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アツキココロ

広島県在住の経営コンサルタント・児玉学の熱血ブログ。

いよいよ物産展の開催日が迫ってきました。


この物産展の主たる目的は3つ。

(1)この企業の知名度を上げること。

(2)商品の良さを知っていただき、クチコミを広げること。

(3)Web通販(無店舗直販)への足がかりを作ること。


ただモノを売るだけなら、わざわざ東京まで何人もの人を行かせ手間隙かけて手数料を払ってまで行う意味はありません。この有名百貨店本店で行う「県の物産展出店企業」というブランドを最大限に生かす。これが最大のポイントです。


ですから(1)(2)は当然のこと。この企業にとってもうひとつ重要だったのが(3)です。これは経営改革案で新たに出てきた戦略です。

生産の強化のみならず、小売までの一気通貫体制の確立。これがこの企業の経営革新最終ゴールです。そのためにクリアにしなければならない要素がこれまた3つ。

①ローカル性の打破(近隣だけ対象では市場として小さい)

②ノウハウ不足の補完(小売に慣れていない後発組のデメリットを払拭)

③生産・卸を手がける企業のメリット訴求(小売専業でないことの優位性追求)


その上で、更に経営革新に伴うキャッシュフローの悪化を考慮し、出来る限りの既存経営資源の有効活用(今いる人員、今ある設備で出来る限り対応)が求められました。


そこで導かれた解が「Webショップ」。実店舗よりバーチャル店舗が、これらの要素を全て満たすことが出来ます。もちろん、メリットばかりじゃない。バーチャルの良さを知っているライバルも皆Webに進出しています。ここでの競争は、「知っていただく」「実際に購入していただく」「リピーターになっていただく」と言う点で、地域の実店舗の比ではない位の厳しさがあります。


メリットとデメリットの比較です。それでもこの企業にはWebショップのメリットが勝る。そこで、物産展との相乗効果がより重要となる訳です。


物産展開催前に、もう一度私は社長と夫人に対しこの経営革新の枠組みを説明しました。その上で、特に戦略商品をひとつ挙げ、この販促を提案しました。それはその地域に昔から伝わる加工品で、地元の方にはよく知られた商品ですが、全国的には無名。しかし、美味しい。職人が手間隙かけた本物の商品。この「珍しさ」と「美味しさ」と「ホンモノさ」。これが突破口の商品になり得る鍵です。

これを物産展に向けて大量に製作するよう依頼しました。その数1000個。

この企業の歴史上かつてない飛びぬけた数量です。

早速社長は躊躇しました。「そんなに売れるわけが無い」。

期間中の集客数からすると、可能性はある。しかし、あまりに無名の商品だけにその良さを知っていただかないと、全く売れない可能性もある。パッと見の見た目も決して良くない。


でも。これがこの企業ならではの「尖がった商品」だったんです。東京の物産展で、ただ「美味しい食材」を売ったんでは、埋没する。この戦略商品で、強烈なイメージを残しブランド化する。そのためには期間中品切れなど絶対に起こして欲しくない。そんな思いから導き出した数量。

さらにもし物産展で売れ残っても、次の活用法がある。


私は社長に言いました。

「経営革新とは、確かな戦略に基づいてやるべきはやり抜く。やめるべきはすばやくやめ抜く。このメリハリが大事です。どちらも中途半端だと、革新は失敗に終わります。」


ああ。この時に。社長は何と言ったか?

「自信がない」。


・・・・・・。

半ばあきれて、あきらめかけたその時、横で聞いていた夫人が敢然と言い切りました。

「私が責任を持ってやります!!」


私はこのとき半分、成功を確信しました。


しかし。社長の迷走はまだまだ続くのでした。


(つづく)




物産展に向けた準備が始まりました。


主催する百貨店との交渉、商品選択、売り方の型決め、人員配置、更にはこの時期に合わせて立ち上げるホームページの準備・・・・。まさにプロジェクトリーダーとなった社長夫人は八面六臂の活躍です。


そこで、私はその勢いを生かし、社長にもある仕掛けをしました。

東京の百貨店へのご挨拶兼会場の下見・打ち合わせに併せ、関東地区にある同業へ視察の依頼をしたのです。埼玉の奥秩父とかなり遠いのですが、ここがWebで調べたところ私のイメージする生産体制を創り上げている。関東でも評判を呼び、週末には東京や神奈川から遠路来られる熱烈なファンもいるとか。


