今日、とある社長に紹介いただいた会社へ営業アポのメールを送りました。

メールの相手先は取締役の方と聞いていたのですが、ホームページを見ると「社長」と書いてあります。

いつものように「はじめまして・・・」から始まり、旧社名がネットビレッジであることや、事業内容などにつき説明したうえで、アポイントメントの主旨を伝えるメールでした。

すると先方からの返事には「御社のことはあちこちの噂で聞いています」とのこと。

私の方から「悪い噂じゃないと良いのですが(笑)」と半分本気で躊躇したメールを送ると、先方からは意外な返事が帰ってきました。

その方はリモートメールの初期からの超ヘビーユーザーで、しかもなんとうちの会社に採用応募をしていただいたことがあるのだとか。
なんとも偶然というか、世の中狭いという感じですが、その後に「書類選考で落とされました」と書き記しているのを読んだ瞬間、凍りついてしまいました。

世の中、どこでつながっているか分かりません・・・。

もっとも話によると、私が中国に駐在していたときのようなので、私が書類選考したのではないと思います。
きっと私だったら採用していたのではないかと思います(思いっきり責任転嫁ですが(苦笑))。

でも逆に考えるとうちの会社で働いていただいていたら、このような形での出会いもないわけで、きっと神様がそのようにセッティングしてくれたのだと思います(無理矢理)。

ちなみにその方は、社員にもリモートメールを勧めてくれていて、ほとんどの方が使ってくださっているそうです。有難いお話です。

お取引が始まるかどうかはまだお会いしていないので何ともいえませんが、この機会を大事にしたいと思います。

プロ野球で巨人が10連勝で阪神と同率で首位に立ったようです。
昨日の9連勝からメディアで大きく取り上げられていて、野球はほとんど見ない私ですが、これでスポーツが盛り上がって景気が良くなるといいなと思います。


さて、話は変わりますが、街中を歩いていると、色んなものを配布しています。

近所の居酒屋や美容室などのチラシ、フリーペーパー、ガムや化粧品などの試供品などなど。


皆さんはこういった配布物を受け取る方ですか?


今では多様になった街中配布物ですが、それでも配布物で一番に思いつくものと言えばやはりティッシュではないかと思います。


ティッシュが配り始められた頃は、重宝していた人達も少なくなかったと思いますが、今ではティッシュの無料配布も簡単ではなくなってきたようです。


そこで業者は色々な工夫をしています。

配り方を研究したり、綺麗な女性の方を雇って配布したり・・・。
例えば通り過ぎる直前にお腹のあたりにすっと差し出すと、人は反射的に手を出してしまうようです。
コンパニオンの衣装で配布すると配布率がかなり上がると聞いたこともあります。


最近はそんな中でも二つ面白いものを見つけました。


一つは、ティッシュの色が黒であるもの。
アイフルのものだったと思いますが、あの柔らかいティッシュの紙そのものが白ではなく黒になっていて、あまりにも奇抜で思わず関心してしまいました。


もう一つは百万円の紙幣をもじったもの。
ティッシュのカバーに百万円の紙幣がプリントされていて、いかにも縁起が良さそうで思わず手にとってしまいます。
ちなみに、こちらは金やプラチナの買取業者の販促ティッシュでした。

思わず、2つ受け取ってしまいました(笑)。


これからどんな新手のティッシュが出てくるのでしょうか・・・。

ビジネスは、同じことをするにもアイデア次第でまだまだやり方があるかも知れません。

今週は、少し驚いた判決がありました。


高知県で起きた落雷事故で重度の障害を負った本人と家族が学校などを相手に損害賠償を求めた落雷訴訟の差し戻し判決で、高知高裁は学校と体育協会の過失を認定して3億700万円の損害賠償をするように命じたのです。


この「差し戻し判決」というのは、最高裁に上告があったときに、法律の解釈などに関わらないものについては、最高裁が原判決に対して差し戻しをして、再度審議をするという制度だそうです。

基本的に最高裁が原判決に疑義がある場合に差し戻すので、原判決とは異なる判決が出る可能性が高いのですが、今回も原判決を覆す判決になりました。


本件は、落雷で管理側の責任を認めた初めての判例ということで話題を読んでいますが、今後の学校などの管理体制に大きな影響を与えそうです。

判決理由において、落雷の可能性を予見可能だったにもかかわらず回避策をうたなかったことに過失あり、としているのですが、個人的には結構厳しい判決のように思います。


私も当時の状況が分かっているわけではないので無責任なことは言えないのですが、このような事件で3億もの賠償が認められるとなると、今後雷がなっていたり雷が起こる可能性があるときには、学校は生徒を外には出せなくなるのではないでしょうか。


