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foo-d 風土

自然や芸術 食など美を 遊び心で真剣に

染めと織の万葉慕情65

  織女の袖つぐ宵

   1983/07/08 吉田たすく

 

昨晩は七月七日の夕(ゆうべ)でした。このタのたなばたの歌は沢山あり百数十首にものぼります。もちろんたなばたは織姫ですから染織品をつかった歌がかなりの数にのぼります。

 

 彦星と

  織女(たなばたつめ)と

   今夜(こよい )逢ふ

   天の河門に

   波立つなゆめ

 

 それは地上の人が空を見上げて詠ったねがいの歌で、 ゆめゆめ天の川の波よ荒れないでおくれ彦星がわたるんだからと。

 

 秋風の

  吹きただよはす

   白雲は

  織女(たなばたつめ)の

   天つ領巾(あまつたれ) かも

 

 白雲のただよっているのは、歳女の肩にかけている白く長いストールなのか。

 

 天の川

  霧立ち上る

   織女(たなばた)の

  雲の衣の

   かえる袖かも

 

 空のうす雲はストールではなく袖なのかなあ。

 

 古(いにしへ)に

  織りてし機(はた)を

   この夕

  衣に縫ひて

   君まつわれを

 

 以前から機で織った布をあなたに着せるように縫って待ってるのよ。

 

 機(はたもの)の

  木(まねぎ)持ちゆきて

   天の河

   打橋わたす

   君が来むため

 

 あなたが上陸しやすいように機(はた)のふみ木をこわして持って行って橋にしてあげましょう。

 とうとう機までこわしてしまって待っています。

 

岸でまっている女の所へいよいよ舟が近づくのでしょう。

 

 天の川

  門に立ちて

   わが恋ひし

  君来ますなり

   紐解き待たむ

 

 腰紐を解いて待ってますよはやくはやく。

 

ようやく二人になりました。

 

 織女(たなばた)の

  袖つぐ宵の

   暁(あかとき)は

  川瀬の鶴(たづ)は

   鳴かずともよし

 

 織女と彦星が、互に袖をかわしあっているつぎの朝は、天の川瀬の鶴よ、なかないでそっとしてあげて、いつまでも暁に気がつかないようにね。

 

 遠妻(とおつま)と

  手枕(てまくら) 交えて

   さ寝る夜は

  鶏(かけ)は鳴きそ

   明けば 

    明けぬとも

 

 一年に一度しかあえない遠い地に居る妻と、今、手枕交はして寝ている今夜だけは、朝なく鶏よ。夜が明ければ明けたでよい鳴かないでくれ二人の

ために。 相見ても袖を交して寝ていても飽き足らずそれでも夜は明けて来るのです。

 

さ寝そめて

 幾何(いくだ)もあらねば

   白拷(しらたへ)の

 帯乞ふべしゃ

  恋も過ぎねば

 

 寝そめていくらもたたないのに、互いに解いた白栲の帯をよこせなどといいなさんな。 まだ恋の思いが尽きもしませんのに。 もっともっといっしょに寝ていたいものを。

 

 織女(たなばた)の

  今夜逢ひなば

   常のごと

  明日をへだてて

   年は長けむ

 

 明日よりは

  わが玉床を

   うち拂ひ

   君とはい寝ず

   獨(ひとり)かも寝む

 

 明日からは二人で寝た床もうちはらって一人で寝るしかないのです。 七月八日の今朝はあけてしまったのです。

 

       (新匠工芸会会員、織物作家)

 …………………………

 

 父がこれを書いたのは丁度40年前でしたが、7月7日は晴れでした。

2023年の七夕も晴れそうです。

できれば雲ひとつない空の、天の川を見上げて想いを巡らしたいものです。

 

長く長く待ち望んだ織女と牽牛の1日は、熱く熱く燃え上がりもっともっといっしょにいたいことでしょう。

しかし一日は一瞬の様に過ぎ去り、

 遠い来年の逢瀬を待つしかないこの侘しさ悲しさはいかばかりでしょう。燃えれば燃えるほど別れは切ないものです。

 

