遠い夏に想いを -54ページ目

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。



 朝、近所の食品店にミルクを買いに行った。70メートル程先の道を一匹の白黒の猫が素早く横切った。


道

「あれ、あの猫じゃない?」と思い、
「こ~ら、どこ行くの?」と叫んでしまった。周りに人はいなかった。
猫は一瞬歩みを止めて、こちらを見た。そして例の自販機の後ろのブロック塀に飛び上がった。


猫01

猫02

 やっと追いついた。猫は塀伝いに奥に行く。
「こら、戻って来な!」と小声で叫んだら、「何?ああ、お前さんか」とでもいう風に戻ってきた。「まだ猫ちゃん元気だったんだね」死んだと思っていたので何かホットした気持ちだ。


猫04

 この猫に最初に出会ったのは3年くらい前、それから2~3回で出会った。以来2年間くらい見かけなかった。久し振りに会った。


 初めて会った時、自販機の上で日向ぼっこをしている猫に手を延ばしたら、手にほほ刷りしてきた。
ネコ初めて

 この材木屋さんの飼い猫らしいのだが、毛の手入れが悪く、野良ちゃんみいたい。普通猫は知らい人には近寄らないものだが、この猫は凄く人懐っこい。


猫03

 いつまでも相手しいてられないので、「もう行くからね、元気でな」と言って立ち去ったが、「えっ、行くの?つまらないな」とでも言いたげだった。


 久し振りにこちらが猫になった雰囲気だった。




 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れと言いテルでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ

 2度目にイギリスを訪れた時です。前にも載せたケンブリッジに行った次の日です。ケンブリッジを超えて更に北へ行ったところにビーヴァ―城という城があります。それ程大きなお城では無いのですが、映画の撮影などに使われたそうです。


Belvoire

 ビーヴァ―城はBelvoirと英語ではなくフランス語式に綴るのです。こういう例はヨーロッパに結構あります。ウィーンのベルベデーレ宮殿はBelvedereとドイツ語ではなくラテン語です。ザルツブルグのミラベル宮殿もドイツ語ではありません。極めつけはサンスーシー宮殿でしょうね。ドイツ語ではなくて、フランス語でSans Souciと書きます。「憂いも無く」って意味だそうです。


丘

 それはとに角として、ビーヴァ―城は広大な平野の中に盛り上がった丘の上に建っています。ですから、イギリスのお城といえばイギリス式庭園を期待しますが、ここでは庭という程の庭はないのです。


 ネタが無くなると、下手な絵になり申し訳ありません。以前に描いた水彩画です。



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 今日は寒いですね、12月並みです。


 早いもので今年もハロウインがやって来ました。10年程前、ディズニーランドが日本に持ち込んだ商業的なイベントです。バカ騒ぎするのはアメリカくらいでしたから。


 クリスマスと違ってキリスト教に関係がなく、古代ケルトの風習を万聖節としてカトリックが定めたために、カトリックの国では祝日になっています。


 昔、義理の妹がこの時期、フランス旅行した際、パリから出国しようとして飛行機に乗り遅れました。友人のパリの会社には電話が通じず、困って東京の我が家にまで電話があり対処方法など話しました。当時ハロウインが万聖節としてフランスの祝日だと知らなったのです。


 今ではフランスでも若者が夜の街に出て騒ぐらしい。先日テレビでフランス人がハロウイン用の素敵な焼き菓子を作りながら呟いていました。「昔はフランスじゃバカ騒ぎは無かったよ。今じゃ若い連中が大騒ぎさ」


 アメリカに行った翌年は余裕で貰ってきた駄菓子を前に微笑む息子
チャオ71

 しかし最初の年は熱を出して心待ちにしていたハロインは外に出られず、アメリカの

 アニメ主人公の仮想姿で家の中で我慢する息子
チャオ70

 ハロウインは子供達にとって大興奮の時期です。家々ではかぼちゃのランターンを作ったり、子供達のために駄菓子を用意しておきます。夜になると子供達が仮想して「トリック・オワ・トリート」(いたずらか、お菓子か)と叫んで家々を廻るからです。


 長いアプローチがある家の道路際に見つけた「小さなハロウイン」

小さい

 東京など、六本木や渋谷の交差点で若者達が派手に仮想して、バカ騒ぎをやるようです。ディズニーランドでは若者のパジャマ姿が問題になってますが、下手に日本にハロウインを持ち込んだための自業自得でしょう。


 ハロウインが終わると、もう直ぐクリスマスですね。そしてお正月。正に光陰矢の如しですね。


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 3度目にイギリスを訪れた時です。ロンドンから北へ車で2時間程行ったところのサフォーク(州)にクレアという田舎町があります。この時はそこに引っ越していた友人の家に泊めてもらいました。


 夏の朝です。朝食前に小さな町の散策に出かけました。町の広場を抜けて裏通りを歩いていた時です、洒落た納屋というか作業場というか、花で飾られた古い民家がありました。その時描いた絵がありますので載せます。


クレア


 そこから北に下りると復元された小さな修道院があります。更に行くと小川があって、古い鉄橋の残骸が残ってます。かっては鉄道が通っていたんですね。11世紀にウィリアム征服王の部下が建てたクレア城の城址を廻って帰って来るのですが、あっと言う間に町を半周しています。



 

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 久し振りに夏日になった日の午後、銀座に行き、伊東屋で絵の用具類を買いました。ついでに銀座の山野に寄って小品(短い曲)の楽譜を探したのですが、時間が足りず適当な曲が探し切れませんでした。


 日本橋にある歯科医院に出かけていた妻と彼女の妹の二人と銀座で落ち待ち合わせていたので、急いで三越前に直行しました。


 さて銀座でお茶するっていっても、暫く銀座に来ていないので、どこの店がいいのか見当が付きません。以前は銀座の4丁目から1丁目あたりまで、小さな喫茶店やお菓子屋が結構あったものでした。今は有名ブランドの店が建ち並んで様変わりしいています。


 銀座界隈を歩き廻れば幾つか知っている店はあるのですが、三人ともひざ痛と腰痛もちなので長く歩くのは苦手です。


 4丁目の交差点に立って、ふと見上げると「木村屋」が目に入りました。以前入ったことがあります。二階に行き、少々待たされましたが、窓側の席に案内されました。


コーヒー

 コーヒーとチーズケーキを頼みましたが、大変に美味しかったです。さすが140年以上も続いている老舗の「木村屋」ですね。美味しいのは名物「あんパン」だけではないですね。おまけに銀座通りが良く見えます。


交差点

 銀ブラは銀座でブラジルコーヒーを飲むことだそうですが、7丁目の昔ながらの喫茶店までブラブラ歩かなくとも、ここで充分でしたよ。



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