foo-d 風土 -54ページ目

foo-d 風土

自然や芸術 食など美を 遊び心で真剣に

2023年の立春は2月4日からですから、その前日、2月3日が春の節分ですね。

 節分というと最近は豆まきよりも恵方巻きの方が有名ですが、恵方巻きの起源はいくつもの説があり、その一つに江戸時代末期から明治時代初期にかけて、大阪・船場の商人による商売繁盛の祈願事としてはじまったようです。

 その後、恵方巻きは一反廃れましたが、1973年から大阪海苔問屋協同組合が、海苔を使用する巻き寿司販促キャンペーンを始め、大阪市で海苔店経営者等がオイルショック後の海苔の需要拡大を狙い、海苔巻きの早食い競争をはじめ、復活することとなりました。

 この道頓堀のイベントがマスコミに取り上げられて関西に広がり、その後コンビニのファミリーマートが先駆けとなり販売されるようになって全国に広がったようです。

節分とは直接関係ないのにうまく商人に乗せられていますね。

 太巻きをを切らないでそのまま大きな口を開けてかぶりつくという ちょっと下品で人にはあまり見られたくない食べ方ですが、

 私が生まれ育った頃は、大きな食べ物を直接かぶりつくと、親に「はしたない・みっともない」などと言われて怒られました。また、瓶入りジュースやコカコーラも直接飲むと怒られたものでしたが、おそらく、1971年に銀座三越1Fにマクドナルド第1号点が開店して、ハンバーガーにかぶりつくスタイルが話題になった頃から徐々にこの喰らいつく下品な食べ方が普通に広まったのでないかと思われます。

 今では美しいタレントが瓶で飲むCMは当たり前ですが、やはりなんか… 少し… しっくりこないです。

と言ってももう私もそうやって飲んでいますけど。

 ところで、このオープンした頃のマクドナルドは食材が良かったのでしょうね、バンズも美味しく、すべてが美味しく銀座に行くと歩行者天国でよく食べていました。しかし、店舗展開がふえるたびにおいしくなくなっていき、もう25年以上も食べていません。

 恵方巻きを大口でたべるのは笑ってすませても、毎年その売れ残りの大量廃棄が話題になるという笑えない事実も持っています。

さて、私の実家の節分行事は 柊鰯(やいかがし)を表門と裏門に挿してから始まります。

 柊鰯(やいかがし・ひいらぎいわし)

みなさんご存知のように、節分は立春・立夏・立秋・立冬の分け目のことで、特に冬(大晦日)から立春の節分は新しい年に変わるとても重要な分け目ですね。

 季節の節目には、その節目の隙間から災いが訪れると言われており、それを防ぐために、この節分に魔よけとして柊鰯を飾ります。

柊は、棘の痛さで鬼を追い払うため、いわしの頭はその臭気で鬼を寄せ付けないようにするためと言われています。

私のところは柊鰯を「やいかがし」と言いますが、別の言い方のところもあると思います。

鰯を焼くと臭いが更にでることから、『焼き嗅がし』が転じて『やいかがし』となったとも言われます。

ところで、ことわざの『鰯の頭も信心から』もこの柊鰯から始まりました。

 信仰心の不思議さを皮肉っぽく述べたものですが、いわしの頭のようなあまり役に立たないものでも、それを信じる人には何よりも大切なものであるということで、それほど信じる力は大きいということを示しています。また、何でもなさそうなものを信じる人を揶揄するときにも使われますね。

このことわざは、江戸時代刊行の俳諧の基本文献『毛吹草(けふきぐさ)』(1645年)に「いわしのかしらもしんじんから」と出てきているそうで、このことわざも古くから使われていたのですね。

 さて、この柊鰯(ひいらぎいわし)はいつ頃から始まったのかの確かな資料はまだ出ていなくて判らないそうですが、「柊」だけなら、奈良時代初期編纂の『古事記(711年)』に、ヤマトタケルの東征に『比比羅木之八尋矛(ひひらぎのやほこのほこ)』柊の木で作った八尋の矛(ほこ)というのが出てきます。しかし、矛(ほこ)とは両刃の剣のことですから木で作った剣など武器にはなりません。これは鋭い棘の葉を持っている柊の霊を矛に托してヒイラギで出来た矛を持っている人物は霊力を授けられるとしたのでしょう。

おそらく、まだ言葉もなかった太古の昔、柊の木はその鋭い棘の葉に触れると痛いので動物が避ける事から、動物避けの場所に使っていて、鬼や邪も避けると思われるようになったのだろうとおもいます。

 2000年以上もしきたりが続いているって凄い事ですね。

現代でも、魔除けとして敷地の角々に植えられている家を見かけますが、私も恵那市に家を建てた時には裏角に柊を植えました。

…………………………………………

ちょっと横道

「柊」という漢字は木偏に「冬」ですね。節分(大晦日)との関係からか、冬を代表する木とされていることがわかりますが、晩秋~初冬にかけて花をつけることから、「木」と「冬」を組み合わせて「柊」になったといわれています。まるで粉雪がパラパラっと降りたような小さくかわいい花です。

