鍋の後に鍋を
BRAVEの忘年会が終わり、満腹で帰宅。
帰宅途中、河川敷の練習で思うように走れなかったことがどうしても納得いかず、これから走りこみの量を少し増やそうと計画。さらには速筋ももっと鍛える内容に変えていこうと。
甲斐拓也あんなんじゃないだろ。。。と思っていたらだんだん火がついてきて、深夜0時だったが自宅の道場へ。
そして打撃と筋トレを。
2時間ほど汗を流したら気分もスッキリ。
そしたら今度は無性におなかがすいてきた。
前夜の牡丹鍋の残りの具材があったので、その時間から牡丹鍋を。
こんな深夜に今からパワーつけてどうすんだと思いながらも、ガッツリと。
明日からは走りこみの回数も増やしていこう!
(前日のブログで、サビた時につけるのは、何とか99じゃなくてクレ556やろ?とご指摘あり。ありがとうございます、それが言いたかったんです 笑)
BRAVE忘年会
今日は午前中は救急センターで公務。
当番医の任務を終えて、戦闘態勢を整えて北千住のBRAVE本部へ、スクランブル発進!
本部に到着するとスパーリングの真っ最中で、道場内は強烈な“気”に包まれていた。
熱い!
3時からはみんなで荒川の河川敷へ。
まずは河川敷までランニング。
全然温まってない自分の脚部の筋肉はそれだけですでにピクピクと黄色信号。
河川敷のグラウンドで、ダッシュを20本。
こうして写真で見ると、こういうのっていいなあ。。。
でもさすが崇太郎さん(裸のかた)は何をしても身体能力が高い。
自分(赤いシャツ)は子供たちと同じじゃないか。。。(笑)。
この後、2キロのランニング、さらに今度は負け残りダッシュ。
で、またランニングして道場へ。
全然走れなかった16年ぶりの荒川の河川敷。
自分は16年前、この河川敷を訪れた時よりだいぶ成長していると思っていたが、河川敷もそうはさせじと自分の行く手を阻むような洗礼を浴びせられた感じだった。
自分は最下位だったので、“爽快”とは決して言えないが、鍛えてまた挑んでみたい、いや、挑まないといけない課題を残した河川敷だった。
自分は中学高校で陸上の短距離、大学でラグビーをしていたので、ガンガン行きたかったところだが、使っていない期間にちょっとサビついてしまっていた。
だからまずはサビをとらないとな。
誰か“何とか99(だっけ?)”持ってたら貸してください(笑)。
そして着替えてから電車で保木間の天然温泉じゃぽんに移動。
みんなで温泉で疲れた身体を癒した。
そして、忘年会開始。
乾いた身体にビールがうまい!
忘年会といえば鍋。
自分たちで鍋に具を入れていくのだが、北千住本部の選手のかたが作ってくださった鍋はこんなにきれい。
お店の鍋みたい。
しかも、ダシが出る順番、味がしみ込む順番に順序良く具を入れておられた。
まさに鍋もプロ級!
走りがダメダメだったのと、天然温泉のつかり過ぎで、自分はこんな表情。
最後にみんなで。
今の時代、なかなか忘年会といっても人の集まりって普通あんまり良くないもんだが、やっぱり宮田代表の求心力ってすごいな。
BRAVEは、練習も、飲みも、すごい盛り上がり。
また明日からがんばっていこう!
最強パワーフード 牡丹鍋
昨夜は、遅い時間から家の中でトレーニングを。
昨夜は満月。月の光を浴びて、野獣に変身(笑)。
最初にシャドーを。
そして最後に有酸素運動のヒンズースクワットを。
最近なかなか忙しくて、ヒンズースクワットできる日も週1回くらいになってしまった。
でも最近は1000回を意外と楽に出来るようになった。
さらに遅い時間から晩ごはん。
11月15日からイノシシ猟が解禁したそうで、解禁早々、狩猟したてのイノシシの肉が送られて来ていたので、早速それで牡丹鍋を。
白菜にしみこんだ味噌と肉の味が最高。
これ食べると、身体の中から、“カ~!!”っと来る。
イノシシの狩猟期間はこれから3か月間のみとのことで、毎年この季節のお楽しみのひとつ。
この季節の最強パワーフードだ。
今日は祝日だが、午前中は市の救急センター当番医を。
午後からは北千住に出撃し、BRAVEの忘年会へ。
まずは朝から任務に行ってきます。
この風貌で、今日は救急センターの当番医と言ってもかなり説得力無い。。。(笑)!?
