凍てる日の
雲の狭間に
光差し
かがやき尽くす
秋の終焉
今年は遅くまで紅葉が見られました
もうすぐ白い世界が全てを消していきます
〈名古屋 吹上公園 〉
晩秋の恵那の野山へ出かけ 自然の恵みをほんの少し頂いて ささやかな宴をいたしました。
人はその土地に生まれその土地の食べ物を食べその土地の恵みで何百年も生きてきました
この気持ちをたいせつに
紅葉の蕎麦懐石
身土不二 地産地消 一物全体
大自然で自然に育ったものには強い活力があり、ただその活力、素材の良さを引き出すだけ
砂糖や化学調味料精製塩等は一切使わず
食材の力を大切に素朴な 料理とも言えない料理
科学的な調理方法や腕で美味しくしようとしている料理人や現代のグルメとは全く違う
素材の「素」の素晴らしさを現したい世界です
日本の四季は七十二候、52週間より沢山の季節があり、求めれば大自然は常に何か新しい幸を提供してくださいます。
今日の恵那の大自然の装いは
晩秋の名残 野山の紅葉と
冬の走り 山茶花
その他 栗や椎などの木の実が生きており、それらも風雪に耐えて懸命に生きてきた物語があります。そして それらを発見するときにも物語があります。
様々な野山の幸の気持ちを大切に、ほんの少しだけいただいてささやかな料理を作ります。
食べ物も飲み物も調度品にも器にも全て心があり
それらが一体となった
物語のある料理
『野の花料理・恵那の野山の 蕎麦懐石』
予約をいただくと、3週間ほど前から食べられる花、飾る花、木の実や食べられる自然の幸を探しに地元の野山3里四方へ探しに出かけます。
山へ行ってもいつも見つかるわけではなく 見つからないことも 鳥や猿等に先を越されることも多く 手ぶらで帰り また別の場所へ
どの山でどんな場所でどんなものが見つかるかわからない
予約を頂くと、来られるお客様のことを思いながら、野山へ出かけ、食材を探し料理をイメージし、どんな器にどのように飾ろうか、どう喜んで頂こうか。
こんな風に考えながら生きられるって楽しすぎです
この楽しみで
もう20年以上も続けています
知り合いの方か その紹介の方だけ
月に一度
完全貸切4名様限定で行っている
遊び心の楽しみ処です
恵那の山から頂いた幸
紅葉の下に
左から
白山茶花酢の物 胡麻醤油添え
紅山茶花酢の物 柚子味噌添え
椎の実
山栗
萱の実
ナツメ
干し山柿
人参だけを寸胴で3日炊きエキスを濃縮
表示を縮小
恵那の里の幸
左から
藤の実
3時間かけて作るドライトマト
特別に集めた小さな里芋の皮付き蕎麦つゆ焼き 皮ごとどうぞ
山胡桃
一年寝かして旨みを出した銀杏
分葱の奉書巻 山の柚子味噌添え
大吟醸 2015年古酒 水響華 サラリと美しい味わい
グラスは100年前 大正時代の手吹
恵那の里の幸を載せた
江戸時代の美濃焼
バカラで豆腐
普通の豆腐の2倍 大豆固形分18%と日本一濃厚豆腐
まるでババロア
カーキピッツォケッリ
イタリアでは柿はカーキ 熟柿でソースを作り柿ソース 固い柿を載せて
ソースが絡むように手挽き平打ち蕎麦で
紅葉と260年前のバカラ ディアマンピエーリーグラス
注ぐのは貴醸酒古酒
喉越しではなく 旨みだけを追求した 手挽き 日本一超々粗挽き十割蕎麦
霜月のお菓子「竜田川」
笹舟
寒天に人参の紅葉 豆腐の鯉 小豆 黒豆
辰砂の抹茶碗
棟方志功と河井寛次郎
2階玄関の生花
恵那の山からいただいてきた
紅葉 山茶花 尾花
花器は拙作 鎬(しのぎ)花器
1階玄関でお客様を最初にお迎えする生花
恵那の山からいただいてきた
紅葉 山茶花 尾花
拙作 両翼花器 「飛翔」
今月末に4名のお客様を迎えて
