space-maruオーナーの佐々木さんが、6月30日の講演会の日のイベント案内を作成してくださいました。
私は、『命を繋ぐ手』というタイトルでお話を
させていただくことになりました。
事故の日に遡り、その日から今日までの
ありのままの様子をお伝えしたいと思います。
その中で、私の心身の回復において大きな鍵と
なる、『命のピンチの度に現れる人たち』に
ついて触れたいと思っています。
その人とは、時に家族であり、時に友人であり、時に見知らぬ人でした。
事故そのものは本当に悲しい出来事で、
今でもあの一瞬で乗員乗客合わせて107人もの
命がなくなった事にやりきれない思いを
感じています。
しかし一方で、私が事故に遭ったことで
その後出逢うことになった人たちの存在が
今の私の人生に大きく影響していることも
また事実なのです。
その人たちのおかげで、私はこうしてまた
生きる道を選び、過去の私からすれば到底
考えられないような、事故の経験を話すと
いうことを今しようとしています。
人生において何が正解かなんて答えはないと
思いますが、
私は人との出逢い程、自分の人生を豊かに
してくれるものはないと思っています。
何かのご縁でこうして最後まで読んでくださったあなたとの出逢いに感謝です💕
🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸
イベントでは、菅原芳延さんのサックスLIVE
があります。
実は、菅原さんは我が家の隣りに住む80才を
超えたおじいちゃんなのです。
我が家の自慢は、夕暮れ時が近づくと
お隣からおじいちゃんが吹くサックスの
音色が聴こえてくること。
その音色が聴こえてくると、私はついて
いる音楽を消し、ちょっと手を止めて
しばしその音色に耳を傾けるのです。
たいくんも心地好さそうに風に乗って
やってくるサックスの音色を聴いています。
それはまさに日常の中の至福の時間なのです。
そんなおじいちゃんと奥様の孝子さんに
お願いし、夕暮れ時に私が聴いている音色を
そのままライブで届けてもらえることになり
ました。
お越しになる方は是非楽しみにしていてくださいね😊
6月30日にspace-maruで開催される
さよならパーティにて、ミニ講演会を
させていただくことになりました。
タイトルは『命を繋ぐ手』です。
今、生きているのが辛くて
生きていることに絶望を感じている
自分だけがどんどん
社会から取り残されていく
日々の生活に追われ、改めて自分の
人生を見つめ直す機会がない
こんな方がいらっしゃったら
ほんの少しでも自分と向き合う一歩に
繋がればと願っています。
本案内は、開催場所である
space-maruのオーナーさんが
作成中ですが、一足先にご案内です。
私のプロフィールはこちら↓
社会人3年目の26才の時、JR福知山線の
列車事故で2両目に乗り合わせ
瀕死の重傷を負う。
全身10数ヶ所を骨折。骨盤はパズル
のようにバラバラになり
左脚は折れた骨が脛から飛び出し
医者には元通りに歩けるように
なるのは難しいと言われる。
右手しか動かせなかった
寝たきりの状態から始まった
約8ヶ月間の入院、7度の手術、
リハビリを乗り越え
1年後には車椅子を手放し
2年後には杖を手放し
3年後には歩けるのはもちろんのこと
正座や小走り、ジャンプなど一通りの
ことは全部できるようになり
周りには過去に大怪我をした事に
全く気付かれない程、健康体に。
医者をあっと驚かせる程にまで回復する。
この時、からだの可能性は無限大であり、
また自分のからだは自らの意志で
どこまでも変えていけることを知る。
また、入院中からリハビリの一環として
さまざまな療法やトレーニングを
模索し実践する過程で
生涯、誰かに頼り続けるのではなく
自らのからだに責任を持って
大切に労わり続ける事の大切さに気づき
またそれを自分の生涯の仕事として
伝え続けようと決め
事故から2年が過ぎた29才の時
ピラティスの指導者資格を取得
指導を開始。
同時期に、現京都大学大学院教授の
山口栄一先生との共著にて
『JR福知山線事故の本質〜企業の
社会的責任を科学から捉える』を出版。
知人だけでなく、多くの見知らぬ方々
から温かいメッセージをいただき、
伝えること、伝わることの喜びを知る。
ようやくゴールが見えてきた29才の春
身体と心のバランスが崩れ
重度のうつ病とPTSDを発症。
その後6年に渡って、精神科の入退院を
繰り返し、薬漬けの日々となる。
鬱の波を何度も繰り返し
鬱の時期に入る度生きる力を失い
出口のない真っ暗闇の日々を送る。
35才の頃より精神状態が安定し
鬱の波が次第に落ち着き、徐々に
日常生活を取り戻す。
37才の時、現在の主人に出逢い
翌年の妊娠を期に9年間飲み続けた
薬を全て手放す。
38才の時結婚し、その後出産。
出産に大きく関与する骨盤へのダメージが
大きかったにも関わらず、自然分娩にて
3612gのビッグベビーをスピード出産。
事故以前の「命や自分の人生について
真面目に考えることもなかった自分」が
ある日突然、死の決断を迫られ
またある時は人生に絶望し、
自らの命を絶つことばかり
考えていたが
今度は、自分が命を育む立場に
なったことで
改めて「命とは何か」
また「生かされた自分の使命とは何か」
と考えるようになる。
また心身ともに十分に回復し
一時は願うことさえ許されないと
思っていた女性としての幸せを
日々感じる今
「残された人生は、思う存分楽しんで
生ききろう!
