卯の花の
咲くとは無しに
ある人に
恋ひや渡らむ
独念(かたもひ)にして
《読み人知らず》
〈花材〉
カラー
れんぎょう
ラークスパー(千鳥草)
ガーベラ
ヤツデ
…………………………
拙作花器 銘 「双龍」 2015年
大地に眠る二頭の竜が目覚めて頭をもたげようとしているイメージで造りました。
化粧土を刷毛目 透明釉 天目釉を刷毛目 透明釉
枝先いっぱいに咲く純白の花が咲く空木(うつぎ)から卯月
卯月の「う」は「初」「産」を意味する「う」で最初を意味したとする説もあります。
今日は京
自転車を借りて2泊3日で
KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2023を観て回る。
烏丸を中心に半径2km程のお寺や二条城、町屋等を使用して全15箇所の展示だ。
写真の展示だから絵画や彫刻よりは見る時間が短いだろうと15箇所全部回れるだろうと計画した。
所がどうだ、素晴らしすぎる展示、ディープ、深すぎる心奥、重い写真等 社会問題を深く表現したもの等、2日済んでまだ5箇所しか観ていない。軽くサッと見るつもりが自ずと動けなくなって見てしまうのだ。
特に二条城 二の丸御殿 台所(重要文化財)の素晴らしい建物内での高木由利子の展示は凄い。平安時代建築の凄さの中に、かつてボーグ誌で観たことのある中でも特出したディオールや超一流デザイナー作品の中の極め付けアングル写真が2m以上の大きさであったり、アフリカやインドの深い写真等、これはファッション好きだけでなくとも絶対見逃せない。
これだけでわざわざ京都に来た価値があると思う。
後日詳細は載せますが、その他、尊厳死や薬害、SDGEs、戦争その他現代の問題点を写真という媒体で深く表現している。
どこも見逃せないです。どうぞ皆さんも時間を見つけてご覧ください。
「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2023」
今年は京都市指定有形文化財に登録された「八竹庵(旧川崎家住宅)」が総合案内所になっています。会期中は毎日、10:00〜19:00まで無料で開放され
毎年春に行われ、今年で10回目の開催を迎える「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2023」。京都市内の各所を舞台に開催されている写真に特化した芸術祭です。世界的なアーティストの作品が街中に展示されるイベント期間は、写真を見ながら街歩きを楽しむこともできる1ヶ月となっています。外歩きが気持ちいい季節。
KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2023
展開時期:2023年4月15日(土)~5月14日(日)
会場:京都市内各会場(京都文化博物館 別館、二条城 二の丸御殿 台所、藤井大丸ブラックストレージ、HOSOO GALLERY、誉田屋源兵衛 竹院の間 他)
春の野の
芽吹の幸の
もてなしは
名残の桜
一輪添えて
先程
穂先だけを
これ以上の贅沢はないと思いながら摘んできた
柔らかい新芽のワラビ
春の野の全てが詰まっている1時間以内に
すぐに湯掻いた ひと皿のご馳走
世界一贅沢で 美味しいワラビ
生えたばかりの柔らかいワラビは、上から優しく握ってスッと引くと3cmから6cm位の柔らかい所だけがプツッっと切れる。
市販のワラビの4分の1以下の長さ
この長さが最高なのだ
これ以上長いと筋があり
アクがでる
贅沢すぎる摘み方だ
採りたてをすぐに
アク取りなど何もしないで
十分なお湯を沸かして湯掻き
水で冷やして盛るだけ
包丁など必要ない
このやさしい味わいには醤油の香りも味も強すぎるから使わない
みかさぎ麹屋の
生きている素直な塩糀(しおこうじ)と甘糀(あまこうじ)を
8対2で合わせたものだけをちょっと付けて食べる
新緑の淡い緑のように
最高に柔らかく
優しい春の新鮮な苦味
最高の食材の最高の部位だけ最高の時に
少しだけいただくことこそ真のグルメ
これ以上の贅沢は無い
至極の春の味
お皿は牛の戸焼
民芸運動の記念碑的な品です。
民芸運動の最初期、新民芸運動として一番最初に吉田璋也が鳥取県の牛の戸窯でデザインした作品で、長年販売されていたものを、それを更に柳宗悦の息子であり世界的なインダストリアルデザイナーの柳宗理が縁を素焼きのように現代風にアレンジして再デビューさせた皿です。