百人一首の11番「わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと人には告げよ海人の釣舟」の作者 小野篁の『小野篁歌字尽』という本では、季節を代表する木として詠っていますが

春椿(つばき)

   夏は榎(えのき)に

      秋楸(ひさぎ)

    冬は柊(ひいらぎ)

     同じくは桐(きり)

ここでも柊は冬を代表する木として使っています。

節分は柊鰯を飾ったあとは豆まきですが、次回、私の実家でのちょっと変わった節分風景を書きましょう。

河井寛次郎記念館に猫のえきちゃんに挨拶に伺いましたら、

寛次郎の木彫の代表作の兎を飾った玄関間で

 正座して待っていてくれました。

 

抱っこもさせてくれました。

 …………………………

河井寛次郎

 またゆったり拝見しました

 作品も生き方も

いいね!

 何がいいというより

  ただ いいね!

  好きなんだな。

 私は浜田庄司も河井寛次郎もほんの数点持っていて

「物語のある料理『野の花料理・恵那の野山の 蕎麦懐石』」でも使っていますが、

濱田庄司の方が如何にも民の技という感じで、使いやすく、けっこう多用途で使える感じですが、飾っておくには寛次郎ですね。

 しかし、寛次郎の碗をつかってみると。

一見ゴツそうな抹茶茶碗ですが持ってみると掌にぴたっとおさまり、その重さがちょうど良い。

もう30年程使っていますが抹茶が旨いです。

この辺りは寛次郎の神がかった所かもしれません。

 …………………………

清水寺に程近い、東山五条。大通りからひと筋それて路地に入ると、そこは静かな住宅街。
車一台がやっと通り抜けられるほどの狭い道沿いに、民家が建ち並んでいます。そんな京都の人々の生活に溶け込むようにして建っている「河井寬次郎記念館」。
土と炎の詩人。「暮しが仕事 仕事が暮し」の言葉を残した陶工・河井寬次郎の住まい兼仕事場を公開したものです。

外観は黒格子に犬矢来のある京町家風の造りですが、中に入ると山里の古民家のよう。木のぬくもりが感じられる、重厚感ある佇まいです。
建物のみならず、館内の家具や調度類も寬次郎のデザイン、あるいは蒐集によるもので、そこかしこに力強さを感じるような陶器作品が置かれ、「そこに有るべくして在る」というような存在感を放つ木彫作品たち。

 木彫は100点ほど作っていますが、全てが非売品でここにくれば対面できます。

 私の父は染織家でしたが、まだ20代の頃から河井寛次郎を尊敬しており、機織りの合間に寛次郎似の器を作ったりもしていました。母も父を知る前から芸術や民芸運動に興味を持ち河井寛次郎が好きで、京都五条坂の河井寛次郎邸へも数回お邪魔して奥様にも可愛がっていただいたという思い出の場所。
私がまだ生まれる前から来ていたんです。そして私も10代の頃から何度も来て、二代にわたって影響を受けています。

 …………………………

河井寬次郎記念館

〒605-0875 京都市東山区五条坂鐘鋳町569

電話・FAX 075-561-3585

月曜休館 (祝日は開館、翌日休館、夏期・冬期休館あり)

10:00~17:00(入館受付16:30まで)

河井寛次郎(1890年(明治23年)~1966年(昭和41年)は天才陶芸家。陶芸のほか、彫刻、デザイン、書、詩、詞、随筆などの分野でも作品を残している。柳、濱田とともに民芸運動を立ち上げる。 類いなる才能の持ち主で、多くの陶芸家 芸術家に影響を与え、おそらくその影響は日本一だろうと思われる。

 自分は陶芸家ではなく市井の一陶工だと言って、重要無形文化財保持者(人間国宝)や、様々な賞を辞退して無位無冠の陶工と呼ばれる。

(ミラノ・トリエンナーレ国際工芸展グランプリを受賞するが、出展を嫌がった河井に対し、河井に心酔する川勝堅一が独断での出品によるものです。)

ここは民芸好きは絶対訪れて甘いものをいただきたいお店

その暖簾をくぐると

 左側に天井までの壁一面を覆う総欅造り拭き漆の大飾棚がまず目に入る。

重厚で繊細 いつ見ても素晴らしい。

 

流麗な木目や精巧な金具の一つひとつ、時を経ていっそう風格をたたえるその棚は、のちに木工芸の分野で初の人間国宝となる黒田辰秋が鍵善のために制作したもの。とても素晴らしいものです。

ここはいつも タイムスリップをした様な想いになります。

 

京都祇園で300年続き現当主で15代続く、くずきりが特に有名な和菓子屋さん「鍵善良房」。

 戦後 店を再開したとき、武者小路実篤が屋号を揮毫し、水上勉の「くずきりは京の味の王者だと思う」という文や、岡部伊都子の随筆『園の賑わい』など、多くの作家が鍵膳について書いています。

 