事前に社長に話しをすると、結構乗り気。よしよし。


そして東京へ。前日に百貨店への挨拶や下見・打ち合わせを終えた我々は奥秩父へ向かいました。

片道2時間半。遠い。でもこれだけ遠くてもファンがつく。

この企業の田舎だって、やり方次第で何とでもなる。私はかえって嬉しくなりました。


そして現地へ。オーナーが自ら生産する現場を見せていただき、商品も試食。最高級品ではないが、美味しさは変わらない。世間の誤ったイメージを打破したい。この製品は最高級品より育成しやすく大きく育つ。味も決して見劣りしない。そう胸を張ってオーナーは言います。

加工工場も見せていただきました。こじんまりとして。でも動きやすそうな作り。基本的にはオーナー一人で作業するそうです。もっと面白かったのが、このオーナーが「脱サラ組」だったこと。その道のプロじゃない。でも好きでまじめにこつこつやってたら、ちゃんとした製品が出来た。消費者にも認められた。そう言って笑っていました。


生産は難しい。誰かに時間をかけて教わりたい。そう言っていた(一応業界のプロ)社長は、このオーナーの言葉をどう聴いたでしょうか?


帰途、社長は何かを考えるようにずっと黙ったままでした。


この仕掛けが社長の心に火を灯けられれば・・・・。私はそう願いながら次の戦略に思いをはせていました。

しかし、事実はドラマのように上手くは回りません。


(つづく)

ちょうどその頃、県を通じてある打診がその企業にありました。


東京の某有名百貨店で毎年開催されるその県の物産展に、今まで出店していた同業者が出店を取りやめたから、代わりに出ないか?とのこと。


経営改革ならば、生産の強化のみならず、小売まで含めた一気通貫体制の構築は不可欠。そのためには、今あるような自社店舗での販売ではなく、商品のブランド化を進めた上での特殊ルート作りが欠かせない。そう思っていた私にはまさに「渡りに船」だと映りました。


その百貨店ならばブランド作りに必ず役立つ。東京の舌の肥えた消費者に、ある戦略加工品を評価してもらえる。もうひとつ、その企業が立ち上げるWebショップの宣伝もできる。・・・考えれば考えるほど良いコトづくめです。


ところが。


社長は逃げ腰です。「自信がない」「その物産展の期間中、通常業務を行う人の手配がつかない」「前の出店者が辞めたのは儲からないからだ」などなど。相も変わらずやる前から「出来ない理由」を述べ立てる。

私はひとつひとつその逃げ口上を戦略に照らし合わせて論破してきました。

その結果何とか社長も消極的賛成に。

でも動きに不安を感じた私は、専門知識はないが会社や商品に対する熱い思いを持つ社長夫人に「物産展プロジェクトのリーダー役」をお願いしました。

夫人は当初「社長を差し置いて」と躊躇しましたが、行おうとしている経営改革上におけるこの物産展の持つ重要性を説明し、何とか承諾してもらいました。


(つづく)

もともと経営戦略として導き出された「自社生産の強化」はどこに行ったのでしょう?


社長に尋ねると、「なかなか難しい。思ったような製品が出来ない。」とのこと。そりゃそうです。生産を主にしてきた先行企業は、その苦しみを乗り越えて今があるわけで、新規参入組がそう簡単に成功するとは私も思っていません。


後発組が追いつくには、後発のメリットを生かさないと。すなわち、先行企業の「真似」から入ること。「真似る」は「学ぶ」の原点。先行企業に学び、先行企業の良さを真似ながら徐々にオリジナリティを追求すればいい。

交流を深めるべき存在として、私がよく中小企業にお伝えするのが「近くの異業種、遠くの同業種」です。近くの異業種交流はよくあるのですが、意外と少ないのが「遠くの同業種交流」。同業であっても、市場が直接重ならない遠隔の同業者は、お互いに情報交流をすることで相互にメリットが生じます。大企業と違って、中小企業はその機動性や人的交流を生かし仲間を増やして共に補完し合うことが大切な鍵になります。


「どこか先行企業で、お互いを高め合える相手がいませんか?」と私が聞くと、「あるにはあるが、その企業に教えていただくには少し時間がかかる。現在の自分(社長)の業務を放り投げてそれに時間をかけることができない」との事。


