遠い夏に想いを -65ページ目

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 わが家の花々はちょっと咲くのが遅いですが、やっとボケやスズランスイセンの花がが満開になりました。今年はツタの紫の花まで咲いています。


すずらん

ボケ01

ボケ02

 近くの桜もまだ4分咲きくらい。それでもメジロが飛んできて独特の可愛い声で囀っています。


さくら01

さくら02

 余り天気が良いので、多摩川に出てみました。一部の桜が8分咲きです。多摩川の向こう側の川崎の登戸にある二ケ領の小川の桜並木は5分咲きくらいでしょうか。


さくら川崎

さくら和泉多摩川

さくら多摩川入口

 でも、まだ頑張っているものがあります。ポインセティアです。4年前のものもあり、段々枝が伸びてポインセティアらしくなくなってきますが、5月の連休の頃まで赤く色着きます。


ポインセチア


 さくらの満開がちらほら聞かれますが、ここのさくらはあと2~3日したら満開でしょうが、散り際の花びらが舞うくらいが好きですから、もうちょっと先になるでしょう。


 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ

 リュクサンブール庭園の木立のなかを散歩するは素敵です。若い女性や初老の男性が椅子に腰かけて木漏れ日の中で本を読んでいる。


庭園絵02

 そんな絵に描いたような光景を眺めながらリュクサンブール庭園を抜けて、サンと・ジュヌヴィエーヴの丘を登っていく。丘というほどの丘ではないが、その上にパンテオンが建っている。


庭園絵01
 リュクサンブール庭園の大泉水越えにパンテオンを望む


 サンジェルマン大通りからリュクサンブール庭園までが登坂だから、更にパンテオンまでを丘といってもいいだろうか。ここは革命の頃に建てれたからそう古くはない。革命の志士や自由のために戦った文人、著名人がまつられている。


panteon

 パンテオンに向かって左側には大学のテキストや専門書を扱う書店が並ぶ。パリを去る時、この辺の本屋で「プティ・ロベール」という大判の仏仏辞書を日本では手に入らないというので買った。


robert

 別送で段ボール箱に他のものと一緒に詰めて日本に送ったが、2キロもある大きな辞書をモンスーリ公園の近くの宿泊施設まで持って帰るのは大変だった。途中でカフェで休憩したのを思い出します。


 帰国してから妻は小さな語学学校でフランス語を教えるかたわら、医学翻訳も始めたので、大型の仏日医学辞書の類が増え始め、今では本棚の肥やしになっている。


 普通の本を扱っている書店はサンジェルマン大通りに出るか、サンミシェル通りに行くとある。今は変わったと思うけど、昔は狭い玄関ドアを押すと、チャリンと音がして、店内は天井が高く、薄暗くて目を凝らさないと見えない。黴臭い本の匂いが鼻をつく、懐かしい感じの書店ばかりだった。


 セーヌ河畔に並ぶ「ブキニスト」と呼ばれる屋台の古本屋もあるが、掘り出し物なんかなくて、碌なものしか並んでいない。まあセーヌの風物詩みたいなものだから、チラチラと横目で見ながらセーヌ河畔を散歩するのもいいかも。



 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページです

 妻が短期留学でパリに行った時、最初に宿泊したのが今はオルセー美術館になっている旧オルセー駅近くの17世紀に建てられた三星ホテルです。お金がないのでアメリカのミネソタ州から来て、ホテルの手伝をしていたメアリーを頼りに、サンジェルマンの駅の近くのホテル・コンデという無星のホテルに移りました。ここに10日ほど滞在しました。


 真っすぐ行くとリュクサンブール庭園に突き当たります。園内は広くて、緑が多く気持ちがいい。南門を入ってすぐの所に「メディシスの泉」があります。ここは特に静かで、シーンとしていて、聞こえるのは鳥の囀りくらいです。殆ど毎日訪れました。


メディシスの泉01

 ローマのトレビの泉程ほどではないが、泉の底には小銭がキラキラ光っています。また訪れたいと願っているのだろうか。マリー・ド・メディシスはフランス王アンリ四世にイタリアのメディチ家から嫁いで来た女性で、いわば民間人。彼女の持参金目当ての政略結婚です。


 夫君アンリ四世が暗殺された後、1600年代初めにリュクサンブール公爵から彼の館と広大な土地を購入し、故郷フレンツェのピッテイ宮を模して作った庭園。マリーもここに住んでました。息子のルイ13世の摂政となりますが、政治的には人気がなく、最後は国外追放されてしまいます。


 そう言えばルーベンスに描かせたマリー・ド・メディシスの生涯の24枚の連作がルーブル美術館に飾ってあります。


 ちょっと時代がさかのぼりますが、最初のメディチ家からの王妃は1500年代初めにアンリ二世に嫁いだカトリーヌ・ド・メディシスですが、彼女は食事の作法をイタリアからフランスの宮廷に持ち込み、フォークなどを使わせました。それまでフランスでもイギリスでも手づかみで食べていたらしいです。料理人も連れてきましたから、今のフランス料理の隆盛は彼女のおかげかも知れませんね。


メディシスの泉02  メディシスの泉はいつ作られたのか判りませんが、この泉の側にいると心が休まります。そんな想いを蘇らせながらかなり昔に描いた水彩画です。(右のメディシスの泉は去年再び描いた水彩画です)


 リュクサンブールには大きな8角形の池があり、周りに緑色のパイプ椅子が並んでいます。当時、有料で座っていると徴収人がどこからとなく現れ、お金を取られるので、姿を見たら即逃げ出したものです。