(吉田璋也の黒緑釉掛け分け皿は、全国の民芸館には必ず陳列されていますし、私の所ではお客様用に使っています。)
…………………………
日本の季節は24節72候 自然の野山はその折々に素晴らしい花や幸をくださいます。
皆様が来られる時
恵那の野山はどんな幸を提供してくれるでしょう
それも楽しみ
こういう素晴らしいものを 遊び心で
「物語のある料理『野の花料理・恵那の野山の 蕎麦懐石』」でご用意致します。
…………………………
(みかさぎ麹屋は恵那市にある拘りの小さな小さな麹屋さん。
遥か悠久の時代から使われてきた日本の食文化「糀(こうじ)」
甘糀は何も加えない糀の甘さ、塩糀は塩だけ
今も発酵して生きている美味しさだ。(この為 冷蔵保存)
添加物など使わない自然を大切にする麹屋さん
世界一贅沢で 美味しいワラビ
ワンコの散歩で高原へ
ワラビが沢山生っている
上から優しく握ってスッと引くと3cmから6cm位の柔らかい所だけがプツッっと切れる。
市販のワラビの4分の1以下の長さ
この長さが最高なのだ
これ以上長いと筋があり
アクがでる
贅沢すぎる摘み方だ
採りたてをすぐに
アク取りなど何もしないで
十分なお湯を沸かして湯掻き
水で冷やして盛るだけ
包丁など必要ない
このやさしい味わいには醤油の香りも味も強すぎるから使わない
何もつけないか
みかさぎ麹屋の
素直な塩糀(しおこうじ)と甘糀(あまこうじ)を
8対2で合わせたものだけをちょっと付けて食べる
新緑の淡い緑のように
最高に柔らかく
優しい春の新鮮な苦味
最高の食材の最高の部位だけ最高の時に
少しだけいただくことこそ真のグルメ
これ以上の贅沢は無い
至極の春の味
こういう世界一素晴らしいものを
「物語のある料理『野の花料理・恵那の野山の 蕎麦懐石』」で食べていただきます
…………………………
四季の味と言えば、「春の苦み・夏の酸味・秋の甘味・冬の辛味」と言われます。
春の苦味は「冬の体」から「春の体」へと変えてくれるとても大切な味です。山菜にはポリフェノールやミネラルが豊富に含まれ、細胞を活性化し、健康にも若々しさを維持するためにも重要な新陳代謝を活発にしてくれます。
採りたて山菜は新鮮な苦味。山菜も時間が経つに従い濁った苦味に変わります。
皆様も採りたての新鮮な春の苦味をお楽しみください
…………………………
(みかさぎ麹屋は恵那市にある拘りの小さな小さな麹屋さん。添加物など使わない。甘糀は何も加えず、塩糀は塩だけの自然を大切にする麹屋さん)
さくらさり
みどりあざやか
萌えよとも
明日のこころは
やまぶきのはな
…………………………
今日もワンコの散歩
生憎の曇り
終焉の桜と
新緑のけやきのコントラストが美しく
そのふもとには、もう皐月の蕾が次の季節の出番を待っています
季節の移り変わりは早いですね
と言いながら横には満開の山吹が
明日の出番を待っている
…………………………………………
明日は雨ですね
あまりにも有名な山吹のうた
江戸に初めて城を作った若き日の太田道灌のお話
ある日、道灌が部下と狩りに出かけたところ、突然の雨に見舞われ農家で蓑(みの)の借用を申し出た。
応対に出た若い娘はうつむいたまま、山吹の一枝を差し出すのみ。
事情が分からない道灌は
「自分は山吹を所望したのではない。蓑を借りたいのだ」
と声を荒げるが、娘は押し黙るのみ。
しびれを切らした道灌はずぶ濡れになって城に帰り、古老にその話をした。
すると、古老は
「それは平安時代の古歌に“七重八重花は咲けども山吹の実の一つだに無きぞ悲しき”という歌があり『蓑』と『実の』を懸けています。
貧しい家で蓑一つも無いことを山吹に例えたのです。
殿はそんなことも分からなかったのですか」
と言われた。
道灌は自らの不明を恥じ、その後歌道に精進したという話である。
七重八重に(あでやかに)花は咲くけれども、山吹には実の一つさえもないのがふしぎなことです。わが家には、お貸しできる蓑一つさえないのです。
この歌の作者は兼明親王
山吹を差し出した娘の像が東京の山手線の日暮里(にっぽり)駅にあります。
日暮里(にっぽり)は江戸時代ひぐれざとと呼ばれ
幕府の政策によって神田周辺から寺院が移転してきたことで、日暮里には多くの寺院が建てられ、寛延(1748-51年)の頃から寺院につつじが植えられたり、庶民の行楽地として人気が高まり、特に春の桜や秋の紅葉は美しく、日が暮れるのも忘れてしまうほどでした。そこから「ひぐらしの里・ひぐれざと」と呼ばれるようになり、「日暮里」という字があてられたのだそうです。
