遠い夏に想いを -137ページ目

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 今日は助手席にお姫さまがデンと鎮座している。
旧友たちと四重奏をやるためにお出掛けだ。
いつもチェロがお出掛けする時は、助手席を占拠している。
奥様ノッコのチェロ姫だ。


遠い夏に想いを-チェロ

 先週末もある医科大学のトラで演奏するために、
お姫さまは助手席に収まって駅までいった。
チャイコフスキーの交響曲5番を弾いたわよ。
終楽章は疲れたなぁ。
10年間もトラに出続けているから準会員みたいなものね。


 チェロは大きくて重い。
ケースはクロアチア製の超軽量だ。
それでも担いで歩くには重いらしい。
歳は取りたくないね。


 後部座席でも乗れるのだが、以前はツードアの車だったので
助手席に乗るようになった。
奥様ノッコの大切なイタリア子だから甘やかされている。


 今日は友人宅でモーツアルトの17番の四重奏曲「狩り」を合わせる。


 今まで何年も色々な曲を合わせてきたが、お互いに忙しくて1年振りだ。この曲は2度目だかが、1年振りだから、うまくいくかどうか解らない。


遠い夏に想いを-楽譜
 まあ久しぶりに集まって、賑やかに昼食のサンドイッチやおやつを食べて愉快にお喋りをして、楽しい一日を過ごそう。


遠い夏に想いを-昼食
音楽がぴったりと上手く合わなくとも構わないさ。
楽しいのが一番だから。

でも、またやろう、今度はもう少し上手くね。


 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ

 今日はハワイを発つ日だ。昨夜は風雨が強く、テレビのニュースでも注意を呼びかけていた。朝から台風が去ったように天気は良いが、少し肌寒い。


 朝食は外で食べる。ホテルを出て海岸通りの角に大きなテラスがある。ここで軽く食事ができる。日系人らしいおじさんが外でクレープを焼いている。身の上話が面白かった。


朝食02

 ホテルへ戻り、空港へのリムジンバスを予約して、また出かけた。バスは2時の出発だから、余り時間はない。市内を観光するにはワイキキ・トロリーとかいう簡易バスがあるが一日券しかない、30ドル以上するから2人で60ドル。決して安くない。


 諦めて街をぶらぶら歩く。カラカウア通りを東へ行くと街が切れて、広大な緑地帯が広がる。ホノルル動物園だ。アメリカで動物園はミネソタのセントポールのコモパークの動物園しか行ってない。サンディエゴの動物園が有名だがサンディエゴにも行っていない。ホノルル動物園は自然が豊かだが動物が余りいない。地元の母子が見に来ているくらいで観光客はいない。


動物園

 動物園を出て、角にスターバックがあり、サンドイッチとコーヒーでお昼を取った。市内でお土産品を買って、ホテルへ戻った。


 リムジンバスは市内のホテルを回って、お客をピックアップして、空港へ向かう。運転手は日系人で、助手に小学4年生くらいの女の子。娘だという。バイトだからお金をためていると言う。


 空港では時間があり、少し休憩する。空港にあるスターバクスの前でコーヒーを注文しようとして、メニューを見ていた。最近のコーヒーには色々な名前がついている。女性の販売員が「アメリカン・コーヒーがいいの?」と訊いてきたので、大笑いになった。「アメリカン」などというコーヒーはない。日本人がアメリカの薄いコーヒーを「アメリカン」と軽蔑して呼んだのだが始まりだった。日本人観光客が「アメリカン」と注文することが多いのだろうか。

 時間が来たので国際空港へ渡って、一番奥まで行かなくてはならない。ハワイに来てもフラも虹も見なきゃ、火山ツアーも、何もしていない。旧友たちに会いに来たのだから、それで充分である。その後のリックとロイスからのメールで家は完成し、隣の牛が草を食べっていた広大な土地を購入したらしい。敷地内には舗装もし、庭も新しく作って、色々な植物や木を数百本植えたらしい。定年後の二人であの広大な土地が家を完成させるバイタリティーには感服するばかりだ。


窓

 ハワイは日本と関係がある、と言っても、昔の話だ。ハワイ王室がアメリカの迫害から逃れるために明治政府に助けを求めてきたのだが、明治政府はアメリカに遠慮して何もしてあげなかった。悲しい歴史がある。


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 ホノルルは暑い。11月下旬だというのに東京の9月上旬くらの暑さだ。ダウンタウンのホテルへはタクシーを使った。天気は最高に良い。ホテルはトランジットで3時間も空港で待つくらいなら、ホノルルに一晩泊って帰ろうというつもりだから、贅沢はいらない。寝るだけだから安いホテルでいいと泊ったのがこのホテル。ワイキキの海岸からワンブロック入った通りにある。


遠い夏に想いを-ホテル


遠い夏に想いを-ホテルからの海  先ずは外へ出かけてみる。ビーチ沿いの繁華街カラカウア通りは大勢の観光客で溢れている。圧倒的に日本人が多い。通りには有名ブランドショップが軒を連ねる。今は買い物だけならハワイよりも韓国へ旅行した方がお得だ。旅費も安いし、ウオンが下落して半値になった。


 元々東洋からハワイへ移住した人たちではフィリッピン人が一番多い、次に日系人。白人が一番多いが、それでも25%くらい。過半数には達しない。まさに人種のるつぼと化している。だからやたらと日本人観光客が目立つ。


遠い夏に想いを-ワイキキ01
遠い夏に想いを-ワイキキ02
 海は空色で美しい。初めてミルクを溶かしたような青い海を見たのは、沖縄だった。当時、まだ沖縄はアメリカ領で、お金はドル、パスポートが必要だった。一夜明けて那覇港に船がつき海を見て驚いた。本州や北海道で見る海の色とは全く違う。いまハワイで見ている海の色と同じだ。


