遠い夏に想いを -55ページ目

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 昔のことですが、イギリスには3度お訪れました。これは2度目の訪問の時です、イギリス人の友達の車でロンドンからケンブリッジに行きました。


 トランピントン通りに小さな教会があります。セント・ボトロフス教会という古い教会です。1320年に出来た黒々とした建物で、中に入ると真っ暗です。ここには目立つものは何一つないのですが、ケンブリッジ大学がこの地に最初のカレッジを建てた直後からある古い教会なのです。


church


 薄暗い教会から外へでると、燦々と輝く太陽の光に目がくらむ女性を描いてみました。

 
 今回はグアッシュ(不透明水彩)で描いてみましたが、意外とグアッシュの方が透明水彩より描きやすいです。



 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ

 5時になると毎日決まって東日本大震語にNHKのテーマソングとして作曲された「花は咲く」のメロディーが流れてきます。100メートルほどしか離れていないので、家にいてもはっきり聞こえます。皆さんの地域でも何か聞こえますか。


speaker

 街の防災用のスピーカーです。何故毎日同じ時間に音楽を流すのか不思議に思ってました。テレビのクイズ番組で理由を解説しているのを聞いてやっと分かりました。


 毎日音楽を流してスピーカーが故障していないか確認しているそうです。でも毎日同じ曲を流すって味気ないですね。と言っても駅メロと同じですかね。


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 51年も続いている弦楽オーケスラが、今年は今までの市ヶ谷のルーテル教会から牛込の区民センターホールに移りました。昔、我々も参加していたルソール弦楽合奏団。毎年11月23日の祝日に開催していたのですが、教会の予約システムが変わり、会場が使えなくなったとか。


program

hall

 牛込の会場は前の教会よりも広く、収容人員も多いのに、満席です。プログラムはモーツアルト、ヘンデル、近代英国作曲家のカース、ロッシーニにシュトラウス。


orchestra

 カースのウイントン組曲も懐かしい感じで、なかなか癒される曲です。演奏も良かったです。


bass  ロッシーニの6っつの弦楽のためのソナタ1番。なぜ今までロッシーニのこの曲を取り上げなかったのか不思議です。ソナタと言っても3楽章だけですが、ロッシーニが12歳の時に作曲した単純で楽しい曲です。モーツアルトにも勝る天才少年なのですね。コントラバスに短い独奏部分があるのですが、彼女は気持ちよさそうに楽しげに弾いています。


 締めはシュトラウスのウィーンナワルツで楽しい演奏会でした。会場は少々響きは良くないのですが、アンコールのラデッキ―行進曲を会場が一緒になって楽しんでいました。これから音楽シーズンですね。


 

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 息子が小さかった頃、友人に会いにパリからロンドンに遊びに行きました。彼のお母さんの案内でロンドン市街をくたくたになりながら歩き廻りました。


 ロンドン塔でのことです。トレーター門からテムズへ出ようとした時です。


ロンドン塔

途中01  「チャオ、あの守衛のおじさん、『ビーフィーター』ともいうんだって。牛肉を食べる人って、何故かな?」


 「ぼく、訊いてくるよ」
そう言うと、つかつかっと彼の元へ近寄って行きました。明るくて積極的な子でした。


 この頃はアメリカで2年間小学校に通っていましたので、私などには聞きずらいコックニー訛り(英国庶民やオーストラリア等の英語)でも平気で聞きとる確かな耳を持ってました。(右は途中の絵です)


 パリではフランス語が話せず、辛い思いをしていましたから、ロンドンでは水を得た魚という感じで、ニコニコと会話しています。


 その時、彼が話してくれた内容は、余り昔のことで忘れてしまいましたけど


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 早いもので、もう10月ですね。これで秋なのでしょうかね。


 秋になって思い出すのが、昔、アメリカに住んでいた時に、たまたま向かいの一人息子を一時預かった事がありました。その時の妻と子供達のパステル画です。


 確か足が悪かったのですが、とてもおとなしい男の子でした。うちの子よりも2才くらい小さな子でした。この子の両親はユダヤ系で、お母さんはモナといってとっても素敵な女性だったのを思いだします。




母子
  





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