明日はBRAVEの忘年会
まだ11月だが、明日はBRAVEの一足早い忘年会。
12月にDEEPに出撃する選手がおられ、いろいろ忙しくなるから、今年は11月に忘年会をおこなうとのこと。
忘年会は明日の夕方、足立区でおこなわれる。
すると。。。。明日忘年会の前に北千住BRAVE本部に集合して、北千住の荒川の河川敷でみんなでトレーニングをするから集合!との召集発表が。
自分は、社会人一年目の就職先は北千住だった。
昼休みには荒川の河川敷によく行ったもんだ。
長い昼休みだったので、昼休みに河川敷を走ったことも何度もあった。
あれから16年。
こんな形で荒川の河川敷に帰ってくることになるとは思わなかった。
あの時、いろんなことがあり、その想いをブツケに足を運んでいた荒川の河川敷。
自分は現在こういう形であの時よりいろいろ成長したが、あの時の河川敷がどう変わっているか、ちょっと楽しみ。
明日は、午前中、自分は市の救急センターの当番医。
午後から河川敷でトレーニングして、
夕方から忘年会。
う~ん、有意義な一 日になりそうだ。。。
友人の結婚式で藤沢へ
今日は午後から友人の結婚式で藤沢へ。
新郎は、自分が出稽古にいっていた東京理科大学柔道部の3大巨頭のうちのひとり。
藤沢という街は行ったことがなかったので、入念に電車の乗換えを調べていった。
年間ほとんど電車に乗らないので。
湘南新宿ライナーという電車に、大宮から1時間半も乗る。
自由席のグリーン車というのがあり、そこに座れば電車の中でゆっくり仕事ができると思い、ワザワザパソコンをゼロハリバートンの頑丈なアタッシュケースに入れて持っていった。
この忙しいときの90分は貴重。
絶対座って仕事をしたかったので、一本電車を遅らせてまで、最初に乗れるように列の一番前に並んだ。
電車に乗り、ギリギリ座れてホッと一息。
出発まで数分。
その間に続々乗ってくる人で席はいっぱいに。
すると、そこにひとりの腰の曲がったおばあさんが。
ちょうど席はうまり、おばあさんの席は無い。
すると、おばあさんはしょうがなさそうにこちらに向かって歩いてくる。
たのむ、来ないで!という自分の念力も通じず、カジノのルーレットばりにピタリと自分の席の前で止まるおばあさん。
もう、どうすることもできず、
「ど、どうぞ。。」と泣く泣く席を譲る自分。
これじゃあパソコン持ってきた意味ないよ。。。(笑)。
そんなこんなで藤沢に到着。
披露宴会場は暖かい空気に包まれていた。
新郎のご両親と。
新郎新婦と一緒に。
今日は席でゆっくりお食事を。
いつもの九州の結婚式だと、いろいろな出番があり、自分はいつも常にスクランブル発進状態でほとんどお食事を食べられないことばかり。
一品も手をつけられなかった披露宴もあったくらい。
式の後、会場の外でなぜか後輩たちから自分が胴上げを受けたこともあった。何故だかはいまだにわからないが(笑)。その直後に乗り込んだタクシーの運転手さんに、あなたはどう見ても新郎っぽくないけど、どうして胴上げされてたの?と聞かれ、あの時はホントに返答に困ったなあ。。。(笑)。
幸せな宴は、夜中まで続いた。。。
BRAVEグッズを購入した
金曜日は、プロ育成練習の日。
前半は打撃のスパーリングを。
後半はレスリングの練習を。
レスリングは、まずは差し合い、そしてタックルの打ち込みを。
その後、技術の練習では、タックルでガブられた時そこから抜け出し相手のバックを取るまでのムーブと、相手と接近した位置から相手のバックを取るムーブ(宮田スペシャル)を反復練習。
自分はケルビンとの試合のときタックルをガブられまくったが、そうか、こういうムーブで抜けてバックを取りに行けばよかったのかと、非常に勉強になった。
そして最後にレスリングのスパーリングを。
全メンバーの中で自分が一番息が上がってしまっていた。
道場の中の二酸化炭素の90%くらいは自分の口から出たんじゃないかと思うくらい(笑)。
いっぱい練習して早く身体を慣れさせないとな。