・・・・。

戦略と合わない小売店にはかける時間があって、戦略上最も重要な生産力強化に充てる時間が無いとは・・・。


体の良い逃げ口上ではないかと見た私は畳み掛けます。

「じゃあ、社長の今の業務を誰かに任せていけばいいんじゃないですか?組織の成長とはそういうもので、社長は新しい生産を学ぶ。そのために今の社長の業務を社員に教えて任せる。任された社員の従来の業務は又その下のスタッフに教え、任せていく。これでいいじゃないですか。」


それでも「お金を扱う業務(市場からの買い付け・競り)や現在の生産管理の仕事は、すぐに社員には任せられない」と否定姿勢です。

確かに「お金」が絡む業務は、間違いがないような仕組み作りが必須です。でもそれは、企業が大きくなる過程でいつかは通らねばならぬもの。それが今、というのならそうすれば良いだけです。現在の生産管理が社長個人の力量に過度に依存しているのも確かですが、それを脱却するのも大切な社長の仕事です。いや、いつまでも社長が現場の仕事にかかっていると、大事な判断業務がおろそかになります。(現実まさにそうなっている。)

出来ない理由を並べたてるのではなく、「どうやったら出来るか」を考えること。ここが経営改善の原点です。


しかし、社長は否定の姿勢を崩しません。


そして更に恐ろしいことを言い出しました。

「生産を強化してもそれがすぐに市場に評価される保証はないし、こちらが力を注いだところで、その卸価格が今以上に上がるかどうか分からない。卸先も景況が厳しいし、当方の目指すブランド価値をこんな田舎では評価してくれないだろう。」


戦略ですよ。戦略。生き残るための戦略。その戦略に対する自己否定。それが一体何を生み出すと言うのか?

「じゃあ社長はどうしたいんですか?」

私は怒りを押し殺し静かに尋ねました。


「それが分からないから貴方に頼んでるんじゃないですか。」


・・・・。

やりもしないうちから「出来ない理由」のオンパレード。

そのくせ戦略にそぐわない従来の切るべき事業には固執して、貴重な経営資源を浪費する、この感覚。


「分からない」?そうか、戦略の持つ重要性が分からないのか。

そう思い、もう一度簡単にこの戦略に至った経緯を思い出してもらいました。


でも。一通り確認した後に出てきた答えは「自信が無い」。


私はクライアントに「自信満々」であることを求めません。むしろ、謙虚であることは、経営者の重要な要素のひとつであると考えています。「自信」なんて、走りながらつければ良い。自信がないから「やらない」ではなく、自信がないからこそ「やるしかない」。


よし、ならば「やらざるを得ない体制づくり」をしよう。そう決意した私は、当初の「経営改善」ではなく「経営改革」「経営革新」に舵を切り始めました。


(つづく)

結局、社長の意見を聞き入れ(というか社長の会社ですから。結局最後は経営者の意思です。コンサルはどこまで行っても支援者でしかありません。)その小売店は1年間様子を見ることになりました。

私と交わした約束は「1年経って黒字化できなければ撤退」。

・・・この約束をしてから、社長の迷走が始まりました。


何が何でも売上を上げるため、自社伝統の主要商品以外の取り扱い商材仕入を急増。小売部門の帳合でなぜか他の店への卸売りの数字も計上。ご自身も頻繁に店に赴き、あれやこれや指示を出す。

その結果、当初不慣れな小売に対処するために採用したベテラン社員は、社長と意見が合わず退職。その後自社加工部門の優秀なプロパー人材をあてがいましたが、この人も慣れない業務と社長のころころ変わる指示と売上が伸びないことへの叱責から、心労が重なりダウン。

最後には、社長の父親の人脈にあった小売の専門業者から人材派遣を受ける始末。

この人材派遣で来た人が言いました。「おたくの卸部門からの商品提供はいらない。値段と品質がこの店に合わない。」


・・・・ん?何のためにこの小売店をこの会社が直営したんでしたっけ?

生産から卸・小売までの一気通貫体制づくり?でも自社扱いの商材を扱わないなら、単なる小売店事業を新たに立ち上げたことと何ら変わりない。ノウハウの蓄積?。外部の人に頼っていたって、いつまでたってもこの会社にはノウハウは残らない。


それでも社長はめげません。「従来の卸売り先への販売で売れ残ったモノをさばくルートとしよう。」売れ残りは取引先の需給バランスや催事との絡みの問題であり、モノ自体が悪いわけではないので、その考えはありでしょう。でも同じ地域、同じ店舗小売形態で、他で売れ残る商材がなぜ直営店で売れるのでしょう。地域性・季節性、様々な要素から売れ残ったわけで、同じ形態では売れる道理が無い。こういう場合本来は、別の仕掛けが必要です。

でも社長は押し込み納入。売れないと現場のせいにする。派遣された人材ともどんどん気持ちが乖離していきました。


結果は?