加えて、仮に雷が鳴り止まない場合、下校すら許可できなくなる可能性もあるかも知れません。
もし、下校を許可して校舎から学校を出るまでの間に落雷があったら、それも学校側の責任となる恐れがあるからです。


学校だけに限りません。
例えば会社において営業などで外出がある場合、その外出中に落雷があったら、業務中の事故ということで会社が賠償をしなくてはいけなくなる恐れもあるかも知れません。


今年は天候不順が続いており、8月下旬はかなり頻繁に雷雨がありましたが、今後雷雨がある度に本件を思い出しそうな気がします。


人に落雷がある確率がどれぐらいあるのかも関心がありますが、管理側にどこまで責任があるかというのについて考えさせられました。

最近2週間続けて、2つの新しいプロダクトのリリースを出しました。

これら2つはともに、任天堂DS向けのソフトで、いわゆる「ミステリーアドベンチャー」です。


先週発表したタイトルは、今年の2月に発売した「J.B.ハロルドの事件簿」のシリーズ第2弾で、2つのストーリーを楽しむことができ、ボリュームも前作の2.5倍となっています。


「刑事J.B.ハロルドシリーズ」は80~90年代にかけてパソコン向けに発売された推理アドベンチャーゲームで、累計22万本の販売実績があるタイトルで、11月27日の発売を予定しています。


本日発表したタイトルは「藤堂龍之介探偵日記シリーズ」の第一弾です。
このシリーズは88年にJ.B.ハロルドシリーズと同様、パソコン向けゲームとして発売されて以降、20年に渡って提供されてきた女性ファンの多い人気作です。


今回の「琥珀色の遺言~西洋骨牌連続殺人事件~」は、大正時代の上流階級の館を部隊に繰り広げられるミステリーアドベンチャーゲームで、大人も楽しめる仕上がりになっています。
こちらのタイトルは12月の発売を予定しています。


これら2つのタイトルは、うちが投資をしている「アルティ」との共同事業で制作しており、ミステリーアドベンチャージャンルに特化したシリーズを今後も発売していく予定です。


DS向け市場は非常に大きくなっている一方で、競争も激しくなってきており、fonfunならではの作品に絞込みを行いながら、このシリーズのように、過去の販売実績とファンがついていて、ある程度の販売本数が見込めるものを中心に開発をしていくことを考えています。

90年代に始まったインターネットはサービスプロバイダーの増加やインフラの整備などにより急速に普及し、いまや一般生活に欠かせないツール(道具)となりつつあります。

ただ、一方で見方を変えてみると、もしかしたらまだまだ初期なのかも知れないと思うことがあります。
つい先日もとあるIT系の会社の社長とそんな話で盛り上がっていました。

冷静に考えてみるとインターネットはまだ15年ぐらいの歴史しかありません。
いくら技術革新、IT化といっても、インターネットを取り巻くあらゆるものが平行して発展してきているわけではないと思います。
そういう意味では、まだ成長が遅れている、もしくは未熟である部分というのが実はあちこちに存在するのです。

例えば法律的な部分を含めてルールの整備が遅れています。
また、誹謗中傷、援助交際や事件の温床、情報漏えい、ネット中毒、ホームページ炎上などの問題も後を絶ちません。
加えて、気軽に情報が手に入れるようになった反面、情報が膨大過ぎて、自分に必要な情報、正しい情報の選別が難しくなっています。
見方によっては使い勝手が決していいとは言えないと思います。

インターネットが一般的になった今は、自分にとって付加価値のある、もしくは自分にとって便利というものが求められてくるのでしょう。
今後、新しいコンセプトの端末、優れたインターフェイスの開発、エージェント機能、革新的なビジネスモデルなどが生まれてくることで、どんどんインターネットは進化していくものと思われます。

ビジネス面でも同じようなことが言えると思います。
ネットの情報は無料のもの、本当にそうなのでしょうか?
ネットの広告ビジネスモデル、どこまで成長を続けられるのでしょうか?
バーチャルとリアルの境界はどうなっていくのでしょうか?