庭園の池

 更にギニョールという子供のための人形劇の屋台があります。勧善懲悪的なお話で、幼稚園児くらいの子供たちがキャーキャーいいながら見ている。話は単純だからフランス語が解らない6歳の息子でも楽しめました。


 更に行くと自由の女神のレプリカがあります。ニューヨークの自由の女神像を立てるときの準備用に作ったものらしい。セーヌのグルネル橋の橋脚の傍にもレプリカが立っており、東京のお台場にもフランスで作られたレプリカが立っている。世界中にあるらしい。毎日この庭園に散歩に行きました。


 パリでテロ事件が起きたばかりで、ベルギーでもテロ事件が起き、ヨーロッパ旅行も危険で叶わなくなります。世界中が危険で、観光での海外旅行は無理ですね。昔を思い出して懐かしむ以外に方法がないのかも。


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 桜はまだつぼみですね。そんな日に管楽器アンサンブルの演奏会があり、護国寺駅の近くの同仁教会へ行ってきました。雨のなか教会までの急な坂道を息を切らして登りながら思い出しました。


church


 15年くらい前かな、いやそれとももっと前だろうか。ここで友人のバロック演奏仲間がチェンバロやリコーダーや旧式な弦楽器などの演奏会をやって、3度ばかりこの坂を登って行った記憶があります。一緒に行った妻は「ここではない」と言います。建物は新しくなって綺麗になり、天井が高く響きがとてもいい教会です。


french

 「フレンチ管管」という近代フランス音楽の管のアンサンブルです。演奏者はみなマルグリット・フランスさんが生前に指導していたオケの人達で、彼女が2013年に逝去された後に、一部の管楽奏者がグループを作って演奏会を開いているそうです。


 我々に案内が来たのは、マルグリットさんが生前指導していたオーケストラに妻が2度ばかりチェロのパートで参加したことがあったためです。

members

 演奏者の皆さんはなかなか大した経歴の持ち主です。フランスで数々のセミナーに参加された人や、フランス国立マルメゾン音楽院を優秀な成績で卒業した人や。日本の芸大の卒業生など、フランスに関係した演奏者ばかりです。従っでて皆さんプロ並みのキビキビとメリハリのあるフランスらしいエスプリに富んだ演奏をしています。


 曲目はフランス音楽だけ。ドヴィエンヌ、フランセ、ビゼー、ラヴェルにダマーズなどの作曲家の室内楽。初めて聴く曲が殆どでしたが、5人の演奏家が素晴らしい演奏してくれました。


 ドヴィエンヌはモーツアルトと同世代の音楽家です。もともとフルートとチェロとヴィオラの3重奏なのですが、ファゴットとクラリネットで演奏してました。多分この方が響きや音質がいいので綺麗な仕上がりでした。また最後のダマーズの変奏曲のテーマはまるでパリを散歩しているみたいな気持ちになります。またディユーフィの絵を見ているようで面白かったです。


 近代フランス音楽は印象派の絵画のようですね、特にドビッシーなどはその典型でしょう。


 今年はマルグリットさんをしのんで、聖心女子大のホールでオーケストラの演奏会を予定しているそうです。


 来る時は雨でしたが、終わったら空が抜けるように青く、晴れやかな、楽し演奏会でした。



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 上野にある東京都美術館にはよく行きます。同じ上野の国立西欧美術館もいいですが、東京都美術館の方が肩の凝らない美術館です。


 ボッティチェリの展覧会が開かれているのです。4月上旬までなので、慌てて行ってきました。渋谷のブンカムラで以前に開催されたボッティチェリ展はその内その内と思っている内に終了してしまいました。


上野
さくら

 上野には音楽会を聴きによく来ます。花見の名所ですが、今日は開花予測が出ているとはいえ、まだつぼみです。ソメイヨシノは満開まであと一週間はかかるでしょう。その代わりオオカンザクラが咲いてました。


展示会

 さて、ボッティチェリはルネッサス期の画家達の中でも大好きな画家です。ただ画家個人の展覧会というと、本人の絵が少なく、同世代の画家の絵が大半であるなんてことが多いみたいです。ルネッサンス展とか印象派展とかラファエル前派展などでは最初から多くの画家の作品を期待しますが。


 ボッティチェリの作品もウフィツィにある「プリマベーラ」や「ビーナスの誕生」みたいな代表作は勿論来ていません。それでも円熟期の幾つかの作品が見られます。彼の後に出てくるダヴィンチは輪郭線のない絵ですが、ボッティチェリの輪郭線は柔らかく優美で、見ていてゾクゾクします。


 展示されているボッティチェリの作品
絵葉書01
ボッティチェリ

 全く予想だにしていなかったのですが、ボッティチェリの同時代の画家としてリッピ親子の作品が展示されていたのには驚きました。ボッティチェリの師であるフィリッポ・リッピの作品が10展以上、息子のフィリッピーノ・リッピの絵が15展もあります。ボッティチェリ(工房やその他の作品を除く)が20展ほどてすから、3人で展覧会を埋めつくしています。


 展示されているリッピ親子の作品
絵葉書02


 ウッフィツィにあるフィリッポ・リッピの作品
リッピ  

エステンセ  フィリッポ・リッピも大好きな画家です。かって北イタリアを旅しました。ウフィツィ美術館やピッティ宮殿にも素晴らしい彼の絵があり、フェラーラに寄ったとき、エステンセ宮にリッピ親子の壁画の部屋があるというので行ってみました。お昼の時間で閉まっていて見られませんでした。(右写真はエステンセ宮)


 今日は新宿の住友三角ビルで用事を済ましてから、上野の美術館に行き、帰りは銀座の山野楽器に寄って帰ったので、20度以上の暑さもあり疲れましたが、1万4千歩以上歩いたので、楽しい一日になりました。







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