教育論(2) | アツキココロ

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広島県在住の経営コンサルタント・児玉学の熱血ブログ。

私には子供が二人(♂×2)います。2人揃って今春受験でした。


中学受験と高校受験。わが子ながら高校はさておき、中学まで受験までさせるとは・・・。いわゆる『お受験』的で正直自分でも好ましくは無い気持ちです。でも残念ながら我々が中学・高校だったときと時代は変わっています。大きな声では言えないのですが、自らが公立中の教師である近隣の方が自分の子供を私立に受験して行かせる時代です。答えは簡単。公立中学教師に公務員の悪いところが如実に出ているからです。曰く「がんばる教師ほど重荷を背負わされて疲れ切り、やがて頑張る気力が無くなる」。曰く「一生涯安泰だから『教師』という職業を選んだ、という人の集合体」。曰く「臭いものには蓋、が最も効果的な対処法と考える」。曰く「子供の成長より自分の出世が大事(子供のことを真剣に考える教師ほど出世しない)」。曰く「レベルの低い子に合わせると授業カリキュラムが全部終えられない」。曰く「頑張ったって、がんばらなくったって、サラリーマンとしての立場になんら変わりない」。などなど・・・。


いつから教師は「聖職」と呼ばれなくなったんでしょうか?

聖職。おかすべからざる聖域にある職業。そんな域に達した公立中学教諭が、いったい何人いるのでしょう?


私の高校時代の親友の一人にいます。確かに「聖職」と呼べる教師が。でも彼は公務員ですから、どこの中学にいる、とは言えない。広島市内、言われるがままに転勤する運命にあります。たまたま彼のような聖職組に当たればいい。でも残りの大半の教師は違うとなったら、子供たちにとってリスクのほうが明らかに高い。

一方の私立は違います。次男が行くことに決めた私立校は、優秀な教師で固められているそうです。(愚妻・談)基本的に転勤も無い。完全な実力主義。優良な塾がなぜあんなにも支持されるか?これもまったく一緒のことだと思います。公立中の、のほほんとした公務員教師はよく考えてほしいもんです。教育現場とはまさに「教師の真剣勝負の場」ですから。


まあでもそうは言いながら、要するに大事なのは授業を受ける子供たち「自分自身」です。


(つづく)