そして、これまで自分の命を
支えてくれた家族や周りの仲間たち
そしてまだ見ぬ人たちに
今度は私が、思う存分貢献して
生きていこう!」
と心に決める。
現在は、家族との時間を大切に
しながら、事故による自らのリハビリの
経験から学んだ
『身体や心との向き合い方』
について、ご縁のある方々にお伝え
している。
一人一人の命、人生に対する
価値観がより強固なものとなることが
社会の安全
個々の健康
ひいては個々を含む社会全体の幸せに
繋がるという信条の基、
自らの事故から今日までの経験を
さまざまな角度から
ありのままにお伝えすることで
その一端を担えるよう、日々
自らの生き方を模索している。
座右の銘は、生きてるだけでまるもうけ
🔸🔸🔸🔸🔸🔸
『さよならspace-maru』
日時 6月30日(土)
12:00 ランチオープン
13:15~14:15 ミニ講演会
14:30~15:00 サックス演奏
15:30までに終了
料金 ランチ+ドリンク=800円
ドリンク単品 200円
※オーナーさんも、お客様と最後の時間を
楽しむということが、今回のパーティの
主旨ですので、普段よりメニューは絞られ
また紙皿などを使用することになる予定です
出入り自由。
ランチは来たい時間に来てオッケー。
ランチのみの参加もオッケー。
講演、演奏会のみの参加もオッケー。
お越しいただける方がいらっしゃいましら、
事前にランチの有無をお聞かせいただけると
助かります。
🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸🔸
私がピラティスやママとベビーのヨガ
のレッスンをさせていただいている
カフェ、スペースマルさんが
6月末で閉店することになりました。
そこで今日は、スペースマルのオーナーの
佐々木さんとお話がしたくなって、
午後たいくんと遊びに行ってきました。
6月30日(土)は、本来休業日なのですが、
最後の日ということで、営業されると
聞き、せっかくなので単に営業するだけ
ではなく、特別な日にしたいよねという話
になりました。
そこで私は、『生きる』というテーマで、
お話をさせていただくことになりました。
JR福知山線事故の2両目からの生還、
瀕死の状態からの奇跡的な救出や、
その後のリハビリによる回復、
重度のうつ病やPTSDによる絶望の日々、
妊娠出産を経て見えた新しい希望など、
単なる一乗客としての私の経験を、
ありのままにお伝えしたいと考えています。
とは言え、こんな経験は初めてなので、
うまく話せる自信は全くないのですが🙏
でも、私はこの事は自分の使命なのでは
ないかと思っていて、まず初めの第1歩
を踏み出そう!と決めたのです。
詳細は改めてお伝えしますが、もしそん
な私の話を聞いてあげるよ!という心優
しい方がいれば、是非30日を空けておい
てください。
もしかしたら、サックスの素敵な音色も聴
けるかもです💕(こちらは相談中😊)
※スペースマルさんは、阪急山本駅から車で約5分程の場所にあります。
私の大好きな時間の1つ。
ピラティスのグループレッスン。
このレッスンの最大の特徴は
別室にて、お子様のお預かりが
可能ということ🎉
さらに、預かってくれるスタッフは
私の母がメインで、
長年のピラティスのお客様
だったり、
母の親しいお友達だったり
私の家のお隣さんだったりと
私がとても信頼している、本当に
素敵な方ばかり。
そしてみんな大の子ども好き✨
だから、初めは玄関のドアを
空けた瞬間から泣いてた子供たちも
今ではすっかり慣れたもの。
自分で階段を上っていく強者の
1歳児も登場。
そして回を重ねた今では
ママがお部屋を離れても
泣かない子がほとんど🎉
ここはとっても安全な空間で
ママも1時間たつと、迎えに
来てくれる!
そんな風に思ってもらえているのかな?
