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遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 アドリア海の女王と呼ばれるイタリアのヴェネツィアです。サン・マルコ広場に立つと、運河の向こうにサン・ジョルジョ・マジョーレ教会の華麗な姿か見えます。


遠い夏に想いを-サン・ジョルジョ

 目と鼻の距離ですが、島に行くにはヴァポレット(乗合船)に乗ります。この島にはサン・ジョルジョ・マジョーレ教会と裏庭があるだけ。教会の塔には小さなエレベーターがあり、お坊さんがエレベーターを操作します。


 塔からの眺めは素晴らしい。ヴェネツィアの本島やその向うの島々、リド島まで望めます。この教会はパラーディオ様式で建てられた建物で、均整がとれて美しく、堂々としています。ヴェネツィアの近くのヴィチェンツィアという町に彼の様式で建てられた建物が多く存在します。16世紀に活躍したアンドレ・パラーディオがヨーロッパ諸国、特に英国に与えた影響は大きいようです。


 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ

 寒い日が続いていましが、昨日は曇りがちの天気ですか、久し振りに暖かったです。


 東京の外苑前にある絵画館前のイチョウ並木を見に行って来ました。今年は天候の影響で1週間ほど遅いそでうです。ここの並木道は視覚的に美しく見えるように、手前が高く、奥の方へ行くほど低く調整されているそうです。今週の週末までが最後の見どころではないでしょうか。


 写真はピンボケでよくないですが、載せておきます。


遠い夏に想いを-並木01
遠い夏に想いを-並木03
遠い夏に想いを-並木02
遠い夏に想いを-並木05
遠い夏に想いを-並木06


 帰りは青山一丁目で大江戸線に乗り換え、国立競技場前で降りて、近くの津田ホールへ行きました。この日の夜は相曾賢一郎さんのヴァイオリン・リサイタルがありました。毎年、上野の文化会館小ホールでやるのですが、今年は色々事情が重なって津田ホールに決まったそうです。


遠い夏に想いを-aiso  この人は大学時代にヴァイオリンを弾いていた先輩の息子さんで、芸大を卒業して、文化庁から研修員として英国に派遣され、王立音楽院を首席で卒業されたヴァイリニストです。現在、イギリス人の奥さんと英国に住んでいます。世界各地へ行きますが、毎年秋にサイタルのために来日します。



 昨日はベートーベンの7番のソナタ、イザエの編曲によるサン・サーンスのワルツ・カプリースとシュトラウスのソナタでした。アンコールを含めて素晴らしい演奏を聴かせてくれました。


遠い夏に想いを-プログラム

 帰宅時には雨が降ってきました。津田ホールに来るまで銀座を歩き廻っていましたから、今日は結構歩いた一日でした。


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 秋も深まり、音楽会シーズンもたけなわです。勤労感謝の23日に、その昔会員だった楽団の定期演奏会に行ってきました。去年は私達のハワイ旅行と重なり行けませんでした。会場とりが大変なのですが、何がなんでも毎年11月23日に会場を抑えて演奏会をやります。


遠い夏に想いを-ルーテル教会  場所は東京・市ヶ谷のルーテル教会。200人程収容できるホールはいつも満員。毎回補助椅子をだします。教会ですが音楽会がよく開かれています。






 今日はルソール合奏団という25人程の弦楽合奏団。47回目の定期というから、もう47年も経ったことになります。日本アマチュア演奏家協会を立ち上げた一人であるヴァイオリニストのS女史が作った合奏団。


遠い夏に想いを-ルソール01


 今日のプログラムはイタリア特集、イタリアで器楽曲となると必然的にバロックになります。弦楽合奏曲は名曲の数が少ないけれど、チャイコスフキーやドボルザークなどの弦楽セレナーデなども演奏して来ました。


 この楽団は独奏者を余り入れません。だが今日はヴァイオリンとオーボエの独奏が入った曲です。ヴィヴァルディの四季から春をヴァイオリンで、それとベルリーニのオーボエ協奏曲。


遠い夏に想いを-ルソール02
 ヴァイオリンの独奏はここでチェロを弾いている大学の後輩のお嬢さんで久良知康子さん。大変に素晴らしい演奏です。武蔵野音楽大学を卒業して自宅でヴァイオリンを教えています。


