉を見つけて手折って来ました、なんとか蕎麦懐石の日まで保ってくれと思っても、一日置くと多くの葉が散って飾れる状態ではありません。
 また山に行き手折ってきた3回目、何とかようやくお客様のお皿に飾ることができました。
 たかが飾るための枝
  ひと枝に3日も費やしましたが、今はこの紅葉がなければ表せません。
さて、この紅葉を使った三番目にお出しした料理

  恵那の情景
『月明かりに映える恵那の郷』

満月の月明かりの中、静かに眠る恵那の里山の情景。 

この季節 梢にはまだ枯れる前のもみじ   
 その枝のそばには早咲きの山茶花が夜風になびいています。

 その傍らには 山栗や椎の実、萱の実などさまざまな秋のみのりがころがり 恵那の野山のおだやかな情景を
 古いナルミのボーンチャイナを満月に見立てて表してみました。 (人参以外は全て自然の山の幸)

◎モミジの人参仕立て
 晩秋の紅の山々への誘い 
無農薬有機栽培の人参を何も味付けせず、ただ50倍の水で1時間煮て養分全てを抜き出して冷まし、また5時間かけて湯がき、水を蒸発させ人参の養分をすべて元に戻しただけ、これだけでビックリする甘味と旨味がでてきます。 市販の慣行栽培の人参では出せない味です。
 ここにも小宇宙 素晴らしき大地の味、人参の本当の美味しさをお楽しみ下さい。 

「余分に手を加えないで食材の良さを引き出しただけで美味しくなる」 という私の料理の原点です。  

◎走りの味 先紅の白い山茶花に苺ソース添え 
木枯らし吹く頃に咲く山茶花が早くも咲いていました。 椿と違い山茶花は花びら一枚づつ散りますが、その花びらを一枚づつ集めて冬の走りの初物といたしました。 
 自然に咲くその花は、一本ごとに味が異なりますが、この花は独特の渋味も少なく微かに甘味を含んでいました。これに、自家製無農薬路地栽培のいちごジャムに一滴醤油を混ぜたソースを付けました。隠し味に醤油を使う事で、甘味は締まり、旨みが少し上がります。

◎ 恵那の山栗
たれひとり
  採る人もなき
   山栗は
    いにしえ人の
      いのちのささえ 

  縄文時代からの秋の重要食物 
恵那は山国 山の至る所に自然に山栗が生っています。山栗は12000年も続いた縄文時代から日本人が食べ続けた重要作物。とても美味しいのですが、小さいので今は誰も拾いません。忘れられたふるさとの味。 籠を持ち山に入り 栗のイガに刺されながら小さな幸を一つずつ拾い集めてきてすぐに冷蔵庫へ。  数日間氷温貯蔵して冬を経験させ、春の芽吹きの為の甘味をたっぷりと作らせます。それを蒸気が触れないように蒸し上げました。 

◎椎(しい)の実
 この地方では珍しい縄文時代からの秋の重要食物 縄文時代は栗に次いで重要な主食の一つでした。 真っ白い実で、渋い皮もなく生食が出来る貴重な山の幸。50年ほど前までは子供はおやつ用に山に採りに行っていました。東濃地方は寒冷で少ないです。 

◎萱(かや)の実
恵那の南にそびえる笠置山の麓で見つけた木の実  皮を剥いて炒り上げた、ほろ苦く香ばしい山家の味をお楽しみください。この苦さは生薬でも使われ、消化吸収を増進するといわれています。

◎棗(なつめ)の実
 奈良時代以前に薬として中国から日本各地に広まり今は野山にも生えています。夏に芽を出すことから万葉人は夏目と 
名付けました。秋にたわわに実った一粒一粒をもいできた秋の幸。初冬の喉を守り弱っている胃腸を守ってくれる生薬です。強壮・鎮静作用

◎ナツハゼの実
 ハゼの仲間ではないのですが、夏にハゼノキのような紅葉が見られることから名づけられました。野性味があって 
甘酸っぱい実は和製ブルーベリーとも呼ばれます。
 …………………………

 私の料理は、いわゆる高級素材をふんだんに用いた華やかな料理とは一線も二線も画した素朴すぎる料理
 全て恵那の大地の恵みです。
農薬や化学肥料などで甘やかされて育った物とは違い、厳しい自然の中で病害虫にも負けずに懸命に育った濃い味の食材達は、甘味、酸味、渋味、旨み、それぞれ特別な個性を持っています。
そういう魅力たっぷりの食材は、その持てる旨味をただ最大に引き出して上げるだけ。それだけが良いのです。