1年経って売上は伸びましたが、やはり赤字からは脱却できません。


その間、社長は小売店の低迷を糊塗するかのごとく、又別の迷走を始めていました。


(つづく)


まず最初にこの社長が犯した間違いは、「捨てるべきものを捨てきれないミス」です。


現在の卸業務だけでは将来が見えないとき、川上(製造)に領域を伸ばすか川下(小売)に領域を伸ばすか、はたまた新たな商品を扱ったり新市場開拓に乗り出したりするか、などの対策をとる必要が生じます。


この会社の社長は、外で人付き合いをするよりどちらかと言うと内で黙々と仕事に打ち込む職人肌のヒト。製造の経験は乏しかったのですが、その性格と市場を見たときに「伸ばすべきは川下より川上だな」と直感しました。大手と同じ製品を作る必要はなく、むしろ大手では効率の悪い丹精こめた製品を作り出すことが出来れば生き残れます。もちろん、川上も川下も競合はたくさんいます。でも勝てる可能性は川上の方が高い。社長自らに聞いても、同様のビジョンを語る。コンセプトも固まった。さあ、川上強化だ。そう思ったときに、ちょいと邪魔な存在がありました。


直営小売店。1店だけ。安売りがメインの業務用スーパー内のインショップ。何でもその店の運営主体が従来の卸先の1社で、現社長のお父さんが役員を務めていたため、特別にテナントとしておはこが回ってきたのだとか。


慣れない小売業務に当初から四苦八苦していました。しかもお店全体の「安売り」というコンセプトが、現状分析から緻密に導き出した戦略(手作り高級路線)と、そもそも合わない。

そして何より毎月「赤字」。


私は宣言しました。「今から在庫が増え、キャッシュフローは当分厳しい状態が続きます。わずかとはいえ赤字の部門を残すのは良くありません。しかも、今から目指す戦略に店自体が一致しません。いずれ小売に進出するのもいいですが、今はまずいです。限られた経営資源を分散させることになるこの小売店は速やかに閉めてください。」


当時まだ開店して半年くらい。社長は言いました。「せめて1年間見て判断したい。」「その間に黒字になったら別に問題はないですよね。」「小売ルートを自社で持つメリットもありますよね。」


・・・・。私は嫌や~な予感がしました。このセンス。この優柔不断さ。捨てるべきものを捨てるべきタイミングで捨てきれない判断力の甘さ。

確かに社長の言い分にはすべて一理あります。

「半年」という期間は、食品業界にとって大事な「季節値」がまだ見切れていない。春夏秋冬1サイクル回して初めてどういうものか判断できる。

キャッシュフローだけで言えば、確かに黒字化すればマイナスは無い。

生産・卸の会社にとって、エンドユーザを直接つかめる「小売」までルートを持つことの意義は大きい。


でも。しかし。


違うんですね、これが。


何度も言います。

中小企業は経営資源が乏しいのです。

そして「時間」は有限なのです。


(つづく)


卸売業は今、「中抜き」と言われてその存在価値自体が問われている時代です。


もちろん「仕入機能」「物流機能」「保管機能」「金融機能」等、従来卸が持っていた機能が必要なくなったわけではありません。しかし、川上(製造業)も川下(小売業)も徐々にその機能拡大を図っていた結果、中間の卸業の存在価値が相対的に低下してきたのです。


ある食品関係の卸会社があります。

長年県外の産地から現物を仕入れ、その現物を短期間在庫し出荷前に一次加工して地元小売店に卸す、と言う仕事をしてきました。新鮮なまま在庫し、一次加工にも一定の技術が必要であるため、地元では2番手規模の歴史のある名の知れた存在でした。


ところが、全国大手が輸入物を含めた圧倒的な物量と価格支配力でその地域にも進出してきたため、急速に業績が悪化。何とか手を打たねば、4代続いた会社もここまでとなってしまいます。