遠い夏に想いを-ワイキキ03
 通りを散歩して、お店に入るがどれもブランド品である。もうブランド品には関心がないのでホテルに戻る。若い頃はブランド品にも関心があったが、最近は東京でも新しいショッピングモルができても、全然行かない。どこもみな新しいだけで特色がない。


遠い夏に想いを-ステーキハウス  夕方になった。事前に電話で予約して、夕食を取りに出かけた。ホテルから近くのカラカウア通りのビルの2階にd.kステーキハウスという店がある。日系人の経営するステーキハウス。窓の外はワイキキ・ビーチが美しい。日本では余りポピュラーではないフィレミニヨンを頼んだ。アメリカ本土のフィレミニオンは高さが5センチ以上ある。ここの店のフィレミニヨンも4センチくらいある。牛にはグラスフェッドとコーンフェッドがあるという。草ばかりで育てる牛と飼料で育てる牛だ。ハワイの牛はグラスフェッドだろう。歯ごたえがあってとても美味しい。大満足の夕食だった。


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 ヒロの町を過ぎた頃には、雨も殆ど上がった。時間があるので、ヒロ湾に沿って海岸線を一周した。バニアン・ゴルフ・コースの外周に小さな日本庭園がある。更にこの辺りはバニアンの木が密集して生えている。異様な光景だ。


 空港には少し早めに着いた。空港内の喫茶店に入り、リックと4人でコーヒーを飲んだ。
「よく、ここまで来てくれたわね。また来る気ある?」ロイスが訊く。
「う~ん・・・」私は返答に窮した。

「もう会えないと、思っていたら、会えたしね。多分これが最後かもしれないし、また来るかも」
何か悲しい想いが募るけれど、我々もそう若くない。
「うん、じゃ元気でね。ここの空港はロービーはソファがあり立派だから、時間までロビーでのんびりした方がいいかも」
そうゆうロイスとリックに抱き合って別れを告げ、ロビーへ向かった。


遠い夏に想いを-ロビーへ
遠い夏に想いを-ロビー
 広いロビーの隅にお土産店がある。ハワイ島に来ても何一つお土産を買ってないので、コナコーヒーを買っていくことにする。若い女性の店員が寄ってきて日本語で話した。留学生で空港の売店でアルバイトをしているという。コナコーヒーは2種類おいている、少し高いが上物のコーヒーを買った。

遠い夏に想いを-コナコーヒー 「コナだけでなく、こちら側のハマクア・コースト沿いにもコーヒーがとれるって聞いたけど、置いてある?」

遠い夏に想いを-カウコーヒー 「ありますよ、カウ・コーヒーっていうんです」
とりあえず、飲んでみなきゃ解らないので一袋買ってみた。



遠い夏に想いを-日本のコナ  コナコーヒーは高いって前に書いたけども、先日スターバクスに行ったらコナコーヒーが特別に提供されていた。値段を見て驚いた。一杯850円したのだ。さすがに飲めなかった。日本では殆ど見かけなくなったコナコーヒー。スターバクスもシアトルの会社だし、面子にかけても唯一の米国産コーヒーを提供しなけりゃと思ったのだろうか。豆でも売っているが、100グラム2,000円以上する。純粋に100%コナコーヒーだからと言う。10%でもコナコーヒーを名乗れるのだ。一般コーヒーの6倍の値段だ。興味ある方はトライしてみては。


 さて、ロビーには行かずに、直接搭乗用の通路に行った。ロイスの言うとおり、狭い通路に折りたたみ椅子を並べただけである。但し、フライトは快適で、雲の上をを飛び、左手にマナケア山と真っ白な天文台群が望める。1時間弱でホノルルに着いた。


遠い夏に想いを-マナケア山


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 今朝はハワイ島を発つ。朝から雨だ。簡単な朝食の後、ボブとアニタがさよならを告げにやって来た。部屋代を払おうとすると、「いらないよ、既にロイスから代金を前もって貰っているから」と言う。


 いつもの朝食を終えて、玄関を開けたら、外は小雨が降っている。靴は脱いで扉の外に置いてあったので少し濡れていた。ここは日本式に靴を脱いで部屋に入るのだが、日本の家のような玄関はない。ロイスとリックの新築の家もテラスまでは土足だが、部屋に入るときは靴を脱ぐ。道路が未舗装で汚れがつき易いからだろうか。


 日本に住んでいたアメリカ人でも帰米すると、家を日本式に改築する。勤めていた会社の上司だったアメリカ人のミネソタの家を再度訪問したら、「靴を脱いで、スリッパに履き替えてね」と言われ、びっくりしたことがある。家を改築していたのだ。スリッパはアメリカにはなかったので日本で大型のスリッパをまとめて購入しておいたらしい。


 ロイスとリックが車でやって来た。アニタとボブに別れを告げて、車は凸凹道を降りて行く。雨がかなり大降りになってきた。パアウイロの町に出て、激しい雨の中を海岸線の19号線を東北に進む。結構早朝は車の往来が激しい。道路脇に奇妙な木が生えている。バニアン・ツリーというらしい。伸びた枝が地上に垂れ下がって、また根を下ろす。同じことを繰り返し、何本もの枝が幹になって奇妙な木になる。


遠い夏に想いを-バニアン
 「ロイス、宿泊代を払いたいのだけども。幾らだったの?」私は訊いた。
 「いらないわよ、だって、うちに泊まる予定だったのに、未完成で、私達が紹介した場所なんだから」と言って、受け取らない。仕方がないので、彼等の好意に甘んじることにした。


遠い夏に想いを-ヒロ
 雨は小降りになってきたようだ。車はヒロの町に入ってきた。ヒロも小雨にひっそりとしている。



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