まず、奥に行って くずきりをいただきました。

鮮やかな緑の碗

 蓋を開けると黒光りする漆に

   真っ白なくずきり

コントラストの変化がが素晴らしいですね

 

お箸で持ち上げ

黒蜜に入れると

一瞬 のれそれの様にも見えて 面白い

 

ピラピラっと

 プリプリっと

   モチモチーっと

 

やっぱり 鍵善のくずきりはいつ食べても美味しい

 

葛粉は奈良の最高級品だね

 ツルツルっと美味しい

 

美味しい葛切りをいただいた後は、

ゆっくりとお店にある黒田辰秋(1) の家具や作品と河井寛次郎(2)の作品を拝見。

 左右の壁にドンっとあります。

 黒田辰秋27歳作品。

 

まず、小さい方の棚でも重厚な大飾棚。

次は大きな方

 

若さ故かとても大胆で繊細。依頼人の眼力もすばらしいが、さすが黒田辰秋。

素晴らしい大飾棚です。

堂々として細部までキリッとしている。 「200年はもつから」と黒田は言ったそうで、この飾り棚の値段は家一軒分ほどもしたそうです。

 

十二代当主 、今西善造は 同世代の27歳の黒田辰秋のものづくりにほれ込み、店の内装をすべて任せたいと考えていたようです。善造は1942年、30代半ばの若さで急逝したのと太平洋戦争でその夢はかないませんでしたが、箪笥やテーブル、菓子箱やくずきりの螺鈿(らでん)用器など黒田の作品がたくさん残されています。

 

この素晴らしい大飾棚には河井寛次郎の偏壺が数点飾ってあります。

 黒田辰秋は京都の出身で、漆芸家、木工家で、その作品は鋭く深く格好良く私も大好きな作家の一人で、私は彼の朱漆捻茶器を参考に陶器の天目釉ぐい呑みを作っています。

 柳宗悦・河井寛次郎などの民芸運動を盛り上げた一人でもあります。

鍵善は陶芸家の河井寛次郎が近所で懇意にしており、よくお菓子を配達したという記録がありますし、黒田辰秋とも親しいお付き合いがありました。

柳宗悦と民芸の仲間で鍵善のくずきりを食べている写真も残っています。

 

だから、鍵善に黒田辰秋と寛次郎の作品が一緒にあるのはごく自然で何ら不思議でもないのだが、

 

飾ってある偏壺を見て、いつもうれしくなります。

 

 寛次郎を代表する独特の花模様が辰砂、呉須、鉄釉で描かれた扁壷ですが、私が持っている河井寛次郎の193747歳の扁壺2つとソックリなんです。

色や形も同じで、花の一部がほんの少し違うだけ。

 

私の花扁壷は193747歳の時の作品で、おそらく同じ時か同じ日に作られた物だと思います。

 これも時々花を活けたりして使っています。

(写真の最後に私のものも載せてあります。)

 

大好きな河井寛次郎と黒田辰秋の作品が共にあり、まるで私が河井寛次郎と黒田辰秋と一緒にいるような夢の世界

  本当にウキウキします。

       うれしい時間でした。

 

さて次は鍵善から、くずきりを出前したという河井寛次郎記念館へ歩いて18(1.5km) 館長さんに会いに出かけましょう。

 

…………………………………………

 

鍵善良房 四条本店

 京都市東山区祇園町北側264

  075-561-1818 

 

鍵善は昨年近くに美術館のZENBI-鍵善良房-KAGIZEN ART MUSEUMをオープンしましたが、今回は時間がとれず、春には伺う予定です。

 

 

(1) 

黒田辰秋(1904 - 1982年)は、漆芸家、木工家。木工と乾漆、螺鈿などの漆芸で 幅広く知られる人間国宝

京都市祇園生まれ。京都の祇園町清井町に生まれた黒田辰秋は、十代で木漆工芸の分業という制作過程に疑問を持ち、素地作りから加飾までを一貫制作する独自のスタイルを確立、生涯京都を拠点に活躍して1970年には木工芸の分野で初めての重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されました。

黒田と鍵善の縁は、1931年、27歳の黒田に同世代であった十二代当主 今西善造が店舗の大飾棚制作を依頼したことからはじまりました。ともに京都に生まれ育ち、ものづくりを生業とする二人は親交を深め、黒田の作品に惚れ込んだ善造はその後も数々の調度を依頼し黒田もまたその信頼に見事に応えました。

 

(2) 

 河井寛次郎(1890年(明治23)1966年(昭和41年)は天才陶芸家。陶芸のほか、彫刻、デザイン、書、詩、詞、随筆などの分野でも作品を残している。柳、濱田とともに民芸運動を立ち上げる。 類いなる才能の持ち主で、多くの陶芸家 芸術家に影響を与え、おそらくその影響は日本一だろうと思われる。

 自分は陶芸家ではなく市井の一陶工だと言って、重要無形文化財保持者(人間国宝)や、様々な賞を辞退して無位無冠の陶工と呼ばれる。

(ミラノ・トリエンナーレ国際工芸展グランプリを受賞するが、出展を嫌がった河井に対し、河井に心酔する川勝堅一の独断で出品によるものである。)

