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遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 18世紀フランスの画家、シャルダンの展覧会を見に、三菱一号館美術館へ行ってきました。東京駅からも近くにあり、丸の内界隈の新旧ビルのうちでも、明治時代に日本で活躍した英国人コンドルの設計による赤レンガの建物です。


 かっては事務所が入っていましたが、いまは落ち着いた美術館になっています。

<マネやルブランなどの、いい展示会もあります>


遠い夏に想いを-三菱04


 ここのいいところは小さいながらイギリス式のスクエア風の広場が在るところですね。

<カフェから(上)、美術館3階から(下)>


遠い夏に想いを-三菱08


遠い夏に想いを-三菱07



 ロンドンのスクエアには芝生だけの小さなスクエアから樹や花があるスクエアまで色々ですが、ここのスクエアは花壇や樹が植えられており、それらしい雰囲気が漂ってきます。

<美術館入口(上)、庭(下)>


遠い夏に想いを-三菱05



遠い夏に想いを-三菱06



 この周辺にはご存知赤レンガの東京駅が建築当初の姿に戻っています。

<東京駅(上をクリック)、北口の天井(下)>

遠い夏に想いを-東京駅01


遠い夏に想いを-北口02



 更に、東京駅北口を出て右奥に日本工業クラブビルがあります。大正時代の1920年に完成した鉄筋コンクリートのビルです。


遠い夏に想いを-工業倶楽部03


 また皇居側には明治安田生命ビルの重厚な石造りの建物があります。1934年に建てられた国の重要文化財です。日本工業クラブビルも明治安田生命ビルも古い建物を残してその後ろに隣接して高層ビルを建て、土地を有効に活用しています。



遠い夏に想いを-明治安田09




 ここから日比谷までの丸の内仲通りは落ち着いた店舗が軒を連ねます。ブロックごとにビルが建てられているので、欧米の中心街のように統一がとれています。有名店があり洒落たカフェやレストランがあり大人の雰囲気に溢れる通りで、原宿などとは街の趣が異なっています。


遠い夏に想いを-仲通り10


 よく歩いた、素敵な一日でした。



 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ



 サン・ミシェル橋は1378年に初めて作られてから、幾度か作りかえられ、現在の橋は1857年に作られたそうだ。サン・ミシエル大道通りはシテ島を抜けて南北にパリを縦断する幹線道路である。


遠い夏に想いを-サン・ミシェル橋

 シテ島にはコンシェルジュリー(裁判所・牢獄)があり、その中庭には13世紀に完成した美しいサント・シャペルがある。サント・シャペルにはおかしな思い出がある。40年前にはサント・シャペルに東京の地下鉄職員みたいな服装をした男性ガイドが沢山いた。大勢の観光客を引き連れて、大声でとうとうと説明るのだが、彼のそばに偶然居合わせて、息子のチャオが小声で話をしようものなら、突然、大声で「シランス!(黙れ!)」とやられてしまう。彼の説明の声が大き過ぎて、邪魔になる事など気にとめない。


遠い夏に想いを-サント・シャペル


 色鉛筆画のサン・ミシェル橋にはサント・シャペルの塔が見える。水彩画のサント・シャペル堂内では上を見上げる人たちでごった返していた。


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遠い夏に想いを-眺め  そろそろカナダの旅も終わる。シャトー・フロントナックはケベックだけでなく、カナダでも歴史と豪華さで超一流のホテルである。シーズン・オフのこの時期だから空き室もあり、旅行社の友人から割引があるからシャトー・フロントナックに泊ってみないって奨められて、泊ってみた。落ち着いた家具・調度品でしつらえた部屋はいいのだが、窓を開けても眺めは良くない。


 モトリオールとケベックだけだから何とも言えないが、街のレストランやカフェに入っても男性も女性も若者の表情が、アメリカの若者達と随分違う。アメリカは国が常に何処かで戦争をしている。戦場を経験した者も多い。彼らの表情は険しくイライラしてる風がある。それに反し、カナダの若者は明るく柔和な表情をしている。


 カナダも銃社会だ。アメリカと同じくらい銃は一般社会にいき渡っているが、発砲事件はアメリカに比べ極端に少ないという。人々が穏やかに生活をしてるからだろう。


 ここらでケベックの古い民家をご覧いただこう。旧市街は世界遺産で溢れている。


遠い夏に想いを-古い家04
遠い夏に想いを-古い家01
遠い夏に想いを-古い家03
遠い夏に想いを-古い家02
 古い民家が沢山残っている。これらの写真以外にも沢山あるもだが。


遠い夏に想いを-朝日  翌朝早く空港へ向かった。丁度、朝日がセント・ローレス川の東岸の彼方に昇ろうとしていた。





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 夕方、ぶらっと散歩に出かけた。


 家から5分も歩けば多摩川に出る。夏は日差しが強く、余り多摩川には来ないが、初秋の日差しに誘われてぶらりやって来た。


遠い夏に想いを-多摩川
遠い夏に想いを-ヒガンバナ赤  土手には自生のひがん花が咲き始めている。毎年9月から10月の初めには赤いひがん花があちらこちらに見られる。



遠い夏に想いを-ヒガンバナ白  今年は白いひがん花が咲いている。ひがん花は赤だけかと思っていたら、白い花もある事を知った。














遠い夏に想いを-決壊碑  多摩川のこの辺りはかって1974年に多摩川が決壊し、20軒ほどの家が流された。これは自然災害と言うより、人災であった。



遠い夏に想いを-洪水  堰があったために起こった災害から「岸辺のアルバム」というテレビドラマが放送されたことは記憶に新しい。今では想像できないが、川岸に小さな記念碑が立てられている。











遠い夏に想いを-雲  帰り道、空を見上げたら一面に「いわし雲」が広がっていた。「もう、秋だな~」呟く頬に秋の風が吹いていた。







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遠い夏に想いを-サン・ポール通り  ケベックの町歩きを続けよう。今度は「首折り階段」を登って真っ直ぐ歩くと、サン・ポール通りに出る。この時期は観光シーズンでもないので、通りは閑散としている。骨董屋さんが多い通りだ。


 骨董屋だか古道具屋だか判らない店屋がある。店の中は鍋や柄杓などの古い調理器具が散在している。ノッコはこうゆう物に目がない。長い柄の付いた小さな銅の鍋を買いたそうにしているので、荷物になるし、帰っても使い道がないからと諦めさせた。


遠い夏に想いを-パン屋02  暫く歩くと、洒落たパン屋があった。赤く塗った店の入り口にお手製のシェフの形をした看板がぶら下がっている。店に入って、クロワッサンを2個買い、歩きながら食べた。そう言えば、フランスでもイタリアでも朝や昼にはクロワッサンで済ましていた。ここのもパリパリとしてとても美味しい。






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