遠い夏に想いを -230ページ目

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 ホウィトルスフォードからケンブリッジに向かって同じ道を引き返した。途中、ケンブリッジの手前のトラン ピントン通りに1軒の画廊が建っている。
ヴィオさんの旅行ブログ-画廊 白壁に茅葺の小さな民家なのだが、古いのか新しいのか定かでない。古びた茅の色と白壁のコントラストが青い空と木々の緑に鮮やかに映えている。
 店の中では30代の若い画廊主がハンバーガーを頬張ながらパソコンをたたいている。そばに黒い大きな犬が寝そべっていた。やや乱雑に陳列してある絵は全てオリジナルで、水彩、エッチング、リトグラフ、パステルが多く、部屋の装飾品としての需要を見込んで値段もほどほどであった。チャールスがロンドンの日本の商事会社を辞めて、自宅で仕事を始めたのだが、オフィス向けの絵画の取引もその一つであった。だから彼には興味があったのだ。
 ケンブリッジもオックスフォードも夏休みで学生はいないのだが、観光客が車でおしかけて来るので、駐車場さがしが大変だとチャールスが言う。少し離れているが、トランピントン・ロードのブルック・サイドに車をとめた。ここからトランピントンを渡って、フェン・コーズ通りを歩き、エンジニアリング・ラボの横からコー・フェンに入る。グランタ川を渡りシープス・グリーンの湿地を進んだ。
ヴィオさんの旅行ブログ-舟遊び  川面に年配のカップルが2組、大学の教授と奥様だろうか。教授は黒い服に蝶ネクタイ、奥様は長いドレスに日傘。ぎこちない漕ぎっぷりだが、楽しそうに船遊びに興じている。このゆとりと優雅さが絵になる。まるでティソかルノワールの絵の世界だ。
 雑草の先に古い城壁があり、その奥にピーターズハウス・チャペルが見えてきた。川沿いを歩いて、橋を渡りヒル・レーン通りに出た。若い男女がボート乗りに興じている。ワイワイヤーヤーと大声が響く。若者逹は元気がいい。どこの国も同じだ。今日も朝から晴天で温度は急上昇。こちらも水に飛込みたいくらいであった。


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 案内文によると、ここの建物の起源は13世紀のカルメル修道会の僧院にさかのぼるという。一番古い部分は13世紀の建立である。天井の黒い梁には修道僧が彫った紋様が残っている。その他の部分は幾度にもわたって改築され現在に至っている。
ヴィオさんの旅行ブログ-チャペル  食事の前にチャールズが店の女主人から鍵を借りて来た。
「面白いものがあるから一緒に行こう」
私たちを促して裏庭に出た。
「なんだ、ちっぽけな納屋じゃないか」
細い道を挟んで隣に小さな石積造りの納屋風の建物がある。そう思っていたらチャペルだった。鍵を開けて中に入る。中はガラーンとして何もない。薄闇の中に陽の光が小さな窓から差込んでいる。床は砂埃
ヴィオさんの旅行ブログ-チャペル内部 だらけで、石材の破片が転がっている。殆ど朽ちかけそうなままだ。
 部分的には後年補修されているが13世紀の世界を彷彿とさせる。後年ヘンリー8世が自分の離婚問題でローマ法王と喧嘩した。その時、英国国教会を定め、自分が長になって、反対するカトリックの修道院を禁止してしまう。この僧院も後に廃屋となり、農家がチャペルを納屋として使用していたらしい。その後、宿屋となり、1619年に、馬気違いのジェームズ1世が東のニューマーケットからの帰路の途中に病にかかりここの宿に泊まった。その時、酒取扱の免許を認可されて宿屋は一層栄える。今も酒の取り扱いは免許制だが、当時も酒は特定の者が認可を得て取り扱える特権で、これによって得られる利益は相当なものだたらしい。この建物もチャペルとしての歴史的価値が確認され正式に保存されているらしい。
 パブに戻り、ここの特製のがちょうのパテ(フォアグラとは少々違う)をとった。薄めにスライスした固焼のパンにのせて頬ばる。サラダで口直し、ビターで喉を潤す。最高の昼食だ。どんな高級レストランで、どんな高級料理を口にするより美味しい。イギリスの食事はこれに限る。ここには客室が21室あり、奥には白いクロスとピンクのナプキンで美しくテーブルセットされた素敵なレストランもある。結構広いパブでテラスもあって、一度は立寄る価値のある場所だ。