 …………………………

 私の父は染織家でしたが、若い時から河井寛次郎を尊敬しており、機織りの合間に寛次郎似の器を作ったりもしていました。母も父を知る前から芸術や民芸運動に興味を持ち河井寛次郎が好きで、京都五条坂の河井寛次郎邸へも数回訪問しています。その後父と知り合いますが、お互い知り合う前から、共に芸術・民芸運動・河井寛次郎が共通項目であり、このような二人が接近するのはごく自然だったのでしょう。そんな二人から生まれた私は、お腹の中にいた頃から芸術・民芸運動・河井寛次郎の影響が強かったのでしょうね。

 

ゴッホとディープに

  遊ぼう


 

 …………………………

拙宅で棟方志功の絵を楽しんでいますが、志功は、「ワ(私)だば、バン・ゴッホのようになりたい」と言って21歳で青森を出て上京しやがて世界の棟方になるのです。

 その志功の尊敬してやまないゴッホの体験型美術展です。

 全世界で830万人が観たそうです。

 良い音楽と映像の共演をソファーに横たわり楽しめます。

















(早い者勝ちですが、ソファーは20以上あるので、平日は空きそうなところで待っていれば座れます。)

二条城を探索した後は、徒歩2分でグランピエへ 本当に久しぶりに訪問。

グランピエは、かつて『カパラ』というショップを妻がやている頃からのおつきあいのあったお店です。
 『カパラ』は、名古屋駅西正面に1985年創業のファッションビル「生活創庫アピタ」のオープンと同時に出店した店です。
『カパラ』はヒンディー語で「布」という意味ですが、その名は私が付き合いのあったインドの方に様々なヒンディー語の単語を尋ねて妻と決めた言葉でした。
 カパラはタイシルク、インドシルク、タッサーシルクや様々なシルク生地 シルクバティックコットンバティックなどの布を売りながらその生地でオーダー服も作り、洋服仕立ての注文が多くて1年後とかお待ちいただいてもいました。アフリカの椅子や、とても太い丸太をくり抜いて作ったアフリカの王様のベッドやインドやインドネシア、アフリカなどの珍しい家具や雑貨も販売する名古屋では唯一の新しい形態の店でした。 
 取引先は、新井淳一さんの六本木アクシスの「布(NUNO)」やグランピエ、高級エスニックファブリック、アフリカンアートなどの商社など。時々私もインド綿の手配や海外に出かけるとタイシルクやベトナムのモン族の古布などの買い付けも手伝っていました。
 三宅一生のショー用のファブリックも企画していた世界的なテキスタイルデザイナー新井淳一さんも懇意にさせていただいていて、新井さんはいつもふらりと夕方お見えになって何度も一緒に食事に行っていましたが、新井さは変わり者でいつも財布を持たずでした。新井さんとは三宅一生の個人パーティにも何回か行ったこともありました。
毎日が本当に忙しくて家に帰ってもデザインを考えたり服を作ったりお互いに夜遅くまでやっていました。

毎日がクリエイト。とても充実した毎日で、どれもこれもいい思い出でした。

 カパラはお客様に支持され業績も順調でしたが、手狭なので、生活創庫アピタから退店し、大きなスペースのあった大曽根オズモールで「ラハール」と名を変えて店をオープンしました。
 グランピエさんは最初からの長い取引で、私も京都のグランピエさんへも数回行っていました。
「ラハール」はインドのヒンディー語でウエーヴ、波動、波という意味です。これも私がインド人に聞いて考えた名でした。ラハールはその後、健康グッズ健康食品の店に業態変更して、数年前に恵那の自宅に移転しました。
 ラハールは名のごとく地球の波動、心の波動を大切にする健康グッズ健康食品の店で、店長である娘は鍼灸師で、ボイストレーニングと鍼灸治療も行っています。

 今回グランピエさんへ10年以上ぶりに行きましたが、時代を超えて受け継がれて作られ続けるものばかりですから、当時と同じ生地や雑貨類又同じようなデザインの服等を販売されていました。


また、当時私もオーダーでシャツ、パンツ、ジャケットなど数点作っていますが、それと同じ変わり織のシルクや綿の生地、よく似たデザインなどもありましたし、私の持っている様々な器や小物と同じようなものなど、まるで30年前にタイムスリップした感じで、とても懐かしく嬉しい時間でした。







 こういう世界はオンリーワンファッションがとても楽しめますし、古くならないので、30年も前に作った服も現在も私は時々雰囲気に合わせて着たり小物を使ったりしています。

本当に懐かしく 様々の思い出が蘇り 温かい時間でした。

(撮影はできないので、グランピエ さんのHPより拝借しましたので、私が見た時のものではありませんが、イメージとして。)