「物語のある料理『野の花料理・恵那の野山の 蕎麦懐石』」を開催しますが、いつも予約をいただいた一ヶ月前から、恵那市の山の方面さまざまに食材を探しに行きます。
自然相手ですから山に入ってもそう簡単には見つからず、一日中探しても見つからず、見つけても猿や猪、鳥たちに先を越されることが多いです。
彼らはその道のプロですから、食べごろになるとサッときてあっという間に美味しいもの順に食べていきます。 ですから私はそのあまりを少しだけ頂戴するだけ。
大自然は自然に生きるものの世界。人間はそのお余りを頂戴して生きるものなのです。
この時期私が欲しいのは山に自然に実っている山柿 栗 椎の実 萱の実等様々。 こういうものは自然のものしか使いません。
毎回今日はこの方面明日は別の山等と様々山に入りましたが何も見つけられませんでした。
でも、先週、夕方帰ろうとした時に、偶然柿が沢山実っているものを見つけました。
近くに行くと、熟す直前の様で、渋味十分。まだ猿も鳥もほぼ食べに来ていない。
これは嬉しい。
今採らないと次回来るともう無い筈。
山奥の山柿は市販の柿と比べると大きさは3分の1から4分の1しかありません。それでも沢山獲ってきました。
家で皮を剥き 干し柿を作ります。
小さな柿も皮を剥くと更に小さくなり、干すと更に小さくなり、長さが指先から関節2本分しかありません。
でも渋みもなく甘すぎもせず、サラッとした良い甘さの半熟干し柿にできています。
これで一品
山の幸の一品
そうやって何回かに一度、一品ずつどこかで見つけていく。
また明日は別の山へ萱の実や何かを探しにいきましょう。
何十年に及ぶ日本各地の手打ち蕎麦屋遍歴は300店舗を裕に超えているが、その中でも常にベスト3に入っているいいお店です。
今回久しぶりに岐阜県美術館のルドン展も兼ねてお昼 お邪魔しました。
静かに佇む古民家 坪庭 三和土、店内は、一気に何十年もの遠い昔馴染んだ 光を抑えた日本家屋の屋内、何もかも日本の昔の佇まい。
真昼なのに薄暗く 灯りが生きる
これこそ日本家屋 そして20W位の電球の灯。
昔日本人はこういう光源で水墨画や書を描き 観ていた。
こういう光源でなければ本来の日本画や書の本当の美しさは出ないのに 現代の美術館は明るすぎて書画を裸にしてしまっていて、特に若冲などは明る過ぎる照明のためにギンギラのアニメ化してしまっている。
座敷では他のお客が蕎麦を食べているが、私は個室
予約したので、通されたのも、もう忘れられたような四畳半。
弱い光源の四畳半
目を休め、心を休め 子供の頃の旧家を思い出し 落ち着く。
ゆっくりと和の小部屋でくつろぎ酒を傾け仕上げで蕎麦を食べる 大人の楽しみ。
究極の蕎麦環境である。
胡蝶庵仙波は予約不可なのですが、昔から蕎麦三昧だけは予約ができる。 予約ができて、和の個室でゆっくりと食べられ、蕎麦がき、卵焼き、蕎麦寿司がセットに入っているので、蕎麦三昧しか注文しません。
こうやって料理は決まっているので、お酒を注文する。
お酒のメニューも何十年も同じ銘柄
その中から、今回は2種類を
達磨政宗 熟成古酒
日本晴れ70%精米
今年は辰年だから、一年前巳年と一周前の12年前辰年のブレンドらしい。
私は自宅で20年以上様々な銘柄の日本酒を冷蔵庫や冷暗所、室内3箇所で寝かせていて多少はわかるのですが、
このお酒、濃い琥珀色になっているが、いくら70%の底精米でも冷蔵保存では12年ではこういう色には絶対ならないから、常温熟成なのだろうが、たった12年でこれほど濃い色に変わるということは冷暗所保存ではなく夏などは30度かそれ以上に上がる普通の倉庫で保存されているのではないかと思う。
味は、紹興酒の感じが2割入ったやや枯れた辛口の感じ。
もう一つは
房島屋 純米吟醸
