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遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 暫くシュミート通りを進んで、見るものが何もなくなったので引き返した。ただし、団体の観光客がどんどんやってくる。日本人の観光客、ヨーロッパの観光客、アメリカの観光客。ぞろぞろ、わいわい、賑やかに坂を下ってくる。我々を通り過ぎると、不思議とやがて消えてしまうのだ。この先に門があるのだろうか。傘を店に忘れたのを思い出して、傘をとりにシュミート通りを戻る。


遠い夏に想いを-聖ヤコブ教会  マルクト広場に戻り、小路を抜けて、聖ヤコブ教会の前に立った。天候が悪いと建築物が意外と目に入らない。


 ヨーロッパの古い街では狭いところに、突然、高い塔などの建物が聳えているから、上を見上げなければならない。フランスのシャルトルやイギリスの地方に点在する聖堂のように、広い広場があって聖堂を望めるなんていうのは例外ではなかろうか。古い都市では、眼前に突然聳え立つというのが普通だ。



 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学へ留学した記録のホームページにもどうぞ

 市庁舎からレーダー門を振り返ると、初期の城壁の門だったマルクス塔がのぞめる。


遠い夏に想いを-マルクス塔


 マルクト広場から市議宴会館を背にしてシュミート通りを歩いた。この通りはローテンブルグ一の商店街ということになっている。


遠い夏に想いを-シュミート通り

 日本の観光地では考えられないような落ち着いて洒落た店もある。若い人は別にして、ほとんどの観光客は長短に関わらずコートを着ている。夏服にコートなしでは、寒がりの私には余りにもきつい。


 通りに新宿や銀座で見かけるような内装の服飾店があった。男性のジャケットも扱っているので中に入ってみた。若い女の子が店番をしている。奥の売り場が男もので、ジャケットなどもある。みな大きいのではと思ったが、たまたま体に合うサイズがあり、デザインも気にいったので購入した。私には、対応
遠い夏に想いを-ジャケット してくれた店員が男性であれ、女性であれ、親切に対応してくれたら買ってしまうという変な癖がある。こうして買ったものは、結局、長く愛用するようになる。この店でも女店員がとても親切なので買ってしまった。このジャケットは着心地がよく、散々着古して、最後は作業着になるまで着続けた。



 とにかく、ドイツの物価は高い。為替の問題というより、基本的にものが高い感じだ。日本ほど高くないが、それでもドイツ人の生活は大変だなあーという感じがする。確かに、ものはいい。日本のようにガラクタは少ない。余り流行にとらわれず、きちんとしたものを買って長持ちさせる知恵がついているのだろう。結局、いいものは長持ちし、うわべの流行に関係ないのだ。デザインがよければ、変えなくとも、それが長持ちする。


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 街の市庁舎前にマルクト広場があり、その手前に版画を売っている店がある。版画はローテンブルクの名所を題材にしたものばかりだ。記念に適当と思ったが少々高いので諦めた。


遠い夏に想いを-市庁舎
 市庁舎はローテンブルクの看板見たいもので絵葉書や版画の題材になることが多い。市庁舎は広場側と西側の部分とではスタイルが違っており建築の年代も異なる。


 西側(写真左側)の建物は白くて、すんなりと高い塔があり、モダンに見えるが、広場側(写真右側)より古く、14世紀のものらしい。広場側は16世紀の建築らしい。しかも、上部はルネッサンス様式で、下部のファサードはバロック様式になっている。


遠い夏に想いを-市議宴会館

 市庁舎の右側に市議宴会館という建物がある。市議宴会場は市庁舎の地下階にあるのが一般的だが、ローテンブルクでは独立した建物になっている。この建物には時計がたくさんついている。上に日時計、次は日時を示す時計、その下には左右の窓の中にある人形と連動した時計がある。