とても良いお店です。場所も便利ですし、どうぞ行ってみてください、楽しい発見がありますよ。
 …………………………

グランピエ
西洋民芸から始まった…
西洋民芸の店グランピエは1971年の暮れ、銀閣寺・白沙村荘の橋本関雪のアトリエだった洋館の地下でスペインの民具・家具・陶器を並べて産声を上げました。そして2年後、キラー通り沿いの東京・パズル青山にもお店がオープン。今では、京都は寺町二条通りに二軒、東京は南青山に移り、大阪店、横浜店も加わりました。 スペインのものを始め、印度の綿衣料・布もの・雑貨・鉄もの、中近東のキリム・民具、東南亜細亜のあれやこれや、中南米、アフリカのもの、そしてスウェーデンのサボ等々を扱っています。 現地へ出向いて選んできたものと、それぞれの国の伝統の技に頼んで企画して作ってもらったものとが、約半々になります。手でつくられた味わいと、当地の歴史と文化の香りをどこかしらただよわせて、いろんな国の新古の家具に収められています。
はるばる船や飛行機で運ばれて、この東洋のハテの日本という国の"和"という文化に慣じんでみたり、異彩をはなったりしています。ソバにあって、身につけてみて、使ってみて、=ちょっと楽しくなる=が一つのキーワードかもしれません。 個性的な見た目だけでなく、一つ一つがいろんなエピソードをかかえていたりするので、これは何かな? と思ったらお気軽に店の者にお尋ねください。ご来店お待ちしております。

tela de GRANPIE(テラ デ グランピエ)
京都市中京区寺町二条上る要法寺前町720-1 Tel.075-213-7720 オリジナルの衣料品をはじめとした織物がたくさん集まっているお店でキリムやインドシルク インド綿などの生地や服 アクセサリーを販売し、道路を挟んで各国の器・グラス主体に雑貨の『グランピエ 丁子屋』があります。

二条城 2022/12/24

楽美術館から歩いて15分

絢爛な城 きれいなお庭を堪能しました。

  紅葉や桜の頃は特に素晴らしいでしょうね。

  散り忘れ

   最後の紅を

    刻めとごとく

 

 十二月末というのにまだ紅葉を残している木がありました。

  紅の絨毯も紅の葉も 懸命に紅を守ろうとしている感じが、木枯らしの中、いじらしく思えます。

 

 思い起こせば

  世の中は

   我が物のよう

     紅尽くし

   枯野に立ちて

     残り火寂し

前夜は、IL GHIOTTONEでディナーを十分堪能し勉強させていただきましたが、料理グレードアップ+ワイン5種類でちょっと贅沢でしたので、泊まりは一番安そうなビジネスホテルに。

 機能的で清潔、朝食付きでとても安い。夜遅くホテルに入り部屋で起きている時間はわずかですし、寝てしまえばどこも同じ😅

 翌朝ヨーグルト、フルーツ、パン、コーヒーをいただき、まず楽美術館へ行きました。

 

樂歴代 特別展 
利形の守破離 
-利休形の創造と継承-

を行っていました。

 (ここは撮影禁止なので外しか撮れず、館内拝見。碗の掲載写真は公開された中から)

説明では、

『「利形の守破離」、「利形」とは千利休の美意識を基にした様式美、茶の湯の工芸のみならず、一般の工芸の基礎にもなるものです。それらは「利休形」とよばれ、棗、茶杓、風炉、釜、など、今日の茶道具のスタンダードとして親しまれてきました。特に茶の湯茶碗に於いて、樂家初代・長次郎の樂茶碗は「利休形」の典型とされ、茶碗の原点とも言うことができましょう。しかし、確立された「形」は守り、継承するだけでよいのでしょうか…。
 利休が提唱したとされる考え方に「守破離」という言葉があります。それは、伝統の継承と創造に関わる「奥義」とも言うべきもの……。
「守」とは、伝統を守り継承する精神。
「破」とは、伝統様式を打破し新たな創造への挑戦。
「離」とは、「守・破」二様の葛藤や拘りを捨て、より自由な創造精神に至る道です。
 「伝統とは決して踏襲ではなく、時代の中に新たに生き続ける創造精神です」十四代覚入の残したこの言葉は、樂歴代の創作への心意気を端的に表すものです。
 本展はそうした視点を元に、長次郎以後、樂歴代が時代の中で果たした創造的な作陶世界に焦点を当てます。まさに「古きにまなび、新しきを知る」 きっと新たな発見に出会えることでしょう。』

この様に書かれていました。

最初の

「守」の段階は、ひたすら師の教えに従い、流儀を守りつつ、繰り返し学ぶことで、基本を身に付ける段階。
「破」は、今まで学んだ概念を打ち破り、試行錯誤しながら独創性を見出す段階であり、己の進むべき自らの方向性を掴み始める頃。
 最後の「離」の段階では、様々な経験を積み重ね、独自性を発見し、プロとして師の下を離れるという事でしょう。

 

 茶碗とはお茶を飲むもの。 これが第一義。

お茶を飲みたいと思わせる器でなければいけません。

『楽』といえば長次郎から続く世界一の茶碗の匠です。どれも並のレベルのものではない。

上皮のものが陳列されているかどうかわかりません。

 