山田錦 掛米五百万石
50%精米
山田と五百万石をかけてあり、まあ普通の純米吟醸
料理
蕎麦寿司
軽い酢が効いてておいしい。
達磨政宗がよく合う
おすまし
あられ
熱々
お味も京風さらりといい感じ
蕎麦がき
手挽き蕎麦がきに変更していただくのを忘れていて、普通の蕎麦掻き
粗挽きだが粉に角がない。
見ただけで「うまいぞ」っと言っている。
そばのアクは感じさせず素直に甘くてトロっとしている とろみはきぬかつぎの柔らかいものに近い。
なかなか良い
これも達磨政宗古酒がよく合う
卵巻き
軽い和出汁の優しい味
天ぷら
野菜と海老2本
揚げたて熱々
いつも思うが海老は美味しいけど1本で野菜の方が好きだな
手打ち蕎麦
そばは栃木産
ざる蕎麦と太打ち蕎麦
どちらも同じ粒子24メッシュ(笊の1インチ2.54cm幅に24本=粒子が1.045mm)の超粗挽きで、
切り方は20本(1寸を20本(1.5mm)に切る)のざる蕎麦と、 13本(2.3mm)位の太打ち蕎麦。
並打ちは細い分だけ喉越しも良いが、
太打ちは、当然だがねっとりとして蕎麦の香りも味も十分でていて旨い。
太打ちを出す店は増えたが、まだ蕎麦屋の5%にも満たない。更に24メッシュほどの超粗挽きを出す店は1%以下。
話は外れますが、
私が太打ちの旨さにハマったのが40年程前で、24メッシュ(粒子が1.045mm)より更に粗い20メッシュ(粒子が1.255mm)の超粗挽きを自宅の石臼で手挽きして打っていましたが、更に旨みだけを追求して20年ほど前からは、篩いを使わないで手碾きの一度挽きに変え、大きな粒は2~3mmが混ざる超々粗挽きの十割蕎麦を打っています。これはすこぶる旨い。
しかしこれは大変。20メッシュまでは普通の打ち方でなんとか繋げるのですが、この超々粗挽きは粒子が粗すぎて特別なやり方で時間を掛けなければ繋がらないので蕎麦屋でやられるところはありません。
閑話休題
元の話
粗挽き蕎麦は主に塩で食べるので蕎麦つゆは時々しか使いませんが、胡蝶庵の蕎麦つゆはバランスが特に良いです。
11時オープンで11時15分にはもう帰る人が3組もあり、持ち帰り客かと思ったら、後で聞いたらもう食べて帰られたとのこと。
席について注文して食べるのだから、どんなに考えても食べる時間は5分位しかない。
笊蕎麦だけを頼み、ササッと飲み込むように食べサッと帰る。
まるで江戸時代の江戸っ子みたい。 すごいね。
しかし、そんなに早く飲み込む様に食べるなんて勿体ない。
そばも生き物。風雨にさらされながら懸命に生きてきたもの。きちんと味わって食べてあげるのが礼儀だと思う。
『食べる』ということは食だけでなく器や調度、空間、環境まで含めた総合芸術であると考える自分としては、落ち着いた場所でゆったりと酒とつまみを味わいながら蕎麦を楽しめるこの胡蝶庵仙波の世界には感謝しかない。
染織家の家に生まれ、物心がついた頃から手仕事の布や民藝品に囲まれ、それらを日常生活の中で当たり前のように使って育ちました。
その影響で、若い頃から民藝に関する様々な方達の話や書籍、日本各地の民芸館や民藝の展覧会などもよく出かけ勉強させていただいてきましたが、私の知り得ている民芸についての拙すぎる断片的知識も いつかまとめたいと思いつつ。
名古屋市美術館
特別展 「民藝 MINGEI-美は暮らしのなかにある」
この特別展は、一般的な美術展のように、作品を並べているだけではなく、生活の場としての表現まで幅広く行い、民芸運動として過去から現代、また、未来へ続く表現もなされているわかりやすい展覧会となっていました。