そこで私は経営コンサルタントとして現状分析を行い、進むべき方向を定めました。


こういった場合、コンサルは何をするのかと言いますと、まず客観的なマクロ環境を見定めます。マクロ環境とはその業界なり分野なりを取り巻く「政治性」「経済性」「社会性」「技術性」といった時代に即した幅広い状況把握です。

次にその業界の構造を見極めます。同業、仕入先、納入先、新規参入、代替品といったあらゆる観点からその業界自体の潜在的競争状況をさぐります。

次に市場環境を見極めます。その際には「顧客」だけではなく、「自社」「競合」の3つの相関関係を見定めることが重要になります。

そして更に「内部環境と外部環境の強み・弱み、機会・脅威」を明確化し、最も自社にとって重要な「成功要因」を導き出します。


特に重要なのは最後のミクロ環境分析で、マクロ的には様々な解が出てくる業界や市場でも、ミクロすなわち「自社」で出来る最良の解はせいぜいひとつかふたつしかないのが通例です。なぜなら、中小企業は経営資源(ヒト、モノ、カネ、情報など)に乏しいからです。その限られた経営資源を、誤った順番で使ってしまうと、ひとつひとつの打つ手自体には間違いが無くともトータルで見るととんでもない結果を招いてしまうわけです。


さて、件の食品卸業者。経営者と緻密に何度も会議を重ねた結果「自社生産の強化」という途が最もこの会社に適した解だとの結論に至りました。

ところが、自社での生産を強化するには「在庫の長期化」と言う問題が出てきました。在庫期間が従来にないほど長引くため、資金ショートの恐れもある。しかし、ここは「カネ」という経営資源を外部から借り入れてでも行うべき局面です。そこで、どこまでなら持ち応えられるかシミュレーションし、慎重な経営を行うこととしました。


・・・と、ここまでは良かった。本当にしっくりくる解が見つからない企業もあるのに、比較的明確な「改善」(後に「改革」が必要となりましたが)策が見つかり、後はそれを速やか且つ精力的に実行するのみ。私はそれなりに気持ちを新たに実行支援を行おうと準備を進めていました。


まさかそこから、この会社の社長が次から次へと繰り出すことになる間違いの嵐に巻き込まれるとは思いもせずに・・・・。


(つづく)

逆に、大きな暴力なのにやはり本質をついていないと感じる事例もあります。


北朝鮮がミサイルを発射しました。ロシア領海内に着弾したそうです。普通は最も抗議し、場合によっては戦争に突入するほどの怒りを覚える国は・・・ロシアのはずです。そのロシアが国連安保理の非難決議案に最後まで反対しました。明らかに、北の事前通告を了解していたのです。こんなことは当たり前。なのに、事前通告がなかったとか、地元住民が怒っているとか。マスコミの観点ずれまくりです。


中国も当然事前通告受けて、納得済み。そう見るのが普通です。北の暴走で、中国の立場が無くなった?あり得ません。本当に中国が反対して、それでも中国の面目丸つぶれにしてでも北が強行する?普通に考えればそれは無い。北は常識が通用しない?とんでもない。彼らは極めて打算的且つ合理的です。本当に周囲の国から見捨てられたわがままな国は、例えば数年前のアフリカ・ウガンダのように、あっという間に政府転覆です。ロシアも中国も、北が韓国と一体化して民主国家になってしまうより現在のジョーカー的存在の方が都合がよいのです。そこにうまく乗っかっているのが北。ただそれだけです。


北にとって一番気になる存在は、アメリカです。そのアメリカにとって一番大切なのは自国の防衛です。テポドンはアラスカまで射程内ということで多少は気にし始めましたが、まだアラスカのそれも一部だけが射程圏。本当の危機感には至っていません。同盟国の韓国や日本の安全は更にその次です。

そうすると今回のテポドン発射で、最も怒り反発しても世界中から納得される国は・・・、日本以外にはありません。韓国は同一民族国家で、基本的に融和政策だからです。元より、韓国が攻撃の対象なら長距離弾道ミサイルは余り必要ありません。


ところが。日本の意見が世界で意外と通らない。なぜか?日本の危機が他の国から見て、あまり連鎖しないからです。資源はもともと無いから頼られていない。工業製品は輸入されているが、他国製品でも代替は利く。技術力に一部弊害が出るかもしれないが、これも中長期的に見れば何とか代用が利く。イランやイラクの問題が世界中に大きな影響力を与えるのは、石油があるからです。極東に何か有事が起きても、実際に他の国が受けるダメージは以外に少ないんです。