 どんな食材にも生まれてから今までの歴史があり物語があります。 どんな食材にも心があり生きています。
料理にも
 器にも
  食空間にも
すべて心があり生きています。
 彼らを人のように思い、人と同じように遇してその心を引き出して上げると皆が自分の魅力を最大に出して食の場が完成し美味しくなります。

 
日本の季節は四季七十二節
 皆様が来られる頃 恵那の野山はその折々の幸をくださいます。 また新しい物語のある料理をお楽しみください。

 

赤く燃え

 恋も散りゆく

    小倉山

 

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  京 小倉山 常寂光寺

 

⑴では父の作品を載せましたが、アメーバでは16枚しか揚げられない様なので、残りを載せます。
父の作品に加え父の3人の兄

 じいちゃん 伊藤宝城(伊藤博)画家・彫刻家・詩人・医師 
 えきたのおっちゃん(北条町江北に住んでいました) 伊藤武 画家・医師
 彰おじ 伊藤彰 画家 (東京芸大で優秀だったのに僕が生まれる前に戦死)

の作品とともに、れんべえおっちゃん(私の母方の大叔父 加藤廉兵衛)の可愛い土人形や、 とても可愛がっていただいた生田さん 生田和孝(河井寛次郎の助手を務め、丹波で作陶し全国的に有名な陶芸家)、その他、多くの方達の作品が出されていて、また、数々の思い出に浸れました。

 

 

 

長兄 伊藤宝城作 『平和を語る』

 

長兄 伊藤宝城作 『平和を語る』

次兄 伊藤武作品

 

次兄 伊藤武作品

 

 

 

たすく作 織機 壊れた椅子3脚を使い作りました。

 

 

 

 

 

 

 

父の友人 丹波焼 生田和孝作品

 

 

 

 

 

 

 

 

たすくの板画 つちころび(ツチノコ)

久米中の登り窯で生徒と一緒に窯出し

 

 

 

加藤廉兵衛)の可愛い土人形
 

 改めてこうして作品を一堂に観ますと、第三者的に冷徹な目で見ても、吉田たすくは素晴らしいものを創造する特殊な頭と器用な腕、さまざまなものを凌駕する感覚を持った芸術家だと思いました。
今、父の亡くなった歳を遥か越して活きていますが、こんな父の下で生まれたらもっともっと成長していなければならなかったと思います。
 
 情けなさが
服を着て
彷徨っている

中也っぽいですが、でも僕は陽性のペシミスト。 遊び心で明日の新しい発見を見つけに行きます。

 この展覧会を開催していただいた関係者の方々及び、多くの来館者の方々に、深くお礼申し上げます。
 尚、この展覧会は12月4日まで開催されています。是非吉田たすくの世界をじっくりと堪能してください。
織りだけでも、感性だけでもなく
 必ず、あなたの芸術感の今後の参考になると思います。

「生誕100年 吉田たすくとゆかりの作家展」
【会期】 令和4年11月3日(木曜日・祝日)~12月4日(日曜日)
【時間】 午前9時~午後5時
【休館日】 11月4日、11月7日、11月14日、11月21日、11月24日、11月28日

北栄みらい伝承館

鳥取県東伯郡北栄町田井47-1

 

 

「生誕100年 吉田たすくとゆかりの作家展」
 鳥取の実家に帰り、父の後を継いでいる鳥取県無形文化財の染織家の弟と行ってきました。
 今回出品の織物たちは普段は畳んで仕舞われていますから、こうして一堂に見られるのは、生前の池袋西武百貨店や梅田阪急百貨店、銀座での個展や、30年前の倉吉市立博物館での回顧展以来です。(今回は倉吉市立博物館が修理のため長期休館中でこちらで実施されましたが、会場は少し狭いので、一部の作品しか出品できていませんが。)
 今回は特に父が製作した機織り用の道具や小型織機、焼き物なども出品されているので、余計にとても懐かしく、嬉しく、思い出が次々と蘇り、
弟と二人でこれの制作したころ何していたとか、父が織っていたり、用具を削っていた時に私は何歳で横でナイフを持ち似たものを削っていたとか、とても楽しい回想の時間でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それに加え父の3人の兄
 じいちゃん 伊藤宝城(伊藤博)画家・彫刻家・詩人・医師 
 えきたのおっちゃん(北条町江北に住んでいました) 伊藤武 画家・医師  
 彰おじ 伊藤彰 画家 (東京芸大で優秀だったのに僕が生まれる前に戦死)
の作品とともに、れんべえおっちゃん(私の母方の大叔父 加藤廉兵衛)の可愛い土人形や、 とても可愛がっていただいた生田さん 生田和孝(河井寛次郎の助手を務め、丹波で作陶し全国的に有名な陶芸家)、その他、多くの方達の作品が出されていて、また、数々の思い出に浸れました。