練習後、崇太郎さんと初めていろいろとお話をした。
よく、その業界で雲の上の人とは恐れ多くてなかなか会話できないというのがあるが、最初まさにそんな感じだったが、いろいろとご指導いただいた。
今日は、BRAVEのグッズを購入して帰った。
BRAVEのスウェットパンツ。デザインかなり格好いい。
写真だとわかりにくいが、いくつもポケットがあり、便利。
後ろにもデザインが施してある。
通販でも買えるみたい。
詳しくは宮田先生のブログから。 http://kazuyuki.jugem.jp/
宮田先生Tシャツ。
BRAVETシャツ。後ろ。
今夜は、うどんすきを作ってみた。
今日もガッツリ。
そして食事の後、こんな遅い時間から家の掃除を。
玄関の片付けと拭き掃除。
午前2時までかかったけど、結構ピカピカになった。
おやすみなさい。
ハヤブサさんと宮崎料理を食べに
ハヤブサさんと、都内某所の宮崎料理のお店へ。
ハヤブサさんは熊本出身。
自分は第二の故郷が福岡。
自分の後輩の鹿児島出身の女医も途中から合流し、九州トリオで郷土料理を懐かしみながらの楽しい飲みに。
自分は父が宮崎出身なので、宮崎料理ときくと親近感が沸く。
地鶏料理、最高だよね。
まずは、ファイティングエイドテーマソングのNEXT STAGE のCDの全国発売開始を祝い、黒霧で乾杯!
お酒を交わしながら、来年、ハヤブサさんと一緒に何が何でも実現させたいいくつかのプロジェクトの話をした。
ファイティングエイド2は当然のことながら、福岡ドームでのビッグイベントや、ヒップホップと歌のコラボのイベントなどなど、自分の攻めの意欲は果てしない。
問題は山積みだが、立ちふさがる難題が困難であればあるほど燃えてくる。
誰でも出来るようなことでは全然燃えてこない。
普通の人では到底実現不可能なことに挑戦し、やり遂げるという醍醐味を、男としてたっぷり味わいたいのだ。
自分は、ハンカチ王子ではないが、「仲間」という最強の武器を持っている。
だからこそ、これから挑戦して行く目標がどんなに困難であっても悲観することなど全くないのだ。
そして話はハヤブサさんの身体の話へ。
ハヤブサさんと自分は同世代。
学生時代にはブラウン管を通してかなりの力をハヤブサさんからもらった。
絶対に復活し、その勇姿を世界中のファンのみんなにまた見せてもらいたい。
自分ができることとしては、ハヤブサさんの歯の治療をおこなうこと。
しっかり噛めるようにすることで、全身の筋肉への力の伝達や身体のバランスの向上、神経系賦活による伝達性の向上、ホルモンの分泌の安定、などなど、いろいろな面が機能が高まることで、絶対体調にもかなりいい影響が出るはずだと思っている。
自分は、歯の無い方々が、歯を治療してしっかり噛めるようになったことで頭痛や肩こりや腰痛などをはじめとする全身の体調が改善されたケースを数え切れないくらい見てきている。
高齢者の方で調子の悪い入れ歯をシッカリと治したところ、背筋までシャキっと伸びて健康になられたケースなども実際非常に多い。
さらにもう一点、病気やケガに向かうその人の意識の重要性。
医療従事者としていろいろなケースを見てきているが、やはり、病気やケガに対してポジティブな思考を持ち、積極的に回復に向けて前向きな意識を持つ人は、免疫力が高まっているように思える。
年明けからハヤブサさんの歯の治療をおこなう。
しっかり噛めるようになることによって全身状態が今よりもさらに高まり、トレーニングに打ち込めるようになれば、もともと人並み外れた身体能力の持ち主であり超ポジティブな思考の持ち主だ、必ずやケガを克服してくれることと信じている。
来年は、きっと“何か”が起こる。
ハヤブサさんのニックネームは「不死鳥」だ。
ハヤブサさんが復活し、ファイティングエイドで一緒に大暴れする日のためにも、自分もこれからももっともっと鍛えて、技もスピードもパワーもスタミナもパワーアップできるよう、がんばっていくぞー!!
ハヤブサさんに負けちゃいられない!