恋する者達は二人を遮る障害があればあるほど燃え上がりますが、心理学では、このことを指して「ロミオ・ジュリエット効果」といいます。

 日本流に言うと、障害が大き過ぎて燃え上がり、人の持つ業(ごう)の深さ、色恋のためにすべてを犠牲にする、「近松の道行効果」とでも言うのでしょうか。

 

 

私もかつてそれに近い様な想いも何度かいたしました。

  涙に濡れた日記や手紙

   愛おしく苦しい想いは

星空や大自然の研ぎ澄まされた美しさや、

 なにげない路傍の草花の美しさまで、

  さまざまな夢や感情を育ててくれました。

雨に洗われて美しさを増す

  梅雨花の紫陽花が満開ですね

 

 紫陽花の

  その水いろの

    かなしみの

  滴るゆふべ

   蜩(かなかな)のなく

         若山牧水

 

 悲しみの滴る夕べはどのような夜だったのでしょう

  もうカナカナと蝉が鳴く季節になってきました

 月日の移ろいは早いものですね

  この悲しみは 続いているのでしょうか

 カナカナと一緒に新しい芽生えがあったのでしょうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫陽花の学名の属名 Hydrangea(ハイドランジア)は、「水」の意味である。シーボルトはアジサイ属の新種に自分の愛する妻「お小滝さん」の名をとってオタクサ  Hydrangea otaksa と命名しましたが、残念ながら Hydrangea macrophylla と同種でした。しかし、ガクアジサイのオタクサがヨーロッパで品種改良され広まったと言われます。

不染忌

 

七夕の

 蛍が乱舞

   する頃に

  機織り人は

   天に昇りて

 

 

 蛍が大好きで

  月見草を愛し

夕暮れに小鴨川の土手に一緒に行き

月見草は咲く瞬間にポンっと音がするよと教えてくれた父は

 

大好きな蛍や月見草の咲く頃にタイミングを合わせて逝った

7月3日は父の命日

あれから35年

 なでしこの咲く頃

   いつも思い出す

     父の顔

その後父の元へいった母と染め織りを生前の様に仲睦まじく行っていることでしょう

今頃どんな作品を織っているのでしょう。

母はいつもの様にネクタイを織り父は新しい染めの絹の着尺でしょうか

いつか私もその作品を見るのが楽しみです。

 …………………………

吉田たすく

 絵羽着物 「なでしこ」 昭和60年(1985年) 新匠工芸会作品

風そよぐ

 花と想えし

  君の影

 染め織りたるは

  撫子の花

       周之介

両親は亡くなるまで恋愛状態の様な夫婦でした

この作品は、おそらく愛する母のことを想いながら織り上げたのだと思います

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いにしへに

  織りてし服(はた)を

    この夕(ゆうべ)

  衣に縫いて

   君待つ我を

      万葉集

(以前あなたのために織た織物を、今夜には縫い上げ あなたが来られるのを私は待っています)

         

 …………………………

 

「不染」

1969年、東大寺清水公照大僧正を自宅に迎え話を伺う中で、たすくの染織に対する姿勢に好感を持った大僧正より「不染」の号を名付けられた。また、「おらずやのたすく」ともいわれた。「不染」の号を得て、たすくはとても感激し大切にしていたという。また、この時公照大僧正は部屋の襖にサラサラと大きな襖絵を書かれて、たすくは更に感動したという。

 

 

清水 公照(しみず こうしょう1911年1月3日 - 1999年5月6日)は、華厳宗僧侶。(現・姫路市)出身。

第207世、第208世東大寺別当華厳宗管長となり、苦心の末、東大寺大仏殿昭和大修理を行った。1963年頃から子供達の描く大仏さんの奇想天外な絵に触発されて墨画を描くようになり、「泥仏(どろぼとけ)」と称するユニークな小さな仏像を制作し独特の味わいのある書画陶芸で知られ泥仏庵と号す。また、墨画書画、陶芸の作品制作等も多く、「今良寛」の異名がある。