インターネットが未だ初期段階、と考えてみると、まだまだ色んなことができるかも知れません。

おととい総務省のレポートの話をしましたが、総務省と言えば先週の「モバイル・ビジネス・サミット」において総務省通信政策課長の基調講演がありました。


得てしてこういった政府の方々の話は難解なものが多いのですが、この課長は非常に真面目そうな方で一生懸命話されていたので、私も思わず姿勢を正して最後まで聞いていました。


総務省が積極的に推進しているのが「オープン化」。


私が最近説明会などで触れていることでもありますが、キャリアが実質独占している垂直統合型のビジネスストラクチャーを一般の事業者が参入できる形に変えていこうというものです。


具体的には回線の開放(MVNOの促進など)、メニューポータルの開放、課金・ユーザー認証の開放などです。


日本通信がMVNOで通信サービスの提供を開始したり、検索エンジンがメニューポータルに搭載されたりと徐々にオープン化への兆候がありつつあるものの、正直現在はまだまだの感が否めません。


例えばナンバーポータビリティの障壁となっている理由の中に「メールアドレスが変わる」とか「コンテンツやサービスが引き継げない」というものがあります。

これを解決する方法は二つで、一つは異なるキャリア同士でシステムの整合を図ること、もう一つは我々のような第三者がこれらを横断的にサポートするサービスを提供することです。


ただ、現実的には今はキャリア側の情報やシステムがオープンになっていないために、第三者がプラットフォームやサービスを用意することが難しいのですが、本当にオープン化が進んでくれば、我々にビジネスチャンスがあると思います。


端末プラットフォームは統一された方が提供者にとっても利用者にとっても好都合。

そういう意味ではandroidなどもこのオープン化に一役買ってくれるかも知れないという期待があります。

米国の名門証券会社である「リーマン・ブラザーズ」が経営破たんに追い込まれました。

正直、個人的には政府が潰さないだろうと思っていたので、かなり驚きました。

今年の3月にJPモルガン・チェースが買収した「ベアー・スターンズ」は、公的支援が付いていたので、今回も結局はそうなるだろうと思っていたからです。

リーマン救済については、確かに国をあげて数日前から大手金融機関の首脳を集めて対策を協議していたようですが、最終的に「公的支援」が付かなかったために経営破たんという事態になったのです。

どうして、ベアーのときはOKでリーマンのときはNGだったのでしょうか。

あるメディアは、「米国は巨額の財政赤字を抱えており、リーマン支援はドル安が加速し、ひいては米国経済が崩壊する危険性があるため」と報じています。

もし、それが事実だとしたら、リーマンはツキが無かったとしか言いようがない感じです。

というか、リーマンの経営破たんは本日のような世界的な市場下落につながることは想像できたと思うので、それでも一時的なものになるだろうとの読みがあったのかも知れません。

リーマンが日本で知名度が増したのは、ライブドアによるニッポン放送株式取得の際の資金調達を支援したことでメディアで取り上げられたことが要因だと思います。

そういう意味では、日本ではあまり良いイメージが無いかも知れませんが、リーマンの東京支店は、アジアのヘッドオフィスでもあったため、かなり優良な業績を残していました。

今回の経営破たんで彼らがどうなってしまうのかが少し気になります。

リーマンのニュースで影を潜めてしまいましたが、同じ経営不安が噂されていたメリルリンチはバンク・オブ・アメリカに買収されることが報道されていました。
その買収額は500億ドルと言いますから巨額です。

片や経営破たん、片や5兆2500億円、この差は何なのでしょう。
ただ、間違いなく言えることは、米国の金融・証券会社に対する信用が世界的に落ちていることです。

株式市場が早期に回復することを祈りたいと思います。

昨日は「中秋の名月」の日でしたが、皆さんはお月見とかしましたか?
私の田舎(仙台)では、ススキを飾って、梨、栗、さつまいもなどをお供えする習慣がありました。
昨夜は若干曇っていましたが、月見団子をいただきました。


日付変わって本日は「敬老の日」。
長年に渡って社会貢献をされてきたお年よりの方々に尊敬の念をもって長寿をお祝いする日です。


敬老の日に合わせて、総務省では日本の高齢者についての調査レポートを発表していました。


総務省では65歳以上の方々を「高齢者」と定義していますが、これによると日本の高齢者人口の推計は2819万人で、総人口に占める割合も22.1%となったそうです。
更に高齢者の中で75歳以上の方々の割合も、人口比で初めて10%を超えて少子高齢化社会に入っていることを目の当たりにさせられます。
80歳以上になると、女性の割合は男性の約2倍になるそうで、女性の方が長寿であることを示しています。