 記憶に残っている子供の頃のお話、戦争で誰かが町を救った話。幾つかあるが、有名なのは、百年戦争でイギリス軍に占領された町を救ったフランスのカレーの市民。ロダンが作った有名な群像がある。
 もう一つはカトリックとプロテスタントが争った宗教戦争、いわゆる30年戦争で市民の代表が町を救ったドイツのローテンブルクでのお話。


遠い夏に想いを-時計仕掛け
 1631年にプロテスタ側についたローテンブルクがカトリック側のスエーデンに攻め込まれる。陥落寸前。スエーデンのティリー将軍が大ジョッキでワインを一気に飲み干す者がいたら、町を焼き払うことはしないと宣言する。ヌッシュ市長が大ジョッキ(3.25リトル)でワインを飲み干し、町を救った。この逸話を市議宴会館の仕掛け時計に仕込まれ、時間がくると両側の窓が開いて、市長がワインを一気飲みする。


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 さて、バスは再び出発した。ほぼ時間通りに走っているので、次のローテンブルグには予定通り12時45分には着くだろう。


遠い夏に想いを-町の駅  ローテンブルグでは鉄道の駅の前に停まった。高台の上にあるローテンブルグの旧市街へはアンスバッハー通りの坂道を登って10分以上歩かなければならない。旧市街は城壁に囲まれ、市内に通じる大きな門が5ケ所ある。


遠い夏に想いを-レーダー門

 レーダー門から市内に入って、市の中心にある市庁舎まで更に徒歩で10分くらいは必要だ。1時頃になっているので、昼食は早めに簡単に取りたい。


 門を入って少し歩いたところに、小綺麗なパン屋がある。店に入って右側はショーウインドーで、色々のパンが並べられている。サンドイッチの類から日本ではお目にかかれないような美味しそうなパンまである。日本のおやつ用の菓子パンとは違って食用のパンだから、どれも食欲をそそるが、みな美味しそうで迷ってしまう。


 店の左側は簡単なテーブルが3つとストールがある。パン屋の女主人は金髪で品のよい魅力的な中年の女性だ。コーヒーとサンドイッチで昼食を済ませる。小雨と寒さで冷えた体が落ち着いて来たようだ。食後は元気を出してまた歩き続ける。


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 雨は一向に降り止まず、寒々しいバスの旅となった。


 タウバーの山間を抜けて、バスが停まったのは、クレクリンゲンという村。しかし、タウバー川を渡り、クレクリンゲンの町は迂回してバスは人里離れた場所へ直進する。

遠い夏に想いを-ヘルゴット教会
 「指貫の博物館か教会か、どちらかお好きなところに」とガイドが言う。両方に行く時間はない。ここでも15分くらい停車だから。若いカップルは指貫博物館へ谷の方へ下りて行った。(上は教会)


 ノッコは教会の方がいいと言う。バスが停まった右手の土手を登って行くと、古い小さな教会が建っている。ヘルゴット教会といい、14世紀の終りに石造りで建てられた。木の梁があって、バシリカ風の教会だ。
遠い夏に想いを-マリア被昇天
 堂内に入ってすぐの真廊の真ん中にマリア像を中央に配した木彫りの祭壇がある。これは素晴らしい彫刻だった。マリアが被昇天して行く瞬間であろうか。祭壇のてっぺんにはイエスの像がある。マリアの足下には、マリアを見上げている女達がいる。彩色はしていないが、白木のままで、何か日本の名工の彫刻を見ているようだ。大変すばらしい祭壇だ。(上はマリア被昇天像)

遠い夏に想いを-祭壇増
 石像と木造の名手、ティルマン・リーメンシュナイダーによって1505年頃に作られた大傑作だ。ただ私的にはイタリア、パルマにあるドゥオーモの天蓋いっぱいに描かれたコレッジオの「聖母マリアの被昇天」が最高傑作だと思っているが(パルマのドゥオーモはここをクリック) 。(上は祭壇絵)


 遠い夏に想いを-墓石
 教会の外は墓地になっていている。イギリスの墓地と異なり、周りには花々が咲き乱れている美しい教会だ。



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