染めと織の万葉慕情64

  袖のなれにし

   1983/07/01 吉田たすく

 

 ふたりで共寝をする事を万葉では袖という言葉であらわす事がたくさんあります。 袖をまくとか袖を交(か)わす、袖のなれにしーなどのいい方で詠います。

 

 ま日長く

  川に向き立ち

   ありし袖

 今夜まかむと

  思はくの良さ

 

 この歌は七夕の牽牛の歌の中の一首です。 

長い日数の間、天の川の川岸向こうの女と向き合っていたけれど、その彼女の袖を今夜こそ枕にするのだと思うと、何と快いことよ。

 

 これはこれはみごとに、そのものずばりを詠ってのけています。 万葉歌にはこのように喜々としてたのしい歌もありますが、おおかたは、 わびしい歌の方が多くあるのです。 七夕は夏の歌ですが冬の歌にこんなのもあります。

 

 沫雪(あわゆき) は

  今日はな降りそ

   白栲の

  袖巻き乾(ほ)さむ

   人もあらなくに

 

 雪よ今日は降らないでおくれ白の袖を枕にして共にうま寝(注)をして、乾かしてくれる人もいないのだから。

 

 袖を巻いてくれる人の今はないさびしさ。 

 

又一首

 

 あらたまの

  年は果つれど

   しきたへの

  袖交へし児を

   忘れて思へや

 

 私は年とってしまったけれど、袖交えて寝たおとめごを忘れましょうか、 忘れられません。 

 

若き日の彼女との生活を追憶するの歌なのです。

 

 又の同じような歌一首

 

 私がいのち

  衰へぬれば

   白たへの

 

 袖のなれにし

  君をしぞ思ふ

 

私ももはや衰える年令になった。むかし袖を交わして寝、親しんでいたあなたの事をなつかしく思い出します。

私は衰える年にはなったけれども今一度、君に会ったならという気持ちを詠った歌であります。

 

 うらぶれて

  離(か)れにし袖を

   また巻かば

 過ぎにし恋

  乱れ来むかも

 

 恋する心もしおれ長い年月離ればなれになってしまった、かつてのあの人、彼の君の袖をふたたび枕にして寝たならば、過ぎさったあの頃のようにまた狂い乱れて来るであろうか。そうある事をのぞむけれども、今となってはのぞみない事なのだろうなあ。

 

 万葉歌にはこのように衣料の一部の袖をつかって、胸のおくのせつなさ、わびしさを詠った歌がたくさんあるのです。

 

追憶はそれだけで詩になるのでしょうか。

 

 (新匠工芸会会員 織物作家)

 

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うま寝【旨寝・熟寝】

気持よくぐっすり眠ること。熟睡。

 

 

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『染と織の万葉慕情』は、私の父で、手織手染めの染織家、吉田たすくが60歳の1982年(昭和57年)4月16日から 1984年(昭和59年)3月30日まで毎週金曜日に100話にわたって地方新聞に連載したものです。

 これは新聞の切り抜きしか残されていず、古いもので読みづらい部分もあり、一部解説や余話を交えながら私が読み解いていきます。

 尚このシリーズのバックナンバーはアメーバの私のブログ 「food  風土」の中の、テーマ『染と織の万葉慕情』にまとめていきますので、ご興味のある方はそちらをご覧ください。

 https://ameblo.jp/foo-do/theme-10117071584.html

 

 

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吉田 たすく(大正11年(1922年)4月9日 - 昭和62年(1987年)7月3日)は日本の染織家・絣紬研究家。廃れていた「組織織(そしきおり)」「風通織(ふうつうおり)」を研究・試織を繰り返し復元した。