そんな状態の中で、日本はどう対処すべきなのか?この問題の本質は実はそこにあります。日本は世界を上手く巻き込めていない。アメリカだけは世界の警察を自負していますし、日本への対応次第で他の同盟国が自国に対しどうするかじっと注視されていますから、まあ有事があった場合には動いてくれるでしょう。


でもその他の国は?アメリカが働きかければアメリカに義理立てして一応は動いてくれるでしょう。でも日本のためじゃない。日本がのど元に刃を突きつけられているのに、本気でそれを心配してくれる国が他に無い。これこそが北の強みなのです。そこを冷静に計算した北は、「日本ほどの経済大国でもミサイルひとつで右往左往させられること」を他の潜在戦備増強国にPRしています。これで北朝鮮製ミサイルを売りやすくしているわけです。「貧乏な国でも裕福な国を脅すのにかなり効果的だぞ」と訴求している訳です。


北は、あれだけあきれた国政を行って世界中から孤児扱いされていますが、実際には中国・ロシアが何かとカバーしてくれる。同民族国家の韓国も融和策だ。日本は靖国問題等で韓国・中国とも関係が良くない。他にも日本を尊敬し、何かあれば我がことのようにカバーしようと言う国は皆無。アメリカは日本以外にも沢山の同盟国があり、更に何をおいても最後には自国優先。(まあ当たり前ですが。)孤児である北に対し、実は日本も結構寂しい。それが北を助長させています。太平洋戦争時の補償の話しでも出せば、世界中は日本と北はどっこいどっこい位に見る。北の行動や言い分が盗人の論理なのは明白なのに、それでも日本は圧倒的な優位に立てない。・・・そこをうまく突いて、自国ミサイルの販促PRに利用している訳です。


なのに、マスコミは「国連の枠の中で解決を目指すべきだ」とか「ミサイル迎撃力アップのための防衛費増強」だとか両極端な反応を示し(これを右往左往と言います)、挙句に「非難決議案を何とか採択できたから、世界中の国が日本の立場に同意してくれた」などと言い始めました。


違う、違う。対処療法は問題の本質を突いていない。世界における現在の日本の立場の脆弱性からの脱却。これがこの問題への本質的対応です。


しかし、ここで「暴力には暴力で対抗」とすると間違い。世界の尊敬は得られません。国力とは、イコール戦力ではない。「他国から尊敬される度合い」なんです。ピッチ上での暴言に対し、頭突き行為に及んだスター・ジダンが尊敬に値しないのと同様に、経済大国である日本の安易な暴力への依存は逆効果。ここがポイントです。日本はこれを機に、世界を巻き込んだ「喧嘩上手」にならないといけません。


インド建国の父、ガンジーは「非暴力」で世界中の尊敬を集めました。暴力は否定しましたが、明らかな「喧嘩上手」だったんです。喧嘩に勝つ方法は実は腕力とは全く別物なんです。もちろん、その背景に「力」は必要です。ガンジーは民衆の「数」の力を使いました。ハンガーストライキやデモ行進の力も使いました。あくまで「戦った」のです。圧力を受けて「戦わない」のでは、誰からも賛同を受けません。


だから日本は毅然と戦わねばなりません。今回の北のミサイル発射は、実は拉致問題も含め手詰まり感のあった日本の対北戦略を大きく前進させられる重要なターニングポイント。そんな出来事なんです。それを「防衛問題」や「安全保障問題」といった軍事的課題のみに矮小化しては、北の思う壺です。ここを間違ってはいけません。


ガンジーは、抵抗運動にたまりかねて行ったイギリスの実際の暴力による干渉を、かえって自分達の優位性確立に利用しました。


今なら、北の暴挙を肯定する国はありません。この暴挙を上手く逆手にとり、日本は世界の賛同を得る「力」を行使しなければなりません。

世界は決してお人好し国家を尊敬はしない。誰もが認める場面で誰もが納得する「力」を行使することこそが、最大の尊敬を集め、引いては国力増強につながる。この大きな暴力に対する、課題解決の本質は正にここにあります。