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 道の両側には時折古い民家が現れる。歴史的な価値は判らないが、16、7世紀の古い家が道筋に点在する。特にチューダー朝様式の木組みの家が保存状態も良く、その優美さがなんともいえない。イギリスの田舎はいい。イギリスでは田舎に本当のイギリスが隠れているような気がする。今回は是非とも田舎を回りたかった。
 道路わきの雑草の上を若い娘が乗馬をしている。乗馬クラブから借りてきたのか、新米らしく緊張した面持ちでヨタヨタと馬を進めている。通りがかりの車が馬を驚かさないようにスピードを落とす。いかにもイギリスらしい気配りがいい。しかし、どこの国も同じで、時には唸りを上げて車をぶっとばして行く不心得者がいて、馬は神経質だから大パニックを起こすこともあるという。
 グレート・シェルフォードを過ぎてクリークを渡り広い街道へ出た。イギリスの地名には×××フォードと『フォード』が付くものが多い。チャールズの説明では川の浅瀬を意味する言葉で、古くは川の流れを指したそうである。だから×××フォードには必ず川がある(あった)と思えばよい。オックスフォードは文字通り『牛が渡る浅瀬』となる。新しい所は例外として、古い地名に定型的に付く接尾語の意味を覚えておくと、旅行が楽しくなりそうだ。
ヴィオさんの旅行ブログ-レド・ライオン・イン  11時半になっていた。チャールズが昼食の話をむしかえした。
「昼飯食べるか食べないか、決めるには今が限界だ」
ハムレットみたいに言う。
「よし判った。食べよう。場所はチャールスに任せるよ」
突然、チャールスは今来た道をとって返した。結局、ケンブリッジの遥か手前で食べることになった。15分ほど走ってウイットルスフォードの駅の前で車を止めた。全く人気の無い駅の駐車場は半日で10ペンス。めちゃ安い。チャールズでさえその安さに驚く。チャールズは歩道橋を渡って鉄道の線路の反対側へ行く。駅の近くに木組の古い建物が見えた。屋根が歪んでうねっている。旅館兼食堂兼パブのレッド・ライオン・インである。


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 9時半になった。いよいよケンブリッジへ出かけることにする。お母さんを1人で残して行くのは心配だった。チャールズは大丈夫だと言うので、チャールズのワーゲンで出発する。お母さんが玄関まで出てきて見送ってくれた。
 クィーンズ・ロードをのぼりエッピング・ニュー・ロードを右に曲り、森に沿って走った。
ヴィオさんの旅行ブログ-チャオとビーグル 緑の木々がこもれ陽に踊って美しい。牧草地や畑は夏枯れで褐色になっているが、木々の枝にはあふれんばかりの緑の葉が茂っている。車にはエアコンが無いので、窓を開けっ放しの風が頼りの日帰り旅行となった。
 ほどなくエッピングの町に入った。道の両側に広い歩道が伸び、歩道に沿って2階建てのイギリス風の店々が続く。朝から通りは町の人達の買物で賑わい、小さな町だが活気にあふれていた。
 更に郊外の町々を走り抜け、ソーンウッド・コモンから高速道路へ入った。M11を北に進む。M11はロンドンからケンブリッジまで真北に80キロほどだが、エッピングからは60キロくらいだろうか。路面はコンクリート舗装なので騒音と震動がひどい。高速道路ばかりで単調なので、途中のビショップス・ストートフォードで一般道へ出た。更に針路を北にとってケンブリッジへ向かう。
 田舎の道はのどかでいい。しかし真夏だというのに、枯れ草が延々と広がる緑のないイギリスなど夢にも想像しなかった。遠くには焼き畑の煙が空高く舞い上がっている。今は環境に悪いと、焼畑は規制されているらしいが、厳しい人間の営みの現実がそこにある。我がままな旅人と住人のギャップ。日本でも雪国の住人と雪積のない地方の住人の冬に対する受け止め方のギャップ。雪国の人たちは厳しい冬の生活を生き抜かなければならないが、暖かい地方の人たちは雪を美しいとかロマンチックだとか感じる。自然条件が厳しくなればなる程この溝は大きい。
 11時になった。サッフロン・ウォルデンの近くを過ぎた頃からチャールズが昼食をどこでとるかイライラし始めた。
「時間は早いけど、お昼はどうしようか」
「いくらなんでも、まだ早いよ」
「でも、ケンブリジではいい店知らないしね」
チャールズはパブ専門なので、ケンブリッジでは気の利いた店を知らないらしい。時間が早いのでそのまま走り続けた。


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 お母さんが居間のソファーに座っていた。半分くらいに痩せ細って、まるで別人のようだ。あの頃は62歳だった。気丈夫で元気なお母さんだった。体つきも太っている方だったろうか。いま80歳。再会までには余りにも多くの歳月が流れ過ぎた。もう歳で記憶力が極端に衰えている。それでも私達を覚えていてくれた。遠い記憶を鮮明に思い出してくれた。昔と同じようにタバコを手で巻きながら、チャオについての記憶も次から次にと戻って来る。
「あの時はタバコの手巻きをよく手伝わされましたね」
彼女の手元を見ながら言った。そして私は1972年の時の写真をとりだした。
「フラワーバスケットがあったんだね」
お母さんが写真を指差しながらたどたどしくチャールズに言う。

ヴィオさんの旅行ブログ-チャールスの家
「どこに?」
「玄関の上よ」
 そこにはまだ元気だった頃のヒースロー夫妻と今は亡き隣家のスケルトン氏、ママと小さな息子にビーグル犬が小綺麗に手入れされた玄関の前で写っている。玄関の上には確かに美しい鉢植えの花束があった。更に、ローズ・ブッシュで撮った息子とビーグルの写真。タワーブリッジを背にロンドン塔でお母さんと一緒に撮った写真。
「昔のことはよく覚えているのに、今日起こったことは直ぐに忘れてしまうんだ。不思議だよね」
チャールズが感心したように言う。
そして昔話に花が咲き一つ一つ頷いてくれる。本当に来て良かった。


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