風通織に新しい工夫を取り入れ「たすく織 綾綴織(あやつづれおり)を考案。難しい織りを初心者でも分かりやすい入門書として『紬と絣の技法入門』を刊行する。

東京 西武百貨店、銀座の画廊、大阪阪急百貨店などで30数回にわたって個展を開く。

代表的作品は倉吉博物館に展示されているタピストゥリー「春夏秋冬」で、新匠工芸会展受賞作品。昭和32年(1957年)・第37回新匠工芸会展で着物「水面秋色」を発表し稲垣賞を受賞。新匠工芸会会員。鳥取県伝統工芸士

 尚 吉田たすく手織工房は三男で鳥取県染織無形文化財・鳥取県伝統工芸士の吉田公之介が後を継いでいます。

吉田たすくの詳細や代表作品は下記ウイキペディアへどうぞ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/吉田たすく

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早雲の

 守りし城は

   紫陽花の城

 花に誘われ

  小田原評定

 

江の浦測候所を見学しようと小田原へ行きました。

 

 小田原へ来たからには小田原城も観なければと思いサッと観て終える予定でした。

しかし、やはり小田原城は、上杉謙信も武田信玄も攻略できなかったように簡単には攻略できません。

その広大な敷地に2800株の満開の紫陽花で守り、紫陽花に惑わされ散策し長時間小田原城に滞留してしまいました。

風雲児、伊勢新九郎の拓いた城は、流石いい所にありました。

 

 

 

茜さす

 昼はこちたし

   あぢさゐの

 花のよひらに

  逢ひ見てしがな

 

   (古今和歌六帖 読み人知らず)

 

「こちたし」は言痛しとも書き、噂がうるさくて嫌だ、といった意味です。「あぢさゐの花のよひら」は、要するに「よひ(宵)」を言いたいために使っています。

 

茜のさすようなお昼は噂がうるさいから紫陽花の花の四ひらの様に宵にお逢いしたいでものです

 

 宵になってから、あじさいの花の陰でのひっそりとしっぽりと逢瀬を楽しみましょう

 

 あじさいの歌は万葉集に二首ありますが、古今から新古今には一首もなくて。のちに編纂された古今和歌六帖(970年から984年の間)に1首あるのみです。梅雨の季節に欠かせない風物詩と思える紫陽花ですが、古典和歌にこれほど不人気なのも、不思議ですね。

当時の紫陽花は今の様に大きな派手なものではなくて、日本古来のガクアジサイ。派手さがないのであまり取り上げられなかったのでしょうが、

 

しかし私は、

 

 派手に大きく

  咲く紫陽花よりも

   楚々と静かに

    咲くガクアジサイの花

 

 紫陽花の真の美しさはガクアジサイにこそあると思います。

 …………………………

北条 早雲 / 伊勢 宗瑞(ほうじょう そううん / いせ そうずい、康正2年〈1456年〉? - 永正16年8月15日〈1519年9月8日〉)

室町時代中後期(戦国時代初期)の武将。戦国大名となった後北条氏の祖・初代である。「北条早雲」の名で知られているが、実際は存命中には北条早雲と名乗ったことはなく、生前の文の署名も伊勢新九郎や伊勢宗瑞などであり、死後2、3代の頃から呼ばれる様になった。

司馬遼太郎の『箱根の坂』や、多くの作家が書いている様に、一介の素浪人から戦国大名にのし上がった下剋上の典型とする説が通説とされてきましたが、備中(岡山県西部)の田舎 伊勢氏の出自で、それからの紆余曲折による出世で、新天地に行き大きく領土拡大した最初の風雲児 戦国大名です。

夏至(なついたり)

 昼長けれど

  梅雨の空

 

 

第二十九候 菖蒲華(あやめはなさく)