染めと織の万葉慕情54
“袖振る”二つの想い
1983/04/22 吉田たすく
花房を袖にこき入れる歌が続きましたが、袖という衣の手を通す一部分の動きで心の想いをいろいろにあらわすしぐさを、そのまま詠って表現する歌がたくさんあります。それは万葉にかぎらず、古今集、新古今集にもよく詠われているのです。袖を振るという所作には、必ず少しの距離をおいて相手がいることを意味します。 そしてその相手にこちらの想いを伝えるしぐさなのです。 袖を振って相手の気持ちをこちらにひきつけるためでありますが、それには二つの想いが表われます。
こちらへ向こうの目を引き着けることと、もう一つはそれでお別れという、今まで触れあっていた人との袖の別れの振りなのです。
袖ふる歌で、広く人々に絵炙(かいしゃ)されている歌。
額田王(ぬかだのおおきみ)が、蒲生野に天智天皇の遊猟(み袖振るかり)にお供をしました。その折、かつての愛人であった皇太子(後の天武天皇)が、岡の向こうに見えて詠った歌一首。
あかねさす
紫野行き
標野行き
野守は見ずや
君が袖振る
野行き、野行き、野守は、と同意語を三つ並べて調子よく詠い、袖振っちゃあだめよ、人が見てるじゃないの、と詠っているところなど、さすが歌の女王、額田王の明るくてハキハキと端的な詠いぶりは見事であります。この袖振るは、相手の気をひきつけるしぐさです。
次の歌は、少々遠慮して袖を振る歌です。
大伴旅人が、大宰府から大和へ行かれるのを送る乙女の歌。
凡(おほ)ならば
かもかもせむを
恐(かしこ)みと
振り痛(いた)き袖を
忍びてあるかも
普通の人でしたら、ああもこうもしようが、恐れ多くて、いつもならば激しく振る袖を、こらえて振らないでおります。この想いをお察し下さい。これは袖の別れです。
また、こんな歌があります。湯原王(ゆばらのおおきみ)の宴席(うたげ)の歌の一首。
あきつ羽の
袖振る妹を
玉くしげ
奥に想ふを
見たまえ わが君
あきつ羽の袖というのは、トンボの羽のような薄く透き通った美しい着物の袖のことで、当時大陸から技術が移入された高級絹の絽織か、紗織またはもっと複雑な羅織(らおり)であったのかも知れません。宴の席の
衣ですから、女人の体の透かし見えるあでやかな衣であったのでしょう。その袖を振るというのは人を呼ぶ振り方ではなく、手振り身振りの振りなのです。 その麗しい女人を、私は(玉くしげ=奥にかかる枕ことば)奥
ぶかく思っているのです。私を見なさい、わが君よ。
(新匠工芸会会員、織物作家)
…………………………
『染と織の万葉慕情』は、私の父で、手織手染めの染織家、吉田たすくが60歳の1982年(昭和57年)4月16日から 1984年(昭和59年)3月30日まで毎週金曜日に100話にわたって地方新聞に連載したものです。
これは新聞の切り抜きしか残されていず、古いもので読みづらい部分もあり、一部解説や余話を交えながら私が読み解いていきます。
尚このシリーズのバックナンバーはアメーバの私のブログ 「food 風土」の中のテーマ『染と織の万葉慕情』にまとめていきますので、そちらをご覧ください。
…………………………
吉田 たすく(大正11年(1922年)4月9日 - 昭和62年(1987年)7月3日)は日本の染織家・絣紬研究家。廃れていた「組織織(そしきおり)」「風通織(ふうつうおり)」を研究・試織を繰り返し復元した。
風通織に新しい工夫を取り入れ「たすく織 綾綴織(あやつづれおり)を考案。難しい織りを初心者でも分かりやすい入門書として『紬と絣の技法入門』を刊行する。
東京 西武百貨店、銀座の画廊、大阪阪急百貨店などで30数回にわたって個展を開く。
代表的作品は倉吉博物館に展示されているタピストゥリー「春夏秋冬」で、新匠工芸会展受賞作品。昭和32年(1957年)・第37回新匠工芸会展で着物「水面秋色」を発表し稲垣賞を受賞。新匠工芸会会員。鳥取県伝統工芸士
尚 吉田たすく手織工房は三男で鳥取県染織無形文化財・鳥取県伝統工芸士の吉田公之介が後を継いでいます。
吉田たすくの詳細や代表作品は下記ウイキペディアへどうぞ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/吉田たすく
#染めと織の万葉慕情 #染織 #たすく織 #吉田たすく #鳥取県 #倉吉市 #万葉集 #万葉集の染織 #伝統工芸士 #鳥取県無形文化財