 ただ、特別展ですから、選りすぐった最高のものが陳列されているはず。

 

今回は、「守」「破」「離」ごとに茶碗を並べて置かれていましたが、

とても素晴らしい作品も多いが、この高レベルの内でみていくと、

「守」の器等は継承という感じだからなんとなくわかる様な感じ。

「破」の器等は破るということだから、もっと大胆に破るのかと思えば、上品すぎるのか遠慮しているのか少ししか変化がわからず。

「離」の器等は、「破」が弱いので先達の素晴らしさに比べて離れ方も少なく、

「離」という観点から見ていくとこれはすごいと思う器もあまりない。

 ちょっと期待倒れ。

『守破離」の「守」「離」などという優しい表現なので守ろうとして離れられないのじゃないのかな。離れようと思うような心では離れられない。

「破」を経験し、更にどこまでも研鑽していき自己追求すればおのずと自分の世界が開くものである。

  開眼の世界だ。

ただし 一流の上をいく厳しい世界だからどんな苦労をしても開かない人もいる。

 同じ三文字なら『風姿花伝』に

「序破急」という言葉があるが、この方がわかりやすい。

『序』は始まりを意味し、雅楽では無拍子でゆっくりとスタートしていくパートです。

『破』は静けさを破り、拍子が加わります。

 最後の『急』は、さらにクライマックスに向けて盛り上がって速度が速くなり、締めくくるイメージです。このように修行から開眼まで行く。

 私は門外漢だから師も基本も守る教えもなく、達観や離れるなどというレベルも何もありません。

 あるのは、生まれた時からの「破」(やぶれ)のみ。

いつまでも5歳の餓鬼ですから

  破って破って破ってどこまでも

知もないから 恐れない

ただ単に破ることしか能がない。

僕は、はちゃめちゃの「破」だから余計にそう思うのだろうが、それぞれがもっと大胆に嵐にも負けない太い大木であってほしいと思い、

 「何がなんでもこのお茶碗でお茶を飲みたい、!」と思わせるものが今回の企画展には少なかった様に思う。 もっとこの企画に合う様な碗があっただろうに、様々な事情があり、的確な茶碗が揃わなかったのかもしれないが、「守」「破」「離」が私の様な素人でもわかる器を揃えて欲しかった。

  これなら常設展の方が良かったな。

などと思い、出てきたが、

 帰りの玄関先のつくばいも凍っていた。

 

所で 破 破 破は、

 私のレベルの低さに「は」「は」「は」と大声で笑われたものかもしれない

 先月、京都に行き御所と仙洞御所で建物とお庭を鑑賞した後、今度は「食」の勉強に行きました。

 「もしイタリアに京都という州があったら」をコンセプトに、京都発信のイタリアンとして出来る限り京都産の素材を使い、旬の食材を日ごとに提供しているレストラン。

「日本の美食家の五感を喜ばせる」という京都では超有名なイタリアンで昼夜を問わず予約の取れないと言われるお店。

  たまたまキャンセルでも出たのでしょう、1ヶ月前に電話して、運良くイヴの1日前ですがうまく予約が取れました。 クリスマス・ディナーですね。

 当日は京都御所と仙洞御所を見学し、暮れた清水寺から歩いて向かいました。

ライトアップされた八坂の塔へ向かって坂道を上っていき

 左に折れたすぐ、絶景のロケーションのもと、京の街に溶け込むような一軒の古民家を改造した和の佇まい。

 きちんと打ち水がしてあります。

 玄関を入ると、祝20周年の花が飾られていました。

  送り主はMr.Childrenと谷原章介

もう20年になるのですね。

 

ダイニングは白と茶を基調に奥にまっすぐテーブルが並び すっきりといい感じ。

まだ、他の客は来ていませんでした。

 

 クリスマスなので、料理は3種類で、その中から 事前にその中の真ん中のコース Natale2022 Bコース  16000円を頼んでいました。

そして、各料理の量は今回も軽めにお願いしてあります。

 (量を減らしていただくのは、お腹が膨れて最後に近くなると味覚が鈍感になるのを防ぎ、最後まで、味、おいしさを完璧に手に入れるためですが、こうした方が料理は美味しいので、可能な限り、予約の時に、いつも軽くしていただくようお願いします。

時々、残していいですよと言われますが、それでは残される料理がかわいそう。なのでできる範囲で軽くしていただいています。

ですから、写真は、お皿に対して普通より少なめの盛り付けです。)

 …………………………

 

今回のメニュー Natale2022B

 