今回のレポートでは、高齢者の就業状況や家計についての数字もありました。


高齢者の就業は増加傾向にあって、昨年で287万人だそうで、高齢者の方々に多方面で働いていただこうという動きが徐々に表れているのだと思いますが、それでも人口比(就業率)で言うとわずか10%ですので、この辺はまだまだ今後の課題なのかも知れません。


日本の総世帯の平均消費支出額は月額26万円と言われていますが、高齢者世帯の消費支出は22万円弱で若干少なく、総世帯と比較すると贈与などの交際費の割合が多いそうです。


私の両親も共に高齢者ですが、ともに無職でありながら、生活を見ていると外出が多くて、俳句をしたり、会合に出席したりと、コミュニケーションを取りたいという意思を感じます。


高齢者になると外出が困難になったり、身体が不自由になってきたり、ということはある一方でコミュニケーションへの欲求は強くなるような気がしていています。

個人的には、高齢者の方々へ向けたITを活用したコミュニケーションの場の提供ということについて関心を持っていて、何らかの形でこういった分野にも貢献できればと思っています。

以前の『hirog』で私がステーショナリー が好きという話をしたことがありますが、たくさん筆記具を持っていても、結局使う機会はほとんど無いのが実際です。


昨日も「世界一なめらかに書ける」というキャッチフレーズのボールペンを衝動買いしてしまったのですが、試し書きをしようとしたら、漢字がすぐ出てこなくて本当に文字を書く機会が減っているな・・・と思いました。


ちなみに私の場合、文字を書く機会と言えば、戦略やビジネスアイデアを下書きするとき、ホワイトボードを使って議論するとき、書類へのサインや会員登録などの個人情報、年賀状のコメントを書くときぐらいしか思い浮かびません。

私の場合は、スケジュールとか、to do管理とかそういうのはすべてPCや携帯で行っていますし、会社の承認処理などもデジタルで行っているので、尚更です。


手紙を頻繁に書かれる方とか、手帳を愛用されている方とかを除けば、皆さんも同じようなものではないでしょうか?


例えば家族以外の身の回りの人達(職場の同僚とか友達とか)の手書きの字がどういう特徴があるか、すぐに思い起こすことができるでしょうか?


これだけ使う機会がないと、実際に書こうとしたときに、必然的に漢字が出てこなくなることがあるのです。
このようなデジタルばかりの生活が長く続けば続くほど、そういうことが増えているように思います。


文字に特徴が無くなると、画一的なデジタル文字に味をつけるためにも、顔文字、絵文字、デコ文字などの装飾が生まれてきたのも必然的だったのではないでしょうか。


今でも小学校で漢字の書き方を教えていると思いますが、せっかく覚えても使う機会が無いと忘れてしまうかも知れませんし、逆に将来はデジタル授業で、漢字の練習とかが無くなってしまうということもあり得るかも知れません。


文字という文化があるにもかかわらず、それをリアルで記す機会が無くなるのはなんとなく寂しい気がします。


将来、「文字が書けなくなる日」が来るのもあり得ない話ではないかも知れません。

今日は高尾山に行ってきました。
三連休の初日だからか、非常にたくさんの登山やピクニック目的の人達がいました。

私は、午後からしか時間が無かったので、結局高尾山には登りませんでしたが、屋台が大好きなのでダンゴ、カキ氷などを食べました。

そして入ったのが高尾山口の駅前にある「トリックアート美術館」。
京王線での通勤時の車内広告で気になっていたものの、よく観光地に無理矢理美術館などを作り結局閑散としていまうパターンも多いので、これまで入ったことはありませんでした。

「トリックアート」とは人間の視覚の錯覚を利用して、「遠近法」「陰影法」「前進・後退色」などにより二次元の絵が立体に見えたり、全く異なる絵に見えたりするというもの。

このトリックアートの美術館は、北海道や那須、和歌山などにもあるほか、期間限定のトリックアート展は全国で開催されているようです。

片目で見ると立体に見えたり、歩きながら見ると長さが変わったり、同じ大きさや同じ色のものが周りの絵によって違うものに見えたり・・・。

中でも面白かったのは、胴体が無くなって見える仕掛けや揺れてみえる絵。

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絵を見ていて思ったのは、人間の目がいかにいい加減というか、周りに影響を受けるのだとあらためて認識しました。
世の中の事情がこれまでの経験や環境によって、自分のレンズを通して見てしまっているのを連想します。

良い気分転換になりました。