一番上段に置いてある黒釉緑釉描分皿は、柳宗悦が見出した民藝の美を現代の日常の生活に取り入れることを願い、鳥取の吉田翔也が現代の生活に用いる食器をデザインし牛ノ戸窯で昭和6年(1931)に制作した新民芸運動としての最初の作品です。
どこの民芸館へ行かれたも必ず陳列されている記念碑的なものです。
民藝好きな私も飾っています。
館内のモデルルームは1941年の日本民藝館での生活展をそっくり再現したもので、同じ食器棚、大テーブルが使われ、年月で多少割れたりして数は減っていますが同じ茶碗や調度品が使われていて、一部瀬戸焼、有松絞りが加えられています。
アフリカの民芸品も多く陳列されています。中央の丸太を削って作られたのは西アフリカ コートジボアール セヌフォ族の王様のベッド 奥の黒い鳥の彫像は同じくセヌフォ族のカラオー像は、犀鳥(サイチョウ)をモチーフにした鳥で、長い嘴大きな腹で、子孫繁栄、村の繁栄を願って作られたものです。私もこれら2点やその他、似た感じでちょっと陳列しているので、少し嬉しかったです。
私が子供の頃の食卓も、こんな感じで小鹿田焼や沖縄の壺屋焼、丹波焼などに料理が盛られていました。
これは巡回展で、昨年7月大阪中之島美術館を皮切りに いわき市→広島→東京→富山と回ってきて、今、名古屋市美術館で開催中。来年二月から福岡で開催予定です。名古屋展では一部愛知県の民芸品等を新たに加えていました。
私は昨年 最初の大阪中之島美術館で観てきて今回2回目ですが、名古屋展では10月5日(土)に本展監修者である森谷美保さんの講演を聴きましたが、柳宗悦が説いた民藝の思想をはじめ、柳や民藝運動の同人たちが着目した暮らしのなかの美への眼差し、白樺派や更には吉田璋也や、式場隆三郎などについても触れておられ、名古屋開催ということで愛知周辺の民藝品なども、出品作にまつわるエピソードや解説など幅広く、面としてあまり私情を入れず客観的にうまく説明されていてとてもすばらしい講演でした。
これについては、本展覧会を最初からきちんと見ていただければご理解いただけると思います。
展示されている作品の大部分は今までに何度も目にしているものであったり、その一部は私も所持していますが、今回の展覧会は、民藝のことをあまりご存知ない方も、民藝の全容がわかるようになっているとてもわかりやすい展覧会です。
日本の大きな文化革命とも言える、民芸、民芸運動の全容をこの機会に観じていただけたらと思います。
(写真は総合展示以外全て撮影禁止でしたから、HPより拝借して載せました。)
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レジュメ
約100年前に思想家・柳宗悦が説いた民衆的工藝、「民藝」。日々の生活のなかにある美を慈しみ、素材や作り手に思いを寄せる、この「民藝」のコンセプトはいま改めて必要とされ、私たちの暮らしに身近なものとなりつつあります。本展では、民藝について「衣・食・住」をテーマにひも解き、暮らしで用いられてきた美しい民藝の品々約150件を展示します。また、いまに続く民藝の産地を訪ね、そこで働く作り手と、受け継がれている手仕事も紹介します。 さらには、2022年夏までセレクトショップBEAMSのディレクターとして長く活躍し、現在の民藝ブームに大きな役割を果たしてきたテリー・エリス/北村恵子(MOGI Folk Artディレクター)による、現代のライフスタイルと民藝を融合したインスタレーションも見どころのひとつとなるでしょう。 柳が説いた生活のなかの美、民藝とは何か─そのひろがりと今、そしてこれからを展望する展覧会です。
