私が今までの人生で出会った最も尊敬すべき教師。それは小学校5~6年のときの担任。
気風の良い女先生でした。
3年4年のときの担任が問題のある先生でクラスが荒れ、我々は学校中の問題になっていました。
一部にクラス替えはあったものの、その問題児の大半を引き継いでの出番。どうなることかと校長・父兄以下皆固唾を呑んで見守っていたそうですが、1ヶ月も経たないうちにこの先生は我々全員の心を捉えていました。
何がすごかったか?まず授業がとにかく面白かった。この先生の授業は本当によく考えられてました。黒板をものすごく上手に使う。突然右端や真ん中から書き始めたり、後ろの黒板を使ったり。まともに左端から使ったしない。でもやがて授業が進むうちにその余白が埋まっていく。そして終業のチャイムが鳴るとき、その黒板はいつも見事に埋まりきり、その日の教えが綺麗にまとまっていました。まるでよく出来た芸術を見るかのよう。だから生徒の方もまともにノートなんかとってられない。でも真剣に先生の芸術を見ていれば頭にすんなり入ってくる。そんな授業でした。もちろん、小学校高学年ですからそろそろ学力差が歴然としてくる頃。ついていけない生徒もいました。でもこの先生はあきらめない。授業は授業できっちりこなし、休憩時間は遅れがちな子の面倒を見る。更には宿題や日記。すべてにちゃんと目を通し、このやり取りを通じて様々なことを教えていく。一人ひとりのレベルに合わせて。
更に明るい。ユーモアもあり、からっとしたいい人柄でした。怒るときは怒る。でも尾を引かない。常にあっけらかんとして、ぶれることがなかった。生徒皆を平等に見てくれました。
そんな肝っ玉母さん先生は、男女の別なく生徒みんなに慕われていました。だから休憩時間もほとんど教員室に帰ってなかったんじゃないでしょうか?プライベートでは主婦も兼ねてましたから帰ったら帰ったで家事をこなし、夜は宿題や日記を見ていたはずですから、いったいいつ寝てたんでしょうって感じです。
そういえば、いい意味で「手の抜き方」も知ってたようなような気がします。たまに日記の返事がおざなりのときもありましたから。でもそれもひっくるめて何か伝わったんですね~アツキココロが・・・。生徒皆を見てくれてた。その気持ちが生徒全員に伝わってた。
この先生は生涯ヒラ教師でした。3年時の強引で生徒の気持ちなど考えなかった見栄張り男教師は、早々に教頭・校長になりましたね。
日本の学校現場は何か間違ってる。その頃から感じてました。
昨年、その先生が亡くなったことを初めて知りました。もう亡くなってから2~3年になるそうです。まだそんなお年ではなかったはずですが。思えば、小学校卒業以降1~2回町でお見かけしたくらいでまともにお礼の言葉も述べてなかったな~。ご冥福をお祈りします。前田先生。あなたは本当に教師の鏡でした。たとえ教育委員会に伝わらなくとも、あなたの素晴らしさは我々あなたの生徒だった皆が心に刻んでいます。しかし、そんな先生の期待を裏切ることなく人生やってるかな~~と思うと大いに疑問の今日この頃です。