 今週2023年6月27日からは二十四節気七十二候の二十九候『菖蒲華(あやめはなさく)』です。

 菖蒲華(あやめはなさく)とは、アヤメが花を咲かせる頃。 アヤメが咲くと、梅雨到来といわれていましたが、天候不順ですね。

しかし、夏至で日中が一番長いのに雨ばかり、困ったものですね。

 日本中で雨が激しく降り続いていますが、水って結構重いのに、空のどこにこんなにもたくさんの水を溜めているのでしょうね

日本で一番高貴だと言われる紫色の花

いずれがあやめか杜若 日本女性の美しさですね。

 

ほととぎす

 鳴くや五月の

   あやめぐさ

 あやめもしらぬ

    恋もするかな

      〈読み人知らず〉

 

ほととぎすが鳴いている そんな5月に飾るあやめ草ではないけれど、文目((あやめ)分別)を見失うぐらいの恋をしていることだ

 (今日6月30日は旧暦5月13日でした)

 

人は恋をすると繊細になり芸術家になりますね

 もう1ヶ月も前のことですが、パラミタミュージアムで「棟方志功展」を見て翌日「陶芸空間 虹の泉」にいく計画で三重県へ。

夜は津か松阪どちらかで泊まり美味しいものを食べようと考え、

 普段フレンチレストラン等に行ってもメインはその多くがビーフで、似たり寄ったりの味で飽きてきたというか つまらないので鹿肉やジビエに変更していただいていますが、久しぶりにサラッと綺麗な味の牛肉を食べようと、松坂に泊まることにしました。

 

 松阪というと松阪牛が有名ですが、本居宣長旧宅(鈴屋)松阪城址 御城番屋敷(江戸時代の武士の家の町並み)など静かにしっぽりと江戸風情や古き良き歴史が探索できる良い街です。

この松阪には何度も行っていて、様々な思い出がありましたがその一つ。

 

 大昔、バブルの時代。 大学を出て実家で父の染織を継ぐ予定でしたが、数年名古屋にいることになり、たまたまチェーンストアに入社してレディス担当として店舗に配属。 様々新企画を立てて実践してきましたが、四年目、26歳で本社のレディス部カットソーとブラウス・ジャケットのアシスタントバイヤーになりましたが、1年後、驚愕の事が起きたのです。

 大勢の諸先輩を抜き去り、年間100億円以上も仕入れ権限があるレディスのカットソーとブラウス・ジャケット専門のチーフバイヤーに抜擢されてしまいました。

 そして、この部署でチーフバイヤーとして私よりも数倍経験も知識もある年上のベテラン先輩バイヤーが2人も私の部下となり、昨日まで上司のようだった大先輩と三人でチームを作るのです。

先輩方は大ショックでしょうし、私の方は驚愕のみ!先輩には申し訳ないような感じですが、辞令が下りた以上

 これはもうどうのこうのと言うより、なんとしても1日も早く先輩を越えねばなりませんし、知らないということは許されません。誰よりも早く業界一の専門知識と実践を覚えていくしかありません。そして常にどこよりも良い商品でどこよりも売り上げ利益を上げ続けなければいけません。

 毎日脇目も振らず休みも取らず夜遅くまで世界のファッション情報から店舗情報、業界情報、商品知識、ガムシャラに身につけて行ったそんな時代のことです。

 

 松阪に取引先の縫製工場があり、商談で何度か松阪に来るようになりました。

 当時松坂にいつも一緒に行っていた取引先の社長は、新聞で毎日の綿相場のチェック、綿から糸値、編み立て、生地の地の目、網目の本数、縫製等、生地の見方から製品までについて、いつもどうやったら最高のものを最も安く作れるかを生産者以上に毎回徹底的に教え込んでくださいました。ここまで深い内容のわかる者は自社にはいませんでしたから、本当に勉強になりました。とても冷静でシビアな方でビジネスにはとても厳しく、専門知識の重要な恩師の一人でした。このような業界でも本当に詳しい本物のプロの方達から熱心に専門知識を教えていただけ深いアパレル人生を送れたことに感謝しています。

