黒田辰秋展 | foo-d 風土

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京都国立近代美術館

 天才工芸家の黒田辰秋展

 

黒田辰秋作品は、家具と漆芸ですが、特に家具は広い会場を必要とするので、大々的な展覧会は滅多に開催されません。 ですから、今回、京都国立近代美術館で12月17日から開催されるというので、何が何でも観なければとその週の12月21日、京都へいってきました。

 

 私が黒田辰秋をすごいと思ったのはまだ中学1年生の頃。

 私は小学生の頃から、京都で大きな美術展があるたびに鳥取県の倉吉から夜10時過ぎ発の京都夜行に乗って朝5時頃着で京都へよく行っていました。 早朝、清水寺やその他お寺巡り、展覧会を観てまた、夜京都夜行で倉吉へ帰るのですが、休憩には美味しい甘味処へ行っていて、「鍵善良房」に。名物のくずきりやわらび餅、ぜんざいなどを食べていました。

 

 (京都の「鍵善良房」は民芸好きは絶対訪れて甘いものを食べていただきたいお店です。)

 会場へ行く前には、まず、私が辰秋を好きになった巨大な吹き漆の棚に再会しようと祇園の鍵善へ。

 

鍵善良房の入り口

 

黒田辰秋デザイン

 

黒田辰秋27歳の作品
拭漆欅大飾棚(フキウルシケヤキオオカザリダナ

 初めて鍵善に行って暖簾をくぐると左側に天井までの壁一面を覆う重厚な総欅造り拭き漆の大飾棚がまず目に入りました。高さ2.5m幅4mもあろうかというとても巨大な大飾棚《拭漆欅大飾棚(フキウルシケヤキオオカザリダナ)》 。

流麗な木目や精巧な金具の一つひとつ、時を経ていっそう風格をたたえるその棚は、堂々として重厚で繊細で細部までキリッとしている。いつ見ても素晴らしい。とても素晴らしいものです。

 この見事さにびっくりし、子供ながら カッコイイと惚れ惚れしました。

 これは、鍵膳の十二代当主 、今西善造は 同世代の黒田辰秋のものづくりにほれ込み、辰秋27歳の時に注文し作成されたものだと聞いてその若さと力量に更に驚き、すごい人がいるものだと、益々好きになりました。

これが黒田辰秋作品との最初の出会いでした。

今西善造は店の内装をすべて任せたいと考えていたようです。

 「200年はもつから」と黒田は言ったそうで、この飾り棚の値段は家一軒分ほどもしたそうです。

 

河井寛次郎作品

 

 じっくりみて、くず切りを食べて会場へ。

 

 京都国立近代美術館での展覧会は、今後ここまで辰秋作品が揃った展示会はもうないだろうと思わせる位たくさんの作品、大作が沢山あった。

 

映画監督黒澤明が愛用した王様の椅子
この彫花文椅子は、存在感と重厚さから「王様の椅子」と呼ばれました。 黒田が自身の求める造形を家具セットで実現するためには、良質の分厚い真っ直ぐな板材が何枚も必要であり、また黒澤からは納期を定められていました。そこで黒田は岐阜県付知町、現在の中津川市に仕事場を設け、当時、家具制作に用いることが珍しかったナラ材を選択しています。

 

 

拭き漆で欅の表面と年輪の美しさを完全に生かし切った堂々とした家具達

個々の貝の微妙な色変化を生かした螺鈿

削りというかカッティングの素晴らしさ

やはり黒田辰秋!根っからの天才は違う!

 実物は凄い!

 

写真や図録で何十回みてもこの素晴らしさは表せないと 3時間も見ていた。

(写真は館内撮影禁止なので、ネット等に掲載されているものからチョイスしました。)

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黒田辰秋は

京都を拠点に活躍した漆芸家、木工家で、昭和45(1970)年には木工芸の分野において初めてとなる人間国宝に認定された日本を代表する木漆工芸家です。

 その作品は鋭く深く格好良く私も大好きな作家の一人で、私は彼の朱漆捻茶器も好きで、それを参考に陶器の天目釉ぐい呑みも作っているくらいです。

 柳宗悦・河井寛次郎などの民芸運動を一緒に 盛り上げた一人でもあります。

鍵善は陶芸家の河井寛次郎が近所で懇意にしており、よくお菓子を配達したという記録がありますし、黒田辰秋とも親しいお付き合いがありました。

柳宗悦と民芸の仲間で鍵善のくずきりを食べている写真も残っています。

だから、鍵善に黒田辰秋と寛次郎の作品が一緒にあるのはごく自然で何ら不思議でもないのですが、 お店の黒田辰秋の素晴らしい大飾棚に飾ってあるのは皆、河井寛次郎作品です。

これがまたよく合うんですね。

そして、黒田辰秋の大飾棚の中央に飾ってある扁壺の柄と横にある河井寛次郎の1937年47歳の扁壺2つが私の持っているものとソックリで、とても嬉しくなります。

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「鍵善良房」

 創業は江戸の享保年間。京都の花街・祇園の一角で京菓子をつくり続けて、特にくずきりが有名な和菓子屋さん。

一般の客を始め、茶人や僧侶の方々に菓子を供してきましたが、祇園という場所柄、お茶屋や料亭に出入りする文人墨客や旦那衆、さらには花街の女性たちにも広く好まれていました。

 戦後 店を再開したとき、武者小路実篤が屋号を揮毫し、水上勉の「くずきりは京の味の王者だと思う」という文や、岡部伊都子の随筆『園の賑わい』など、多くの作家が鍵膳について書いています。河井寛次郎とは懇意で河井寛次郎邸には、くずきり等よく出前もされていたそうです。

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京都国立近代美術館

生誕120年 人間国宝 黒田辰秋―木と漆と螺鈿の旅―

2024.12.17 tue. - 03.02 sun.