染めと織の万葉慕情66
袖折りかえし
1983/07/15 吉田たすく
先週は七夕の二人だけの夜話の歌でした。年に一夜の袖のちぎりもすぎて、彦星は帰って行き、織女は一夜では飽き足らず雲隠るまで見送るのでした。
汝(な)が恋ふる
妹の命(みこと)は
飽き足らに
袖振る見えつ
雲隠るまで
二人で巻いた袖は袖振りの別れとなったのです。
このほかに袖のしぐさにはこんなのがあります。七夕にかぎらず袖を交わした恋人と別れて、一人夜のわびしさにせめて夢だけでもあの方に会いたい、だきたい、と思
う時、自分の片袖を二つ折にして枕にすれば、夢に出てくれると信じていたのです。二つかさなる袖に似せて片袖を二重に折って枕にしたのでしょうか。
白袴(しらたへ)の
袖折り返し
恋ふればか
妹の姿の
夢に見ゆる
しらたえの袖を折り返して寝ていて、妹が私を恋しているからだろう、その姿が私の夢に見た事だよ。第十一巻の問答歌にも次の二首がのっています。
吾妹子(わぎもこ)に
恋ひて すべなみ
白栲(しらたへ)の
袖反(そでかえ)ししは
夢に見えきや
貴女が恋しくてたまらず、白たへの袖を折り返して寝たのは、夢に見えましたでしょうか、と問えば
我が背子が
袖返す夜の
夢ならし
まことも君に
逢ひたるごとし
あなたが袖を折り返し寝た夜の夢でしょう。 ほんとにあなたに逢っているようでした、と答えます。袖を折りかえして、あいての夢に見せる歌です。
又こんな歌もあります。
筑紫(つくし) の国に防人(さきもり)として行っている主人を、郷でまつ妻の心を痛みて作長歌に
‥‥事し終はらば つつまわず 帰り来ませと 斎(いわいべ)を 床辺にすえて 白栲の 袖折り反し ぬばたまの 黒髪敷きて 長き日を 待ちかも恋ひむ 愛(かな)しき妻らは
立派に任務をはたした上は、さわりなく帰っておいで下さいと、神においのりする壷を床辺にすえて、白たえの袖を折り反し夢にも見て、(ぬばたま)の墨髪を敷いて長い日を待ち恋ふことだろうか、いとしい妻たちはと。
帰つくるあてのある人なれば、袖を折り返し夢に見てまつもよいのだが、死別の後の一人寝はどうしたものでしょう。
古き挽歌(ばんか、死別の歌)
夕方になるとあし辺にさわぎ 明ければ沖にただよう鴨ですら妻と一しょになって尾に霜よ置くなと羽をさしかわして寝るというのに 人である自分は妻と共寝してあたりまえなのに 流れる水のか
えらぬように 吹き渡る風の目に見えぬように死に別れてしまった妻 とまえおきして
別れにし
妹が着せてし
なれ衣
袖片敷(そでかたしき) て
独りかも寝む
死んだ妻が着せてくれたなれ衣の袖、妹が居たころは交して寝た袖を片方だけ敷いて一入寝る事よ。
袖の歌がずい分つづきましたが、袖のしぐさで、人の心のおくそこまでもおもわせる歌い方でした。
(新匠工芸会会員、織物作家)