 改めてこうして作品を一堂に観ますと、第三者的に冷徹な目で見ても、吉田たすくは素晴らしいものを創造する特殊な頭と器用な腕、さまざまなものを凌駕する感覚を持った芸術家だと思いました。
今、父の亡くなった歳を遥か越して活きていますが、こんな父の下で生まれたらもっともっと成長していなければならなかったと思います。
 
 情けなさが
   服を着て
    彷徨っている

中也っぽいですが、でも僕は陽性のペシミスト。 遊び心で明日の新しい発見を見つけに行きます。

 この展覧会を開催していただいた関係者の方々及び、多くの来館者の方々に、深くお礼申し上げます。
 尚、この展覧会は12月4日まで開催されています。是非吉田たすくの世界をじっくりと堪能してください。
織りだけでも、感性だけでもなく
 必ず、あなたの芸術感の今後の参考になると思います。

「生誕100年 吉田たすくとゆかりの作家展」
【会期】 令和4年11月3日(木曜日・祝日)~12月4日(日曜日)
【時間】 午前9時~午後5時
【休館日】 11月4日、11月7日、11月14日、11月21日、11月24日、11月28日

北栄みらい伝承館
鳥取県東伯郡北栄町田井47-1

 

新幹線でビールを飲み終わって 日本酒を飲み始めた。

カップだが、香住鶴の山廃純米
兵庫県の日本海側 香住の醸造元 結構美味い酒を醸す所だからカップでも良いと思って購入して飲み始めた。
まあまあいい酒だ。

所が、新神戸に着いたところで
 周りの空気全てを揮発性の臭いが包み込んだ。

 芳香という名の人工の臭い。

まるでサリンだ。

臭くて 酒の香りなど 人が歩くときに無意識に潰される蟻の様なものだ。

一気に酒が不味い。

見回したら

○○の厚化粧の如く、
大きなスーツケースなど軽々持てそうな、たくましそうな 立体的な造りなのに濃い化粧の妙齢の女性が顔をくっきりと描き込んで乗り込んで数人向こうの席にきていた。

少し昔、熟年を過ぎそうな豹柄セーターのおばちゃんで遭遇した様な壮絶な臭い。大手デパートの1階中央で高級パフュームがミックスされて拡大した王蟲の様な臭いだ。
全ての美味しい料理の香りや味わいを飲み込んでしまう巨大な王蟲なのだ。

 せっかく美味しそうなつまみを短い時間で買ってさあこれからという矢先

 本人は美しくなりたいと懸命に自己満足し、振り撒いている。無意識の中で全ての香りを重機関銃で殺戮し尽くすのだ。
 戦争でも人を殺戮する時は多少でも悪気があると思うが、全くそんなものは感じていない。
これほど酷い殺戮はない。

戦う前に完全に敗北 息の根もつけない。
負け犬の10倍以上負け犬で、コソコソおとなしくしている他はない。

 これと比べるとまだ煙草の煙の方が食べ物の邪魔をする率は少ない

本来の日本の香りとは
匂い袋の様に穏やかで優しく訪れて去っていくものなのに

 欧米から肉食人種がもたらす香水は、トアレ トイレの匂い消しと一緒で、肉を食った体臭を隠すための臭い消しなので、穏やかで優しくなどとは言えない強さが必要なのだ。

そんなものを真似てどうする。
まずは まともな食事をして臭わない健康な体にすべきですね。

香害で体調を崩す人も2%位いるそうだが、それと含めると15%位になると思う。
こういう香害は断固取り締まるべきだが、法律を作る政治家という輩はこういう臭いを夜な夜な喜ぶ者が多いから無理だろうな。

パフュームの
 香りに包まれ
  酒を飲む
 鼻も舌まで
  オロオロパチと