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遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 少し頭痛がするので、ノッコにジュースを買ってきてもらって、バッファリンを飲んだ。旧市街地は目と鼻の先だと思っても、ふらふらと足元がおぼつかない。結局、ノッコが「何かあったら大変だから、タクシーでホテルに戻ろう」と言う。私も最近血圧が高くなって医者の薬を飲んでいるので無理をしないことにした。


 雨の中をタクシーでホテルまで戻った。2時頃だったろうか。ベットに入って休むことにした。ノッコは元気なので、「一人でタクシーを拾って街まで行ってきたら」と言っても、何かあったら心配だからとテレビを見たり、旅行案内を読んだりして時間を潰している。


 暫く仮眠をとって目を覚ましたら、外は日が暮れて5時を過ぎていた。気分は落着いて随分よくなっていた。外国で気分が悪くなるのは今回が初めてではない。アメリカに出張した時など、調子が最悪の場合もあった。目眩などを起こすのは、大抵冬の時期、10月の末から3月上旬の間だ。



 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学へ留学した記録のホームページにもどうぞ

 地図を見たら、何と正反対の方向に歩いていたのだ。ホテルの前の通りの2本ばかり離れた通りを歩いている。シラー通りとか、ゲーテ通りとか、道路標示がある。ノッコが「今度はいちいち通り名を確認して歩こう」と言う。もっともな話しだが、老眼と弱い近眼の私には地図を見る時は虫眼鏡で、通り名を見る時はメガネを持ってきていないのでノッコに聞くしか方法が無い。


遠い夏に想いを-旧市街
 シュヴァンターラー通りを右に曲ってソンネ通りまで歩くことにした。コートを買うにも店屋がない。ソンネ通り(上のパステル画)は幅の広い緑地帯があって、ゆったりと美しい通りだ。ここはその昔、ミュンヘンの旧市街を囲っていた城壁を取り除いた跡地だろうか。その先に市庁舎や聖母教会の塔が見える。


 急に、軽い目眩がした。どんどんひどくなって来る。色々な原因が重なったらしい。寒さと、旅行の疲れと、慢性鼻炎の悪化と、視力低下と(左目は0.1の遠視)。寒いので急いで歩いて来たことが、かえってよくなかったらしい。


 ソンネ通りのバーガーキングに入り、少し休むことにする。温かいコーヒーを啜っているうちに、落着いて来たので店を出た。しかし、座っているとよいのだが、立って歩くと再び軽い目眩が襲う。カールスプラッツまできて、近くの洋装店で足を止め、コートを見るが気に入ったデザインのものが無い。そのうち立っているも辛くなって、地下鉄の駅に降りていった。地下の方が温かいと思ったからだ。


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 ヨーロッパを観光する場合、個人旅行なら、朝は急がないでのんびりして居られる。大抵、午前中は9時か9時半まではどこも閉まっているからだ。


 先ず、駅までのんびり歩いた。明日のザルツブルグへの汽車の時刻を調べるためだ。歳を取ってから、土壇場であくせくするのが嫌いになった。ヨーロッパの大きな駅にあるような案内所がある。駅の案内所では切符も買える。路線別に時刻表が小さな紙片に印刷されている。無料だから、必要な路線の情報が得られる。


 この方式はアメリカでも市営のバス案内所などで採用されている。3時頃にザルツブルグ行きの普通列車がある。これに乗り遅れても沢山あるから心配は要らない。長くてもせいぜい2時間くらいだ。ヨーロッパで鉄道を使うなら、普通列車に乗るのが一番気楽で楽しい。


 切符は明日買えば間に合うので、中央駅を出た。旧市街地の方向に向かって歩き出した。その時、マルクへの両替が必要なことを思い出して、もう一度駅まで戻って両替を済ませた。


遠い夏に想いを-通り-ミュンヘン
 この寒さでコートが無いというのは大変だ。ノッコはコートが無くとも大丈夫と言う。女性の洋装店が有りそうな広い通りを何気なく歩き出してしまった。どうせ旧市街は近いのだから少々迂回しても大丈夫と思ったのが間違いのもとだった。通りに店屋はあるが、みな野菜や果物の青物屋ばかりだ。どこまでも歩いてもそれらしい雰囲気になってこない。この時は、旧市街に行った方が洋品店があるとは気が付かなかった。


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 ナナイロさんより頂いたプレセントです。梅雨時の気持を癒してくれる紫のアジサイです。

 ナナイロさんは長崎にお住まいのブロガーです。彼女は日常の出来事をウィットに富んだ素晴らしい文章で綴ったブログを掲載しており、いつも読むのを楽しみにしております(ナナイロさんのブログ )。


 偶然ですが、今年の5月は我々(ヴィオとノッコ)の結婚50周年目に当たり、ナナイロさんはご存じないでしょうが、何んとなく嬉しい気持ちにさせて頂きました。


 ナナイロさん、本当に有難うございまいした。


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 ホテルの客を見ていると、ヨーロッパの人達はよくパンを食べる。特に、イタリア人はものすごい。ヨーロッパの主食は肉料理と思いがちだが、やはり、主食はパンである。イタリアではバターを使ったクロワッサンやブリオッシュ等も食べるが、むしろ、無醗酵のパンで、塩と小麦粉だけというパンをよく食べる。


 90年の旅行の時にロンドンのラマダホテルでトスカナから来ていたイタリア人の団体客が、レストランに入るなり我先にパンを五個も六個も取ってきてコーヒーと一緒にパクパク、ムシャムシャと一気に食べ、終わったと思ったらさっと出ていってしまったのを思い出した(ここをクリック )。


 日本ではパンブームとはいっても、パンはおやつに食べるか、ちょっとした空腹を満たす程度の軽い食べ方しかしないから、パンといえば菓子パンばっかりだ。ご飯ではそんな食べ方をしない。おにぎりだって、まぜご飯だって、チャン飯だって、クロワッサンとかブリオッシュみたいなもので、菓子パンの類ではない。だから、彼等にとってアンパンは食うに耐えない代物なのだ(あんこという食べ物の発想や経験が無い)。彼等は、菓子パンを作るくらいなら、トルテやケーキにしてしまうだろう。ヨーロッパのトルテやケーキは種類も豊富で美味しいことこの上ない。


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 朝になって、カーテンを開けた。空はどんよりと曇り、時折、雨がぱらつく。通りをコートの襟を立てた人達が足早に歩いている。歩道の木々は風になびき、歩いている人達もコートの裾をばたばたさせて風のなかを歩いている。
「うわー、寒そうだなー」
つい声が出てしまった。
「風が強いのね」
ノッコも外を覗いた。


遠い夏に想いを-食堂

「朝食に行こうか」
朝食用のレストランは2階の角にあった。部屋は2階のレストランの近くだ。食堂は一段下がっていて、L字型になっている。外は曇りといっても、周囲に大きな窓があるので大変明るい。席はほぼ満席だ。団体の観光客が多いせいだろうか。食べ物は標準的で、むしろフランクフルトのホテルのレストランが種類も豊富で美味しかったとノッコは言う。


 それでも、今回の旅行で、朝食付きのホテルは助かる。去年の北イタリア旅行はラヴェンナのホテルだけは朝食が付いていたが、あとはカフェでクロワッサンとカプチーノだけだった。これも素適だが、やはり直ぐに腹が空いてしまう。


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