日本のミサイル迎撃に匹敵する効果的な武器は何か?経済制裁以外にありません。国全体への経済制裁は、かの国の何の罪も無い一般市民を更に貧窮に追い込むだけ?それも本質をついていません。経済制裁しないで、金正日政権を生き永らえさせても貧困は改善しない。確かに経済制裁をすれば今以上に国全体が貧窮するでしょう。でもそれは、日本が行える唯一最大の武器なのです。それを行使しないで、ただ世界の憐れみを請おうとしても、ムリ。世界は日本を尊敬していない。経済制裁しなくても尊敬しない。それよりも世界中が納得するこのタイミングで、毅然とした対応(すなわち経済制裁発動)をとるほうが、まだ尊敬に値する。国連の支持も重要ですが、まずは日本だけでもすばやく動く。どんどん力を行使する。


その上で、日本だけでは効を奏さないと言われている経済制裁の効果アップ策に動きます。そこが力の行使の持つ本質です。北に対する経済制裁に反する行為を行った第三国にも経済制裁を実行する。それしか武器はないんですから。確かに日本の経済にも悪い影響が出るでしょう。でもそれでも行う。その毅然とした対応と、同時にその正当性の理解を深めるための拉致問題のアピール。これに勝る武器はありません。だから戦っているんだと。協力してくれと。こうして少しでも多くの国から「尊敬」と「納得」を得ること。


喧嘩はやるからには勝たねばなりません。北の逆切れによるミサイル打ち込みの可能性?それを恐れず行うから、他国の尊敬が得られるのです。もし北がそれを実行したら・・・。間違いなく北はその瞬間に負ける訳です。それを踏まえて勝ちに行く。これが今回のミサイル問題への本質的対策です。

最近、物事の本質がずれてる話をよく目にします。


私のコンサルティングの基本は「物事の本質を見抜き、その本質を改善する」こと。だから、本質がどこにあるか常に見極める癖がついていまして、その本質からずれた議論はどうにも違和感が消せないんです。


サッカーのW杯が終わりました。

自分で言うのも何ですが、私はっきり言ってかなりのサッカー通です。日本でサッカーが注目されるJリーグ発足より前から、仲間とサッカーチーム組んでたくらいです。(と言っても本格的に習ったことはないが。)W杯も古くは高校時代から見てました。(ただしその頃の情報源は主に雑誌。)当時は今回のW杯実行委員長だったベッケンバウアーがバリバリの現役で、「リベロ」というポジションに「何じゃそりゃ?」とか友人達と意見交換してました。だから、ペレこそリアルタイムでは知りませんがその後の有名選手は軒並み見たり聞いたりしてきました。クライフ、プラティニ、ジーコ、マラドーナ、ストイコビッチ、などなど・・・。皆心に残る名選手です。今でもそのプレーが目に焼きついてます。

マラドーナは、現役最後あたりで薬物に手を出したり引退後も奇行に走ったりと決して場外の態度は誉められたものでは無かったんですが・・・。でも私の記憶の中で、彼ほど試合中に執拗なファウルを受け続け、それでも決して切れずに都度黙々と立ち上がり、フェアプレーに徹した選手はいません。


彼は全盛期、ファウルでしか止められないと言われていました。だからその受けるファウルの強さや数の多さは半端じゃない。何度も何度も蹴られ引っ張られひじ打ちをくらい・・・当然口での攻撃も並じゃなかったでしょう。相当にひどいことも言われ続けていたようです。でも決して反則に反則で返しやしなかった。


何が言いたいか、もうお分かりですよね?


今大会のジダンに、私は猛烈な感動を覚えていたんです。彼は前述の歴史に残る名プレーヤーの一人に確かになっていたんです。あの決勝の延長10分までは。


あの瞬間、何もかもが崩れ落ちました。彼は全てをぶち壊したのです。

フランスの優勝も、彼自身の名誉ある引退も、W杯の輝かしい歴史も、全てのサッカーと言うスポーツを愛するファンの夢も。

・・・今でもあの瞬間を録画で見るたびに嫌悪感を覚えます。


ところが、その後本質を履き違えた論争が巻き起こりました。

「ジダンがあれだけ切れるのは、相手のマテラッティが相当ひどいことを言ったのだ。だからジダンだけが悪いんじゃない」「そして「人種差別問題」へのすり替え。

いつの間にか、マスコミ全体がジダンを擁護する論調になってしまいました。


私は違和感が消せない。人種差別?いけないに決まっている。でも今回の問題の本質はそれか?ジダンほどの世間に影響力のある人間ならほかにいくらでもそれを改善するための活動は出来ます。

言葉の暴力は時に実際の暴力より相手にダメージを与える?そりゃそういうこともある。でも今回の問題の本質はそれか?ことはサッカーの試合中に起こりました。サッカーというルールの定められたスポーツの試合中のやり取り。サッカーのルールに「相手に言葉を発してはいけない」というルールはありません。でも「相手の体に向けて故意に体をぶつけたりしてはいけない」というルールは厳然と存在するのです。


今イスラエルとアラブ間で起きている戦争の本質は何か?人種問題です。それを言葉で解決できないからと言って、相手を暴力で倒そうとしているのが正当化されるのか?