 オーボエは船津美雪さん、国立音楽大学4年生。二人とも素晴らしい演奏を聞かせてくれました。


遠い夏に想いを-ルソール03
 その他の曲目はボッケリーニ、アルビノーニ、レスピーギなど。アンコールではロッシーニの序曲をオーボエとヴァイオリンを加えた編曲。


遠い夏に想いを-ルソール04
 この楽団には早稲田大学時代の後輩が4人ばかりいて、13年くらい前に誘われて私と妻がこの合奏団に参加しました。3年間くらい在籍した後に、私はひどく体調を崩しました。10年くらい前だったでしょうか、退団せざるを得なくなりました。


遠い夏に想いを-プログラム


 毎年の恒例としてオーケストラの伴奏で聴衆全員で合唱します。今年は震災復興のシンボルとしてNHkで歌われている「花は咲いた」を歌いました。来場者の大半が楽団員の友人、知人ですから、みな老人です。何せ団員が変わらないで昔のままですから、来場者も歳を取っていきます。この歌は彼らには少し歌いずらかったかも知れません。


 弦楽合奏だけの演奏は華やかさがないのですが、珍しく若い女性の独奏者が参加したので、華やかで楽しいい演奏会になりました。アマチュアの演奏会は楽しいのがいいですね。


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 朝の6時半頃のクイーンズ・ロードにある花屋さんの情景。

水彩画です。

遠い夏に想いを-queen's road 01
 ロンドンから北へ地下鉄で40分ばかり行くと、エッセックス州の南端にバックハースト・ヒルという住宅街があります。この町のメイン・ストリートがクーインズロード。


 20年くらい前に親友のチャ―ルズがこの通りに住んでいました。今は便利になったものです。グーグル・アースのストリート・ビューで世界の街の様子が見られるんですから。国によってストリート・ビュー見られないところがありますが。

遠い夏に想いを-queen's road 02
 <写真はGoogle earthより>


 この辺りは道路の形状も商店もすっかり様変わりしたが、この花屋さんは今でも店を開いているみだいです。当時、朝早く起きて散歩の途中、開いていたお店がこの花屋さんで、チャールズのお母さんに赤いベゴニアの鉢植えを買った記憶があります。


 街並みが変わらないヨーロッパとの思いがありますが、近年は凄いスピードで変化しているのが判ります。


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 パリのサン・ジェルマン通りにドゥ・マゴ―(Les Deux Magots)というカフェがある。


遠い夏に想いを-ドゥ・マゴー パリ
 その後ろには1950年代にサルトルやボーヴォワールが通い詰めたカフェ・フローラ(Cafe de Flora)がある。サン・ジェルマン通り界隈は、パリ大学(ソルボンヌ校)に近くて、書店や出版社も多く、昔から文化人が集まるところだった。


遠い夏に想いを-サン・ジェルマン教会  72年の夏、パリに滞在した時は、店の前は幾度となく通ったが、店のテーブルに腰かけてコーヒーを飲んだのは1度だけだったと思う。当時はお金がなく貧乏旅行だったから家族でコーヒーを飲みにカフェに入るのは贅沢だった。そろそろパリが嫌いになりかけていた頃で、向いのロマネスク様式のサン・ジェルマン・デ・プレ教会の素朴な外観を暗い気持ちで眺めていた記憶がある。



 当時、アメリカから直接フランスに来たので息子のチャオはフランス語はみな英語読みになった。地下鉄のサンジェルマン駅に来ると「セイント・ジャーマン・デス・プレス」になってしまう。ある日地下鉄でサンジェルマン駅に来るとアメリカ人観光客の家族の小さな子供が「セイント・ジャーマン・デス・プレス」と大声で叫んだので、我々は顔を見合わせ「やっぱり同じね」と笑った。


 ドゥ・マゴーは今は一族の手から離れ、買収した企業によって営業が続けられている。東京の渋谷の文化村の地下に支店がある。フローラの支店は以前は表参道に小さな店を構えていたが、その後横浜に移った。


遠い夏に想いを-チケット  先日文化村の美術館に英国水彩画展を見に行った。水彩画だけの展示会とは水彩の国イギリスらしい。ターナーやラファエル前派の水彩画が見られるいい展覧会だった。



遠い夏に想いを-ドゥ・マゴー 渋谷01  その折、地下の美術館の前にあるドゥ・マゴーで休憩してきた。







遠い夏に想いを-ドゥ・マゴー 渋谷02


















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