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遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 ホテルのフロントでぶらぶらしていたら、「オクスフォード、ストラトフォード・アポン・エイヴォン、ウォーリック方面の一日バス・ツアー」というパンフレットがあった。テムズの旅だから、船で行きたいが時間がかかる。汽車で行くと、自由に歩けるが、少々不便で、立ち寄れる場所が限られる。バスは見たいところが自由にならない。しかし数多くの行き先を廻れる。日頃観光バスには乗らないのだが、今回はホテルに予約の手配をしてもらった。


遠い夏に想いを-bbc & all saints  今朝はホテルのレストランで急いで朝食をとって、ノッコと2人でホテルを出た。ホテルの前の通りを右方向に歩くとポートランド通りへ出る。そこにAll Souls Churchというナポレオン戦争勝利を感謝して建てられた教会とBBCの本社ビルがある。( 右写真:手前がAll Souls、その奥がBBC)


 「そこらあたりで待っていなさい。バスが迎えにきてくれるから」と、ホテルの係りの者に教えられていた。時間になってもバスは一向に来ない。道路の反対側に一台のバスがやって来たので、あわてて行ってみたが、行き先の違う観光バスだった。15分くらい遅れて黒っぽいバスがやってきた。予約客を所定の場所でひろって廻るだけのバスらしい。


 バスはケンジントン・パークの北側にあるアルバート・ホールの駐車場に行った。ここには各地に出発するバスが何台も待機している。ここでバスを乗り換えた。満員のバスは一路オクスフォードに向けて出発した。


 ミネソタの遠い日々
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遠い夏に想いを-simpson  一度、ホテルに戻り、着替えをして、夜はシンプソンに行く。疲れていたので、タクシーを拾い、ストランド通りの店の前で降りる。ストランドとはテムズの河岸通りの意味で、その先にはセント・メアリー・ル・ストランド教会が見える。


 この店はローストビーフの専門料理店である。英国料理はローストビーフしかない。店の名は世界にとどろいているが、果たして1972年にチャールズのお父さんが作ってくれたローストビーフ(ここをクリック )よりも美味しいかどうかだ。チャールズのお父さんは鉄道列車のシェフをしていたそうで、その昔、私たちがバックハースト・ヒルのチャールズの家に泊まったときに、腕をふるって料理してくれたのがローストビーフだった。焼き具合といい、肉の舌触りといい、味といい、香ばしいソースの香りといい、もう舌がとろける思いがしたのを覚えていた。


遠い夏に想いを-dining room  予約はしてあったが、一元さんは1階の部屋には入れない。やはり通されたのは2階の部屋だ。天井が高く、家具や調度品は古ぼけているが、決して洒落た店ではない。客は7割の入りだ。


 ワインはローヌ地方の「シャトー・ヌフ・デュ・パープ」のハーフボトル。食事は普通のローストビーフ。ワインは美味しいが、出てきたローストビーフはパサパサして決して美味いとはいえない。シンプソンもこの程度だったのかと思うが、我々の舌が72年の時より肥えたのかも知れない。やはり、チャールズのお父さんに軍杯を上げてしまう。72年は貧乏旅行で、ろくなものを食べていなかったせいもあるが、もし、昔のチャールズのお父さんの味を知らなければ、シンプソンのローストビーフも結構美味しく感じたであろう。


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遠い夏に想いを-トンネル入口  カティサークを見てから、船の周囲をうろついていたら、テムズ川のトンネルを発見した。テムズ川にトンネルがあるとは知らなかった。調べてみると、ここより少し上流のところに、「テムズ・トンネル」というのがあったらしい。1843年にフランス移民の技師が作った世界初の川底トンネルで、今は鉄道のトンネルになっているが、最初は歩行者専用だったらしい。(写真上はトンネル入口)


遠い夏に想いを-海洋大学  一方、このグリニッチのトンネルは1902年に作られ、「グリニッチ歩行者専用トンネル」と呼ばれている。歩道橋というのは何処にでもある。パリのセーヌに架かるポン・デ・ザールとかフランクフルトのマイン川に架かるアイゼルナー・シュテーク歩道橋などは有名だが、テムズ河口近くの川幅の広いところに歩行者用の川底トンネルがあるなんて他に例がない。余り時間もないので、サイロみたいな小さな塔からトンネルに入り、徒歩でトンネルを抜けて対岸に出てみる。(写真上は王立海洋大学)


遠い夏に想いを-発電所  トンネル内に明かりはあるが、何か殺風景で、薄暗い坑道という感じである。子供達が大声を上げて歩いている。結構距離はあるのだが、意外と早く対岸に到着した。子供たちも大人たちも小走りで進んで行く。何となく不安になり、知らず知らず早足になっているのだろう。(写真上はテムズ発電所)