小さな暴力をヒーローが行えば正当化されて、大きな暴力を国行えば世界中の非難を浴びる。規模も背景も又全く違うように見えますが・・・本質は同じはずです。


サッカーは国同士の争いを平和的に行うために発達したスポーツとも言われています。だから余計に今回のジダンのした行為は罰せられなければならない。彼をこの件で認めてはならないのです。彼はサッカーのそれも最高の舞台、最高の場面で、最悪のファウルを起こした。それが本質です。悪口を言われたのでしょう。心が深く傷ついたのでしょう。でもそれは何の理由にもならない。サッカープレーヤーなら、サッカーで返さなければ。それこそが、ジダンの誇りを最も守り、マテラッティを最も罰せられる最良の選択肢だった。それは本質を見極めるヒトにはすぐに分かることです。そうしなかったからこそ、彼は罰せられる。ただそれだけのことなんです。


それを人種差別問題に摩り替えたり、言い訳をしたり、あげくは「あの行為を恥じてはいない」と言い切ったりする。そんなジダンは本当に見たくない。何度も純粋なサッカーファンを裏切らないで欲しいですね。

そんなけなす社風の中、私はなぜ2年半も自分をコントロールできたのか?


思い返すと、かなり私は恵まれていました。


私の転職早々に、公私混同の疑いをかけられけなしの犠牲になった支社長代理。この方は「人事労務」の専門家でした。急に辞められたため、拠点の中で人事労務部門の専門家がいなくなってしまい、前職で求人広告の営業をやっていた関係から何とコンサルの経験0であった私が急遽その座を占めることになりました。

求人・採用等については確かにプロでしたが、他は「?」。幸いにも前職場で行われていた人事評価制度(「職能等級制度」ってやつです。)を取り入れたいというクライアントが当時多かったこともあり、この人事制度を核としてにわか専門家になり切りました。


といってもさすがにクライアントに向けて失礼がないよう、会社側は別拠点にいた専門家を私の上に付けました。この専門家が、当時九州の支社長代理。この九州支社が実は当時もまだ残っていた数少ない「誉める拠点」だったんですね。支社長代理自身人の良い方で、私を実に上手に誉めてうまく使ってくれたんです。(実際には自分が何もしなくて良いためにやっていた部分もあるようですが、私には決して嫌なことではありませんでした。)


ですから集団で行う総合経営診断でも、私だけは自分の拠点内のいざこざから離れ、九州支社長代理と個別に仕事を進めることが出来たわけです。この九州支社長代理とクライアントの期待を裏切らないよう実務と並行して猛勉強した私は、1社の診断が終わる頃には何とか一人前の人事労務コンサルになっていました。

自分の拠点にはうんざりしてましたが、人事労務の担当コンサルが他にいなかったため、いつも私は「治外法権扱い」みたいな感じで、けなしの渦中に入らなくてすみました。


又、同時入社した仲間が実に私と価値観の合う人で、その彼と互いに会社とは違う夢を共有できたのも幸いしました。この腐った職場も夢を実現するための土台にする。そう思えば、勉強できることはたくさんありました。上層部がくだらないけなし合いに終始している間に、腐るほどある専門書籍を読破し、実コンサル現場に出ては自らを鍛えていました。(会社にいるといやな気分になるので、余計に現場に出てました。)


少数ながらいた共通の価値観を持つ女性のスタッフにも助けられ、思い返せば本当にいい勉強が出来た2年半でした。


コンサルタントしての土台作りもそうでしたが、何よりも「けなしの嵐の中でも揺るがない価値観を培うことができた」、それが一番の勉強だったように思います。そして、それが出来たのは九州支社長代理、同期、友好的な女性スタッフたちの暖かい「誉めの言葉」のおかげだったことは、間違いありません。