●苺

マスカルポーネ キャビア

●本鮪

カリフラワーロマネスコ

●寒鰤

聖護院大根 菜の花 自家製唐墨

●キタッラ

紅ズワイ蟹 雲丹

●トリュフ香るラザーニャ または

(+¥3,025) タリアテッレ 黒トリュフ

(+¥4,840) タリアテッレ 白トリュフ

●オランダ産仔牛

芽キャベツ プチヴェール ちりめんキャベツ

または (+¥4,840) 黒毛和牛フィレ

ビーツ 根セロリ ちぢみほうれん草 カルドンチェッリ

●温かいチョコスフレ

紅マドンナ 金柑

●コーヒー、紅茶、エスプレッソ、ハーブティー

煎茶、番茶

ワインは普段は自分で選んだりするのですが、今回は初めてのお店なので、全てソムリエに任せながら相談して決めました。当然ですが、全てイタリアワインです。

 …………………………

 

 まずアペリティフ

最初の一杯はやはり泡でいきたい。

料理がイタリアンだからイタリアの泡

◎カ・デル・ボスコ フランチャコルタ・キュヴェ・プレステージ

簡単な説明は受けたのですが、ネット検索したら「世界中のオシャレ憧れの地ミラノのあるロンバルディア州の高級スパークリングワイン・ フランチャコルタ

ブドウ品種はシャルドネにピノ・ネロ(ピノ・ノワール)が主体。「イタリア版シャンパーニュ」 と呼ぶのに相応しい銘柄で最高峰の造り手として名高いのが カ・デル・ボスコ。 「キュヴェ・プレステージ」 は、その代表作として世界中で愛されている傑作の1本で、2011年にセリエA優勝を果たした際もこれが振る舞われ、サッカーファンだけでなくワイン愛好家の間でも大きな話題となりました!」と書かれていました

すごくフレッシュで、透き通るような味わいの中に細かい泡が弾けるいいスパークリングワインでした。

 

そして最初に出された料理は

 クリスマスプレゼントの様な

  グリーンのリボンで結ばれた小箱

●苺シュー

イチゴを下に敷いてシューの中に

マスカルポーネ キャビア

クリームとイチゴの甘さにキャビアの塩分が絶妙に美味く活きている

 

何やら温かい木箱

木箱は温かかった

中はパン。 バケット バターブレッド フォカッチャ 温度が冷めない様に木のボックスへいれてある。

こういう気の使い方 とてもいいね。

フォカッチャはどんなレストランで食べてもそれほど美味しいと思ったことはないが、ここのものはなかなかいける。

 

 ●本鮪のタルタル クリスマスイメージ

カリフラワー ロマネスコ

オリーブパウダー

白いケール

白の周りがグリーンのがツリーケール

本鮪のタルタルは鮪特有の生臭みもなく綺麗な美味しさ

真っ黒の小さな粒はブラックオリーブ

 

ここで次の寒鰤に合わせる白ワインをお願いして

◎ピエロパン ソアーヴェ・クラシコ2021

ヴェネト州ヴェローナ

ガルガーネガ85%、トレッビアーノ・ディ・ソアーヴェ(トレッビアーノ)15%

淡い麦藁色。フレッシュな果実香で酸味と新鮮な果実味のバランスが良く魚介類の料理に良く合う感じ。

 

 ●寒鰤

氷見の寒鰤

聖護院大根 菜の花 自家製唐墨

聖護院大根と黄柚を凍らせて剃ったソース、周りの黄色いのがカラスミ、

いいバランスだが、

もう少しカラスミが生臭みを消すぐらい寝かせた方が良かったかな。

 寒鰤は血合を外した方が生臭みが減るので無い方が良かったね、ただ、血合を外すと形が崩れるからどのように盛るかが難しい。

 

ここでまた白ワイン

どこがいいか聞かれたからトスカーナは?っと聞いてみた。

◎モンテニドーリ トラディジオナーレ ヴェルナッチャ ディ サンジミニャーノ 2020

微かにりんごや杏の香りに完熟した果実感としっかりボディ丸い酸味のいいワイン

 

 ●キタッラ

紅ズワイ蟹 雲丹

兵庫県香住の紅ズワイ 北海道のウニ

キタッラは一瞬琴を思わせるような道具で切るパスタで、以前どこかのイタリアンレストランで触ったことがあります。

「キタッラ」とはイタリア語で「ギター」を意味する言葉。四角い木枠に20本程の弦が張ってあるだけのシンプルな道具で、弦の上に薄く延ばした生地を乗せ、上から麵棒を転がすことでカットができる仕組みで、この道具でカットすると3mm角ほどの四角の極太パスタ20本ほどが一度にできます。




 パスタは四角い

火は通ってるがモチモチというより固い根性のある歯応えのパスタ。でもパスタ自体に旨みがある 中々美味しい

ズワイよりベニズワイの方が甘いから、甘いウニとの相性はすごくいいね。


 

 ◎赤ワイン

ケットマイヤー マゾ・ライナー ピノ・ネロ2019

アルプス地方

赤い果実の香りと繊細な味わいで「地中海のブルゴーニュ」と言われる。

ルビーレッドのワイン。野いちごやさくらんぼを思わせる。熟したタンニンとバランスの取れた柔らかな味わいで結構良い。

 