遠い夏に想いを-地下鉄駅  対岸にでると、テムズをはさんでグリニッチの全景(王立海洋大学、発電所)が手に取るように見える。こちら側は、ドックランドでリニューアルが殆ど完了し、ビルが建ち並んでいる。新しい地下鉄、ドックランズ・ライト・レールウエイ線のアイランド・ガーデンズ駅がある。東京の「ゆりかもめ」のように地上を走る。セントラル・ラインに接続しているから、中心街に行くには便利だ。(写真上は地下鉄アイランド・ガーデン駅)ロンドンの地下鉄図にも「Foot Tunnel」と載っているので、事前に調べておけばこの地下鉄の駅からグリニッチに行ける。


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遠い夏に想いを-テムズ  国立海洋博物館と王立海軍大学の間の道を真っ直ぐ進み、海軍大学を左に折れてテムズの岸に出る。テムズもこの辺では河口に近くなるから川幅が広い。水もヘンリーやマーローなどに比べたら、かなり濁って茶色に淀んでいる。


遠い夏に想いを-カティサーク  カティサークの船内を見学することにして甲板に上る。船底に下がると、おびたただしい数の船首像が並んでいる。船も大きいから、船首像も大きい。












遠い夏に想いを-figurehead  可愛らしい女性の像から、アマゾンみたいにいかめしいのやら様々である。全部で何体あるのだろうか、船底の周囲にびっしり飾ってある。一隻でこんなに沢山の船首像を使わないから、当時の帆船の船首像を集めて保管し、展示しているのだろうか。この船は帆船の博物館になっているのだ。


遠い夏に想いを-figureheads  カティサークはご存知のように、1869年にスコットランドで建造されたクリッパー(快走帆船)で、中国から紅茶を、オーストラリアから羊毛を運んでいた。当時は帆船で最も速い船だった。スエズ運河開通とともにその運命に終止符がうたれ、ポルトガルに売却された。1954年に買い戻され、ここに置かれている。

遠い夏に想いを-ウィスキー
 この旅の後の2007年に修復作業中に火災を起こし、大半が焼失したらしい。貴重な文化財を失ったものだ。募金活動で修復資金を集めたらしいが、その後どうなったかは知らない。


 横浜の三井造船跡に日本丸という帆船が係留されている。1930年に建造された商船学校の練習用の帆船である。カティサークよりも60年近く新しいが、セールの高さが一段と高く、見るからにスマートな帆船である。


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 今回はテムズをまわる旅だから、テイト美術館を見て、午後からは、下流のグリニッジに出かけてみる。グリニッジといえば、子供の頃から耳にしてきたグリニッジ標準時と、成人してから、お酒を飲むようになって(と言ってもチビチビやる程度だが)知ったカティサークのことぐらいだ。グリニッジ・パークのそばを流れるテムズのドックランドについては漠然とした暗いイメージしかなかった。


遠い夏に想いを-greenwich駅  チャリング・クロス駅から郊外電車に乗り、テムズ川をわたって、グリニッジ駅で降りる。グリニッジの街は下町風で、ごちゃごちゃして決して美しいとはいえない。降りてからしばらく歩いた。一軒のレストランが開いていたので、2時過ぎで少し遅いが昼食にした。食事は美味しいとはいえないが、家族でやっている店で、従業員の心温まる対応は素晴らしい。



遠い夏に想いを-st.alfege  グリニッチ・パークの入り口にグリニッチ・マーケットという市場がある。相当古い歴史があるらしいのだが、並べてある物といえば、プリント地の安物の洋服類で見るべきものはない。


 グリニッチ・パークは、広い敷地に木々が生い茂り、一面に芝生が敷きつめられている。日本の皇居は115万平米らしいが、ここは180エーカー(約73万平米)あり、とにかく広い。ヨーロッパでは距離感が違うから、見た目と歩く距離は大いに異なる。建物と建物が離れているから、とても歩いては全部廻れない。(写真はセント・アルフェージ教会の塔)



遠い夏に想いを-greenwich park  旧天文台、国立海洋博物館、王立海軍大学、グリニッジ病院、それにカティサーク号くらいなのだが、時間的にテムズ河岸に係留されているカティサークしか見られないのではないかと思う。ネルソン通りを歩き、左折してテムズに行く。


 グリニッチ・パークは英皇室と縁が深い。メアリー女王やエリザベス一世が生まれたところだし、チュウーダー朝とともに発展してきた。


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