 さて、時間をフルに使い充実した仕事の後の松阪は、やはり肉ですね。

「しっかり働いた日の夜は常に最高に旨いものでなければいけない。少々財布が軽くなってもそれが明日のパワーとなる」と、行くのはいつも松阪の金と銀。

 和田金ですき焼き、牛銀で網焼きかすき焼きか、時々三松でステーキと、毎回この3軒だけを変えながら、いつも個室で仲居さんの焼く最高の松阪牛最高の勉強をさせていただいていました。

あれからもう何十年

 松阪には仕事では行かなくなったのですが5、6年に一度くらいしか行っていませんが、今回は本当に久しぶり。

 昔の習慣で、すき焼きなら、和田金か牛銀だけど、すき焼きなら和田金の方がなぜか微妙に美味しいと思うが、網焼きなら牛銀が良い。ステーキは三松だけど現在はステーキは他でもあるからなー。

 和田金にするか牛銀にするか迷い、すき焼きはロース肉だし脂の甘さと砂糖も使うので甘いからお酒に合わせるには網焼きの方が良いな・・・でも網焼きはヒレ肉でもシャトーブリアンだろうからとても柔らかくサラッとして上品な味だから食べすぎてお代わりをしそうでお金が余分にいるかもしれない。

 

さて、和田金と牛銀どちらにしようか ちょっと迷った、 でも、牛銀で網焼きにしました。

 

タクシーで牛銀本店へ

 昔と変わらない老舗旅館のような佇まい

靴を脱ぎ中居さんに案内され2階の奥座敷へ

かつて来ていた昔のまま 昭和から時間が止まった様な感じだ。

飲み物メニューを拝見

御酒(松阪城1合)

冷酒(鈴屋 300mu)

冷酒(半藏純米大吟酸 300ml)

冷酒(松阪城 本醸造本生720ml)

 全て地元の酒だというのはとても良いと思いますが、高級肉を扱っている割にお酒の品揃えがちょっともの足りないね。

半蔵の純米大吟醸は華やかな香りとキレの良さで悪くはないが、

 シャトーブリアンに合わせるのなら、もう少し旨みがサラッとした辛口で酸度が2.5以上の日本酒が欲しい。

その他純米無濾過で酸の効いたものとか、肉だから酸味の効いた日本酒、ワインならボルドーではなく、ブルゴーニュ。

酸味が効いた日本酒なら、ポン酢などもレモンも酢橘もいらないで、肉の素の旨さを楽しめるのです。

 

最初の一口はやはりビールだね

 いつもの様に中居さんが肉も野菜も全て目の前で つきっきりで焼いてくださるが、

肉の焼き加減を聞かれて、最初の1枚はレアでお願いした。

 ヒレ肉はシャトーブリアン

当然だが 良い感じに焼いてくださる。

 程よく火の通ったシャトーブリアンは箸で持つと自重で千切れてしまいそうな柔らかさ

 いい味だ。やはり網焼きがいい。

噛むとサッと切れ余分な脂がないさらっと上品な味。

"牛銀"特製と言われるポン酢がついてくるのだが、ポン酢もいいがそれより塩だけがいい。

時々大根おろしを乗せて。

2枚目はミディアムレアでお願いし、

中居さんは、なれたもの、上手な焼き方だ。

とても柔らかくサラッと美味しい

 