だから、子供を預けることに少し
抵抗のあるママも、次第に
そんな抵抗感からも解放され
自分の心と身体に真っ直ぐに
向き合える。
ママにとっては、子供別室に
預けて行われるレッスンは
とても貴重で、特別な時間と
なるようです

また少人数制なので、お客様同士の
距離もどんどん近くなり
レッスン後に、自然とみんなの心が
開き、本音の話ができる。
モニタークラスと言いながら、
私からアンケートを求めることは
あまりないんだけど、
多くの方がレッスン後に
感想をくださるのも
私のちょっとした自慢です。
さていよいよモニタークラスも
6月末でおしまいです。
ありがたいことに、
継続を希望されている方も
いらっしゃいますので
今後はお客様の声を元に
形を変えて
よりパワーアップした
レッスンをお届けしたいと
思っています。
私のレッスンに興味がある方は
モニター価格でレッスンが受けられる
6月中に、是非一度お越しくださいね。
回数を重ねるごとに
あなた本来の美しさ、強さ、
しなやかさが輝き始めます。
6月のスケジュール
6月4日(月)10:30〜 自宅サロン
6月12日(火)9:45〜 space-maru
6月18日(月)10:30〜 自宅サロン
6月25日(月)10:30〜 自宅サロン
🔸レッスンの詳細・ご予約はこちらから
🔸私のプライベートセッションにご興味の
ある方は、LINE@かメール(chikom0801@
gmail.com)から個別にご連絡ください
🔸LINE@への登録がお済みでない方は、こちらからどうぞ
ママとベビーのヨガ、
今日のレッスンを終え、
もう残すところあと2回に。
終わりの日が近づくたびに、
貴重なこの時期を、ここ で、
皆と共に過ごせたことの有り難さを
じわりじわりと感じてます。
13年前の事故による、瀕死の
状態からのリハビリ、
ピラティス、ヨガなど、
その他さまざまな考え方や
叡智に触れ、学んできたその
エッセンスをお伝えすることで
産後のママの身体の回復に
少しでもお役に立てれば...
.
そんな思いもあって始めた
けど、実際にはベビーちゃん
と一緒にレッスンをしてもら
うとなると、
正直ママの産後の体型を戻す
とか、トレーニングとか、
ましてや骨盤調整(そもそ
も骨盤調整ってみんなどう
いう意味で使ってるんだ!?)
なんて、そんなこと偉そうに
言えたもんじゃない。
.
あっちで、エーン!
こっちでゴツン!
そのたびにママの心は
子供の方へ...
はじめのうちは、これまで
行ってきた、マンツーマン
でのピラティスのセッションと
比べてしまい、
私はママたちのお役に
なんて全然たててない...
と頭を抱えていました。
.
ところがある時、これは
ママにとってもベビー
ちゃんにとっても、
お互いに心地よい癒やしの
時間なんだ。
.
もう、それが全てだ!
.
と思うようになり、
私のレッスンスタイルも
随分変わりました。
.
レッスン中は、私も
授乳するし、たいくんが
泣けば私も彼に気がいく。
それがママの自然な姿だからね。
そんな中で、「こうであら
ねばならない」っていう思
いから解放されて、自分や
赤ちゃん、また周りのママ
や赤ちゃんにとっての
「心地よい」ってどんな感
じかなって、思いながら
レッスンをするように。
そしたら、なんだろう。
ママのリラックスした
自然な笑顔がたくさん
見れるようになり、私
も前のようにレッスン
が終わったらヘトヘト...
なんてこともなくなった。
この時間を心からたの
しめるようになった。
これから自分は大きく
変わっていくと思う。
ママとベビーのヨガを
することももうないか
もしれない。
でもここで一緒に過ごした
全てのママやベビーちゃん
との出逢いとその時間、
経験のすべてが、人生の
財産となり、私の子育ての
原点になるのだと思う。
たいくんが運んでくれた
この素晴らしいご縁の
重なりに感謝💕
今月25日で、JR福知山線の事故から
13年
あの事故から3年程経ったとき
これまで全快に向けて
エネルギッシュに毎日を過ごして
いた自分が
ガソリンが切れた車のように
急にプスっと止まってしまった
外に出かけても、ふと気づくと
家に帰ってじっとしている
新聞を開いても、
内容が理解できない
ずっと続けてきたピラティスも
何がよいのか全くわからない
そのうち、どんどん胸が苦しく
なってきて
気づいたら一日中自分を
責めるようになっていた
どんどんお薬の量が増えて
それでも私のうつ症状は酷く
なる一方だった
危険を感じた母は、私を実家に
連れ戻し
その日から通院以外は
ずっと家の中にいた
一秒一秒生きていることが
苦しくて苦しくて
廊下を行ったり来たり
同じ場所で立ったりしゃがんだり
リビングの床に突っ伏して
唸ったりしていた
生き地獄
そこには、今までとは全く異なる
私がいて
『狐に取り憑かれた人』
そんな言葉がぴったりだった
朝は、かなり早く目が覚める
早朝覚醒というらしい
まだ生きていることに絶望し
また昨日と同じ
苦しいだけの1日が始まった
数ヶ月後のある朝、
目覚めると急に視界が晴れていて
元どおりの私に戻っていた
今思うと、あそこまでの普通
ではない症状は、薬の影響だと思うけど
それでも、そこからまた何度も
何度もうつの大波がやってきた
ある時、精神科の閉鎖病棟に
入院することになった
『私はもう社会のレールから
完全に外れてしまった。
2度と元には戻れない』
心の中でそう呟いて
食事とともに運ばれてくる薬を
毎朝毎晩呑み続けた
周りには多重人格や摂食障害
統合失調症などで苦しむ
患者さんがたくさんいて
中には中学生くらいの少女もいた
みんな波を繰り返していた
昨日まで穏やかだったおばさんに
おはようと声をかけると
『殺すぞ』と睨まれた
私自身も、随分よくなったなと
思っても
気づけばまた同じ病院に
入院していた
入院も薬も私にとって
ほんとは何の意味もない
ただ規則正しい生活には
一定の効果があった
そのうち、私の隣にはいつも
自分を否定する自分が居座る
ようになっていた
事故から、6年、7年、8年、9年...