ハヤブサさんのブログはこちら。
http://ameblo.jp/fushichou/
タックル打ち込み、差し合い、打撃スパー
この前の日曜日、自分のブログのアクセス数が急増したときのグラフ。
宮田先生が、ご自身のブログの中で、自分のブログをご紹介してくださったのが17時。
その17時から、アクセス数はこんな風に。
宮田先生の影響力はかなり凄いな。
ということで、今日は、各種タックルの打ち込み、差し合い、打撃のスパーリングを。
先日、小林さんからもご指導いただいた基本を頭に置きながら反復練習。
差し合いは、結構いい筋トレになるとのこと。
なるほど、終わると背中や腕から肩にかけてがパンパンだ。
打撃のスパーリング、非常に気持ちよく行えたが、10本こなすうちにだいぶ息が上がってしまった。
練習後、わたあめをいただく自分。
キッズレスリングもおこなっているからなのか?道場にはわたあめを作る機械があるのだ。
もうクタクタでかなりの疲れ顔の自分。
まだ練習している人たちがいるのに、何やってんの?って感じも(笑)。
でもわたあめなんか30年ぶりに食べたけど、こんなにもおいしいものだったのか。。。
帰宅してからは今日は肉を焼いて食べた。
ステーキ600グラム。
さらには牛肉を、自家製唐辛子、焼肉のタレのジャン、ティーハニー、で揉み込んだものを200グラム。
全部で800グラム。
オードブルはズーチー。
ンベカマン。。。(笑)。
さらにシメには海鮮丼を作ってみた。
具は、中トロと、タラコと、いくらで。
また明日からがんばろう!
BRAVEで強くなりたい
先月、三澤先生に新日本プロレスの道場でご指導を受けた後、ご自宅に泊めていただき、お食事をごちそうになりながら夜通しジックリといろいろなお話をした。
自分は、本業のほうでおこなってきたポリオワクチンの寄付活動(http://isdc8341.com/menu3.html )をもっともっと大きなものにしたく、師と仰ぐ新日本プロレスのメディカルトレーナーである三澤先生と強力タッグを結成して『ファイティングエイド』という収益の全額で世界の病気の子供たちにワクチンを寄付するためのプロレスと格闘技のイベントをプロジェクトした。
第1回大会が今年の5月8日、新宿FACEにておこなわれ、志を持つたくさんの人たちに支えられながら大成功に至った。
最初に北海道在住の盟友小山央選手に自分がこのお話を持ちかけ、三澤先生にお力をお貸しいただこうということになったのだが、ことがことだけに最初なかなか切り出せずにいたが、世界の病気の子供たちを救いたいという自分の熱い思いをお伝えしてお願いしたところ、三澤先生は快く引き受けてくださり (1月22日ブログ 「ボルサリーノ・T・三澤」 http://ameblo.jp/fightingaid/archive1-201001.html )、 『ファイティングエイド』というものが誕生したのだ。
自分は、自分の対戦相手を自分でブッキングしに、今年3月サイパンへ飛んだ。( 「夢とロマンを追い、南海の黒ヒョウを探しに海を渡る 1話~4話」 http://ameblo.jp/fightingaid/archive1-201003.html )
その対戦相手となってくれた“ケルビン ザ ビッグヒット”という選手は、サイパンの恵まれない子供たちにファイトマネーを寄付したり、その子供たちの施設を慰問したりする慈善活動を続けており、サイパンでは知らない人がいないくらいの英雄だ。
試合自体は、自分の惨敗であったが、これからが本当のファイティングエイドの始まり。100万人の命を救うまで、ファイティングエイドは活動を続ける。
その頃の写真や記事を見ると、また熱い気持ちが燃え上がる。
(おこなわれた試合の概要、打ち上げ風景、ケルビンの東京見物。。などなどはこちらhttp://ameblo.jp/fightingaid/archive2-201005.html#main )
その5月のファイティングエイド以後、ファイティングエイド2に向けて、三澤先生からずっと道場に早く通うように勧められていた。AKIRAさんからも、道場に入って強くなり、もう一度ケルビンに挑戦しろと。
三澤先生は自分のことを非常に心配してくださり、通える場所に道場が無いか、いろいろ考えてくださった。
エンセンさんの主宰されている大宮の道場ならエンセンさんにお話をしてくれるともおっしゃってくださった。