最後にご飯

三重県産のコシヒカリ

大粒でほんの少しアルデンテ

美味しいご飯。

柴漬けっぽいおしんこ

これが 美 味 しい

いい漬物だが、酸味がないから柴漬けじゃないね。

尋ねたら、晩菊という山形の漬物。

汁は椀を開けると赤だしに

麩がきちんと並んでいた。

 ベトナムやラオスの山岳民族の刺繍によく似た柄がある。

様々な模様がそれぞれ意味を表していて、渦巻は過去や祖先から未来までを表し、平和や良い事があります様に

何かいい事

 安っぽい赤出汁の嫌味でも若い赤出汁特有の角もない いい味で、結構美味しい。

しかし、赤出しは尾張徳川だが、ここ松阪は紀州徳川の飛地

尾張徳川と紀州徳川は犬猿の仲。

何故、松坂で赤出汁を出すのだろう?‥‥‥ 考えたがわからん。

中居さんに聞いたら、現当主が網焼きには赤出汁が合うと言って10年くらい前に赤出汁に変えられたとの事。

 なんだ、こんなことか 歴史ではなかったのだ。

しかし、赤だしにはポリフェノールも豊富で、赤ワインに近い要素もあるので、肉臭さを洗う要素もあり、赤だしを選ばれたのは正解ですね。

久々に『美味い』と言える牛肉をいただきました。

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 日本で牛肉を食べるようになったのは、みなさんご存知の通り、文明開花の牛鍋からですが、すき焼きは関東と関西では味が異なります。

 関東のすき焼きは牛鍋からの流れで煮たもので、醤油・砂糖・みりん・酒・出汁で作った割り下を煮立たせてから野菜を入れ火を通しお肉を加えます

 関西は焼くもので、鍋に牛脂を鍋にまわし、砂糖をパラパラと敷いて醤油をかけ、割り下は使わず、肉を焼き、そのあとに水分の多い野菜から入れ、煮えたところから食べていきます。

 関東風は、すべての野菜と肉がわりしたとからまって全体がまろやかな味になった肉が美味しいです。

 関西風は砂糖を敷いて醤油をかけるので、余分な味がなく、口に入れた時、割り下を使わないので最初に砂糖の甘さが舌に触るので関東より甘く感じますが、実際の甘さは関東よりちょっと甘い位です。焼く分 肉らしさは関西の方が強く、また、食べる時もまず最初に焼けた肉を食べてから野菜に移りますから、肉の旨みを楽しむには関西ですね。

すき焼きは中居さんが横で作ってくれるので、

僕は関西ですき焼きを食べる時は割下ではないので砂糖の量を調整できるので7分目位にお願いしています。

(中でも京都の三島亭は同じ関西でも他の店より砂糖の入れ方が多いような気もします)

 しかし、良い肉は甘みもあるので砂糖を使うのがもったいない感じもします。

ろうじな (京都) 2023.4.22

 投稿がずいぶん遅くなりましたが、

かつて京都に「虚無蕎望なかじん」という、全国の蕎麦通を唸らせた凄い蕎麦屋がありました。

行って食べてみると凄く旨い。当時は私にとって日本一の店になり、、30年以上前から何度も京都まで食べに行きました。

そのなかじんを2014年に独立し、その後、なかじんの蕎麦店閉店を機に石臼を受け継いだという店が「ろうじな」 あのなかじん蕎麦が食べられるかと訪問。

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 《ろうじなのHPより》

 ろうじなでは、その時期で一番良い産地の蕎麦の実を使用しております。なかじん(京都高倉六角)から受け継いだ自作の石臼で丁寧にじっくりと時間をかけて、その日に必要な分だけ毎日そば粉を挽いております。

つゆのこと

 つゆに使用している鰹節は鹿児島県枕崎産の鰹節を使用。毎日その日に必要な分だけ削り、常によいダシをとることを心がけています。

十割蕎麦のこと

 当店でお出しするお蕎麦はつなぎを使用しない十割蕎麦です。お塩とシンプルなつゆとご一緒になめらかな蕎麦をお楽しみいただいております。その時々の季節によって繊細に変化する蕎麦のそのままの味をお楽しみください。

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蕎麦前

茎わさび醤油漬け500円

湯葉豆腐500円

酒肴三種盛り1000円

 鶏ハム

 鱈子湯葉巻き

 ちりめん唐辛子

蕎麦がき小 600円

酒は

守破離 伏見 澤屋まつもと 松本酒造

グラス600円

 

