遠い夏に想いを -64ページ目

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 余り天気が良いので、ひょいと猫の額のような小さな庭に出てみた。ブルーベリーの花が咲いているではないか。気が付かない内に季節が移りかわっている。


ブルーベリーの花01

 今年のブルーベリーは葉っぱが少ないし色も薄い。花の数もすごく少ない。去年はヒヨドリが来て花をついばんでいたが、今年はヒヨドリも気が付かないようだ。


ブルーベリーの花02

 一昨年が200粒(200グラム)で去年が400粒(400グラム)で、今年の三月にまとめてジャムにした。パンには付けずに、我が家ではヨーグルトに入れて食べるから結構長持ちする。


ブルーベリーのジャム

 今年は100グラムか150グラムくらいの収穫だろう。秋の選定の時に切り過ぎたと、奥様が言っていたけど、どうだろうかな。



 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ

 パリの思い出の中でも、やはりセーヌ河畔にまつわる記憶が多い。当時は今ほど物騒でなく、テロもなかった。ただフランスも世界中に植民地を持っていたから、戦後は旧植民地の人達が結構いた、アフリカのアルジェリア、中東のレバノン、アジアではベトナムなど。パリにいた頃、同じホテルにベトナムから来た若いカップルがいて、彼らにベトナム料理店でご馳走になったりした。

 イギリスからフランスに船で入港する時に税関で書類を記入する。前に並んでいたアルジェリア人の若い男が書くものがないので筆記用部を貸してくれと言う。使い捨てのボールペンを貸したらポケットにしまって立ち去ろうとするから、「こら待て!ペンを返せ!」と怒鳴ったら、しぶしぶ返したよこした。だから人を見たら泥棒と思えとなってしまった。

橋01

プティパレ

アンヴァリド

 パリに架かる橋、アレクサンドル三世橋の近くのセーヌ河畔を息子を連れて歩いていた。突然アルジェリアあたりの若者が3人近づいてきた、「たばこ持ってるか?」 当時煙草を吸っていたのだが、「ない」と言ったら襲われそうな雰囲気なので、5本ほど残っている箱ごとくれてやっり、直ぐにその場を立ち去ったのを思い出す。

 セーヌに架かる橋は石の橋ばかりだが、ポン・デザール橋とアレクサントル三世橋は鉄製である、ポン・デザールは歩道橋で橋の上は木の板を敷き詰めてある。

 エッフェル塔に代表される鉄の建物が出てくる時期だ。エッフェル塔は1889年のパリ万博の時に建てられた。1900年のパリ万博ではこのアレクサントル三世橋や橋の袂にプティパレやグランパレが作られた。


橋02

 橋から左岸に向かって見通すと、奥には廃兵院(アンヴァリド)が見えてくる。ここにはナポレオンが眠っている。ナポレオンは「自由・平等・博愛」を旗印にヨーロッパ諸国の民を殺戮し回った男だ。私の大嫌いな男の筆頭である、先日テレビの旅番組でコルシカを映していた。ナポレオンの生まれ故郷のコルシカの中年男性が「あの裏切り者の男なんか・・・」って怒っていた。コルシカでも嫌われているのだろう。大好きなのはフランス本土の人達だけなのか。2度も流刑されて死んだが、フランスの栄光を取り戻してくれた男、ナポレオンってとこかな。

 チャイコフスキー/序曲1812(ナポレオン戦争を題材にした曲)/小澤征爾



 ナポレオン戦争でナポレオン軍はロシアに攻め込んだが、冬将軍には勝てずに退却をせざるを得なかった。上の動画はフランス国歌で始まり、最後はロシア国民の歓喜の叫びで終わる。時代は変わって、そのロシアとフランスが不戦条約を結んだ。今の日米安保条約みたいですね。それを記念してニコライ2世がパリに寄付した素敵な橋が、父君のアレクサンドル三世の名を付けた橋。セーヌで一番美しい橋です。