ファイティングエイド1の前は、目黒まで通っていたので、位置的にもう少し近いところは無いのかということを非常に気にしてくださっていたのだ。
自分は自分で、いろいろな想いが錯綜し、なかなか重い腰をあげられない日々が続いていた。
そんな日が続く中、先月、新日本プロレスの道場で練習をするお時間を三澤先生が作ってくださった。
巡業の合い間、三澤先生にとってもお忙しい日々が続いていたにもかかわらず。
まずは、フリーウェイトをご指導いただいた。
新日本の選手の方々が使用しておられる歴史ある器具を握らせていただくのは、新日本のこれまでの歴史をよく知るだけに、かなり手が震えた。
自分は背中が特に出来ていないので、背中を中心にデッドリフトなどをご指導くださった。
いろいろご指導いただくうちに前腕はパンパンになり、最後の懸垂に行き着くまでにはほとんど握力はゼロになった。
そしてリングで寝技のスパーリングをしていただいた。
しかし全然動けない。
何か攻めようとしてもすぐに動きを止められ、完全に制された状態に。
攻めるというまでにも至らない。いとも簡単に一本を決められてしまう。
そして攻めこまれても、脱出をすることはもちろん、脱出を試みることすらも全然出来ない。
リングの下では新日本の選手の方々がオフにもかかわらずたくさんの選手が訪れて黙々と練習されていたが、リング上ではそのような状態が延々と続いていた。
何ひとつできなかった自分は非常に落ち込んだが、これでは全くダメだ、気持ちを切り替えてこれから技術を学んでもっともっと強くなろうと決心した。
言葉でなく身体と身体の対話というものがあるのだという話をよく聞くが、まさにあの時のあのスパーリングは三澤先生が自分の背中を押してくださったメッセージだったのだ。
その夜は、リング上でのスパーリング、三澤先生のご自宅で見せていただいた貴重な三澤先生の試合の映像、二十数年前の倉澤さんの新日本プロレス入門直訴の熱い映像、次から次へと自分の心に強く響くコンテンツの応酬で、自分の心はものすごくいろいろなことを感じとった。
ある意味、あの一夜は5月8日のファイティングエイド1の一夜と同じくらい自分の心の歴史に残った貴重な夜であった。
その数日後、ネットでいろいろ検索していると、総合格闘技の宮田和幸選手が自分の家から近くの三郷というところに道場を開いたという情報を入手。翌日、見学に行かせていただき、入門させていただいて、今に至る。
Braveで練習し、なんとか強くなって三澤先生に恩返しがしたい。
心の転機となった新日本プロレスの道場のリングをバックに。
三澤先生のブログはこちら http://ameblo.jp/bt33wa から。
深夜のタコ焼き
連日、いろいろ忙しくて時間に追われてしまっている。
今日はホッと一息つけたのが午後11時。
脳が疲れで麻痺してるのだろうか?
なぜかそんな時間からタコ焼きを焼いてみた。
一度に24個焼けるタコ焼き製造機だが、24個は一瞬にして食べてしまうものだ。
ビールとサラダとつまみで。
大学生の頃、明石焼きのお店で一人前10個の明石焼きを9人前食べたことがあった。
ひとりでお店に入り、いきなり10人前を注文したら9人前しかないと言われ、大体でたのんだので9人前でいいですよと言ったらそのおばあちゃんは大喜びでのれんを外していた。
突如の完売(笑)。
でも今日は24個を4回焼いて96個。
大学時代の記録を更新。
しかもこんな夜中に。
かなり満腹になったが、今日はこれでは終わらない。
家づくりの本に出てくださいと頼まれ、今度、家を撮影に来るとのことで、今から少し片づけをしなければならない。
自分の家は、まず材料となるヒノキから自分で買い付けに行った。
ヒノキといえば紀州ヒノキ、ということで和歌山までワザワザ。
苦労が多かったが、面白い経験だった。
そこが本に出来る面白いところだそうで、今回自分も取材に協力した。
思い起こせば、その時は、空港で妖怪大百科の件で大恥かいた(笑)。
その日のブログはこちら↓
http://ameblo.jp/fightingaid/archive2-201001.html#main (タイトル 「恥ずかしかったこと」)
重ね重ね言うけど、皆さん、読んだ本は持ち帰りましょう(笑)。
































