街の市庁舎前にマルクト広場があり、その手前に版画を売っている店がある。版画はローテンブルクの名所を題材にしたものばかりだ。記念に適当と思ったが少々高いので諦めた。
市庁舎はローテンブルクの看板見たいもので絵葉書や版画の題材になることが多い。市庁舎は広場側と西側の部分とではスタイルが違っており建築の年代も異なる。
西側(写真左側)の建物は白くて、すんなりと高い塔があり、モダンに見えるが、広場側(写真右側)より古く、14世紀のものらしい。広場側は16世紀の建築らしい。しかも、上部はルネッサンス様式で、下部のファサードはバロック様式になっている。
市庁舎の右側に市議宴会館という建物がある。市議宴会場は市庁舎の地下階にあるのが一般的だが、ローテンブルクでは独立した建物になっている。この建物には時計がたくさんついている。上に日時計、次は日時を示す時計、その下には左右の窓の中にある人形と連動した時計がある。
記憶に残っている子供の頃のお話、戦争で誰かが町を救った話。幾つかあるが、有名なのは、百年戦争でイギリス軍に占領された町を救ったフランスのカレーの市民。ロダンが作った有名な群像がある。
もう一つはカトリックとプロテスタントが争った宗教戦争、いわゆる30年戦争で市民の代表が町を救ったドイツのローテンブルクでのお話。
1631年にプロテスタ側についたローテンブルクがカトリック側のスエーデンに攻め込まれる。陥落寸前。スエーデンのティリー将軍が大ジョッキでワインを一気に飲み干す者がいたら、町を焼き払うことはしないと宣言する。ヌッシュ市長が大ジョッキ(3.25リトル)でワインを飲み干し、町を救った。この逸話を市議宴会館の仕掛け時計に仕込まれ、時間がくると両側の窓が開いて、市長がワインを一気飲みする。
Viosan の「ミネソタの遠い日々」
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