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日常的に使われている手仕事の日用品に美しさを見出した「民藝」。約100年前、思想家の柳宗悦によって提唱された「民藝」とは何なのか、その広がりと現在、そしてこれからを展望する展覧会
「民藝」という言葉は、1926年に柳宗悦が陶芸家の富本憲吉、河井寬次郎、濱田庄司との連名で発表した「日本民藝美術館設立趣意書」において初めて用いられました。日本各地を巡って民藝を見出した宗悦は、1936年に収集した品々を展示するために日本民藝館が開設します。
第I章では、日本民藝館が開館5周年の際に開催した「生活展」でのテーブルコーディネートの再現を試み、宗悦が説いた生活のなかの“用の美”を紹介します。
第Ⅱ章では、宗悦が収集した民藝の品々を「衣」「食」「住」の3つの視点で紹介していきます。
「衣」では、四季折々の気候に合わせ、各地域で独自に発展してきた着物や傘などの小物を展示。暑さ寒さに対応できる機能性だけでなく、文様や配色など見た目の美しさにも配慮されています。
宗悦が説いた民藝美を最もよく表しているのが、日々の食事で用いられる器です。日本だけでなく、朝鮮半島やヨーロッパなど各地で作られた器は、地域の特性から生まれた素材を用い、形や文様に工夫を凝らしたものが存在します。
宗悦は、縄や紐などを押し付けて文様を施した、日本の食文化の原点とも言える縄文土器にも着目しました。大小の渦巻きを主文様に、細かい線の模様が刻まれた絶妙なバランスで自立するこの土器は、日本民藝館の優品です。
民藝運動の広がりは柳宗悦の没後にもみられます。濱田庄司が芹沢銈介、外村吉之介とともに1972年に刊行した「世界の民芸」では欧州各国、南米、アフリカなど、世界各地の品物を紹介しています。
2階の会場、第Ⅲ章では、民藝に新たな扉を開いたプリミティプな魅力に溢れた品々が並びます。
戦後には、日本のものづくりは機械生産が主流となりましたが、手仕事を続ける産地や、失われた手わざの復活を試みる職人も登場します。会場では、「小鹿田焼」「丹波布」「鳥越竹細工」「八尾和紙」「倉敷ガラス」の5つに焦点を当て、現在までも続く民藝の産地とそこで働く人々も紹介します。
名古屋市美術館
特別展
民藝 MINGEI-美は暮らしのなかにある
会期
2024年10月5日(土)~12月22日(日)
三百年
歴史で刻む
水墨画
若冲も
驚く画才
人跡の彫り
京都 西本願寺 廊下で見つけた 美の世界
日々研鑽
京都 美をめぐる旅の四番目
京都駅から5分ほどの距離ですが、近いけど中々行かない両本願寺
何十年ぶりに歩いてお参りしました。
写真の建物は同じ大きさですが、向かって左奥は1636年再建の御影堂(ごえいどう) で親鸞聖人のお墓堂だそうです。
右が1760年再建の本堂の阿弥陀堂。
この本堂をお参りした後に廊下で見つけた美の世界でした。
300年間、僧侶やお参りした方々の歩みで彫り込まれた年輪の跡
まるで若冲の水墨画のよう
とても素晴らしい水墨の世界ですね
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親鸞は鎌倉時代の僧侶で、親鸞聖人とは呼ばれていましたが、大師の称号をいただいたのは、なんと明治時代。
明治天皇から「見真大師」の称号をいただいたそうです。
親鸞の入滅したのは1262年ですら、入滅時かそれ以前に称号をもらっているものだと思っていました。いつの時代でも、時代の大勢に阿らぬ者はなかなか評価されません。
西本願寺は浄土宗本願寺派の本山であり、正式名称は龍谷山本願寺
真宗大谷派の本山である東本願寺(正式名称「真宗本廟」)と区別するため、両派の本山は通称で呼ばれることが多く、京都市民からはお西さんの愛称でも親しまれている。