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遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 今日が最後の晩になった。機中でニ泊、正味三泊、実質二日しかハワイ島にいない。この短い期間で、何か随分ハワイの一面を見た気がする。旅行者の勘違いと思うのだが。


遠い夏に想いを-ボブの家/BB
 宿泊しているアニタとボブの家は日本人の我々にはすごく居心地がいい。余り大きくなくて、天井も低く、ベッド以外は全て家具調度品が小ぶりである。アニタによるとこの家は日本人が設計・施工したらしい。日本で欧米式の家をデザインしても、結局、中途半端な欧米風にしかならない。


遠い夏に想いを-鳥居

遠い夏に想いを-窓
 玄関のそばには赤い鳥居がおかれ、土手には竹も植えられている。部屋には日本を感じさせる飾り物か置かれているし、お茶も日本式の湯飲み、急須、お盆で出してくれる。台所もあり簡単な炊事も可能。照明は蛍光灯で電気を節約している。ソーラーパネルの電力だけだからLEDにしないのかと訊いたら、今のところ値段が高いので、将来考えると言っていた。勿論、電力を食うのでテレビはない。ビデオがあるが、すぐ飽きてしまう。


遠い夏に想いを-アニタの部屋
 棟続きの反対側の小さな部屋には簡単な運動用の器具が置かれており、アニタがヨガを教えているとのことである。こんな未舗装の田舎に道場を作っても、人が訪れるのだろうか。彼らは二階に住んでいる。


遠い夏に想いを-ツル
 ノッコが小さなお菓子の包み紙でツルを折って、飾ってきた。折り紙はアメリカでも人気だから、訪米するときは、綺麗な折り紙を持っていくのもいいかも知れない。


遠い夏に想いを-台所
 今夜はハワイ島で最後の夜である。明日は早いから、寝ることにする。


 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ

 クイーン・カアフマヌ・ハイウエイをコナ海岸に沿って西に車を進める。天気はよい。かなりの距離を走った。何処まで走っても黒い溶岩の大地が広がり、視界をさえぎるものがない。


遠い夏に想いを-ワイコロア
 とある交差点を左に曲がって、ワイコロア・ビーチ通りにはいる。ハワイ語は日本語と同じで、母音がやたらと多い。カタカナだと子音と母音がくっついた文字だから、どうにか読めるが、アルファベットで書かれると道路標識などは一瞬では読めない。


遠い夏に想いを-ショッピング・モル
 ワイコロア・ビーチ・リゾートはゴルフ場を中心とした複合リゾート施設で、ヒルトンホテルやショッピング・モルなどがある。ワイメアのショッピング・モルなど違って、日本でも見かける新しいタイプのモルである。


遠い夏に想いを-遊園地
 乾燥しているので、やたらと喉がかわく。ここでもスターバックスに入り冷たい飲み物で喉を潤した。中央に小さな遊園地があり、回りは商店が軒を連ねている。食品、レストラン、ブティックが並ぶ。


 今日は感謝祭の翌日の金曜日で、ブラック・フライデーといって、商店ではディスカウントをやる店が多いらしい。「Black Friday」と紙に書いて店のウインドーに掲げているブティックがあった。景気のいい年ではこのブラック・フライデーから翌月のクリスまでは商店の売り上げが増えるらしく、クリスマス商戦が始まる大切な日らしい。モルの中をぶらうぶらして、時間は早いが帰宅することにする。


 4時半頃にロイスの家に着いた。ずっと運転してくれたリックが少々ばて気味で申し訳ない。と言ってもリックは我々よりも若い。アメリカ本土で有名私立大学を出て、最後はシアトルのマイクロソフトで働いていた。


 ベランダで涼みながら、ロイスが訊いてきた。
「ヴィオたちは、私たちがハワイに住んでいなくてもハワイに来た?」
「Noだね。今回ハワイにきたのも。ロイスとリックに会うためだから。日本人には大人気のハワイだが、私達は全く関心がなかったしね」
「やっぱり、そうなの?」
「シアトルに住んでいた頃に会いに行きたかったよ。いろいろ事情があって行けなくって残念だったけどもね」


遠い夏に想いを-雲
 コナではあんなに晴れていたのに、ここでは雲が出てきた。裏山から霧がどんどん降りてくる。牛の群れも丘を登って帰ってゆく。簡単に夕飯を取って今日は宿屋に帰ることにする。


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 ハワイ島の自然は独特だと思う。島の面積は四国の半分くらい。この島には特異な気候がある。世界には13の気候帯があるらしい。この小さな島にはその内の11もの気候帯が存在すると言われている。


 マウナケナ山(4,205メーター)、 キラウエア(1,248メーター)、マウナロア(4,160メータ-)など5つの山がこの狭い島に聳えている。その光景は驚きに値する。島の南西のコナ地域はマウナロアの古い溶岩で覆われている。黒い溶岩が一面に広がる。枯れ草がところどころに生えているだけで木もない。キラウエアは今も活発に活動しており、島の南東側に溶岩が流れだしている。