〆の蕎麦

粗挽きを頼もうと思ったら夜だけだった😰

もりそば900円

北海道沼田産 十割蕎麦

 

はりそば1000円

冷たいつゆを張った後に酢橘を乗せた蕎麦

 

さていただきます

湯葉豆腐

茎わさび醤油漬け

酒肴三種盛り

 

これら蕎麦前をつまみながら

 


 

普通のガラスコップで出された。 ちょっとセンスがないね。

守破離 澤屋まつもと 守破離 雄町

コップの縁に泡が付いている、やや粘度がある旨味の酒ですね。

フレッシュで綺麗な酸味のある中々いい酒だ

 

 

蕎麦がきは注文したらコーヒーミルで挽いていた。スイッチ一つですぐできる。

最近は超挽き蕎麦などを作る時にコーヒーミルを使う店がずいぶん増えてきた。スイッチ一つで簡単で、見栄えはザラっとして私が石臼で手挽きで挽く無篩いの超々粗挽きと同じくらいの粒子にも、見た目はよく似ているが、所詮コーヒーミル。
大きさも簡単に指定できるし楽だろうが、石臼で丁寧に手挽きしたものとは全く比べ様がない。 砕くのと挽くのとの違いがわかっていない。
大根おろしをフードプロセッサーで作る様なものだ。全く美味しくない。

石臼で引いたような微粒子も少なく甘味や旨味がまったく弱いのだ。

石臼は手でゆっくり回しながらその都度、入れる蕎麦の実の数や回転の速さなどで超々粗挽きから微細なものまで変化させてつくるもの。このとても大変だが繊細な作業で作る蕎麦粉に安直なコーヒーミルで作る粉は到底比べようがない。

 旨いものを作るのに手間を惜しんではいけないのだ。

 

 

さて、こちらはなかじん仕込みの店だが、粗挽きそばがきの味はどうだろう。

やはり思った通り、口の中の触感は同じ風だが、これだけの大粒の粗挽きなのに味が弱い、水で洗った様な味。

そばの産地も北海道らしくあっさり目  見た目は野趣っぽいがあっさりめのそばがきだった。

せめて湯をかけないで出して欲しかった。

 

蕎麦

綺麗目な十割蕎麦

 

 

はりそば

酢橘が浮いて涼しさ満点

鰹出汁の効いた綺麗な薄味のお出汁に酢橘が生きていて特に美味しい

これは美味しい。

 

4月の今日でもおいしいのに 京の夏の暑い日に食べたら最高だろう

 

夏にこれだけを食べにきたいと思わせるはりそばでした。

 

 

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蕎麦 ろうじな

電話 075-286-9242 (月曜休み)
京都市中京区夷川通寺町西入ル北側(丸屋町691)
11:30~14:00LO・14:30閉店、17:30~20:30

梅雨の晴れ

 涼を求めた

  高原は

  そよ風の中

  名残の幸も

 

  暑さも心も春の味

 …………………………

家から車で5分

 

 蒸し暑い午後の

 忘れられたような高原で

  過ぎ去りし春の幸を発見

 

 まさかまだワラビ生えているとは思いませんでした。

 暑さも心も春の様

 

 

指3本ですーっと上に引っ張りポンっと折れる柔らかいところだけを摘み帰り

どれも短いから包丁は使いません。

さっと洗うだけ

湯を沸かし、熱湯だけで湯掻きます。

あくぬきなどいらないやさしさ。

この香りと味を生かすために、

お醤油は使いません

 醤油の香りも味も強いから。

春と一緒、いつもの様に みかさぎ麹屋の塩麹でたべます。

今年最後の採りたて湯掻きわらび

梅雨の蒸し暑さを経験した後なので、さらに涼を呼ぶ美味しさでした

 水無月の

採りたてわらび

 その味は

 心も春の

 高原に呼ぶ

初夏の朝

 薄紫の

  香り花

 余韻を愛でつ

   白き雛菊