 私はアンヴァリドには入っていないが、妻と息子はナポレオンの墓を見てきたそうだ。



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 桜も満開を過ぎ、もう終わりですね。今年の桜は天候のせいか最も長く、最も美しく咲いていました。


満開さくら  
 (満開の頃のさくら)


 私は満開の桜より、散りぎわが大好きです。豪華絢爛というか、花吹雪なんて素敵ですね。絵になります。桜の散り際というと、戦前の日本の軍歌を思い出し、暗いイメージがありますが、やはり日本人の情念に結びついた光景です。


 昨日はお昼から我が家で弦楽トリオの音合わせを友人のYさんとして、楽しく午後を過ごしました。彼女がサンドイッチをお昼用に買ってくるというので、午前中に果物やケーキを買いに狛江のOXに行きました。


 近くの畑にある一本の古い桜の木の前を通りました。一本だけですが存在感があります。ほんの少し葉桜になっていますが、この木からまき散らされた花弁の多さは凄いです。木曜日の雨と強い風で花びらが四方に散りました。


さくら01

さくら03

さくら02

さくら04


 これが路上に広がった花びらでなく、小川に浮かんだ一面のさくら色の流れを想像してみてください。ゆらゆらと流れる花びらをじっと見つ続けるでしょう。



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 めっちゃ天気のいい東京の一日、渋谷に用があって出かけました。渋谷は大変です。街の再開発が進行中で、歩くのに苦労します。


 駅の二階部分に面白いキャラクターが柱にいます。以前新宿の東口地下通路に農協が野菜のオブジェを柱に貼り付けて飾ってました。


ポム01

ポム02

 渋谷のポムポムプリンはサンリオのキャラクターで20周年のアニヴァーサリーだそうです。


 若い女の子達がわいわい言いながらスマホでシャメを撮っていました。


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 昨日は親戚一同で生田緑地へ行ってきました。雨は上がったものの気温は上がらず、曇りなので花見には向かない天気でした。


 向ヶ丘遊園で落ち合い、事前に予約してあった和食レストランで昼食を取りました。和食レストランといっても料亭風で、予約が必要だそうです。


料理屋

ランチ  
 (これに、ご飯と腕ものとデザートが付いて、お腹が一杯。柏屋にて)


 女性陣が足が痛むとか腰が痛いとかで歩くのが無理そうです。昼食後、バスで専修大学を回って、生田緑地にある岡本太郎美術館へ行きました。


屋外展示  

 (敷地内にある巨大なオブジェ)


岡本美術館  
 (美術館入り口と喫茶室)


 生田緑地は貴重な自然が残されている広大な土地です。この美術館建設に当たり自然保護派と市が対立したそうです。岡本太郎が川崎の出身ということで当時の市長が建設を決断した経緯があるそうです。一人の画家の美術館としてはかなり広い土地を使っています。


撮影OK場所  
 (館内は撮影禁止ですが、唯一撮影可能な休憩場所。セラミックの絵でしょう)


 義理の弟が父親から譲り受けた岡本太郎の絵を持っています。関心があるので、この美術館に初めてやって来ました。私は岡本太郎の絵に特に魅力を感じない男です。抽象画が嫌いと言う訳ではありまっせん。ミロやカンデンスキーなどは大好きですから。多分感性が余りにも私のとは違う為でしょう。


さくら01

さくら02  
 (景観はとても素晴らしかったです)


 帰りは喫茶室で休んでから、来た道とは反対の段だら坂を歩きました。途中妻が足を痛め、丁度きたバスで駅まで乗りました。


登り口  
 (古民家園を抜けて丘の頂上へ向かう道。今回は諦めました)


丘の桜
以前の丘の桜  
 (2年前に来た時に撮った頂上の満開の桜)


 さくらが満開でしたが、他の場所と違って桜並木で賑わっている訳でもない。並木の桜なら多摩川沿いの景色が美しい。でも自然の風景の一部として華やいでいる桜がとてもいいですね。



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