<マウナロアと黒い大地 - 190号線走行中に撮影>
遠い夏に想いを-マウナロア
 マウナケアにはご存知の天文台群があり、その中に世界最大の反射望遠鏡「すばる」天文台がある。

<マウナケアと天文台群 - 旅客機から撮影>
遠い夏に想いを-マウナケア
 南の島のハワイ諸島でもマウナケアとマウナロアには雪が積もる。神聖な山でる。原住民は神聖な山に天文台を作ることに反対してきた。日本でも同様に富士山は昔から神聖な山である。


 今回の旅は滞在日数が短い。マウナケアの天文台にもキラウエアのボルケーノ観光にも行っていない。素晴らしゴルフ場が幾つかあるが、現在はゴルフをやっていないので行かずじまいだ。コナ地区はワイキキ海岸と同様に綺麗な海が広がり、高級ホテルが建ち並び、金持ちの観光者がのんびりと楽しんでいる。ハワイに来てもフラダンスも見てない。関心がないと言えば無いのだが、ハワイらいい観光には縁遠い。


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 コナ・コーヒーでお腹もガブガブになって、次は、何処へ行くのだろうか。行き先は運転手任せだ。ハイウエイを更に南下して行き、カルア湾に面したカルアの町に着いた。この町には結構レストランが多い。


遠い夏に想いを-コナタンク  コナ・ビールの工場に車を停めた。昼食の時間になっていた。ビール工場で食事?小さい工場だがビールのタンクが建ち並び、その横がレストランの入り口になっている。奥に行くと室内のレストランがあり、その前は広いテラスになっている。



遠い夏に想いを-コナテラス  ビール会社といえば、サッポロビールでも苗穂の工場でレストランを開いていて、札幌の観光スポットになっているから、コナビールにレストランがあっても不思議ではない。ハワイの水は美味しいので有名だが、この水でビールを作るのだから美味いに違いない。


 食べ物は、何が美味しいのだろう。昼食だから、軽くて簡単なものがいいというので、ピッアに決まった。


遠い夏に想いを-コナピッザ
 飲み物はオレンジジュースにしたが、皆はビールを取った。大きなサイズのピッアが出てきた。見るからに美味しそうである。4人で分けても、食べきれない。アメリカ人は大食漢である。我々は小食だし、ロイスたちも我々より若いとはいえ、歳だから食べる量は少ない。ロイスはミネソタにいた時も、子供達には過食を戒め、子供達はすらりとして活動的だった。


 ピッアは、とにかく、とろけるようで、香ばしくて、美味しい。レストランは一応満席だが、席がゆったりしているので、大変に気持がいい。


 満腹になり、車に乗って、いま来たハイウエイを戻ることにする。


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 ワイメアの町を出て、暫らく行くと、土地の様子が突然変わる。緑の多い地域から黄色く枯れた草の茂る乾燥地帯だ。冗談に不動産屋が客に道のこっち側、それとも、向う側?と訊くそうだ。即ち道路を挟んでそっち側は乾燥地帯、こっち側は普通の土地、という意味らしい。それほど突然自然の様相が変わってしまう。


 19号線から190号線のハイウエイに入り南下する。この辺はマウナロア火山からの溶岩が流れて、あたり一帯は木も生えていない荒涼とした風景が延々と続く。


遠い夏に想いを-風景
 暫らくいくと、海岸にハワイ島のもう一つの空港、コナ国際空港が見えてくる。やがて緑が少しずつ多くなってきた頃、ケアラケクアという地区にやって来た。この一帯はコナ・コーヒー・ベルトと呼ばれコーヒー農園が密集している。コナ・コーヒーはアメリカ全土でも唯一のコーヒーの産地で、1820年代に始まったらしい。街道沿いの一軒のカフェで休んでいくことにして、オーキッド・アイル・カフェの前に車を停めた。


遠い夏に想いを-オーキッド店先
遠い夏に想いを-カウンター  店内には4~5人の客がテーブルを囲んでコーヒーを飲んで、談笑している。カウンターのなかでは店員が客の注文に応じてコーヒーを入れている風景は日本の大衆コーヒ店と変わらない。木造の薄暗い店内のトイレに入ろうとすると、鍵が掛かっていて戸が開かない。店員に聞くと、「そこの鍵を使って」と言う。柱に鍵がぶら下がっている。トイレを使うのにいちいち鍵を借りなきゃならないとは!


遠い夏に想いを-休憩  我々はコーヒーを持って外のテラスへ出た。南側のコナの気候は北側のハマクアのとはまるで違う。11月の下旬だというのに、まるで東京の9月上旬の気温だ。この辺は南海の島なのに空気が乾いている。ここは南国特有の椰子の木が多いが、北のハマクア地区ではナンヨウスギの一種であるノーフォークマツが美しいのだが。


遠い夏に想いを-遠景  外は陽射しが強いが気持がいい。遠くに海が見える。コーヒーは物凄く濃い。朝食にも大きなマグカップで濃いコーヒーをたっぷり飲んでいるので、コーヒーでお腹がパンパンである。コナのコーヒーは生産量も少なく大変に貴重で高値で販売されている。


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