どんどん月日は経っていくのに
未だ社会に取り残された自分
自分が愚かな人間だからこうなったんだ
ある年の4月25日
慰霊式に足を運び、祭壇の前で
目を閉じ手を合わせた
私は空っぽの人間
人生を左右する事故に遭っても
いまだ命を粗末にして生き続けている
手を合わせる資格もない
きっと亡くなった方々も呆れている
そんな気持ちで慰霊式に行く
ことが続いた
事故から10年が過ぎ、うつ症状が
落ち着いた後も
自分を否定する自分は
いつもそこに居座っていた
うつ状態からは完全に抜け
出していたし、友人とも普通に
会話をしていた
これは病気だとか、事故に遭った
からとかではなく、私そのものの問題
人に相談するような話でもない
事故から10年も経っているのに
未だ、前を向いて進んでいない
自分が心底情けなかった
自分自身も、自分の人生も嫌い
②へ続く
事故から13年目の日①
事故から13年目の日②
事故から13年目の日③
事故から13年目の日④
先月末、一本の電話がなった
誰だろう
相手は知らない新聞記者さんだった
事故の事で、取材をしたい
との事だった
私は、汰緯くんを妊娠し
出産してから驚く程に
本来の自分を取り戻していた
妊娠したことで、再発予防の
為に呑んでいた薬を断薬した
にも関わらず
むしろ心は穏やか、よく眠れる、快便
再発への不安も消え
どこにも問題は見当たらなかった
子育てをするうちに、自分を
否定する自分もいつの間にか
どこかに消えていた
汰緯くんは私たち両親の背中を
見て育つ
汰緯くんにどう育って欲しいかと
考える前に
自分たちはどう在りたいのか
そんな事を日々考えていたら
自分を否定する自分でい続けら
れるはずもなかった
そして汰緯くんが毎日を
一生懸命生きる姿は
何より私の心を癒やし
汰緯くんが、私を必要として
くれることは
私は、ただいるだけでいい
んだという自己を肯定する
力となった
今ならちゃんと自分の言葉で
事故の事やその後の事を話せる
のではないか
そう思って、取材を受けること
に決めた
記者さんは私より数個年下の
男性で、お会いしてすぐに
心が綺麗な人
そう直感した
気づけば取材が始まって
2時間以上経っていた
後日、写真撮影と合わせて
大樹と2人でまた取材を受けた
その後、『ママとベビーのピラティス』
を見学したいとの事で
また記者さんが我が家にやってきた
もう3度も取材を受け
汰緯くんもすっかり記者さんに
懐いている
その間にも電話やメールで何度となく
やり取りを交わした
千通子さんの想いと記事の
内容がずれるような事が
あってはいけないからと
一文一文確認を取ってくれた
『今出来上がっている文章です。』
そう言って送られてくる文章は
毎回、ガラリと内容が変わっていた
『この文章は確かに私の事を
書いているんだろうけど、
少し違和感がある』
初めは少しそんな風にも感じた
文章は、送られてくるたびに
私そのものに近づいていった
記者さんはあの事故のこと
読者のこと、私の事を思いがら
全身全霊で記事を書いている
そんな風に思った
1度目の取材の時、記者さんが言った
『事故現場に行かれるときに、
帯同させてもらえないですか。』
これまで、大樹が何度か事故現場に
行きたいと言っていたのに
そのたびに、聞き流して後回しに
していた自分
記者さんが事故に真摯に
向き合う姿に触れたことで
私ももう一度あの事故に
向き合いたいと思うようになっていた
③へ続く

