 ●次はトリュフを使った料理で、下記の3種類から選ぶことができました。

1、トリュフ香るラザーニャ

2、タリアテッレ 黒トリュフ

3、タリアテッレ 白トリュフ

二週間前に大阪の超有名店のラ・ベカスでフランス産の最高級黒トリュフをしっかりいただいたので、今回は、結構なアップチャージですが、クリスマスですし タリアテッレ 白トリュフへ変更していただきました。

 

 まずトリュフボールにトリュフを閉じ込めてテーブルへ持って来られました。

 アルバ産の最高級品でした。これならアップチャージも仕方ないですね。

フォアグラ、キャビアと並んで世界三大珍味の一つとして名高いトリュフ。

一般的にトリュフというと黒トリュフが多いですが、ご存知の様にトリュフには黒と白があり、

(黒トリュフは日本でも少し生息していますが、土の中なので知らずに食べていませんでした)

黒トリュフは各国にありますが、特にフランスが多く主に栽培品ですが、白トリュフは栽培できず天然物で、北イタリア、ピエモンテ州のアルバが特に有名です。

(ちょっと検索

最高級の黒トリュフは主産地のフランスのペリゴール地方にちなみ,ペリゴール・トリュフの名で特に珍重されていて,2016年の価格は21万円/kg.イタリアのピエモンテのアルバ産の白トリュフは特に有名で価格は43万円/kgと、黒の2倍以上もする最高級食材。芳馥な香りは鮮度が命といわれ、採れたての白トリュフは白い宝石と称されます。)

 

 その白トリュフを目の前で剃っていただき、 宝石のかけらがハラハラと料理の上に。

白トリュフの香りが部屋中へひろがる

       これだけで鼻腔は満腹だね。

香りが凄い

 トリュフは味というより香りが味。

薄く 少し透き通ったようなタリアテッレ

 タリアテッレは、みなさんご存知のようにきしめんに似ていて平べったく、一般的には2mm以上の厚みがあるものですが、こちらのものは1mm位の極薄。

 薄くても腰のある 素晴らしい美味しさ。

  贅沢なパスタです。

 

◎赤ワイン

落書きの様な羊のエチケットのI Vini di Giovanni(イ・ヴィニ・ディ・ジョヴァンニ ロッツォ)

イタリア ウンブリアの赤ワイン。 ブドウの品種はサンジョベーゼ

ビオワインでした。私は家ではビオしか飲まないので、セラーも全てビオワインなので、こうやってまだ知らないビオが飲めるのは嬉しいです。

ビオディナミですから土が活きていますからミネラル感は他のものより強いですが、これは暑い太陽を浴びて育ったミネラル感たっぷりの大地の味のするジョージアのワインを思わせる味わいで

濃い料理には最適。 

 

次は

オランダ産仔牛

芽キャベツ プチヴェール ちりめんキャベツ

または

黒毛和牛フィレ

宮崎牛 チヂミほうれん草

ビーツ 根セロリ ちぢみほうれん草 カルドンチェッリ


友人はオランダ産仔牛を食べられましたが、





キャベツの使い方が素晴らしいですね。

低温でカラッと焼きカバーにしてある。

 

私は宮崎牛をお願いして、

ビーツのピューレ 根セロリのピューレ

 

 カルドンチェッリはイタリアの『エリンギ』で、椎茸にエリンギを加えた様な食感

 宮崎牛 いい味。 美味しい。

でもね 美味しいんだけど牛肉は牛肉 最近は牛肉よりジビエの方が好きだな。ジビエは野生かそれに準じているので産地や個体差で大きく味が変わり、

チヂミほうれん草は時々自宅で食べるものよりちょっとアクが強かった。


 ●デザート

温かいチョコスフレ

紅マドンナ

 金柑

  早生みかんのソルベ



温かいチョコスフレ

中は温かいチョコがトローッと 

柔らかく甘みをやや抑えてビターな味わい

 美味しい

ここに酸味のソルベがトロ〜

  美味しい


 ●最後の飲み物はいつものようにエスプレッソのWをお願いしましたが、




エスプレッソに特によく合うデセールでした。

 

 まさに、お店の名前のように『ギオットーネ』=(美食な食いしん坊)で、美味しく楽しく、そして様々勉強させていただきました。

  ………………

IL GHIOTTONE 京都本店

京都府京都市東山区下河原通塔の前下ル八坂上町388-1

電話: 075-532-2550

笹島 保弘 1964年、大阪府生まれ。高校卒業後、大阪・箕面市の【ラトゥール】などで修業を積み、88年にイタリア・ローマへ。帰国後、京都【ラヴィータ】などでのシェフ経験から京都の食材を生かす「京都発信のイタリアン」を着想し、02年に京都・東山に【イル ギオットーネ】をオープンする。その後、05年の東京・丸の内【イル ギオットーネ 丸の内店】ほか、次々と姉妹店を出店。近年では、テレビ、雑誌などメディアでも活躍し、料理本『IL Ghiottone 笹島保弘の料理』「イル ギオットーネの傑作レシピ」も発行する。


大寒を
 待ちて膨らめ
    春の使者

初咲を
 待つ梅蕾
   大寒風